2016/12/17 のログ
ご案内:「部屋」に霜月 零さんが現れました。
霜月 零 > 「……ふっ!」

極限まで意識を集中し……腰に下げた刀を抜き放つ。
そしてそのまま、即座に納刀。これを一連の動作として行う。
通常二の太刀が存在しない居合抜きにおいて、即時納刀を行うことで「二の抜き」を行う、霜月流の抜刀術『玉響』。
霜月流剣術抜刀式の中では最高難度の技の一つだが、これともう一つの高難度技術があれば、いざという時の応答にもかなり幅が出る。
そう考えて、習得のために稽古をしているのであった。

……自室なのは、単にこれだけならスペースを取らないので、わざわざ訓練場に行かなくてもいいか、と考えたためである。秘奥を隠す意味も、一応ある。
かつて天眞正傳香取神道流においては、山奥に窓を小さくして道場を作ったという。
最近はその意識は薄れがちではあるが、剣士は基本、己が秘奥は隠すものなのだ。

霜月 零 > とは言え、本来の「玉響」は『抜刀と納刀が同時にしか見えない』と言われるような神速の技術であるため、その習得は困難。
しかも、その後二の抜きに接続するのは更に困難であり、いくら『根源接続・武典再生』の影響で武術に対しての才覚が強化された零であっても、そこに至るのは並大抵ではない。
事実、現状は抜刀と納刀に明確なタイムラグがあり、尚且つその後納刀時の力の流れを切り返せず、硬直してしまっている。
つまるところ、まだまだぜんっぜんダメなのである。

「あー……これじゃあまだまだ駄目だな……」

溜息をついて、もう一度意識を集中し始める。
これも本当は論外で、実戦でわざわざ『意識を集中する』なんて暇を与えてくれる敵はいない。そんな悠長なことをしていたら、その間にやられてしまうだろう。
だが、これは鍛錬。まずは正しい形を出来るようになってから、と言う発想である。
瞬発力を出すのに必要なのは、単純な筋力ではなく緩急。極限まで全身を弛緩させてから、瞬間に全力を込める究極のストップアンドゴー。
この技術だけでも、極めれば通常の剣技に幅広く応用が利く。そういう意味でも、この鍛錬は重要であった。

霜月 零 > 「……………………」

沈む。沈む。どんどん沈む。
遥かな海のその奥に。何も見えない深海に。
落ちて、落ちて、その先で。足がついたその刹那。

「ふっ!!」

抜く。
抜いて、その勢いのまま流れそうになる太刀を制御。
力を腕の中で反転させ、腰を切り返すと同時に右肩を外側に弾くイメージでもって腕を戻す。
抜いて、戻す。これを最速で行うために効率化した動きこそが『玉響』の術理であり、問題はその精度。
今回は、今までよりも速かった。だが……

「……駄目、だよなぁ」

溜息をつく。
戻して鞘に鍔が衝突するタイミングで硬直してしまい、二の抜きに繋げられない。
しかも、速度もやはりまだ足りない。高速の抜きではあるものの、神速にはまだ遠い。
やっぱりまだ自分には早かったか?と言う疑念を振り払いつつ、また意識を集中させていく……途中で。


ぴるるるるるるるるる。


スマホの着信音が鳴った。

霜月 零 > 「あー……?」

深く潜り切っている瞬間ならともかく、さあこれから潜って行こう、としているタイミングでこれでは、集中がプツっと切れてしまった。
ぐりん、と負担の蓄積した右肩をほぐすように腕を回し、スマホを手に取る。
ちなみにこの男、スマホの着信音はオールプリセットである。着メロ?知らんなあ。
ぴるるるるるるるるる。鳴り続けるスマホの画面に映っていたのは『芙蓉』の文字。妹の名前である。

「あ?芙蓉か……っと、もしもし。なんだ?芙蓉」

いつも通り気だるげに、稽古に水を差される形になったことをちょっぴり不満に思いつつ電話に出る。

霜月 零 > 正直、大した用事では無かろう。
そんなことを考えていたのだが……

『……お兄ちゃん。落ち着いて聞いてね』

「あ?なんだいきなり?」

やたらと深刻そうである。
コイツ、こんなキャラだったか……?と首を傾げつつ次の言葉を待つ。
仕事の方で何かあったのだろうか?程度に思っていたのだが……

『ひょーかちゃんが、風紀に補導されて、尋問されてる』

続いて届けられた言葉は、零の思考を停止させるには十分だった。

霜月 零 > 「は!?アイツが、なんでだ!?」

『だから落ち着いて!説明するから!』

落ち着いて、と言われていたのに平静さが吹き飛んでしまう。
当然だ。雪城氷架は自分の恋人。それが風紀に補導されて尋問までされているというのは許容しがたい話である。
だが、ここで声を荒げて妹に喚き散らしても意味がない。
呼吸を何とか整えている間に、芙蓉は説明を始める。

『ひょーかちゃんが、路地裏で「炎の巨人」を呼び出しちゃったみたい。一応正当防衛らしいけれど……ほら、お兄ちゃんも関わってた炎の巨人事件。それが下敷きにあって、ひょーかちゃんの異能は元々ある程度危険視されてたの。
そこで、炎の巨人なんて呼んじゃったから……治安の為にも、詳しい事情を聞かなきゃならないってワケ』

「氷架が悪意であんなの呼び出すわけねぇ……ってのは、通じねぇか、流石に」

『うん。私もひょーかちゃんが何かとんでもないことしようと思って行動を起こすなんて思ってない。そこは確信はある。
でも……『正義の秤は、個人の判断では揺らげない』。それは、分かるよね』

「そりゃあ……そう、だな」

顔をしかめる。
霜月兄妹にとって、雪城氷架が基本的に善性を宿す人間で、強力な力は持つもののそれを悪用する気が無いのは共通見解だし、当然の前提条件だ。
だが、公的に人を判断する場合、単なる親しい個人たちの判断は優先されない。
可能な限り客観的に見て、関係性の薄い第三者がどう判断するか。
それを基準にせざるを得ないのである。

霜月 零 > 『逆にお兄ちゃんに聞きたいんだけど、最近ひょーかちゃんが調子おかしそう、とかなかった?』

「そう、だな……」

記憶を呼び返す。
そう言えば……

「最近、異能の制御がなんか上手くいかねぇ、とは言ってたな……」

『私は、体調崩して異能を暴走させてたのを見たことがある』

二人で情報交換する。この状況で二人でああだこうだとしてもあまり意味はないのかもしれないが、状況を理解したかった。

「っつーことは……意図的に『炎の巨人』を出そうとしたってより、調整をミスってやらかした、ってことか……?」

『多分そんな感じ。ひょーかちゃんも大体そんな感じのこと言ってるみたい』

「……面会とか、可能か?後どれだけの間拘束される?」

『御免、全部不明……私は下っ端だし、そもそもひょーかちゃんと親しいから。そういう情報、あんまり入れて貰えないの』

「ち、それもそうか……」

表面上は冷静に話している物の、内心は大時化の如く荒れ狂っている。
どうすればいい、どうすればいい。疑問が頭の中に浮かんでは、回答を用意できずに霧散していく。
異能と言うものについての知識が不足しており、根源接続も武術限定の零は、こういう時、どうしようもなく無力だった。