2016/03/03 のログ
マリア > 貴女がノートを取り出したのと殆ど同時に、カフェテラスに、周囲を伺いながら入ってくる黒いワンピース。
色素の抜けたような肌や紅色の瞳は、この島ではさほど珍しいものではないとはいえ、人の多い場所ではやはり目立つ。

「……結構、一杯なのね。」

授業終りのこの時間は、同じように時間を持て余した学生や、勉強道具を持ち込む学生たちでにぎわっている。
手近な場所に空席が無く、マリアは紅色の瞳をきょろきょろと動かした。

美澄 蘭 > ノートを取り出したタイミングで、再び店のドアが開く。
入ってきたのは…

「………あら?」

以前図書館で会い、生活委員会棟まで案内した少女だ。
自分より色素が薄く華奢なのと、少女の生活がどのようになっていたのかが気がかりだったので記憶に留めていたのだ。

「少しぶりね…あれからどう?」

深紅の瞳の少女にそう声をかけ…きょろきょろと動くマリアの視点が自分の方に向く頃に、軽く手を振ってみる。
気付いてもらえるだろうか?

マリア > ふー、なんて、ため息を吐いていたところだった。
周囲の生徒たちもマリアの様子には気付いていたが、なかなか声をかけるに至る勇気を持っている者は少ない。
そんな中、視線の端にひらひらと手を振る人物。

「あ、久しぶり!」

その姿をみとめるや否や、ぱっと表情が明るくなって、足早にテーブルに近付く。

「お陰で上手く行ってるわ……まだ仕事が無いから、ちょっと大変だけど。」

にこりと笑うマリアの紅色の瞳が、テーブルの上のノートを見る。
それから蘭の顔を見て、あっ、と何かに気付いた。

「ごめんなさい、邪魔だったかしら?」

美澄 蘭 > 自分に気付いた少女の顔が、ぱぁっと明るくなる。
その様子に、蘭の心も心なしか弾んだ。

「そう…上手くいってるなら良かった。
あの時は、ちょっと心配だったから」

相手の笑顔につられるように、蘭も優しげな笑みを浮かべる。
…と、ノートに気付いた様子の少女の問いに、

「ああ…気にしないで。
どうせここでは辞書は広げられないから、ある程度当たりをつける程度で済ませちゃうつもりだったの」

「お菓子も頼んじゃったしね」と言って安心させるように人の良さそうな笑みを口元に浮かべた丁度そのとき、蘭が注文したチャイ(普通のティーカップとは別の器で運ばれてきた)と焼き菓子のセットが運ばれてきた。

「ありがとうございます」

店員に向けてそう声をかけ、ノートをテーブルの端に寄せて注文したものを置いてもらう。
…それから、少女の方を向いて、

「…折角だし、一緒にお茶する?」

と、首を傾げて尋ねた。

マリア > ちらりと見たノートに書かれていたのは、魔術に関する内容だった。
…が、マリアにそれは全く理解できないものだっただろう。
一般常識さえ怪しいこの学生が、魔術学に精通しているはずがない。

「あ、えっと…一緒に座ってもいいかしら?」

こちらも蘭に合わせるように首をかしげて聞いてから、蘭の正面の椅子に腰を下ろす。
内心では言われることを期待していたのだろう、嬉しそうな笑み。

「心配しないで!これも、あの時いろいろ教わったお陰よ。
 でも、帰り方も分からないし、ここで仕事を探さないといけないんだけれど…なかなか難しいの。
 ほら、私って…あんまり体力があるわけでもないし、ね。」

そんな風に言いながら、ミルクティとスコーンのセットを注文する。

「それにしても…勉強家なのねぇ。」

周囲を見回せば、同様に勉強している生徒が居ないわけではない。
だが、大半は無為に時間を過ごしているだけだ。

美澄 蘭 > 死ぬほど難しいと評判の教師、獅南蒼二が担当する魔術学概論の授業のノートだ。
それを平然と「復習」しているあたり、マリアと相対するこの女子学生は優秀なのかもしれない。

「そんなに大したことは教えてないと思うけど…。

…でも、慣れない環境で仕事っていうのも大変よね。
寧ろ、色々教わりたいところだと思うし…。
生活の上での知識を身につけつつ働けるところがあればいいけど、体力が無いと辛いかしら」

と言って、少し困ったように笑う。
蘭は実家から困窮しない程度の仕送りがあり、学費も払ってもらっているので、仕事を見つける緊急性は高くなく、勉強が最優先の学園生活である。
保健課員ではあるが、蘭程度のレベルではさほど出動要請なども来ることが無いため、単位も対価も微々たるものだ。
…そして、ノートに目を付けられれば、ふふ…と楽しそうに笑って。

「折角学生っていう身分だし…それに、この学園だからこそ勉強出来ることも一杯あるから、楽しいの。
新しいことを知っていくのも…自分が出来ることが増えるのも。

だから、普段はあんまりしんどいって思わないのよね。コツコツやってけば、根詰めたりしなくていいし」

最後の台詞は聞く者が聞けばヘイトを稼ぐこと間違いなしだが、にこやかなままそう言いきった。
ある意味、天然記念物である。

マリア > 尤も、マリアはその授業がいかほど難解なのかを知る由もない。
そしてノートの内容も、意味不明である、ということ以外は読み取れない。
よって、その優秀さは醸し出される雰囲気と、イメージによってのみ、理解された。

「あんまり続けられる自信も無いのよね…。
 元々は…“家の手伝い”しか、してなかったし。」
その内容までは語らなかった。
恐らくその“手伝い”というのが、誰も想像もしていないような内容だろうということは、自分自身、分かっていた。

苦笑しつつも運ばれて来たミルクティを一口。
幸せそうに息を吐いてから、スコーンを割って、頬張る。

「ふふふ、そうね!家じゃ殆ど外に出ることも無かったし。
 私も、落ち着いたら授業に出てみようと思うの……何か、おすすめの授業とかってある?」

どうやらヘイトを溜めないタイプの人物だったようだ。
こちらはこちらで、天然記念物。というか、天然そのものである。色々な意味で。

美澄 蘭 > 「家の手伝いか…あなたのお家は、「家業」があったのね。
確かに、家で子どもが手伝うのと、外で働くのでは話が大分違うから…」

この世界では、高度に発達した資本主義と多様化した家族形態が「家業」というインフラのほとんどを圧し潰して等しい。
蘭の父も自営業といえば自営業だが、事務所を継いで云々という話は、少なくとも両親や祖父から出てきたことは無い。
なので、蘭はこっそり「異文化」と接する気分を新たにしていた。
…少女の"家の手伝い"の内実など、知る由もなく。

「………よっぽど、家の手伝いが忙しかったのね。

………おすすめ?うーん………」

幸せそうな深紅の瞳の少女と対照的に、蘭の表情は真剣だ。

「…ここ、色んな授業があるから…どれ、と一概には言い辛いわね。
出来ることとか、やりたいこととか…なりたいものによって、大分変わってくるから。
よく調べないで、自分のレベルに合わない授業を受けると大変だし」

熊谷先生の数学基礎で苦労していた知人(そう言えば、名前を聞いていなかった)のことを思い出しながら。
「ちょっと待ってね」と言ってスマートフォン型の端末を取り出すと、学園のシラバスのサイトを呼び出す。

マリア > 自らの身分を示すものなど、何一つ持ち合わせてはいない。
それが今は、非常に新鮮で、開放的だった。
だからこそ、詳しいことを話して妙な壁を作りたくはない。

「えぇ、まぁ…そんな所かしら。
 あ、でも、私の場合は、忙しくなくても表には出してもらえなかったのよ。
 ……紅い目の子なんて、私の国には全然いなかったから。」

一瞬だけ寂しげな表情を見せてから、すぐに、またミルクティへ視線が行った。
少なくとも、今この瞬間、この島に居る限り、それを気にする必要は無さそうだ。

「そのノートを見た限りじゃ…蘭と同じ授業は無理そうね。」

くすくす笑いながら、スコーンを頬張り、蘭の様子を見ている。
その小さな端末が何であるかは、よく分からない。
……図書館にあったあの調べる機械と同じような物だろうか。

美澄 蘭 > 「紅い目の人間は私の国には全然いなかった」という言葉を聞いて、蘭はマリアと自身の境遇を重ねた。
…それでも、外に出しながら守ってくれる家族がいて、自分は随分恵まれていたのだと…その思いを新たにする。

「…大変だったのね…」

しみじみと、それだけ言葉を漏らして息を1つ吐いた。
その一言と息に、重い感慨を乗せて。

「そうね…これは魔術学概論なんだけど、結構理論が入り組んでるから、元々そういうのを扱うのに慣れてないと辛いかも。
私は他に魔術関係の授業を少しと…後は、大学…この世界で、専門的なことを学ぶところなんだけどね、そこに入れるようにするための勉強の授業が今はメインかしら。

…とりあえず、魔術の入門みたいな授業だと、例えば…」

スッスッと、端末の画面の上で滑らかに指を滑らせる。
触って操作する点は図書館の端末と似ているが、その操作方法は結構違うように見えるだろう。蘭の慣れ具合も。

「…こんな感じね」

「魔術学入門」「魔術理論概説」「魔術実技入門」などなど、講義名がずらりと並んだ画面を、マリアに見せた。

マリア > 蘭が魔術の話からは居れば、あっ、と小さく声を漏らす。

「……私“魔術”は使えないのよね……“異能”ならあるらしいんだけれど。
 でも、この中なら…これかしら?」

魔術学入門。講義名が最もシンプルで分かりやすいものを選んだ。
実際のところ、マリアはある程度豊富な魔力と、それを操る素養をもっている。
本人はそれを、魔術だとは思っていないのだが……。

「……大変、って言えば大変だったかしら。
 でも、この島に来たら…それこそ、変わってる人は目の色どころじゃないものね。
 なんだかこう、安心しちゃった。」

重い感慨などどこ吹く風、マリアはあっけらかんと笑う。けれど、その紅色の瞳はどこか、寂しげに輝いていた。
ミルクティを飲み干せば、立ち上がって…

「…あんまり邪魔しても悪いし、そろそろ行くわね。
 お話しできて楽しかったわ! …で、もちろん、この間のお礼させてくれるわよね?」

…紙幣をテーブルに置き、にこっと笑う。
そして、蘭に反論される前に、

「それじゃ、また会いましょ!」

脱兎。走るわけではないが、足早にたたたっと去って行ってしまった。
自由奔放というか、何と言うか。この島に、というか、社会に完全になじむにはまだ時間がかかりそうである。

ご案内:「カフェテラス「橘」」からマリアさんが去りました。
美澄 蘭 > 「魔術は使えない」という言葉に、目を瞬かせ

「あら、そうなの?魔力容量とかの問題、なのかしら…」

そう言いつつ、どこかに違和感を覚え、首を傾げる。
蘭の魔力察知能力がマリアの豊富な魔力を認識しているためだが、蘭はまだそれを意識化できていないのだった。

「でも、「魔術がどんなものか」の説明くらいは、聞いてみてもいいんじゃないかしらね。もしかしたら新しいものが見えたりするかもしれないし。

………あ、そうだ。異邦人の人がこの世界に馴染むための授業もあったはず…」

また端末を自分の方に寄せて、ざかざかと操作していく。
それが終わると、「地球社会入門」という授業名が表示された画面を見せて。

「これ。この世界の…島の外に溶け込むための授業の入門ね」

と。マリアが異邦人であることを考えれば必須だろう授業名を案内した。

「そうね…色んな人がいるわ。
おかげで、私も大分楽ね。周りを気にしないで勉強してられるし」

やはり、量目で色の違う瞳は島の外ではあまり見られない。
血統上の理由もあって、島の外ではマイノリティになるという点では、マリアと蘭は共通していた。

「そんなに気を遣わなくて良いのに………って、あっ」

勉強に気を遣われたことに、のんびりと苦笑いを浮かべている場合ではなかった。
紙幣を置かれて驚いている間に、マリアは駆け去ってしまった。

「………」

なんか、こう、カフェテラスでは人にご馳走になってばかりな気がする。
しばし、呆気にとられた後、

「………あのくらい、気にしなくて良かったのに………」

そう言って、苦笑いを深めるしか無かった。

美澄 蘭 > 困っている人が助けられるべきなのは、当然のこと。
今まで蔑ろにされてきた人が、他の人に無理の無い範囲で埋め合わせを受けるべきなのも、当然のこと。
…自分は、当然のことを、ほんの少ししただけ。

昏い情念が心に重くのしかかることが、無いといえば嘘になる。
それでも、それに囚われきらない程度には、蘭の精神は健全だった。

改めて、少し勉強をして、飲み物とお茶菓子を楽しんでから、席を立つ。
マリアが置いていった紙幣は、丁度2人分のお代を払って、小銭のお釣りが発生する程度の金額だった。

(………自分の分は後で返そう)

どう考えても、蘭よりマリアの方が経済的には大変だし。
そんなことを考えながらも2人分の会計を行い、蘭はカフェテラスを後にしたのだった。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から美澄 蘭さんが去りました。