2016/02/05 のログ
■美澄 蘭 > そんなわけで、早速店員を呼んでチャイを頼む。
それから、ブリーフケースから本を取り出した。
図書館から借りた、気鋭の批評家のエッセイだ。
社会問題などを話題の切り口にしていたりするので、政治学概論の授業と関係ある…という建前を自分の中でつけて借りてきた、完全なる趣味の読書である。
■美澄 蘭 > 本を開き、まえがきに目を通したあたりで、チャイが運ばれてくる。
「ありがとうございます」
運んできた店員にそう礼を述べて、テーブルにチャイを置いてもらう。
普通の紅茶とはまた別の形のカップで…手に取ると、香辛料の香りが微かに嗅覚をくすぐった。
そのカップに口を付ければ、スパイスの香りが口の中の空間に強く漂い、身体を温めてくれるような感覚になる。
「………」
幸せそうな、ため息を吐いた。
■美澄 蘭 > 一度、チャイのカップをテーブルに置き直す。
それから、コートのポケットから端末を取り出した。
(…どうせなら、何か音楽でも聞きながら読もうかな…)
端末の操作を始める。
なお、蘭は「ながら聴き」をする時は歌のある音楽と決めている。
ピアノを長年弾いている蘭にとっては、ピアノ曲を筆頭に楽器だけの音楽の方が、かえって音に意識が引っ張られてしまう。「ながら聴き」には、とことん向いていないのだ。
「………あら?」
と、端末を操作している中、メールが届いているのに気付く。
■美澄 蘭 > メールは、蘭の母である雪音からのものだった。
「お母さんから?何かしらこの時期に…」
緊急の用事なら電話で来るだろうし…などと首を傾げて呟きながらメールを開く。
《蘭、久しぶり。
お父さんやおじいちゃんには時々勉強のこと聞いてるみたいなのに、私には最近そういうのがなくてちょっと寂しいです(><。
学年末のピアノの試験は大丈夫そうなのかな?ちょっと気になります。
そうそう、去年蘭から詞のアイディアをもらったあの曲が、何とか形になりました!
蘭の思ってたこととはちょっと変わっちゃったかもしれないけど…編集も終わって何とか動画に出来たので、良かったら聞いてみてね♪》
そして、メールの末尾には動画投稿サイトのURL。
「………」
気恥ずかしさにほんのり顔を赤らめ、固まった表情でメールを閉じる。
歌がある曲には違いないが…流石に、自分が詞のアイディアを提供し、身内が作って歌った曲を公の場で聞くのは、精神的に怖い。
…無論、母の作った「作品」をながら作業で消化したくない、という気持ちもあったが。
■美澄 蘭 > 代わりに選んだのは、本土にいた時から好きだった女性シンガーソングライターのアルバムだ。
高音の澄んだ歌声で、曲の中に1人の登場人物がありありと浮かんで来るような曲を書いて歌う女性である。
「…よし、と」
イヤホンの端子をジャックに差し込み、耳にカナル型のイヤホンをセットする。
それから、再生ボタンをタッチして、イヤホンを通じて音楽を楽しみ始めた。
「〜♪」
鼻歌混じりに端末をコートのポケットに戻して、再度本を広げる。
鼻歌なのでごくごく小さい声量だが、曲を知っている者が聞けば分かる程度には正確な音程である。
■美澄 蘭 > その後も、音楽を聴きながらの読書と、この季節の身体を温めるのにぴったりなチャイを楽しんで。
チャイとゆっくりした時間への対価をきちんと精算してから、蘭はカフェテラスを後にしたのだった。
ご案内:「カフェテラス「橘」」から美澄 蘭さんが去りました。