2016/01/23 のログ
ご案内:「部屋」に蘆 迅鯨さんが現れました。
蘆 迅鯨 > この日、蘆迅鯨はリハビリのため寮内を歩く以外、自室に篭りきりの状態であった。
修理とリハビリの甲斐もあり、両サイバネ義足の機能は徐々に回復しつつある。
特に左足についてはほぼ以前と同様に動かせる状態となり、杖が必要なのは右脚側のみとなっていた。
備え付けのベッドの上に寝転がり、片手で携帯端末を操作しながら閲覧していたのは、常世財団により公開された文書のデータベース。
迅鯨はそこに記録されている、過去のある事件に興味を示していた。

蘆 迅鯨 > 「……海底の遺跡……波導……」

財団の分類上《神話型》に区分されている災異の一つ――『呼び声』。
かつて太平洋に隆起した海底遺跡に眠る神性が放っていた波導により、
感受性の豊かな人間に精神錯乱が発生したという。
報告書は未だ編集作業中のようであり、その現象の詳細までは明らかにされていないものの、迅鯨には思うところがあった。

蘆 迅鯨 > 母国の支援団体の手引きでこの常世学園に入学したばかりの頃、
迅鯨には一人の友人がいた。名を剣埼(つるぎざき)という。
剣埼は当時の迅鯨とは異なるクラスで授業を受けていた、絵画の道を志す美術部員であり、
異能こそ持たぬものの、人一倍感受性の強い少女であった。
その異能が授業の進行を著しく妨害するとして厄介者扱いされていた迅鯨に対して、
嫌悪や不快感を表出させることなく接した剣埼は、迅鯨の常世学園における初めての友人となった。

蘆 迅鯨 > だが、二人の関係はそう長くは続かなかった。
ある日の放課後、迅鯨は剣埼のいる美術室を訪問し、彼女が油絵を描く様子をじっと観ていたが、
やがて猛烈な睡魔に襲われ、うっかり眠りについてしまった。
眠りについた迅鯨の異能は制御不能になり、自身が見た夢の内容までも他人の頭の中に送り込んでしまう。
次に迅鯨が目覚めた時、剣埼の四肢は激しく痙攣し、焦点の合わない目でいずこかを見つめていた。
剣埼が何を見たのか――否。『自身が剣埼に何を見せてしまったのか』、迅鯨は知らない。
しかしそれ以降、剣埼は人が変わったように不可解な言動を繰り返し、
彼女が描く油絵もまた、奇怪かつ狂気じみたものへと変貌していった。
周囲の生徒や教師は当然のように迅鯨を謗った。『彼女と関わったことで剣埼は変わってしまった』と――。

蘆 迅鯨 > 「……まさか、な」

無差別に発信されるテレパシーによる、感受性の強い人間の発狂。
この点さえ抜き出せば『呼び声』と呼ばれる現象と類似する箇所こそあれ、
迅鯨の経験したそれは同一のものでないことは確かである。
偶然にも公開された記録と似たような現象が迅鯨の周囲で起きたまでであり、
すべては勝手な思い込みに過ぎない。
しかし、迅鯨の思考の内にあるその思い込みを補強してしまう要素はもう一つあった。

蘆 迅鯨 > それは忘れもせぬ去年の夏、自身を呼ぶような夢の中の『声』に突き動かされるようにして向かった、
かの『悪魔の岩礁』跡に隠されていたモノ。
奇怪な角度の柱や建造物の群れが立ち並ぶ、暗緑色の巨石で構築された都市を思わせる無人の遺跡。
そして、その最奥――損壊した神殿と思われる箇所をはじめ、
遺跡内の複数の箇所に祀られていた、奇怪な蛸頭の神像。
さながら父のように迅鯨を見下ろしていたそのおぞましくも偉大な姿は、迅鯨の脳裏に深く焼き付いていた。

蘆 迅鯨 > 「(もしかして……もしかして、だぞ。……あいつが……)」

海底の遺跡と、其処に眠る神性。
かの岩礁跡の正確な位置までは、すでに迅鯨の記憶からは薄れだしている。
故に、もしかすればこれも偶然の一致かもしれなかった。
しかし、迅鯨が悪魔の岩礁跡で見た『それ』が。
『呼び声』の記録に語られる神性と同一のものか、
あるいはそれと何らかの関連性を持っているものだとしたら――?

「なんて、そんな訳……ねーよな。……ねーよ」

思い至ったひとつの可能性を、声に出してどうにか否定しようとする。

蘆 迅鯨 > 「……剣埼の奴……今、どうしてるかな」

迅鯨が『たちばな学級』への編入を余儀なくされてからというもの、
剣埼とは一度も顔を合わせず、すれ違うこともなくなっていた。
仮に再び出会うことがあったとしても、迅鯨は剣埼と以前のように会話を交わすことはできないだろう。
自分は彼女に、取り返しのつかない事をしてしまったのだから。
――それだというのに、尚も新たに他人との関わりを求め続ける自分は、どれだけ罪深い存在なのだろうか。
本来なら、自分には寂しさを感じる資格さえないのではないか。
迅鯨の胸中には、そんな思いが渦巻き続けていた。

蘆 迅鯨 > このまま眠りについただけで、また誰かの心を壊してしまうかもしれない。
しかし、人間である以上、眠らぬまま生き続けることはできない。
右を向いて端末をベッドの側にある台の上に置き、再び仰向けになると同時に、ゆっくりと瞳を閉じる。
とめどなく溢れては頬を伝う冷たい雫が、真新しい枕をしとどに濡らしていた。

「(なあ、俺は……どうすりゃァいいんだろうな。……どうすりゃァ……良かったんだろうな)」

未だ答えは出ない問いかけを続けるうち、少女の意識は暗闇へと沈んでゆくだろう。

ご案内:「部屋」から蘆 迅鯨さんが去りました。