2016/01/19 のログ
ご案内:「ロビー」に蘆 迅鯨さんが現れました。
■蘆 迅鯨 > この日、迅鯨は授業を終えるとすぐに女子寮へと戻ってきた。
両サイバネ義足のリハビリはまだ続いており、ソファの傍らに松葉杖を立てかけて座り込んでいる。
此処が歓楽街や落第街であれば良心の呵責を感じることもなく酒を飲み煙草を吸っていただろうが、
さすがに女子寮内でそうする訳にもいかず、ペットボトル入りの炭酸飲料に口をつけながら、
眠り込んでしまわないように周辺の様子を窺っていた。
■蘆 迅鯨 > 「……ぷはァ」
と、一息。幸い、まだ周辺に生徒は少ない。フードで顔を覆ったまま俯く迅鯨。
その脳裏に焼きついていたとある出来事が、鮮明に思い起こされる。
およそ一ヶ月以上前のこと。落第街の廃ビル群付近において、
迅鯨は元『星の子ら』<シュテルン・ライヒ>の一人たる少女の襲撃に遭い、
満身創痍になりながらもこれを撃退、情報を引き出すことに成功していた。
「黒フードとオレンジ色は最優先の目標。その他にも本国からの支援を受け、正規学生の身分を得て暮らしている元『星の子ら』が居れば、彼らも対象」
――迅鯨の手によって止めを刺される前、彼女はそう言った。
そして、裏で糸を引いているのが、落第街に潜伏している元『星の子ら』が『大将』と呼ぶ存在――
肉体から金属刺を出現させる異能を持つ、迅鯨の因縁の相手――河内丸・マリー・グラーザーであることも、告げていたのだ。
■蘆 迅鯨 > 「(確かにこりゃあ……逆恨み以外の何でもねェんだろうな)」
迅鯨自身、そして『オレンジ色』――畝傍・クリスタ・ステンデルに対する『星の子ら』の行いを、
現在の畝傍の同居人であり、彼女が命を落としたと誤解していた迅鯨にその生存を伝えた黒髪の少女サヤは「逆恨み」と評した。
しかし、落第街で一度は刃を交えた河内丸や、名も知らぬ元『星の子ら』の姿を思い出すと、
畝傍のことはともかく、自身に対する彼女らの態度が単なる逆恨みによるものとはとても思えなかったのも確かである。
「(あいつァともかく……俺みてェなのは恨まれても無理ねェか)」
つい先日、学生通りでリハビリ中の迅鯨を助けた小さな後輩の言葉によって、
少しは前向きな心情も芽生えた――はずだが、相も変わらず迅鯨の自己評価は低く、
その自己像も周囲からの印象に比べると数段『悪い』ものだった。
「(にしても……支援を受けてぬくぬく過ごしてるから、だって?ンな動機だけであそこまで本気で来られるかフツー?ったく……俺が何したってんだよ。こちとら、んなこたァ覚えちゃいねェっての)」
迅鯨の記憶は定かでない部分も多い。
自分でも分からない部分への苛立ちからか、思わず心の声を周囲へと漏らしてしまっていた。
■蘆 迅鯨 > 迅鯨が持つ異能――それは自らの心中の声を無差別かつ一方的に、テレパシーとして伝達するものである。
魔術や超科学をはじめとした超常の力を以てすれば遮断が可能だが、壁などの物理的な遮蔽物を用いても防ぐことはできない。
さらにこの異能は眠っている間は制御不能となり、周囲の精神に著しく悪影響を及ぼすことから、
居眠りをしてしまうことも多い迅鯨は一般教室からは鼻つまみ者として扱われ、『たちばな学級』への編入を余儀なくされたのである。
「……いっけねェ」
小声で呟く。今度は心の声ではなく、肉声である。
さらにほんのわずかに顔を上げ、周辺の様子を窺う。
たまたま通りかかった生徒の恨めしそうな視線が突き刺さった。
■蘆 迅鯨 > 「…………」
俯いてしばしの沈黙の後、飲みかけの炭酸飲料が入ったペットボトルの蓋を閉め、
コートの内ポケットにしまい込むと、松葉杖をついてゆっくりと立ち上がる。
「やっぱ無ェんだろうな。この島にも……」
また心の声にしてしまわぬように。出来る事なら誰にも聞こえぬように。
歩きながら、囁くようなとても小さな声で、自身が何度も抱き続けてきた負の感情を表出させる。
「……俺の、居場所は」
迅鯨の瞳には、少しずつ涙が浮かび始め――
「なんで……こんな力、なんだ」
まっすぐに自室へ向かわんとする迅鯨の頬を、冷たい粒が伝っていた。
ご案内:「ロビー」から蘆 迅鯨さんが去りました。