2016/11/23 のログ
■美澄 蘭 > 「〜〜〜♪」
口ずさみながら、浜辺を歩き続ける蘭。
少女らしく澄んだ、線の細い歌声が、夕陽色に染まる浜辺に静かに通る。
刻一刻と近づく、「勝負」の時。
音楽との向き合い方を、距離を決める瞬間。
■美澄 蘭 > 後悔したくない、と思っていた。
でも、それはとても難しいことなのだということも、日が近づくにつれて分かるようになっていた。
どれだけやったって、不安はつきまとった。
自分の体力、集中力、精神を、どこまで捧げようかと戸惑った。
結局、一人暮らしの身では全てを捧げることなど到底出来ず、体調を気にする余力だって、常に残しておかなければいけなかった。
「〜〜♪………」
ものうげな調子の鼻歌が、途切れた。
■美澄 蘭 > 「………」
海の方にまっすぐ視線を向け、沈む陽に目をやり…溜息を吐く。
(ダメね…こんな精神状況じゃ、今出来ることすら出来なくなっちゃいそう)
音楽も例に漏れず、生の舞台は、発表は不可逆のものだ。
やってしまった失敗に引きずられて過ぎは、その後の演奏に差し支えかねない。
そして…どれだけいい響きを出せたと思う瞬間があっても、その瞬間が、帰ってくることもない。
■美澄 蘭 > だったら、自分に出来ることは一つだ。
(…もう、ここまで来たらやれるだけやってステージに乗って、楽しむだけよね)
夕陽を睨みつけるように見つめる蘭。色素が以上に薄い左目は、過剰なくらい綺麗に夕陽の色をその中に映り込ませていた。
「楽しみ」というのは、表面だけに存在するものではない。
ギリギリまで突き詰めた中にある「美しいもの」を追い求めて集中を突き詰める快感。
実際にそれを得られた手応えによってもたらされる、達成感。
何より、自分が生み出す音楽が人に影響を与えうるという、自己顕示欲に基づく快楽。
「気持ち良い」が一番近いのだろうが…蘭にとっては、演奏の発表は「楽しい」を強く伴うものだった。
日常では、とても味わえないほどの。
■美澄 蘭 > 「………よし」
小声でそう呟き、頷く。
それから、
「〜〜〜♪」
再びどこか憂鬱な鼻歌を歌いながら歩き出した。
そうして蘭は浜辺を後にしたのだが、その表情は鼻歌の旋律に似合わないほど幸福感が滲んでいたという。
ご案内:「浜辺」から美澄 蘭さんが去りました。