2016/07/24 のログ
リヒット > リヒットはシャボン玉です。シャボン玉が増えても何の不思議もありません。
しかし、人前で増えるのは混乱のもとらしく、他人と話したり遊んだりするときは極力ひとりのままでいるようにしています。
これは故郷の世界にいる時から心がけていたこと。リヒットが何人もいたら、どれに話しかけていいか分かりづらいですものね。

「ぷー。リヒット、あそぼう」「ぷー、あそぼうあそぼう」

ベンチに並んで腰掛けた小人ふたり。全く区別のつかない2つの声が、セミの鳴き声の間を縫って紡がれます。
よほど注意して観察しないと、どちらがどっちの言葉を発したのかわからなくなるほど。
そして、ふたりのリヒットはベンチに小さな脚を乗せ、今度は首だけでなく身体も相対し、膝がぶつかるほどに密着します。
まんまるに開かれた青い瞳が、まんまるに開かれた青い瞳をまじまじと見つめています。

そして、ふとした瞬間に、片方のリヒットの腕が持ち上がり、相手のリヒットの顔へと添えられました。
親指を相手の小さな唇へと差し込み、イーッと歯が剥き出しになるほどに引っ張りながら。やや遅れて、相手のリヒットも同様に掴みかかります。
続いて、もう片方の手も相手の頬に添え、今度は人差し指を小さな鼻の穴にブスリと突っ込んだではありませんか。当然相手もやり返す。

「ぬ゜ー」「ぬ゜ー」

まるで取っ組み合いの喧嘩の様相。違うのは、互いに抵抗する素振りもなければ、悲鳴も上げないこと。
ぐにぐにと相手の口腔や鼻孔をほじりながらも、ふたりともその体勢でまんじりともしません。

リヒット > そうやって3分ほど、炎天下のなかで互いの顔を崩し続けたふたりのリヒット。
何が契機になったのかはわかりませんが、唐突にふたりとも手を下ろし、相手の顔から手指を撤退させました。
鼻水やよだれが糸を引くかわりに、極小粒のシャボン玉が数個、ふたりの鼻の穴と唇の端からこぼれます。

「ぷー。リヒットの負け」「ぷー。リヒットの勝ち」

同時に発せられる言葉。果たしてどちらが勝ちでどちらが負けなのか……分かる人は少ないでしょう。
変形させられてた頬や鼻の形が元に戻っても、あいも変わらず仏頂面。
この『遊び』、楽しいのでしょうか……? きっと楽しいのでしょう、リヒットにとっては。
謎の遊びの勝利/敗北の余韻に浸っていたのか、しばらくボケッと互いを見つめ合っていましたが、

「じゃー次、『ペフー』をしよう」「うん、『ペフー』しよう」

何やら短い言葉を交わし、何らかの合意を形成するふたりのリヒット。次の遊びに移るようです。
膝を突き合わせて向き合ったまま、今度は互いの太腿にそっと手を添えるリヒットたち。スモックから覗く生足も、日焼けを感じられない真っ白。
そして、ベンチに座り込んだまま互いの上体を寄せ、紺碧の長髪に包まれた頭同士がごつりと触れ合い……

「むー」「むー」

……なんと、ふたりのリヒットがキスをしてるではありませんか。
互いに首を45度傾け、互いの唇を噛みあわせるように深々と。時折白い頬が波打っているのは、その中で舌が動いているから。
普通のキスと違うのは、お互いにまんまるの瞳を開いたままであることくらい。互いの眼球同士が触れそうなほどに密着しています。

双子のごときふたりの青髪の小人が、ベンチの上でディープキス。ふわりと海風が吹き付け、二筋の長髪を噴水のごとく巻き上げます。

リヒット > 扇情的か、破廉恥か、はたまた滑稽か。微妙な絵面が白昼の境内の傍らにあります。
そうやってふたりのリヒットは1分程度濃密なキスを交わした後、そっと唇を離して行きます。
ふたりの間には唾液の架け橋……ではなく、互いの唇の太さに作られた円筒形のシャボン玉の膜ができています。

「ぬー」「ぬー」

シャボン玉の梁を割らないように、そーっとふたりのリヒットは頭を離していきます。
海風はなおも境内を吹き抜けてますが、ふたりの濃厚なキスで作られたシャボン玉は強いようで、縄跳びの縄のごとくしなるのみ。
七色の色彩がその円筒形の表面を走り、きらきらと光っています。
そのまま、互いにやや仰け反るほどに頭を離し……50cmほど伸びたところで、さすがに耐え切れなくなってシャボン玉は飛沫に化してしまいました。

「ぷー。リヒットの負け」「ぷー。リヒットの勝ち」

またも同時の発声。果たしてどっちのリヒットが勝ったのでしょうか?
キスの余韻なのか、ふたりが言葉を発するたび、唇から小粒のシャボン玉が生まれて風に乗っていきます。10秒もすれば出なくなりましたが。

「『ペフー』、おもしろい」「うん、おもしろい。戦略性がある」

なんか妙な言葉を交えながら、先ほどの対戦?を評価しあうふたりのリヒット。
そして、この遊びが気に入ったのか、その後何度も唇を重ねては離すのでした。

リヒット > ……やがて、セミの鳴き声にカラスの声が混じり始める頃。海岸の人影も今はまばら。
そして、涼しくなってきたのを見計らったかのように、境内にもぽつぽつと通行人が現れ始めます。
あいも変わらずベンチにまたがり向い合っていたふたりのリヒットですが。

「そろそろ、帰ろう」「うん。ひとりに戻って帰ろう」

うなずき合うと腰を捻り、隣り合うように座り直します。

「リヒットは、14回勝って、20回負けた」「リヒットは、20回勝って、14回負けた」
「これ以上は数えるのむずかしい」「うん、むずかしい。こんなにいっぱい計算したのはじめて」

陽は傾きつつも未だ青いままの夏空を見上げ、ふたりのリヒットが今日の互いの戦績を評価し合います。
きちんと勝ち負けの数を数え上げていたのですね。ずいぶんの進歩です。

「じゃあ、リヒットが消えるね」「うん。リヒットは残るね」
「またねー」「またねー」

特に顔を向き合うことなく、気の抜けた挨拶を交わすと……片方のリヒットが突然、ベンチから消えてしまいました。
まるでシャボン玉のように、わずかな飛沫をあたりに散らしながら。
その光景を目の端に捉えていたのであろう通行人が、ぎょっとした視線をベンチに向けていますが、リヒットはおかまいなし。

「ふぅ。楽しかった。常世神社、リヒットはすき。でも帰らなきゃ」

水の精であるリヒット。ジメジメしていたとはいえ、さすがに長時間は大気中に居れません。
大きな池のある異邦人街へと帰って水分補給をしなければなりません。
ふわり、と音もなくベンチからお尻を浮かせ、そのまま石段を下り始めるリヒット。

注意深く彼(ら)を観察していた者であれば、いま帰途につくリヒットは最初に神社に来たリヒットとは別の個体であることに気付くでしょう。
……まぁ、実のところリヒットにとってはどうでもいい違いなのですが。

ご案内:「常世神社」からリヒットさんが去りました。