2017/09/10 のログ
美澄 蘭 > 「すみません」

店員にそう声をかけて、蘭はアイスティーとレアチーズケーキを注文する。
店員が下がっていくのを見送って、蘭は携帯端末を手にして、ぽちぽちと操作し始めた。
端末で音楽を聞く準備を進めているのだ。流石に、注文したものが運ばれてくるまでは待つが。

美澄 蘭 > 漫然と端末を操作するという、この少女を知る者からすればあまり「らしく」ない所作をしながら待っていると、ようやっと頼んだケーキと飲み物が届いた。
文字か楽譜を見ながら、あるいは問題演習をしながら待つより、随分時間が長く感じられ…蘭は、多少面倒でもブリーフケースを開けるべきだったかと、つまらないほど軽い後悔をした。

「ありがとうございます」

そんな考えを愛想の笑みの下に押し込めて、蘭は品物をテーブルに置いてもらった。

美澄 蘭 > アイスティーでのどを潤し、レアチーズケーキのまろやかな酸味に心をとろかせ…蘭の口元に、わずかに笑みが浮かぶ。
それから、改めて耳にイヤホンをセットして端末で音楽の再生を始め…

「………。」

蘭の口元から、笑みが消えた。

美澄 蘭 > イヤホンを通じて蘭の耳に流れてきたのは、男女のペアで歌われるラブソング。
他に恋人がいる同士の男女が、運命的とも、残酷とも言えるような熱情で恋に落ちてしまうという歌詞の。

「………。」

熱情。独占。関係の桎梏。頭の中を巡る言葉が、心を不安定にする。
心ここにあらずといった様子でアイスティーをすする。蘭本人は、アイスティーの香りをまともに感じることが出来ていない。

美澄 蘭 > 今年の夏休みは、充実していた。忙しかった。
その間、「彼」へ抱く気持ちは、脇に追いやっていた。脇に追いやって「しまった」。
…脇に追いやることが、「出来てしまった」。

(…私、逃げたの…。
…逃げることが、「出来てしまった」の…)

アイスティーのグラス、ストローを弄びながら、静かに…けれど、長いため息を吐く。

美澄 蘭 > 同好会で、仲間と共に音楽を作り上げる。やや不利な状況から受験に臨む。
趣味にしろ、将来のために必要なことにしろ、やりたいことはいくらでもある。
余計なことを考える暇なんてない。邪魔なことは、考えずに済むならそれで構わない。

…そのはずなのに、無性に胸が痛んだ。

「………。」

静かに、けれど長めに深呼吸をしてから…今度はアイスティーの香りを意識して、少しすすった。

美澄 蘭 > 前にも、こんなことがあった。
伝えたいくらい溢れそうな想いがあったのに、それを表せる言葉が、自分の中になかった。まともに、言葉を形作ることが出来なかった。

…「彼」とのことが、どんな結末を迎えるにしろ。
溢れそうになった想いも、そこから逃げてしまえた自分の弱さも、ちゃんと、自分の中で形を掴まなくちゃいけないと、そう思った。

逃げ続けたら…目を逸らし続けたら、それこそ、きっと自分はずっと「一人」だ。
時を止め、「大人」になれないまま。

美澄 蘭 > 自分の中で覚悟を決めたら、急に嗅覚が、味覚が…のどの渇きが、蘇ってきた。
意識して再びアイスティーに口を付けたが、意識するまでもなく、涼やかなフレーバーがついたそれは美味しく、喉を潤した。

(「やるべきこと」はいくらでも見つけられるけど…心を最優先にしたって、罰は当たらないわよね?)

さくりとレアチーズケーキにフォークを立て、一口口に運ぶ。
ケーキは、胸を痛める前と、同じ味がした。

美澄 蘭 > そうして、瞳に活気を取り戻した蘭は、がっつくでもなく、しかし前向きにアイスティーとケーキを食べると、席を立った。
さっきまでは、この後は訓練施設で気分転換も兼ねて魔術の練習でもしようかと思っていたが…

(木を探すなら森の中、言葉を探すなら…本の中よね、きっと)

蘭は、勘定を行うと、図書館の方へと歩いていった。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から美澄 蘭さんが去りました。