2015/09/03 のログ
■倉光はたた > 「おいしくない……おいしい……」
よくわからなかった。
少なくともそういう意味できいたわけではない、らしい。
うれしくて、ふわふわして……
「……うう」
少し唸って、やがて言葉を紡ぐ。
「きもちいい……ふわふわ……わからない」
首を振る。顔に浮かぶ感情は薄いが、残念そうにも見えた。
「でも……しらない、こわい、が、なくなる……ことは、……
良い」
ヨキの耳から手を離して、慌てたようにそう付け足す。
■ヨキ > (はたたの反応に、うん、と何事か納得したように微笑む。
――次ぐ声が、柔らかみを増す)
「そっか。
うん。ちょっとずつでいいよ」
(はたたの手が離れると、垂れた耳はへにゃり、ふらふら、と揺れた。
その先を自分でつまみ上げ、ひらひらと揺らす。
それじゃあ、と、言葉を変えて、)
「倉光君が、わかる、知ってる、怖くない。そういうひとや、もの。
何かある?」
■倉光はたた > 「…………」
ヨキの横を砂浜を踏みしめて数歩離れる。
再びヨキへと向き、切りそろえられた白い髪の両端をつまみ、
ツーサイドアップの形にした。真剣な表情。
「……ユキヱ。
さいしょに、しらないを、知ってるにした。すごい」
その名前を出した時は、誇らしさすら見えたが――
言い終えて無表情に俯いてしまう。
「めいわく、だった……たぶん」
■ヨキ > 「ゆきえ……」
(特徴的な髪型。
そのヘアスタイルの『ユキヱ』を、ヨキ自身ひとりだけ知っている)
「……平岡、ユキエ君のことかな」
(衣服の裾をしゅるりと鳴らして、乾いた砂の上に腰を下ろす)
「その『ゆきえ君』がめいわくに思うようなこと……何か、しちゃった?」
(詰問になることを避けて、ぽつぽつと言葉を零す)
■倉光はたた > 「……ん」
がくりと頷く。
「…………う」
ユキヱが謹慎処分になった経緯を、はたたは細かく知っているわけではない。
けれどなんとなくは、察していた。
そして、はたたの“家族”が自分に向けた、
怯えるような、恨むような視線。
自分は、いるだけで人になにか害をなすのではないか、と、
そこまで具体的な考えができたわけではない。
ただ、漠然と、言葉にできぬ考えが――自分を、ユキヱから遠ざけていた。
「なにも、してない。
わからない。わからない。こわい。……」
首をぶるぶると振りながら、弱々しい声で。
■ヨキ > 「うん。
――『何もしてない』、か」
(はたたの、自らの心情を十分に表すことのできない言葉に目を伏せる)
「『ユキヱ君』は、そうそう君を怖がりはしないと思うけどな……」
(己の強い眼差しを、砂の上に落としたまま、暫しの間言葉を切る。
沈黙がふっと重みを増す前に――やわらかな眼差しで顔を上げ、左手を持ち上げる。
手のひらを上に向けて動かさず、はたたを招くように)
「……でも君は、ヨキにも何もしていないよ。
何もされてないから、ヨキは君が怖くない」
■倉光はたた > ちょこちょこと、ヨキへと小さな歩幅で歩み寄る。
「こわく……ない」
繰り返す。
何もされてないから、こわくない。
ヨキの言葉は、複雑なことを理解できないはたたの脳にも染みわたる。
道理であるようにも思えた。
では、なぜ、それでもおそろしい?
「でも、
はたたは、わたしは……」
ためらうように一度言葉を止める。
「“わたし”が、こわい。
“わたし”が、わからない……」
両手で顔を覆う。
目を見開いて、即席でできた小さな暗闇を覗きこむ。
そこに“わたし”がいるかのように。
■ヨキ > (近くなったはたたの顔を、地面の上から見上げる。
こわいもの、わからないもの――『わたし』。
顔を覆うはたたの姿を前に、得心のいった表情を浮かべる……)
(――実際のところ)
(このヨキという男は、『倉光はたた』が死後病院から姿を消した生徒であることを知っていた。
その姿が、生前のそれと大きく形を違えていることも。
容姿の変容、ユキヱとの関係。与り知らない事情は別としても――察していた。
はたたが、そこに在るだけで大きな不自由を抱えていることを)
(立ち上がる。
はたたの背後から、長い腕を肩に回して包み込まんとする。
いびつな翼のような、異形の突起ごと)
「そっか。
君がいちばんわからなくてこわいのは、君のことだったか。
そうしていると、『君』がどこかに見えるのかな?
……でもなあ。
目を閉じていると、『わたし』は余計にどこかへ行っちゃうんだ。
ヨキも、それで『こわく』なったことがあるから」
■倉光はたた > かすかに身を震わせて、腕に身を委ねる。
「……ヨキも?」
首をかしげて。
覆った手をそろりと除けて、下ろす。
かさかさと、羽根に似た突起が、風に揺れる枯れ枝のように鳴った。
「……ヨキは、どうやって、みつけたの?」
すがるように問うた。
■ヨキ > (腕の中のはたたを見下ろす)
「うん。ヨキも。
自分がわからなくなって、こわくて、ひとりになりたい、って思ってた」
(肩を抱いたまま、思い出すように遠くを見る。
目を閉じずとも暗闇のような夜が、海に落ちようとしている。
顔をはたたへ引き戻す)
「『わからなくてもいいよ』、って言ってくれる人が居たからさ。
ヨキが、自分のことをわかってなくても、それでいいよ、ってね。
わからなくても、こわくても。
それでもその人は、ヨキに『いいよ』って言ってくれたんだ」
(小さく、首を傾げる)
「『ユキヱ君』は……、君にそんなようなことを言いはしなかった?」
■倉光はたた > 「……、……」
ヨキの言葉をひとつひとつ聞き漏らすまいと、
ゆらゆらと首を揺らしながら、真剣な面持ちで耳を傾ける。
しばらく、波音だけの響く沈黙。
はたたはヨキへと向かいながら、どこか遠く、ここにはいないものを見た。
「わかった」
静かに言う。
「はたたも、ユキヱみたいになる……
はたたも、いいよ、って言う」
目を瞑る。
「ユキヱは……すごいんだから」
絞りだすように。
意味もわからず、引っ張られるようにして使っていた言葉を――
ほんとうの意味で理解していく。
■ヨキ > (はたたの言葉に、静かに耳を傾ける)
「――うん。
『ユキヱ君』がすごいことを、ヨキはあんまり知らないんだ。
でもなあ。
君が『すごい』と思ったことは、多分ずっと『すごい』。
その『すごい』人と、一緒にいてごらん。
君の『わからなかったもの』が、きっといっぱい見つかるよ」
(はたたの背後に回り、その両肩に優しく手を置く。
相手の肩口に顔を寄せて、言葉が組み立てられてゆくのを気長に待つ)
■倉光はたた > 「……ん!」
両拳を握る。
肩に置かれた手に、首を倒すようにして首肯。
「はたたは、……わたしは、……きっと……」
その先は、言葉にならず。一度口を閉じて、また開く。
「……おしえてもらう。
それから、おしえる。
はたたのことを」
たどたどしい、しかし意思のこもる口調。
とすとすと、ヨキのもとから歩いて離れる。
振り返る。ヨキを凝視して、腰から上を前に曲げた。
「それじゃ!」
そう小さく叫んで、砂浜を駆けて去っていく。
途中で一度べしゃっとまた転んだ。
ご案内:「浜辺」から倉光はたたさんが去りました。
■ヨキ > (頭の零れ落ちそうな首肯の仕草。
はたたの中で何かが実を結んだらしい様子に、こちらもまた小さく頷く)
「それがいいよ。
もし……またわからなくなっちゃったときには、ヨキのところへおいで。
いっしょに考えよう。それが『せんせい』ってやつだから」
(離れゆくはたたを見る。
短い挨拶の言葉に、空いた手を振り返して答える)
「じゃあな!」
(走ってゆく姿を見届ける。
その背が見えなくなってから――目を伏せる)
「…………、」
(『それでもいいと言ってくれた人』。
ヨキにとってのそれは、自分を教師として擁する――
他ならぬ、常世学園そのものだ)
ご案内:「浜辺」からヨキさんが去りました。