2015/09/03 のログ
倉光はたた > 「おいしくない……おいしい……」
よくわからなかった。
少なくともそういう意味できいたわけではない、らしい。

うれしくて、ふわふわして……
「……うう」

少し唸って、やがて言葉を紡ぐ。
「きもちいい……ふわふわ……わからない」
首を振る。顔に浮かぶ感情は薄いが、残念そうにも見えた。

「でも……しらない、こわい、が、なくなる……ことは、……
 良い」
ヨキの耳から手を離して、慌てたようにそう付け足す。

ヨキ > (はたたの反応に、うん、と何事か納得したように微笑む。
 ――次ぐ声が、柔らかみを増す)

「そっか。
 うん。ちょっとずつでいいよ」

(はたたの手が離れると、垂れた耳はへにゃり、ふらふら、と揺れた。
 その先を自分でつまみ上げ、ひらひらと揺らす。
 それじゃあ、と、言葉を変えて、)

「倉光君が、わかる、知ってる、怖くない。そういうひとや、もの。
 何かある?」

倉光はたた > 「…………」

ヨキの横を砂浜を踏みしめて数歩離れる。
再びヨキへと向き、切りそろえられた白い髪の両端をつまみ、
ツーサイドアップの形にした。真剣な表情。

「……ユキヱ。
 さいしょに、しらないを、知ってるにした。すごい」

その名前を出した時は、誇らしさすら見えたが――
言い終えて無表情に俯いてしまう。

「めいわく、だった……たぶん」

ヨキ > 「ゆきえ……」

(特徴的な髪型。
 そのヘアスタイルの『ユキヱ』を、ヨキ自身ひとりだけ知っている)

「……平岡、ユキエ君のことかな」

(衣服の裾をしゅるりと鳴らして、乾いた砂の上に腰を下ろす)

「その『ゆきえ君』がめいわくに思うようなこと……何か、しちゃった?」

(詰問になることを避けて、ぽつぽつと言葉を零す)

倉光はたた > 「……ん」
がくりと頷く。

「…………う」
ユキヱが謹慎処分になった経緯を、はたたは細かく知っているわけではない。
けれどなんとなくは、察していた。

そして、はたたの“家族”が自分に向けた、
怯えるような、恨むような視線。

自分は、いるだけで人になにか害をなすのではないか、と、
そこまで具体的な考えができたわけではない。
ただ、漠然と、言葉にできぬ考えが――自分を、ユキヱから遠ざけていた。

「なにも、してない。
 わからない。わからない。こわい。……」
首をぶるぶると振りながら、弱々しい声で。

ヨキ > 「うん。
 ――『何もしてない』、か」

(はたたの、自らの心情を十分に表すことのできない言葉に目を伏せる)

「『ユキヱ君』は、そうそう君を怖がりはしないと思うけどな……」

(己の強い眼差しを、砂の上に落としたまま、暫しの間言葉を切る。
 沈黙がふっと重みを増す前に――やわらかな眼差しで顔を上げ、左手を持ち上げる。
 手のひらを上に向けて動かさず、はたたを招くように)

「……でも君は、ヨキにも何もしていないよ。
 何もされてないから、ヨキは君が怖くない」

倉光はたた > ちょこちょこと、ヨキへと小さな歩幅で歩み寄る。

「こわく……ない」
繰り返す。
何もされてないから、こわくない。
ヨキの言葉は、複雑なことを理解できないはたたの脳にも染みわたる。
道理であるようにも思えた。

では、なぜ、それでもおそろしい?

「でも、
 はたたは、わたしは……」
ためらうように一度言葉を止める。

「“わたし”が、こわい。
 “わたし”が、わからない……」

両手で顔を覆う。
目を見開いて、即席でできた小さな暗闇を覗きこむ。
そこに“わたし”がいるかのように。

ヨキ > (近くなったはたたの顔を、地面の上から見上げる。
 こわいもの、わからないもの――『わたし』。
 顔を覆うはたたの姿を前に、得心のいった表情を浮かべる……)

(――実際のところ)

(このヨキという男は、『倉光はたた』が死後病院から姿を消した生徒であることを知っていた。
 その姿が、生前のそれと大きく形を違えていることも。
 容姿の変容、ユキヱとの関係。与り知らない事情は別としても――察していた。
 はたたが、そこに在るだけで大きな不自由を抱えていることを)

(立ち上がる。
 はたたの背後から、長い腕を肩に回して包み込まんとする。
 いびつな翼のような、異形の突起ごと)

「そっか。
 君がいちばんわからなくてこわいのは、君のことだったか。
 そうしていると、『君』がどこかに見えるのかな?

 ……でもなあ。
 目を閉じていると、『わたし』は余計にどこかへ行っちゃうんだ。

 ヨキも、それで『こわく』なったことがあるから」

倉光はたた > かすかに身を震わせて、腕に身を委ねる。

「……ヨキも?」
首をかしげて。
覆った手をそろりと除けて、下ろす。
かさかさと、羽根に似た突起が、風に揺れる枯れ枝のように鳴った。

「……ヨキは、どうやって、みつけたの?」
すがるように問うた。

ヨキ > (腕の中のはたたを見下ろす)

「うん。ヨキも。
 自分がわからなくなって、こわくて、ひとりになりたい、って思ってた」

(肩を抱いたまま、思い出すように遠くを見る。
 目を閉じずとも暗闇のような夜が、海に落ちようとしている。
 顔をはたたへ引き戻す)

「『わからなくてもいいよ』、って言ってくれる人が居たからさ。
 ヨキが、自分のことをわかってなくても、それでいいよ、ってね。

 わからなくても、こわくても。
 それでもその人は、ヨキに『いいよ』って言ってくれたんだ」

(小さく、首を傾げる)

「『ユキヱ君』は……、君にそんなようなことを言いはしなかった?」

倉光はたた > 「……、……」
ヨキの言葉をひとつひとつ聞き漏らすまいと、
ゆらゆらと首を揺らしながら、真剣な面持ちで耳を傾ける。

しばらく、波音だけの響く沈黙。
はたたはヨキへと向かいながら、どこか遠く、ここにはいないものを見た。

「わかった」

静かに言う。

「はたたも、ユキヱみたいになる……
 はたたも、いいよ、って言う」

目を瞑る。

「ユキヱは……すごいんだから」

絞りだすように。

意味もわからず、引っ張られるようにして使っていた言葉を――
ほんとうの意味で理解していく。

ヨキ > (はたたの言葉に、静かに耳を傾ける)

「――うん。
 『ユキヱ君』がすごいことを、ヨキはあんまり知らないんだ。

 でもなあ。
 君が『すごい』と思ったことは、多分ずっと『すごい』。

 その『すごい』人と、一緒にいてごらん。
 君の『わからなかったもの』が、きっといっぱい見つかるよ」

(はたたの背後に回り、その両肩に優しく手を置く。
 相手の肩口に顔を寄せて、言葉が組み立てられてゆくのを気長に待つ)

倉光はたた > 「……ん!」
両拳を握る。
肩に置かれた手に、首を倒すようにして首肯。

「はたたは、……わたしは、……きっと……」
その先は、言葉にならず。一度口を閉じて、また開く。

「……おしえてもらう。
 それから、おしえる。
 はたたのことを」

たどたどしい、しかし意思のこもる口調。
とすとすと、ヨキのもとから歩いて離れる。
振り返る。ヨキを凝視して、腰から上を前に曲げた。

「それじゃ!」
そう小さく叫んで、砂浜を駆けて去っていく。
途中で一度べしゃっとまた転んだ。

ご案内:「浜辺」から倉光はたたさんが去りました。
ヨキ > (頭の零れ落ちそうな首肯の仕草。
 はたたの中で何かが実を結んだらしい様子に、こちらもまた小さく頷く)

「それがいいよ。
 もし……またわからなくなっちゃったときには、ヨキのところへおいで。
 いっしょに考えよう。それが『せんせい』ってやつだから」

(離れゆくはたたを見る。
 短い挨拶の言葉に、空いた手を振り返して答える)

「じゃあな!」

(走ってゆく姿を見届ける。
 その背が見えなくなってから――目を伏せる)

「…………、」

(『それでもいいと言ってくれた人』。
 ヨキにとってのそれは、自分を教師として擁する――

 他ならぬ、常世学園そのものだ)

ご案内:「浜辺」からヨキさんが去りました。