2017/08/11 のログ
ご案内:「部屋」に和元月香さんが現れました。
和元月香 > とある女子寮の一室。
そこは、実家から持ち込んだアニメのポスターが壁に貼られ、
ぬいぐるみがそこかしこに飾られていると思いきや、反対側の棚にはモデルガンと魔術書が仕舞われているというなんともアンバランスな部屋だ。

左奥に据えられたセミダブルベッドに、少女は寝転がっていた。
仰向けになり、言うほど大きくは無いが綺麗な形をした胸の下にはとあるロボット少年に取ってもらった特別なぬいぐるみ。

手は、慣れた動作で携帯電話をいじくっている。

和元月香 > 自室で思う存分くつろいでいる月香は、今日でとある作業を打ち切ろうと考えていた。

(...ダメだな。彼方のはもう詰んだわこれ。なんだこれ)

気にかけるとある女子生徒の情報。
もう、枯れた井戸を掘り返しているようなもの。
つまりは、完全に詰んだ。
謎すぎるだろう。

「...仕方ないかぁ...」

はー、と溜息をついて寝返りを打つ。
ぬいぐるみを抱き寄せ、ふかふかの毛に顔を埋める。
携帯をベッドサイドに置いて、また寝返り。

「.....最近忙しかったからろくに休めてなかったなー」

ごろごろごろごろ。
左右に寝返りを繰り返しながら、体の調子を確かめる。

肩や腕、足がずんと重い。
体は疲労困憊のようで、あともう1歩で金縛り状態だ。

和元月香 > 思えばこの夏、たくさんの事があった。
____いや、まだ終わっていないのだが。

新たに出来た思い出を振り返る月香の顔は穏やかだ。
路地裏の【彼】は自然消滅するだろうな、だとか。
変人にもたくさん出会った夏だったな、とか。

いっぱい、いっぱい、思い出が出来た。
いいことだ。

「...夏はなんだかんだ最高だなー」
『何を言っているの?』
『最高なんかじゃない』

ば、と目の前に飛び込んできた恨みがましい白い文字。
真っ黒なページに綴られたそれに、月香は少し刮目する。

「...ふぁっ!?」
『ツキカ』
『ツキカ』
『ひどい』
『ひどいわ』
『ワタシとは全然遊んでくれなかった』
『外にさえあまり出してくれなかった』
『どうして』
『なんで?』

まるで言い詰めるかのように羅列する言葉。
月香は「えー」と誤魔化すようにそっぽをむいた。

「い、いやお前本だし?どこへ連れてけと?」
『ツキカがいるならどこでもいいわ』
『ツキカが望む場所』
『ワタシのシアワセ』

(望む場所って...なんだそりゃ)

心の中で小さく呟いて、月香は虚空に手を伸ばし____。
むんず、と宙を浮遊する真っ黒な本を乱雑に捕まえる。
身体を起こしてベッドに押し付けて、動きを封じる。

『え』
「そんなこた言われても困るわ!」

そう叫ぶと、黒い本にこう宣う。

「出来るだけ連れていってるでしょーが外に!
これ以上何の不満があるんだよー?」

和元月香 > 手を離せば、ぺらりとページがめくれる。

ぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらりぺらり____。
絶え間なく、段々早く捲れ続ける呪いの魔術書。

「っ...?ちょ、どうした?」

様子がおかしい。
気づいた月香が思わず声を掛けると。

____ぴた、とページが大きく開かれて止まった。



『だって』
『だって』


『ツキカ』
『あなた』

『ワタシのもの』


『なのに』
『なのに』
『どうして』
『どうして』
『どうして』

____どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして

ページに刻まれた文字。
それは疑問を示す、幼げな狂気。

月香は小さく、顔を歪めた。
何故か自分に異様に執着しているこの自我を持った本が、
何故こんなに狂ったように言い募っている理由を悟ったからだ。

月香は、恋をしたのだ。
この本が月香に向ける感情とよく似たものを、別の誰かに向けている。
まだ密かなものに過ぎないが。

和元月香 > 『なんで』
『あいつ』
『あんなやつ』
『あんなの』
『異界のケダモノに』
『ねぇ』
『どうして』

口汚く【彼】を罵る黒い本。
相当憎いらしい。
月香はそれを黙って眺めていたが、
やがて呟くようにこう言い切った。

「あー、あんまりあいつのこと酷く言わないでねー。
ライターで燃やしたるからなー」

にこ、と笑って黒い本を捻るようにしてベッドに押しつぶす。
黒い本は半分開いたページに、一言こう刻む。

『気まぐれでしょう』
「うん」

即答で頷く。
それを確認した黒い本の抵抗が、ふっと消えた。
まるで、諦めるかのように。

『あなたはいつもそう』
『利益が無い限り』
『気まぐれで人を生かすか殺すか』
『良心が無いのかしら』
『無いのよね』
『情はあるのにどういう事?』
『歪よ』
『歪だわ』

ぐだを巻くような本の言葉を見流して、
少女はベッドに寝転ぶ。
ぬいぐるみを抱きしめた月香は、何故か。

嬉しそうな笑を浮かべていた。
頬が、僅かに紅潮している。

「そんなこたぁ関係無いよ。
あいつから言われたよ?壊れてもそのあとどうするかが大事なの」

まるで自分に言い聞かせているかのように呟いて、
だからこそと心の中で前置きする。

「____だから、死なせない。分かった?」

黒い本に、真っ直ぐな視線でそう語りかける。
そうだ、死なせない。

かつて仲間を、利益のために皆殺しにした自分。
そんな自分が恋をしても、きっとその恋人すら簡単に殺すことができるだろうと月香は思っていた。

なにしろ、しょっちゅう人を【苦しめる】罪悪感、良心、後悔。
そんな感情が自分には無いのだから。

今でもそれは、変わらない。
きっとあいつだって、月香は殺そうと思ったら何の躊躇いも躊躇も無く彼を殺せる。
その後罪悪感に苦しむことも、無い。


____それでも。

和元月香 > 「この感情を無駄にすんのは勿体ないし、
ただでさえたくさん喪ってるんだし、たまには新しく得てみても許されるでしょ。

恋愛感情、とかさー」

ね、と朗らかに笑う。
ギリギリとベッドに押し付けられていた黒い本は、苦し紛れのように。

『そんなこと言って』
『結局』
『どうせ』
『それは気まぐれよ』
『気まぐれに過ぎないわ』
『あなたは他人とは違うの』
『分かっているよね?』
『だから』
『無駄な幻想は抱かないで』

あなたは他人とは違う。
思考の作りが、傍から見たら異常でしかない。
情はあるのに、良心はない。
絆があろうと無かろうと、誰にでも平等な貴方。
そんな貴方が、誰かを特別に想う恋をする?

『無理に決まっているよ』

それは貴方の大事な【彼】を傷つけるだけじゃないの?

『彼は違うわ』
『あなたとは違うの』

『ね』
「...あんたは何も分かってないね」
『え?』

月香は、戯言を遮るように強いが静かにそれを否定する。
笑みは浮かんでいたが、目は笑っていなかった。

「私を特別扱いするのも大概にしてほしいわ。
私なんかより、あいつの方がよっぽど凄いからさ」

『は』
『何を言っているの』

「.....まぁそうあんたに言ったとこで納得はしてもらえないだろーね。
でもこれだけは言わせろ、【決めつけんのも大概にしろよ】」

『!』

和元月香 > 黒い本は急に、大人しくなった。
そのまま月香に解放されると、振り返る事なく本棚へ浮遊して帰りはじめる。

____『あぁ、危なかったわ』
____『ワタシ、ほんと馬鹿ね』

____『もうすぐで、ツキカの【気が変わるところだった】じゃない』

黒い本は思い知った。
自分を見下ろす、月香の興味の消えかけた瞳を見たその瞬間に。
自分もあくまで、月香の気まぐれで傍にいれるに過ぎない。
あの男とは、所詮同じだということを。

一方月香はそんな事を黒い本が考えているとは露知らず、
ふわぁと欠伸をしてベッドに再び寝転がる。

「____...んぐぅ...」

さっきの興味無さげに冷えきった瞳も。
胡散臭い笑顔ももうそこにはない。
ただの少女の、間抜けな寝顔だけがあった。

彼女が抱えるのは気まぐれでしかない感情なのか。
黒い本はそう信じてやまない。

しかし、今の月香にはもうそんな事は関係無かった。
____すやすやと眠りながら、優しく儚い夢だけを見続けている。

ご案内:「部屋」から和元月香さんが去りました。