2017/09/19 のログ
ご案内:「カフェテラス「橘」」に時坂運命さんが現れました。
時坂運命 > 夕食時を外れた夜となれば、人気のカフェもいつもの賑わいは減り、物静かな雰囲気に包まれていた。
二階の窓際にある角のテーブル席、そこは最近のお気に入りの場所だ。

「今日のケーキセットの内容は何かな?」

「三種のイチゴのスペシャルタルトです」

「じゃあそれで。飲み物は温かいミルクティーでお願いするよ」

「畏まりました、しばらくお待ちください」

注文を受けたウェイトレスは、丁寧にお辞儀をして階段を下って行く。
ひらひらと揺れるスカートや、活発そうなポニーテールが愛らしい子だと見送りながら、
視線は壁に掛る時計を一瞥して、最後に足元の紙袋に向けられる。
中に入っているのは雑貨品や生活品、あとはちょっとしたアクセサリーや小物など。
少し買うだけのつもりだったのに、色々店を回る間に大きな紙袋いっぱいになってしまっていた。
これもそれも、魅力的なものが多いこの島の商店が悪い。
と、責任をよそに押し付けて水が入ったグラスに口を付ける。

時坂運命 > ケーキは他の料理と比べ、切り分けるだけなのですぐに届く。
それまでの僅かな時間の使い方はと言えば、

「銀のバングル、ガラスの小鳥の置物でしょ、新しいスプーンとフォーク、割れたティーカップの代わり……。
 うん、大体これで当面は大丈夫かな」

頭の中にあるリストと照らし合わせながら、指折り確認して抜けが無いかのチェックだ。
覚えている限りは全て買い終わった……と思う。
万が一忘れた物があっても、緊急事態に陥るようなことは無いだろう。
そう、新しいティーカップも――

ふと、思考が止まる。
あの割れたカップはどんな形をしていたんだったっけ?
色は白かった、はずだ。
模様は、どんな物が描かれていたんだっけ?
思い出そうとしてもそれは朧げで、はっきりと形を保てずに記憶の霞に消える。
あれだけ気に入っていたのに、無くなった今は碌に覚えてすらいない。
薄情なものだ。

「――けれど、それこそが、僕が選ばれた理由なんだろうね」

僅かに開いた口から洩れたのは、クスクスと鈴を転がしたような笑い声。

「無理に直しても、度が過ぎれば継ぎはぎだらけで不格好になるだけ……か。
 まったく、どの口が言うんだか」

時坂運命 > また一口冷たい水を含み、表情が消える。
カタン、と手に握っていたグラスを置くと、丁度ウェイトレスがタルトと紅茶を運んでくるのが見えた。

「お待たせいたしました」

そう言って置かれたティーカップの皿には、砂糖が2つ乗っている。
先日頼んだ時のことを覚えていてくれたようで、そう言う気遣いは少し嬉しい。

「うん、ありがとう」

ニッコリと微笑んで見せると、八重歯の光る天真爛漫な笑顔が返された。
第一印象の通り、中身も明るくてかわいらしい子のようだ。
ウェイトレスの彼女は軽い足取りで元来た道を帰って行く。

「……さて、それでは頂こうか」

砂糖とミルクをたっぷりと紅茶に注いでから、キラキラと宝石のように輝くイチゴタルトと対峙する。
真っ赤なルビーにも負けない煌めきを放つイチゴと、そっと添えるように置かれたラズベリーとクランベリー。
サクサクとしたタルトと、中に詰まった甘さ控えめのカスタード。
口に含めば、思わず頬が緩んで蕩けてしまう。
一口、また一口と食べ進めて行こう。

時坂運命 > 「あむ、ぅぐ。むぐ……」

半分を過ぎたあとは、名残惜しむように一口のサイズを小さくして、じっくりと味わい食べた。
けれど永遠になくならない魔法のタルトではないわけで、いずれお皿は空になる。
綺麗に欠片一つ残さず食べ終えた皿を残念そうに見降ろして、そっとフォークをおろした。

「……はぁ、美味しいものと楽しい時間はすぐに過ぎてしまうものだね」

ついた溜め息は大げさだったが、口元は笑っていた。
少し温くなった紅茶を飲みながら、窓の外へと視線を向けると、星の輝く夜空に自分の姿が反射する。
今日の予定はこれで全て片付いたので、後はマンションに戻って明日の準備をするくらいか……。
しかし、

「学校が少し憂鬱になるなんて、実に学生らしいと言えなくもないけど……」

先日倒れた件について教師から説明を求められていたが、持病の発作、時々起きる異能の副作用などと言って今は通している。
もしこれで納得してくれないなら、こちらも少し考えなければならない。
何よりも、研究所に関わらずに丸く収める方法としては―――― など、とにかく面倒なことが多いのだ。

「僕としては、真面目な良い子でいたいんだけどねぇ」

その方が先生からの反応も良いし。

時坂運命 > 「ん、ご馳走様でした」

カップの底に残った、溶け切れなかった砂糖のドロリとした甘さを最後に食事を終える。
口に広がる凶悪な甘味に舌鼓を打ちながら、伝票を手に取り立ち上がろうとした瞬間――

「っ――――。」

小さく漏れた声。
それと同時にぐらりと体が揺れ、膝から崩れ落ち座り込む。
呆然と天井を仰ぎ見る紫電の瞳には、神々しい二つの十字架がくっきりと浮かび上がっていた。

その時、彼女の目には何が映っていたのだろうか……。








「――……君、おい! 大丈夫か?」

ハッと我に返ると見知らぬ男性がこちらを覗きこんでいた。
ふと彼の後ろを見ると、食べかけのスープスパゲッティが置かれていた。
どうやら、二つ離れた席に座っていた客が、心配してわざわざ声をかけてくれたらしい。
少女は状況を理解すると、微笑んで「大丈夫だよ」とだけ告げた。
男性はそれを聞くと、不自然なほどにすぐに安心して席に戻って行く。

時坂運命 > 少女は沈黙し、ゆっくりと窓の外へと視線を向けた。
窓ガラスに映り込む自らの姿、その彼方に見える星空の更に向こうへ。

「主よ、それが貴方の望みなら……僕は――」

誰にも聞かれることのない言葉は、静寂の中に飲まれて消えた。
取り落した伝票を拾い上げ、大きな紙袋を片手に少女は階段を下る。
そのまま急いで会計を済ませると、足早に店を後にするのだった。

ご案内:「カフェテラス「橘」」から時坂運命さんが去りました。