2016/09/05 のログ
ご案内:「カフェテラス「橘」」に美澄 蘭さんが現れました。
美澄 蘭 > 休日のティータイム。夏休みが終わったとはいえ、まだまだ暑い日の方が多い。
午前中にピアノの練習と、元素魔術の復習をした蘭は、少しぶりにカフェテラスを訪れていた。
夏休み期間中、海水浴場の仕事で度々昼間が潰れていたため、カフェテラスに足を伸ばす機会が減っていたのだ。
勉強自体は図書館や教室棟のロビー、何だったら自宅でも出来るのだが、美味しいお茶を淹れてもらってゆったり過ごす時間もたまには欲しい。

「こんにちは」

日傘を閉じて店内に入ると、直射日光が当たらないギリギリの席へ向かい、そして腰掛ける。

美澄 蘭 > 早速メニューを開く。

「…あ、アイスピーチティー終わっちゃってる…」

夏期限定のメニューが終わっていたことに、しょんぼりとした声を零すも、代わりのメニューを探すための立ち直りは早い。
そして、ピンとくるものがあったようで店員を呼び止めると

「すみません、アールグレイのアイスティーをお願いします」

と、とりあえずアイスティーだけを頼んだ。
デザートを頼むかは勉強の捗り方と気分次第。この気候なら冷たいものがいいし、それなら飲み物は必要ないのだ。

店員が厨房に引っ込んでいくのを視線で見送って、ブリーフケースから勉強道具を取り出す。
優先順位が高いのは、来週の英語の授業に向けての予習だ。
蘭の場合、英語の予習は語句の意味確認と文構造の把握くらいなのでさほど負荷はないのだが、週に2回あるのでこまめに時間を取る方がいいのである。

美澄 蘭 > テキストとノート、そして電子辞書を開く。
そうして、少し勉強を進めたところでアイスティーが届いた。

「あ、ありがとうございます」

店員にそう軽く頭を下げると、勉強道具を少し寄せて、アイスティーの入ったグラスを置くスペースを作る。
アイスティーを置いてもらうと、店員が去っていくのを見計らって、携帯端末を取り出した。
それにインナーイヤー型のイヤホンを接続してイヤーパッドを耳にセットすると、端末を操作して、音楽プレイヤーを呼び出した。

楽器を嗜む蘭の場合、下手なクラシックの方がよほど聞き込んでしまって「ながら」作業に向かない。
なので、いわゆるポップスメインの再生リストを「勉強用」として作っていた。それをランダムで再生するようにして、勉強道具の脇に置くと…アイスティーを少し飲んで、勉強を再開した。

カナル型のイヤホンではないので、音量は大きくない。
外漏れはほとんど感じられないし…もし近くで話しかけられたら蘭は気付くだろう。

美澄 蘭 > 本人は何でも無さそうな顔をしているが、読んでいるのは英語圏の新聞に掲載されたコラムで、題材が「異能者・魔術師・異邦人と共生する都市空間計画の試み」だ。
建築やら社会保障やらのマニアックな語句が頻出し、文構造も教育が主眼ではないためところどころ複雑になっている。
それを、大学受験生と比べても劣らないようなスピードで文構造を把握していく。やはり語句はかなり調べているが、電子辞書を使い慣れているのか、調べる所作にも淀みがない。
そのまま、さくさくと授業の予習は進んでいくかに思われたが…

「———」

音楽プレイヤーの再生リストがとある曲を流し始めた途端、その手が止まった。

無論、外にはその楽曲の漏れはほとんどない。
第三者が見たら、「不自然なほどぴたりと手が止まった」ようにしか思われないだろう。

美澄 蘭 > 中学校三年生の時に、出会った曲だった。
女性シンガーソングライターが、『「怪物」になってしまった人物が「世界」に対して抱く、怒りとかすかに残った哀しい望み』を綴り、歌った曲。
ストーリー仕立てのようになっているが、具体的な名詞が少なく、抽象的な心情を謳ったようにもとれる。
無論、蘭は後者のように受け取って気に入ったのだ。
特に、上辺だけ「美徳」をなぞることの浅ましさ、ラベルだけの「愛」の空虚を責め立てる部分が。
曲も、シンガーソングライターの歌唱もいいので「ながら」作業のときはそれなりに聞き流せるし、聞き込みたいときはどっぷり世界に浸れる。
カラオケで歌おうと思うと、蘭には低音が少し辛いが…それでも、大好きな曲だった。

「………」

だけど、この夏に保健課の仕事で様々な人とのふれあいを増やした蘭には、この曲とは違う世界「も」見えるようになりつつあった。

美澄 蘭 > この学園で、自分と似たような思いを抱える人に逢い。
「あいつら」と似たような属性を持ちながらも、自分を認めてくれる人達とも出会えた。
…それでも、許せないものは許せないのだ。
「あいつら」のことはもちろん、自分と「あいつら」の間で起こったことを矮小化しようとした人間とか…「みんななかよく」みたいな、人を人間関係の「鎖」で繋ぐだけのお題目とか。

(…でも、そういう「許せないもの」を「拒絶」するだけじゃ、限界があるのかも)

「清濁併せ吞む」という言葉が持つ「妥協」の印象は、未だ払拭出来そうにない。
それでも…拒絶して終わりでは、結果的に何も変われない。…自分も、変われない。

(………立ち止まってダダこねてるだけじゃ、精神年齢で私も「あいつら」といい勝負じゃない)

先日、保健課の仕事の合間に保健医の先生が自分に語った言葉は…こういう意味だったのだろうか、などと漠然と考えた。

美澄 蘭 > 「………」

ふと、何かを思い立った顔をした蘭が、筆記具を一旦置いて再び携帯端末を操作しだす。

この女性シンガーソングライターは蘭のお気に入りのアーティストの一人で、作品の毛色が多少変わっても音源を入手している。
それらをまとめた再生リストも既にあるが、次は、それに「女の子の自尊」を後押しするような楽曲を歌っている女性アーティスト達の楽曲を放り込んでいき…最後に「名前を付けて保存」。
これで、「拒絶」「哀しい受容」「前を向く」が入り交じる、何ともカオスな再生リストが出来上がった。

でも、今はこれでいいのだ。
「自尊」の意味を、きっと前よりも本当の意味で理解して曲を聴けるようになり…そして、「世界」とも向き合えるようになるだろうから。

美澄 蘭 > そうして、新しく作った再生リストのランダム再生に切り替えてから勉強を再開したのだが…
当然、問題意識を持って音楽の再生リストを作り、その再生リストを聞きながらで別分野の勉強など、捗らないに決まっている。

(………失敗したかしら…)

そんなことを考えもしたが、

(…まあ、このくらいなら家に帰ってからやってもそこまで負担じゃないし…
生き方についての考え方が広がる方が大事だから、いいわよね)

と、蘭は勉強よりも今の思索を優先することを選んだのだった。
それはもう、あっさりと。

美澄 蘭 > 一旦イヤホンを取ると、少し申しわけなさそうな表情をして店員を呼ぶ。

「すみません、焼き菓子のセットを追加でお願い出来ますか」

当初のプラン通り冷たい甘いものも考えたが、冷たいものは溶けてしまうためじっくり楽しむことが出来ない。
…つまりは、勉強よろしく居座るモードのようだ。
ちなみに、思索が一段落したら勉強に戻る可能性も捨てていない。一応、本人としては。

まあ、追加注文しながら居座る分にはそこまで問題はないのだろう。
店員は嫌な顔せず注文を取って厨房に引っ込んでいく。

「…ふぅ、よかった」

イヤホンをしていて店員が焼き菓子を持って来てくれるのに気付かないのも申しわけないので、イヤホンを外したまま、アイスティーの残りをちまちま飲みつつ待つ。

美澄 蘭 > そうして頼んだ焼き菓子のセットが届けられると、改めていそいそとイヤホンを装着し直し。
神妙な表情で、作ったばかりの再生リストを流して…時折ぎょっとしたような顔を織り交ぜながらも、焼き菓子をお供に考え事をし。

「まあ、許されなくもない」程度の時間居座ってから、会計をしてその日は帰途についたのだとか。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から美澄 蘭さんが去りました。