2015/11/17 のログ
ご案内:「浜辺」に蓋盛 椎月さんが現れました。
ご案内:「浜辺」に奥野晴明 銀貨さんが現れました。
■蓋盛 椎月 > 夜の砂浜。
海のシーズンももはや遠い。
あるのは打ち付ける波音と、磯の香りだけ。
真っ暗で、灯りを持っていなければ常人には歩くことすら覚束ない。
そんな場所に、蓋盛はひとり、人を待って佇んでいた。
手にはコンビニのビニール袋を提げている。
■奥野晴明 銀貨 > 遠くに街灯の灯りが点々と見える方向から砂をさくさくと踏みしめて
一人の小さな影がやってくる。
灯りもないのに蓋盛のほうへと確かな足取りで進んでくるその人は銀貨だった。
「先生、こんばんは」
透き通るような少年の声がそう呼びかける。
学校も終わったというのに若草色のカーディガンに制服のズボン姿。
突然蓋盛から銀貨の携帯宛に
「砂浜で大人の夜デートしようぜ~(意訳・変なスタンプ付)」
との連絡が入ったのでこうしてわざわざ向かったのだ。
夜の海風はかなり冷たい。
■蓋盛 椎月 > 「よっ、こんばんは」
いたっていつもどおりの、呑気な調子で挨拶を返す。
もそもそと肉まんを齧っていた。
もう片方の手でペンライトを握っている。
「この季節になると肉まんがおいしいねえ。
銀貨くんもいる?」
そう言ってもうひとつ肉まんを見せる。
それを受け取るか受け取らないかはさておきとして、
蓋盛は機嫌良さそうに、子供っぽい口調でしゃべり続ける。
「銀貨くん、あたしねー、夜の海好きなんだ。
誰もいないところとか、暗い空と混ざり合って
ずっとどこまでも続いてそうなところとか。」
海風がビュウビュウと吹いて蓋盛の髪を靡かせた。
「きみには好きな景色ってあるかい?」
■奥野晴明 銀貨 > 蓋盛が差し出した肉まんには首を振って断る。
「先生お腹空いていらっしゃるなら僕の分も食べていいですよ。
それよりも、寒くはありませんか?」
そっと蓋盛に近づくと自分のカーディガンを脱いで彼女の肩にかけようとする。
機嫌のよさそうな蓋盛の様子に目を細めながら
「そう、先生にとって誰もいないところや無限に続くところが
好ましいんですね。僕は夜の海って少し苦手です。
自分があの沖の向こうに漂っていて、対岸に家々の灯りが見えるのに
自分は決してそこに泳ぎ着かないって……そう思っちゃうから」
自分の髪を少しだけ押さえつける様に指先で弄んで
少しだけ考える。
「たちばな学級にいた頃の教室の景色……ですかね。
調子がいい時は他の子も一緒に授業受けられて楽しかったし……。
あとは、実験室にいた頃の真っ白い壁の部屋。
あそこなら拘束具とかもあって
自分が誰も傷つけないし、誰にも傷つけられないって安心できた気がします」
■蓋盛 椎月 > 大丈夫だよ、と銀貨の申し出を断る。
「きみの好きな場所はどっちも過去にあるんだな」
銀貨には受け取ってもらえなかった肉まんを袋にしまうと、
海岸線に平行に歩き始める。
「あたしは逆で、何もかも壊したかった。
壊して殺して燃やし尽くしたかった。
何もかもが気に入らなかった。
いや、きっと今でもそう思っているんじゃないかな……」
とりとめもない話を続ける。
「知り合いが言ってたんだが……
剣にもし意思があったなら、何かを斬りたい、そう思ってるんだろう。
『鋭い切れ味を持って生まれたからには、それが生きる意味だ』――ってね」
ざくり、ざくり、と砂を踏みしめて、歩く。
ふいにその歩みを止めて、いたずらっぽく囁く。
「きみは何かを壊したいって思ったことはない?
その剣の切れ味を、試したいって思ったことはないかい?
……あるいは今もそう思っているんじゃないかい?」
■奥野晴明 銀貨 > 着せかけられなかったカーディガンを苦笑して着なおす。
蓋盛の後を追うようにその後ろを歩き
「本当だ、きっと大人になることが嫌なんでしょうね僕」
自嘲気味に口元だけで笑った。
蓋盛の話を何も言わずに聞き終えると
声を潜める様に、抑揚なく返事を返す。
「先生と同じ知り合いかは知りませんが僕もそんな剣みたいに鋭い人を見かけましたよ。
でもああいう人って生きるの大変そうだなって、どこまでも社会に飼い馴らされちゃった僕は思っちゃいましたけど」
蓋盛の悪魔のささやきにそっと薄紫の双眸が歪められた。
光りもない夜の海に瞳は輝くことも無い。
「全く思わないことはなかったです。
今だって欲を言えば試してみたいし、僕と対等に渡り合える相手はどこかにいるでしょう。
それに時が経てばいずれ僕を安々と越える異能力者は生まれます。
でも本当に、そうなったときって……
本当に世界が壊れちゃうんじゃないでしょうか。
少なくとも僕は、たぶん、この島を廃墟にしてしまえるんじゃないかとは、思ってて……。
先生は、壊そうとして、失敗したんですか?」
■蓋盛 椎月 > 「ああ、壊せなかった。
あたしは壊そうと思えば、なんでも壊せた。
だけど、壊しても、壊しても、あたしが壊したいものはキリがなかったから……
あたしは、あたしを壊して、終わりにしようとした」
ばっ、と両手を翼のように広げる。
その拍子に、肉まんの入ったビニール袋が手からすっ飛んでいく。
食べられることのなかった肉まんが、袋からこぼれて砂にまみれた。
「ねえ、」
振り向く。
「世界ってさ……そんなに大事かい?」
口元を三日月のように歪めた、魔女の笑い。
幽鬼のような足取りで、銀貨へと近づく。
「あたしたちを
受け入れてくれない
狭量な世界が、さ」
コンビニの袋の代わりに、回転式拳銃が握られている。
■奥野晴明 銀貨 > すっ飛んで行った肉まんに反射的に目をやって
そうして地に落ちて半ば砂に埋もれたそれを残念そうに見下ろした。
蓋盛の常ならざる笑みに、存在感のない足取りに
銀貨はひときわ寂しそうな顔をして迎え入れた。
「先生……」
拳銃の鈍い鉄の色を見ても、銀貨は特に動揺しなかった。
「僕は、世界を壊したくなくなったんです。
先生が、いたから。
」
せんせい、と眉を歪めて普段滅多に見せない泣きそうな顔で口を開く。
「それまで母と自分しかなかった僕の世界に、蓋盛先生やヨキ先生
他のたちばな学級の子たちがいて、
だけど母が亡くなったとき、僕の世界は一度欠けて壊れました。
その時思ったんです。世界って案外もろくてどうしようもないんだって。
諦めがついたんです。きっと僕が本気になれば他のものも本当の意味で壊せるって思ったときに
失ったときの痛みや衝撃に僕自身が耐えられるかどうかって考えたら
たぶん無理だなって。
僕が自制を強いるのはあなたと一緒にいたかったからでした。」
「世界はだいきらい。でも、あなたは好き。
たとえあなたが僕を壊したくても」
ぽろりと一筋、銀貨の頬を涙が伝った。
■蓋盛 椎月 > (――弱り切ったヨキを見た時、)
(わたしはああなってはならないと思った。)
(それはヨキへ対する侮蔑などでは決してなく、)
(わたしまで膝を折れば銀貨の周囲には誰もいなくなってしまうと思ったからだ。)
(わたしだけは彼にとっての強い大人でなければならなかった。)
手からするりと拳銃が滑り落ちて、砂の上に音もなく着地する。
からになった両手で、自身の顔を覆った。
そうして苦しむように身を折る。
長い沈黙。
「きみはずっと、死にたいんだと思っていた。
きみが破滅を望むのなら、
あたしはきみの死となろうとした。
それがあたしのつとめだと思った……」
ウゥゥ、と、獣のような唸り声をあげる。
「迷惑なんだよ、銀貨。
あたしは『遊び』を続けたいんだ。
バカじゃないのか。こんな女を好きになって」
わ、わ、と、唇をわななかせる。
「……あたしはなあ、銀貨……」
覆っていた両手をバッと外す。
すると現れたのは目を見開いた狂気じみた笑い。
涙を流す銀貨を、見下すようにねめつける。
「おまえなんて、これっぽっちも好きじゃないんだ!
だからおまえがあのボケ犬を犯したと知った時だって、
これっぽっち、なァーんにも感じなかった。
あいつバックが好きなんだぜェ。犬だからってそりゃないよなァ!
本人は色男のつもりなんだろうがお笑いだな。
痛ェし生で出すし最悪なんだよ!」
ひぃっひっひと舌を出し、普段の蓋盛からは想像もつかないような
醜い表情で壮絶に嘲笑する。
口の端からは唾液の泡が垂れていた。
「ちょっと優しくしてやりゃ、ガキってのはチョロいなァ!
てめェなんてあたしがキープしてるうちのたった一人に過ぎねェんだ。
知らねーとは言わせねぇぜ、あたしが寝た人間の数がどれぐらいか。
そうさ、あたしはいつだってしたいようにしてきただけ。
残念だったなぁ……残念だったなァ! 見る目がなくて!」
ア――ッハッハッハと、身を仰け反らせ、哄笑。
■奥野晴明 銀貨 > 「知ってた」
狂人のように嘲り笑う蓋盛に銀貨はただぽつりとそれだけ返した。
砂に落ちた蓋盛の拳銃をそっと拾い上げる。
両手で持ち上げたそれは意外に重く、確かな凶器であることを伝えてくる。
「そういう先生もずっと死にたかったんですね。
たぶんそうじゃないかって思っていました。
ずっと見てたから、知ってた。
最初に好きになったのはそういうところが一緒だったからかなって思ったから。
先生は死にたいのに、ずっと『遊び』を続けているのは
きっと本気になったらその死がずっと近くに迫ってくるからじゃないですか?
たぶん僕もあなたの死になりえた。
でも僕は……一緒に生きたいって思ってしまって。
駄目ですね、本当にあなたが欲しいものを与えられないなんて
彼氏失格ですね」
じっと、蓋盛の侮蔑の視線をもはや醜いと思われかねない表情に視線を返す。
涙の跡さえなければいつも通りの張り付けたような整った微笑だった。
蓋盛に彼女の拳銃を持ち手を向けて差し出す。
「撃って、先生。
僕という病巣を治療して。
あるいは僕の中からあなたを消して。
それであなたが救われるなら」
■蓋盛 椎月 > (たとえばあの狐娘に近づいたのは、)
(キュートであるから、というのは語るまでもないが、)
(彼女が数千年を生きる妖狐であるらしい、と知って、)
(もしかしたら、と夢想したからでもあった。)
あらん限りの罵詈雑言と哄笑を吐き出した蓋盛は、
ゼンマイの切れた玩具のように、へたりとその場へ崩れ落ちた。
受け取り損ねた拳銃が、再び砂へと落ちる。
「ぎん、か」
表情を見せないようにしてうずくまり、
銀貨の手へとよろよろと手を差し伸べて、取る。
ひどく不器用な、覚束ない指の動き。
「それなら。
あんな、ばかなことをしないで。
……自分を、たいせつにして。
銀貨。
きみが傷つけていいのは、あたしだけだ」
顔を伏せたまま、ただ、肩を震わせる。
「……きみは、あたしのものだから」
■奥野晴明 銀貨 > 崩れ落ちる蓋盛をその体を支える様に腕を回す。
放り出して落ちた拳銃は見向きもせず、もう片方の手で
蓋盛のおぼつかない手に、指と指を絡めてしっかりと握る。
「先生、せんせい……」
彼女の顔を見ない様にそっとその耳元に口を寄せて甘く囁く。
「誓います、奥野晴明 銀貨という生き物は蓋盛 椎月のものです。
だから先生も僕を傷つけていいんですよ、思う存分、痛いぐらい、刻み付けて。
だけど僕は先生を傷つけたくないな、できることなら」
もうすでに、傷つけているようなものだけれど。
(先生、僕があんなことをしたのは
あなたの気持ちが知りたかったからですと言ったら
余計傷つくでしょうね。
あなたはなんだかんだ言って、優しいから)
抱きしめる様に震える肩口に顔を寄せる。
「ごめんなさい、もうしません。
ヨキ先生にもきちんと謝罪します。
それから先生にも……ごめんなさい。心配かけてごめんなさい」
■蓋盛 椎月 > 「……あたしが、わたしが、きみを、愛している、と囁けたら……
どんなにいいだろうか」
けれど、きっと、すべてそれは嘘になるのだ。
自分の意思によらず、正しさは、すべて嘘になる。
この世に確かなものはなにもない。
それがたとえ自分の記憶であっても。
だから蓋盛は、愛を嘲弄することに決めたのだ。
そうして人の弱さを超えたはずだった。
囁く声に、ああ、と呻いた。
どうして、こう、最後には、無様にしかできないのか。
理想とする大人には、教師には、なれなかった。
ロールを、完遂できない。
そんなもの、弱っちい、唾棄すべき、見るべきところもない、ただの、人間だ。
「わたしは、きみのことが好きなのか、
それはわからない。
だけど、銀貨。
きみがいるなら、わたしは、生きられる。
……わたしを、確かにしてほしい」
きつく抱きしめかえす。痛いほどに、その華奢な体躯を。
そうすること以外のやりかたを、すべて忘れてしまったかのように。
■奥野晴明 銀貨 > 「いいですよ、今は不確かでも、永遠に先生が僕のこと愛していなくとも。
それでも僕はあなたが好きです」
思えば別に自分は蓋盛の完璧性を愛していたわけでも役割に徹しているところが好きでもなかった。
母親に似ていたから好きだった。
あの自分を産んであまりの異形さに持て余した挙句遠くへやってしまったあの女。
人間とはそういう生き物なのだと最初に銀貨に教えてくれた愛おしい人。
世界がもろく不完全でどうしようもないものだとわからせてくれた人。
ただ人間というのはやっぱり不完全で弱いものを愛おしいと思うのだ。
先日理解した人がセックスを好む理由もそんなものだと思うように。
蓋盛の渾身の力の込め様に銀貨の細い体が折れそうなほど軋むような気がしたが
今はそれさえ心地よかった。
相手の体を包むようにその黒蜥蜴の髪飾りが光る頭をかき抱いて優しく撫でる。
「椎月先生、先生……
もしもどうしても先生が世界をめちゃめちゃに壊したくなって
それが止めようもない時になったら
その時最初に僕に銃を向けてくださいね。
僕の命くらい、あげられますから。
あるいは僕があなたの死になれますように」
愛していますよ、とそっと囁いて相手の額に口づける。
そうしてあとは黙ったままたださざ波の音を聞いて蓋盛の震える体を抱きしめつづけた。
ご案内:「浜辺」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。
ご案内:「浜辺」から蓋盛 椎月さんが去りました。