2015/11/23 のログ
茨森 譲莉 > 「……確かに、身の上話なんて話されてもつまんないものだけどね。
 今はアタシが聞いたんだから、謝らなくていいわよ。」

アタシは思わず苦笑いを浮かべる。日下部君は窓の外。空だろうか。
あるいは、元々居た場所。『外』を思い出しているんだろうか。
そっちのほうに視線を向けて、過去の思い出話をぽつぽつと話す。
それは、先にアタシが冗談半分で言った内容そのままだったらしく、アタシは少し気まずくなって頬を掻いた。
突き落とされて、どうしたんだろう。運よく助かったんだろうか。

アタシは左手でこっそり太もものあたりをそっと手で撫でた。
痛い想像をしたらなんとなく痛くなっただけだが。

「『外』では、って事は、この常世学園の中では違ったって事ね。」

アタシも、目つきが悪いというだけで外では偏見を持たれる事が多かっただけに、
日下部君の悩みも少しばかりは理解できる。外ではそうでも、この場所では違う。

この場所は、常世学園は、外とは違う。

―――多分、良いほうに。

「だから、アタシにも話す気になった。………そうでしょ?」

その違いは、アタシの目付きの悪さをさらっと受け流しただけじゃなくて、
アタシに異能者の知識を教えたし、アタシに異邦人の知識も教えたし、
何より、アタシの偏見に凝り固まった常識とかいうチンケなモノを全て吹き飛ばしてくれた。

そんな変化が日下部君にもあったんだろうと考えつつ、アタシはオムライスをつついた。
スプーンに削り取られたオムライスの山は大分小さくなって、
その上に突き立った旗も、その狭い足場の上でふらふらと揺れている。

日下部 理沙 > 前髪で隠れた額のあたりを、何かを思い出すようにいじってから、理沙は笑みを返す。
今度は、さっきよりはいくらか自然な様子で。

「はい……それはもう、御察しの通りです」

茨森とは、理沙はこれで話すのは二回目でしかない。
しっかり目を見て話したことともなれば、これが初めてかもしれない。
だが、それでも、話してみれば……この学園で、つい最近『外』から来た同士、案外話が合う相手だったのかもしれない。
それこそ、最初のように、偏見をもって話さなければ。
 
「ここでは、それは気にするような事でもなければ、気に病むような事でもありませんでした。
もしかしたら、『外』ですら……本当は私の気の持ちようで、全然違う世界だったのかもしれません。
そう気づかせてくれたのは、間違いなくこの学園と……ここにいた人たちのお陰です」

自然に、柔らかく、微笑む。
何か、想起するように。
 
「私にとってここは……正しく、学校でした。何よりも、学ぶことが多い場所でした。
茨森さんにとっては、ここは、どんな場所でしたか?」
 
それは、単純な興味からの問いだった。
同じように『外』から来た彼女にとって、ここはどんなところだったのか。
交換留学生という立場の彼女からみて、ここはなんだったのか。
単純に、理沙は気になった。

茨森 譲莉 > 「どんな場所、か。」

日下部君が前髪に隠れた額を弄るのを見ながら、アタシは手元のオムライスにスプーンを突き入れた。
よそ見していただけあってトドメの一撃になったのか、皿に小さく音を立てて旗が転がった。

日下部君の「お察しの通り」という言葉とその表情は、
恐らく、アタシにあった変化と同じような変化があったと感じさせるものだ。
気まずい出会い方をしなければ、あるいは文化祭を一緒に回ったり出来たのかもしれない。

………気の合う、友人として。

そんな日下部君を眺めながら、アタシは少しだけ目を伏せこの学園であった事を思い返す。
この学園はアタシにとって、どんな場所だったか。

この学園は、どうみても異分子なアタシを何の偏見も無く受け入れた。

この学園は、素敵な先生との出会いをくれた。

この学園は、異邦人と、異能者がどんなものか、教えてくれた。

この学園は、アタシに、将来の目標をくれた。

この学園は、どんな場所だっただろう。
適切な言葉を探してみても、アタシの貧弱なポキャブラリーではいい言葉が見つからないし、
アタシの平々凡々な国語力では、文豪のような素敵な言い回しは出てこない。
―――あるいは、アタシにそんな国語力とポキャブラリーがあっても、上手く言葉には出来なかったかもしれない。

それだけ、アタシにとってこの学園は特別な場所になった。
たった数ヶ月ではあったが、アタシの生きてきた十年と少しよりも、きっと価値があった。
いや、アタシが十年と少しそうして生きてきたからこそ、価値があったんだろうけど。

ふぅ、とため息をつく。どんなに考えても、いい言葉は思いつきそうにない。

「………素敵な場所、かしら。」

苦笑いを浮かべてただそう言うと、アタシはオムライスの最後の一口を口に含む。
もごもごと咀嚼して、水を手に取ってそのまま飲み干すと、スプーンを置いた。
最後に食べるものがコレで良かったかは、正直ちょっと分からない。
オムライスなんて外でも食べれるのだから、異邦人の料理でも食べに行けば良かったのに、
それでも、アタシはこのカフェテラスのオムライスを選んだ。

もしかしたら、ちょっとした未練なのかもしれない。
アタシはスプーンにうつってますます不細工になっている自分の顔を眺めた。

「日下部君はまだこの学園に居るんでしょ?
 ………心底羨ましいわ。ほんと。」

日下部 理沙 > オムライスを突きながら、そう答えた彼女の言葉は至極簡潔で、分かり易かった。
転がるは旗に視線を移しながら、茨森の言葉を聞く。
その言葉には……重みがあった。
 
意味は当然分かりやすい。
示すところも、難しい言葉ではない。
 
だが、それでも、それは……一朝一夕で出る言葉ではなかった。
それだけの、含みがあった。
この学園は、それだけ、彼女を変えたのだ。
 
色々なものを与えたのだろう。
色々なものを見せたのだろう。
色々なものを示したのだろう。

少なくとも、理沙にはそう感じられた。
 
「それは……素敵な答えですね」
 
苦笑いに微笑みを返す。
それもやはり、自然な答えだった。
ただ、理沙の思ったままを伝える返答だった。
そう思える程度には、茨森の「素敵」という表現は、理沙にとっても心地よいものだった。
 
「私は、特待生ですからね。長くこの学園にいると思います。
茨森さんは、交換留学生でしたよね。もうそろそろ、元の学校に帰るんですか?」

茨森 譲莉 > 「素敵な学園なんて小学生が考えたような感想だし、それはもう素敵でしょうね。」

日下部君の素敵な答えという返答に思わず椅子のすわり心地を確かめる。
特待生だったのか、と今更知ったところでどうしようもない情報に関心しつつ、
特待というだけあって何かしら特技があるんだろうかとしげしげと日下部君を眺める。
異能ではない、という事は頭がすごくいいんだろうか。

それとも、スポーツ―――は出来そうな感じじゃないか。
日下部君の筋肉むきむきとは言い難い腕をしげしげと観察しながら、コップの氷をカランと鳴らした。

「ここには食べおさめに来たから。」

アタシはスマートフォンを開いて時計を確認した。
まだ船の時間には早いけど、もう一か所、どうしても行っておきたい場所がある。
……そろそろ出た方が良さそうだ。

「もうそろそろというか、むしろ今日が出立日。本当、運がいいやら悪いやらね。」

アタシは荷物をまとめて席を立つと、
日下部君の横まで歩いて行って片手を差し出した。
当然、ここの支払いを任せる為に伝票を押し付けたわけでもなく、
勿論、相手の支払いを自分で持つために伝票を寄越せという意味でもなく、握手でもしようと思っての事だ。

「………またね、日下部君。
 こんな運命的な別れ方をしたんだし、また会う事もあるでしょ。」

アタシは冗談っぽく笑ってそう言うと、アタシの行く手を遮る白いモフモフを指差す。

「これ、退けてくれないと帰れないからどけてくれる?」

それは、実際結構深刻な問題だった。
翼はアタシが帰るのを妨げるように机と机の間の通路をがっちりブロックしている。
出会った時の出来事を思い出して、なんとなくノスタルジックな気分にさせられるが、
残念ながら、どけてくれないとアタシはいつまでもこの店に閉じ込められてしまう。

日下部 理沙 > 差し出された片手をみて、一瞬きょとんとする。
それは、一瞬意図を掴みかねる程度には……理沙にとっては物珍しいもので。
だからこそ、少し遅れてから、それこそ、浮かび上がる様に笑みを象って。

「茨森さんが帰る前に……友人になれたのですから、きっとこれは、幸運なことですよ」 

握手を、返した。
 
「帰さないようにこのまま翼を広げておくのも吝かではない気もしますけど……。
それよりは、またの再会を期待するほうが、より『此処』らしいですよね」
 
今度は少しだけ不器用な微苦笑で返して、翼を退ける。
いつかの美術館の時のように、角をどこかにぶつけたりはしない。
そっと、袖幕を引くように、理沙は翼を退けた。
 
「茨森さん。また、いつか。どこかで」
 

茨森 譲莉 > 「またね。」

握手を終えると、日下部君に小さく手を振ってアタシはカフェテラスの入口の扉を開ける。
すっかり寒くなった学生通りには、授業を終えた学生の姿がちらほらと見える。

アタシは、ヨキ先生から貰った秋模様のストールを片手で握るように押さえて、
この場所からでもかなり目立つ、目当ての場所へ歩き出した。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から茨森 譲莉さんが去りました。
日下部 理沙 > 去っていく茨森の後姿を見送りながら、一息つく。
『外』にまた戻っていく彼女。
『此処』にまだ留まり続ける自分。
自分は変われたようなきがした。
彼女も、きっとそうなのだろうと思う。
理沙は特待生だが、異能観察によって学費がいくらか免除されている、いわば「ついで」の特待生でしかない。
半ば監禁されている強力な異能を持った特待生達とは違う。
なら、自分もいつかは……ここを卒業して、『外』に戻る日が来るのだろうか。
 
「……まだ、わからないな」
 
答えをすぐに出す必要はない。
ゆっくりと、決めればいい。
冷め始めた紅茶をすすり、ようやくサンドイッチに手をつけながら、理沙はそう思った。
 

ご案内:「カフェテラス「橘」」から日下部 理沙さんが去りました。