2015/09/12 のログ
ご案内:「浜辺」に茨森 譲莉さんが現れました。
茨森 譲莉 > ……アタシは、海に来ていた。

屋上で二人に振り回された後、アタシは島の外側をぐるりと囲う海辺の一つに足を向けた。
どこまでも続く海岸、小さく響く波の音。アタシの足が踏みしめる、砂が鳴る音。
全てがそこが海である事を証明していたし、アタシは今そこに立っている。
夏というにはもう遅く、ひんやりと冷たい海の水が、アタシの細足に砂を乗せては洗い流している。

「―――いたッ!」

足元を見ると、無謀にも巨人に挑む赤い鋏が足の小指を挟んでいた。
その鋏の持ち主と暫くの間睨みあうと、アタシは容赦なく足を振るう。
ぽーんと飛ばされた赤い影は、くるくると回ってぽちゃんと海に落ちた。
分を弁えないからそうなるんだぞ、愚か者。

そんな一人寸劇を楽しみながらも、アタシは遠く遠く、海の向こうを眺める。
アタシは、ここに来て良かったんだろうか、それとも、良くなかったんだろうか。

率直に言うのなら、故郷が少し恋しくなったのだ。アタシは。

茨森 譲莉 > 海に、その先にある故郷に、島の外に向けて何か叫べば、少しは気分がよくなるだろうか。
そう考えたアタシは、とにかく大きく大きく口を開く。……そして、そっと閉じた。

「………お前に言う事なんて、何も無いわ。」

ぴしゃっと、海の水を蹴る。
それはもう待ってましたとばかりに丁度良くやってきた波に足が当たって、
凄まじい手応えと共に大きく飛沫を上げた。
舞い上がった雫の一部は、ぴょんぴょんと跳ねて口に入ってくる。

「―――しょっぱッ!!」

ぺっぺと唾を吐きだして口を拭い、海の向こうをアタシお得意の悪い目付きで睨みつける。
ゆらゆらと揺れる水が、アタシを睨み返した。

「そうよ、しょっぱいだけのお前にいう事なんて何も無いわ。」

脳みそというスポンジから、その海の水のようにしょっぱいだけの元居た学校の思い出を引っ張り出す。
あの場所に比べれば、今いるここは楽園のような場所だ。
だが、何故だろうかそこに居るアタシは、前よりも追い詰められているような気がした。

くるりと海に背を向けて、浜辺へと歩き出す。
ざぶざぶと足に絡みつく水が、アタシの後ろ髪を引くようで。

茨森 譲莉 > 浜辺に上がるともう一度だけ、振り返る。
日の落ちた海は、どこまでも真っ黒で、ところどころに白波が立っている。

「………寂しくなんかないわよ、バカヤロウ。」

口からそんな言葉が漏れた事を知らないまま、アタシは両手に学校指定のローファーと、あと靴下をぶら下げて。
浜辺から道へと、常世学園へと帰る階段をゆっくりと上る。

別に、海に未練があるわけじゃない。
勢いよく階段を駆け上がると、足に刺さる石が痛いだけだ。

茨森 譲莉 > 数分後、浜辺の近くのバス停に辿り着いたアタシは、
足の裏についた砂やら砂利やらをそれはそれは乱雑に靴下で払いながらバスを待っていた。

潮風に長らく晒されたバス停は存分に錆びついているし、
アタシが腰掛けているベンチもギシギシと音を立てている。
既に日の落ちている時間である事も考えると、ある意味ではいい雰囲気だ。

肝試しの季節は、過ぎているけれど。

茨森 譲莉 > そんな雰囲気に少しばかり体を震わせているアタシの所に、二つのヘッドライト道路を照らしてバスがやってくる。
停車音を鳴らして止まると、どうぞとばかりに入口が開いた。
特に何もおかしなところはない。車輪じゃなくて足になっているとか、空に浮いているとか。

当然、そのバスに乗って帰らなければならないアタシはそのバスに乗り込んだ。
………乗客は一人もおらず、運転手のみ。

何処まで行きますか?と前もって問いかける運転手に首を傾げながら、
アタシはアタシの家の場所を告げ最寄りのバス停までお願いしますと答えた。
島に来たばかりのアタシでは、周囲の景色から降りるバス停を判断するくらいしか出来ないからだ。
運転手は小さく頷いてほほ笑むと、「それでは、出発します。揺れますのでご注意ください」
と、ゆっくりと丁寧に熟練した様子でアクセルを踏んで走り出した。

最寄りのバス停で止まったバスを降りて、ふと、
料金の支払いをしていない事に気が付いて振り返った頃には、既にそのバスの姿は無く。

首を傾げて、空いてたし運転手さんの好意でおまけしてくれたのかなと楽観していたアタシが、
その浜辺のバス停が、既に使われていないものである事を知った時に震えあがったのは、言うまでもない。

ご案内:「浜辺」から茨森 譲莉さんが去りました。