2015/09/16 のログ
■ヨキ > (その溜め息が、安心から来るものであることは見るからに察せられた。
だから片手がポケットの中へ植え付けられたように入っていたことも、大して気にはしなかった。
きっと彼女にとって、藁にも等しい何かが仕舞われていたに違いない、と。
たどたどしい挨拶の言葉に、にこりと微笑みを返す)
「ああ。こんにちは、茨森君」
(左手には、日本でもありふれた形のコーヒーショップのタンブラー。
その表面には、恐らく地球のものではない言語の店名が印刷されている。
右手には、唐草のモチーフが連なった意匠のブレスレットやバングル、それに指輪。
挨拶交じりに掲げると、軽やかな銀の触れ合う音が立つ)
「しかし――異邦人に不慣れと言っていた君が、よく来たなあ。
こんな通りの奥まで、それも独りで。さぞ緊張したろう?」
■茨森 譲莉 > 人間、極限状態の所に知り合いに話しかけられると言いようも無い安堵感に襲われるものだ。
この場で『先生』という立場の人間に出会えたのは本当に僥倖としか言いようが無く、
アタシはただただ信じてもいない神に感謝しながら自分の胸元をさする。
視線を泳がせた先のヨキ先生の手にはショップで買ったのだろう。
紙製のタンブラー、つまりはドリンクが握られていて、
アタシに「そういえば喉が渇いたな。」という思考を許した。
見上げるようにその顔を見ながら、ガンを付けてると思われたら悲惨だからとそっと目を逸らす。
もう方腕には唐草のモチーフのブレスレット、そしてバングル。
指輪が付けられているのを見て既婚者なんだろうかと考えるも、右手だったので考えを改めた。
「先生に言われた事もあって、異邦人の事をもっと知りたいと思ったので。
その為にも異邦人街を見て回りたいと思って。
………正直、もう帰ろうかと思っていたくらいには緊張しました。」
もう帰ろうだとかそんなレベルの話ではなく、今にも発狂しそうな状態ではあったのだが、
それについてはあえては言うまいと考えてアタシの顔に苦笑いが浮かんだ。
ははは、と漏れる乾いた笑い声を耳で聞きながら、はぁ、ともう一度ため息をつく。
学校の先生というのは、居るだけでここまで安心感があるものなのだろうか。
修学旅行の時に『引率の先生は生徒と一緒に旅行するだけでお金貰えていいですね。』
などと言ってしまった事を思い出して当時の担任教師にそっと謝罪しておく。
「……ヨキ先生は、今日はお休みですか?」
そのカジュアルにもほどがある服装をもう一度眺めながら、首を傾げた。
改めて見ても、まさにカジュアル、カジュアルの王子様である。
■ヨキ > 「そうか、異邦人のことを……嬉しいよ。
そう思って、実際に足を運んでくれるなんてな。
ふふ、本当にほっとした顔をしている」
(こちらは言うまでもなく緊張感も何もない、至って気楽な笑顔だ。
首を傾げる茨森に、うむ、と頷いて)
「そう、お休み。それで少しばかり、散歩でもしようかと思ってな。
この辺りは店の品揃えやら、食べ物の店やら、知らぬものばかりだからな。
見てて飽きないんだ」
(雑踏をぐるりと見渡す。
顔を引き戻したところで、相手が疲弊ぶりにしては手ぶらであることに気がついて)
「――もしかして、喉とか渇いてはいないか。声がカサカサしてる」
(空いている右手で、励ますように相手の背を軽く叩く。
持っていたタンブラーを相手に示して、)
「この店なんかは、君にも飲み易いのではないかな。
何しろこの店の名は――」
(それは若い日本人ならば誰しも一度は足を運んだ経験があるであろう、さるコーヒーチェーン店の名だった。
どうやら異邦人街支店、ということらしい。一緒にいかがかね、と首を傾げる)
■茨森 譲莉 > 動悸が収まると、そっと胸元から手をはなした。
ポケットに戻るか戻るまいかと空中を漂ったアタシの手は結局ポケットに戻る事はなく、
そのまま重力という圧倒的な大自然に屈してだらんと垂れ下がった。
「いえ、緊張しすぎてまだ殆ど見て回れていませんから。
先生のご期待には応えられてなさそうです。
………成程、お散歩ですか、素敵な休日ですね。アタシなら家でのんびりしちゃいそうです。」
励ますように背を叩く手、そして、一緒に如何かね?という問いかけに、不覚にもドキリとする。
アタシも一応こんな見た目ではあるものの夢溢れる女子高生であるわけで、
少女漫画でよくある「学校の先生との禁断の関係」というようなものに憧れないでもない。
とはいえそれはあくまで漫画の中の世界の話であって現実世界の話ではないし、
それを目の前のこの素敵な先生に求めるのはあまりに恐れ多い。
心頭滅却、ブンブンと頭を振ってその思考を追い出すと、ぼさっとした髪の毛の先端が顔にぶち当たる。痛い。
とはいえ、喉が渇いたのも事実だ。
聞きなれたコーヒーチェーンの名前に「この町にもあるのか」という感想を覚えつつ、
確かに、ヨキ先生はそういったお洒落な店で呪文のような名前のコーヒーを飲んでいるのが絵になるな。
と、少しばかり眼を閉じて想像の翼を広げると、咳払いしてからうなづいた。
「はい、宜しければ。是非ご一緒させてください。
お店まで歩く間に見て回れば、一人で見ている間よりは落ち着いて街を見れそうです。」
アタシはこっそりと喉を撫でる………今の声もカサカサしていただろうか。
■ヨキ > (茨森の言葉に、人肌でできた犬の耳を指先に摘んでみせる。
薄い皮膚がひらひらと揺れる)
「御覧のとおり、ヨキは犬であるからなあ。
常にあちらこちらへと、ジッとしているということがないのだよ。
ヨキこそ君のように、大らかな過ごし方ができればよいのだが。散歩に遊びに、大忙しさ」
(相手が頭を振る様子に、心中を察することもない様子で楽しげに笑う。
連れ立つことを了承されると、嬉しそうに顔を綻ばせた)
「よし、それじゃあ一緒に行こう。
本当はここにしかない飲み物なども馳走してやりたいが……
緊張が解れぬうちは、味わうのも難しかろうと思ってな。
何、ゆっくりで良いさ。少しずつ慣れていってくれれば、機会はいくらでもある」
(ヨキの満足そうな様子から見るに、茨森の声も普段どおりに戻せているらしい。
こっちだ、と、相手に歩調を合わせ、隣を歩き出す)
「ここら辺が、この地区ではいちばん大きな通りなんだ……朝から晩まで人通りが多くてな。
くれぐれもはぐれるではないぞ。
君が大きなヨキを見つけるのは容易いやも知れんが、ヨキが君を見失ったら大変だ」
(冗談めかして、くすくすと笑う)
■茨森 譲莉 > ひらひらと揺れる人肌の耳を見ながら、
なるほど、犬なら確かにじっとしてはいられないのかもしれない。
―――と一瞬考え、すぐにいやいや、失礼だろ。と考えを改める。
きっとヨキ先生がアタシに気を使って言ってくれた洒落たジョークだ。きっとそうに違いない。
「犬でもお年寄りになればゆっくり寝ていることもありますよ。
ヨキ先生はまだまだ若者ですね。」
冗談には冗談を、そう考えて返しながら、
口から漏れる小さな笑い声を耳に聞く。本当、いい先生だ。
「ヨキ先生がどうせ味が分からないだろうからって、
今のうちに変な飲み物を飲ませるような意地悪をしない先生で良かったです。」
自分からもそんな軽口を返して強がってみせる。
緊張は、正直まだしているが、先生の好意を無碍にするわけにもいかない。
病は気からとも言うし、まずは形から入れとも言う。
つまり、空元気でもいいから笑っていればそのうち本当に緊張も晴れる。……と、信じたい。
しかしながら、まるで脅かすようなヨキ先生の言葉に、思わず反射的にその手を握りそうになる。
絶対にはぐれまいと心に誓いながら、気がつかれないようにこっそりとそのカジュアルな服の裾を握った。
―――ヨキ先生の横を枝垂れ柳のように歩きながら、アタシは改めてその異邦人の町を見渡す。
先ほどまではそれどころではなかったが、おおよそのシルエットだけではなく細かい部分にまで視線が行き届くようになった。
異邦人の街の異邦人の建物は、いつもアタシが歩く街の建物とはやはり様相が違う。
色も違えば、形状も違って、眺めているだけでも十全にアタシの眼を楽しませてくれた。
時折見かけるこの世界の建物は、前もってこの場所に建てられたものだろうか。
この異邦人の街は元々「異邦人」を歓迎するために創られたものであるはずだし、
更地を開拓してくれと異邦人を奴隷のように辺境に追いやったわけではないはずだ。
どうなんだろうか、異邦人はここに住んでくれと区分けしただけでも、
やはり差別の根があって、この町はその根から伸びた葉であり花である。
という風に考えるのが自然な気もする。
ふむ、と首を捻りながら、折角ならと頷く。
「ヨキ先生、この異邦人の町はやはり異邦人が住む地域を前もって決めて、
異邦人を区別するために作られた場所なんでしょうか。
………ヨキ先生はどう思いますか?」
差別という言葉を避けつつ、事実ではなく先生の考えを聞きたいという意思を込めて、最後の言葉を付け足す。
『この場所が一体どういった目的で作られたのか』というのは、この際どうでもいい話だ。
そこに実際に住んで、実際にこの街を形作って行った異邦人はどう考えているのか。―――それが知りたかった。
■ヨキ > 「ははは。おじいちゃん犬になったら、縁側で寝てるところを世話してもらうか。
安心して隠居ができるように、動けるうちに動いておかねばね」
(苦もない様子で、軽く言ってのける。
相手からの軽口には、さあ、どうだか、とわざとらしくにやりと笑って)
「やあ、そういう手もあったかァ。いやはや、思いつかなかったなあ……。
……ふ、くく!なんてな。ヨキは人の好いのがウリなのでな」
(自分で言った。
そうして話しながら、きょろきょろと街並みを見渡して、隣の茨森を見下ろす。
目線の違いからか、歩いているうちに服の裾を握られたことにはまだ気付かない)
「そうだなあ……区別、というのは、当たらずとも遠からず、という表現のように思うよ。
インフラ整備や異邦人を世話する『生活委員会』が、何かしらの協力をすることはあろうが……
学園側が管理している訳ではなく、この地区は異邦人たちの自治に任されているからな。
そもそも異邦人を遠ざけるための区画ならば、学生街や学園地区への直通線が通ることもなかろう。
君がここで不安な思いをしているのと同じで、異邦人もまた『この地球』で心細い思いをしているんだ。
彼らが自分の文化を慰めとするには、地球はあまりにも異質すぎる。
常世島は、未だ地球人と異邦人の共生の過渡期にあるからして……
良くも悪くも、区画を分けることは必要なのさ」
(話しながら、何気なく振り返る。
その拍子に、不意に茨森の掴んでいた裾の布地がぴんと張った。
相手の顔と手元とを見下ろして、おや、と声を漏らす)
「これはこれは――はは。気の利かぬヨキであることだ」
(笑う。大きな四本指の手で掬い上げるように、茨森の手を柔く握る)
■茨森 譲莉 > 「せ、世話って、アタシがするんですか?」
……いや、そんなわけないだろ、アタシはバカか。
口をついて出た言葉に、思わず赤面する。
先にした妄想がまだ尾を引いていたらしい。脳内ピンク色も良い所だ。
「当たらずも遠からず、ですか。」
確かに、ヨキ先生の言う通り、
本当に区別する気ならばアタシが今日乗ってきた直通線はしかれていないだろう。
そして、その後の言も、今のアタシならよくわかる。
異邦人もアタシがこうしてカジュアルな服の裾に、あるいはポケットの中の拳銃に縋ったように、
……地球に住んでいるだけでは心細くて何かに拠り所を求めた。
とはいえ、区別したわけではないと頭ごなしに否定するわけでもなく、かといって、区別する事が悪い事でも無い。
疑うべき綺麗事でもなく、かといって、アタシの住んでいた地域で言われていたような誇張された差別論でもない。
まるでカフェオレのような。優しい泡に包まれているカプチーノのようなヨキ先生の論には、素直に頷くばかりだ。
ほろ苦く、ほのかに甘いその言葉は、間違いなく正しい現実なのだろう。
「ありがとうございます、ヨキ先生。」
小さくお礼を言って頭を下げるアタシの手を、ヨキ先生の裾が引く。
「しまった、謝らなければ」と考えて、しかし、突然の事態に慌てて口からその言葉が出ないアタシの手を、
ヨキ先生の4本しか指がない手が優しく握った。
―――頭が、ぐるぐると沸騰する。
「えっ、いや、あのっ、そこまではして頂かなくて結構というか。
……ヨキ先生はヨキ先生であるわけですし、そのっ。
アタシは裾をちょっと握らせてくだされば十全というかっで、でして。」
顔が火が出そうなほど熱いのに、手は異様なまでにひんやりとして感じられる。
ぶんぶんと頭を振るが、自分でも何故そうしているのかが分からない。
「す、すみません。」
最後に小さく謝ると、ただただ頭を垂れた。
■ヨキ > 「へッ?……」
(世話。ヨキ自身、然して誰に世話をされるかまでは考えていなかったらしい。
間の抜けた声を漏らして――一転、明るく笑い出す)
「……ははは!いいな、それ。やあ、目の前に好い娘が居たものだ。
茨森君なら、優しく世話してくれそうだし。
それまでに、ヨキと常世島のことをもっと知ってもらわなくちゃ」
(冗談とも本気ともつかない調子。
異邦人のここに在るがままの街を歩きながら、ゆったりと言葉を続ける)
「そう。……実際のところ、『区別』も『差別』もまだまだこれから、だ。
だから君のような、異邦も異能も知らぬ若者が学ぼうとしてくれることは――素直に嬉しい。
良いことも……悪いことも。見て知って、大事に持ち帰ってほしい。君の産まれた本土までな」
(向けられた礼の言葉に、うん、とひとつ頷いた。
――自分が繋いだ手に茨森が動揺を見せると、くっく、と喉で笑って)
「気にするでない。こちらの方が、君には心強かろう?
異邦人からしても、君が獣人のヨキと一緒ならば、君がいたずらに冷やかしに来た訳ではないと知れるからな。
あとは……ヨキにとっても。知らず裾を掴まれているより、こちらの方が安心できる」
(相手の手を優しく包み込んで、軽く揺らす。
その手はひやりとして冷たく、汗ばむ様子もない)
「はは。振り解かれて逃げられたらどうしようかと、少し心配だった。
……ああ、ここだ。着いた着いた」
(やがて眼前に、一軒のコーヒショップが見えてくる。
トレードマークも外観も内装も、日本でよく見るあの店だ。
だが店名のロゴも、マーカーでお洒落に書かれたメニューのボードも、店内の顔触れも。
およそ日本では目にすることのない文字や人種がひしめき合っている。
程よく静かで、物騒なトラブルが起きそうな気配は全くない)
■茨森 譲莉 > 「そ、そうですね。それまでに常世島の事もヨキ先生の事も―――。」
混乱のままに妙な事を口走りそうになる口を片手で押さえ、
手をぶんぶんと振って否定しようにも、その手は既にヨキ先生に握られている。
動揺を体の動きに逃がせなくなると、途端にその動揺は全身を駆け巡る。
それなりに年老いたヨキ先生に寄り添う自分を想像してしまって、「あぅ」と情けない声が口から漏れた。
こうして手を握られていれば、確かに心強い。
島の外では、こんなに優しくされた事は一度も無かった。
アタシの事を良く知らない人がこう優しいというのは、どうしても調子が狂う。
「はい、勿論そのつもりです。
どうしてもまだ怖いですから差別的になってしまいますけど。
全部を知ってからどう考えて、どう生かすかは、しっかり考えていけたらいいなと思います。
異邦人や、異能者との付き合い方。もちろん、それ以外の人達との付き合い方も。」
持ち帰る、という言葉に少しだけ心に黒が差す。
どんなに居心地が良くてもアタシは正しく異邦人であり、いつかは帰らなければいけない。
――― それも、そう遠くない未来に。
「………ヨキ先生は、5本指を羨ましいと思った事はないんでしょうか。」
アタシの心のようにゆらゆらと揺らされる手を握る、
ヒンヤリとした4本指を見て、なんとなく思った疑問が口をつく。
そう問いかけながら入ったコーヒー店の店内を見渡すと、何とも言えない違和感がアタシを襲った。
間違いなく日本のコーヒーショップなのに、そこに居るのは異邦人で、
メニューに書かれているのは見たことも無い文字ばかりだ。
ファンタジーな甲冑を着込んだ騎士がコンビニでコンビニ弁当を買っているような、
シュールな図に笑い声が漏れそうになるも、それでは異邦人に喧嘩を売ってしまうと必死に堪える。
ゆっくりと店内の奥に足を踏み入れると、ある意味では慣れ親しんだ、
ある意味では全く慣れ親しんで居ないコーヒー店の落ち着いた空気が、アタシの肺を満たした。
■ヨキ > 「ふふ……君は素直だな。ヨキこそ随分と心地が良くなる。
うん。ヨキや、この島のことなら何でも教えてやる。だから茨森君も、君のことをヨキに教えてくれよ。
ヨキはまだ、君のことを何も知らんでな。……君が本土に帰ってしまう、その前に」
(な、と念を押すように小首を傾げる。
指についての話には、少し考えてから)
「五本指か。……そうだな。
街で格好いい作りの手袋を見かけたときとか、パソコンのキーボードを打つときとか。
指がもう一本あれば、と思ったことは……ある。
けれどヨキは、この間話したように……もともとは、本当の獣であったから。
それは人間の姿ですらなかった、ということだ。
その頃に比べれば、ものを持ったり、掴んだり、器用で細やかに動くこの手について……言うことはないな。
何よりこうして、人と手を繋いで歩くこともできる」
(握った手。茨森の手の甲を、人差し指でとんとん、と小さく微かに叩く。
こんな風にさ、と、言外に示すように。
足を踏み入れた店内は、ちょうど順番待ちの列が切れたところ。
トカゲの頭のした女性――おそらく女性だ――の店員が、いらっしゃいませこんにちは、と、全ての音に濁点のついたような声でにっこりと笑い掛けてくる。
カウンタ席では、人間とも動物ともつかない、謎の五つ目の種族が三本の腕でパソコンと向かい合い、コーヒー片手にスコーンを齧っている……)
■茨森 譲莉 > 「えっアタシの事、ですか?」
考えた事も無かった言葉に、思わず首を傾げてしまった。
この素敵な先生に、教える事なんてあるだろうか。
自分に関して誇れる事、あるいは、何か教えて益のあるような事。
「………考えて、おきます。」
思えば、アタシは自分の事についても良く知らないままだなと考えて、そう答える。
人に、まして、教師に教えれるほどに、アタシはアタシの事に詳しくない。
それでも、ヨキ先生の事や、常世島の事はもっと知りたいと思う。
アタシの知らない世界、アタシの知らない考え、アタシの知らない、何か。
「質問が多い生徒になると思いますが、宜しくお願いします。」
パソコンのキーボードは、確かに4本指では扱いにくいだろう。
3本の腕でパソコンのキーボード。2つパソコンを使って、2本の手で1枚、
1本の手でもう1枚のキーボードを操作する異邦人を思わず顔をゴーヤのようにして見ながら、そう思った。
……あんなゲームのさほど強くない敵キャラのようなビジュアルでも、コーヒーを飲みながら仕事をするのか。
「確かに、手袋選びでは苦労しそうですね。
もし手袋を使う時はオーダーメイドとかになるんですか?
それとも、手袋はあきらめてしまっているんでしょうか。」
もし、4本指なせいで手袋をつけるのをあきらめているのなら、何だかそれは寂しいような気がする。
元々獣だったと言っても、今はこう、ここまでファッションを楽しんでいるのだ。
いや、元が獣だったからこそ、今こうしてファッションを謳歌しているのかもしれない。
飼い犬に服を着せている飼い主も居るけれど、自分で選んで、自分で着るというのはまた違った喜びだろうし。
こんこんと叩かれる手の甲とその言葉に僅かに顔が熱くなるのを感じつつ、その手を改めて握り返した。
……それが嬉しい事なら、遠慮は要らないだろう。
「―――あの、ヨキ先生は何を頼むんですか?」
先ほどまで飲み物を飲んでいた事を思い出しつつ、首を傾げる。
濁点盛りだくさんな蜥蜴頭の店員は、目を細めて恐らくニコニコと笑っている。
頬に小さく汗が伝うのを感じながら、店員と、ヨキ先生を交互に見る。
■ヨキ > 「そう、君のこと。
本土で、異能にも異邦にも縁がなく育つ、ということが、ヨキには実感がない。
君のように能力を持たない生徒は、今まで何人も教えてきたし、話も聞いてきたが……
茨森君のことは、茨森君だけのものだからな。
ヨキの方こそ、きっと質問が多くなる。だけどそれこそが、異文化交流、ってやつさ」
(改まった挨拶に、こちらこそ、と軽い会釈を返す。
自身の手を表裏と引っ繰り返しながら、手袋を思い浮かべる)
「いや、大体は既製品だよ。そういう――ヨキのような者のためにこそ、この異邦人街があるんだ。
ヨキが学内で着ているようなあの服や、四本指の手袋や……大きな獣の脚でも履ける靴とか、そういうものを買い求めるためにな」
(言って、自らの靴を示す。
メンズブランドに見受けられる、黒革のハイヒールブーツ……にしては、ヒールが女性物のように高い)
「犬の足って、人間のように『踵』がないだろう?ヨキもそうなんだ。
こういう風に靴で支えていないと、二本足では立っているのも一苦労でな」
(踵がないということは、つまりハイヒールを履いても脱いでもこの身長、ということらしい。
握り返される手に機嫌よくしながら、レジカウンタでメニューに向かい合う。
先ほどまで飲んでいた飲み物は、とうに空であったようだ)
「それじゃあ、ヨキは……これにしようかな。茨森君はどうするね?」
(ヨキが注文したのは――コーヒーの上にたっぷりのホイップクリームとキャラメルソースの乗った、見るからに甘ったるそうな一杯だ。
茨森へ向けて差し出したメニューには、まるで日本語に英文が併記されているかに似て、見たことのない文字の傍に、小さく小さく、日本語名が添えられていた。
ボディバッグから、さっさと財布を取り出す。まとめて支払う心積もりらしい)
■茨森 譲莉 > 「なるほど。そういう事でしたら。」
確かにアタシにとってそれは当たり前の事で、
アタシにとっては普通の事でもここに居る人にとっては普通ではない、という事もあるのかもしれない。
アタシにとって異邦人や異能、この常世学園という場所が非常識であるのと同じように、
常世学園という場所から見れば、外の、つまりアタシという存在は非常識なのだ。
そう考えると、なんだか少し心細く感じる。
「異文化交流、楽しみにしていますね。」
心細く感じれば、アタシの手に繋がる4本指が途端に頼もしく感じられる。
アタシの5本の指に握られたそれもやはり、異文化交流と言えるのかもしれない。
「異邦人街が区別されている理由ですか。」
ここに来るまでに歩いた商店街にはやたらと専門店めいた細かい店が多いように見えたが、そういう事ならば納得が行く。
つまり、あらゆる異邦人にあわせた店がこの異邦人街にはあるのだ。
確かに散歩するにはもってこいだ。もう少し慣れたら、きっと楽しく見て回れる事だろう。
変わったモノや、ファンタジーから抜け出て来たような異邦人の衣装は、きっとアタシの眼を楽しませてくれる。
「あの、もしよろしければ、今度のお休みのお散歩にご一緒してもよろしいですか?」
まだ一人で歩き回るには怖いが、ヨキ先生と見て回るなら。
と考えて言葉が漏れたものの、改めて考えるとデートのお誘いみたいな物なのではないか、
そもそもお休みの日に一緒に歩きたいというのは図々しいにも程があるし、
休みの日くらいはヨキ先生も一人で気ままに散歩したいだろうと考えて、ぐるぐると思考が回る。
とはいえ、一度出てしまった言の葉をちょっと待てと掴むわけにも行かず、垂れ流すに任せた。
「―――へぇ、変わったデザインですね」
身を屈めて、ヨキ先生が持ち上げた足を覗き込む。
その靴はメンズブランド然としたデザインにも関わらず、ヒールが嫌に高い。
前々から思っていたが、ヨキ先生の服はなんとなく女性的シルエットを感じさせるものだ。
―――もしかして、そういう趣味があるのだろうかと邪推しかけるが、説明を聞けば納得せざるを得ない。
二本脚で立って歩く犬を思い浮かべて、確かにあれでは歩きにくいだろうと考える。
逆に、ヨキ先生が四つん這いになって歩いているのを想像すると
―――シュールではあるが、なんとなくいいお父さんというイメージだ。
「アタシはじゃあ―――。」
ヨキ先生から受け取って、メニューを左上から順に眺める。
元々呪文のようなメニューが異邦人の言葉で書かれていれば、さながらそれは魔道書か何かのようだ。
横に写真が添えられてはいるものの、それだけではどのようなものなのかは判断に迷う。
「―――普通に暖かいコーヒーでお願いします。」
恐らく難易度的にはそれほど高くは無い魔道書の解読に失敗したアタシは、そう白旗を上げた。
■ヨキ > (異文化交流と、異邦人街の意義と。
茨森が納得してくれた様子に、満足そうに頷く。
不意に茨森から齎された誘いには、顔をぱっと明るませる)
「――散歩を、一緒に?あはッ、勿論だとも。
街を歩くのが心配なときも、ただお喋りする連れが欲しいときにも、ヨキは喜んで歓迎するさ。
それよりも、他ならぬヨキと一緒がいい、ということならば、それがいちばん嬉しいがね」
(小首を傾げて茨森の顔を覗き込み、悪戯っぽくにんまりと目を細めて笑う。
その顔はすぐに引き戻されて、堪えるように密やかに笑った。
そうして二人分の注文を済ませると、これもまた本土の店舗と何一つ変わらない様子でコーヒーが出来上がる。
二つのカップが載ったトレイを手に、あすこにしよう、と茨森を先導する。
日当たりのよい、窓際のテーブル席だ)
「これを飲み終わったら……もう少し一緒に、通りを見て回ろう。
君とはもっと、話をしていたくてな」
(言いながら、鞄からボールペンを取り出す。
自分のコーヒーに添えられていた紙のコースターを引っ繰り返して、そこへ一筆。
指先で押し出すように茨森に差し出したのは、携帯電話の番号とメールアドレスだ)
「何でも連絡してくれ。
必要なければ、捨ててくれればいい」
■茨森 譲莉 > 「本当ですか?ありがとうございます!!」
明るい顔で頷いて下さったヨキ先生に小さく頭を下げる。
ヨキ先生は、この学園の事をよく知っている。
色々と話が聞ければ、この学園の事をもっと深く知る事ができるだろう。
―――そう考えると、心が躍った。
蜥蜴頭の店員に運ばれてくる2つのコーヒーを見て、
異邦人が作っても特別変わった事はないんだな、と思う。
後ろで店員が動き回っている風景も、外のこの店となんら変わりなく。
結局、違うのは、見た目だけなのかもしれないと思った。
いや、それだけの差でも大きい。
少なくともこの場所では、見た目による差別が一切無いのだ。と、不意に顔が覗き込まれる。
驚いたように目を見開くアタシの目前で、その顔が悪戯っぽく笑った。
再び顔が熱くなるのを感じつつ、その顔が離れるのを待ってから両手を頬に当てた。
ふぅ、と思わず小さく息が漏れる。なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
覗き込まれて、食べられそうだったからだろうか。
いや、いきなり覗き込まれれば誰でもびっくりする。それだけだ。
「今は、街を歩くのが心配だから、という事にしておいてください。」
精一杯にそう答えを返しつつも、再び考え込む。
他でもないヨキ先生と歩きたい、……もしかして、そうなんだろうか。
確かにヨキ先生の話は実に興味深いし、話していてとても楽しいけれど。
でもそれは、今後ゆっくりと考えればいい事だと、頭を振った。
「アタシも、もう少しお話したいです。
ヨキ先生のお話は、とてもためになりますから。」
紙のコースターを受け取って大事に鞄に仕舞い込み、
連絡してくれという言葉に頷きながら啜るコーヒーは、先ほどヨキ先生が言ったように緊張からか味がしなかった。
きっとその味もまた、外の同店で飲む味と同じなのだろう。―――少なくとも、成分的には。
■ヨキ > (相手の弾んだ声に、こちらこそ有難う、と。
菓子のように重く甘そうな、しかも大きなサイズのコーヒーを、事もなげにすいすいと傾ける)
「君からすれば、今は心配、ずっと心配……でも構わない。
だが、これだけは覚えておいてもらおうか。ヨキは『君だから了承した』ってことを?」
(テーブルに両肘を載せ、まるで子どもが企みごとをするような顔で笑う)
(その後も機嫌よく談笑を交わし、時に真面目な顔をして、時に冗句を差し挟み、会話と街歩きとを楽しむ。
どうせ暇に任せて散歩をしていたヨキのこと、時間はいくらでもあった。
茨森の希望に応じて質問に答え、行き先を決めたはずだ。
別れる間際には軽やかに手を振って――最後まで淀みなく、にこやかに笑って帰途に着いたことだろう)
ご案内:「異邦人街大通り/商店街」からヨキさんが去りました。
■茨森 譲莉 > 菓子のように甘いコーヒーを至極あっさりと飲み干しているあたり、ヨキ先生は甘い物が好きなんだろうか。
お世話になったお礼に、今度会う時にはお土産にお菓子でも買ってこようと思う。
途中思わぬ不意打ちに吹き出しそうになりながらも思わずブラックのまま飲み干し、
今ではすっかり底を覗かせているコーヒーを片づけ、ヨキ先生の後を追う。
■茨森 譲莉 > 時に冗句を挟み、時には真面目な話をして、
時間は大丈夫なんだろうかという心配をよそにのんびりと歩くヨキ先生と共に、異邦人街を只管に歩き回った。
ヨキ先生は質問に答え、最適な行き先を選択してくれる。
最近ではAIが発達し、かなり自由度の高いナビゲートを行ってくれるナビアプリも裸足で逃げ出すその案内に従って、
アタシはその日、色々なモノを見て、色々な事を聞いて、色々な事を知った。
にこやかに笑って帰って行くヨキ先生のブーツを見送って、アタシも帰ろうと電車に乗り込む。
―――楽しい1日を過ごしたアタシを待っていたのは、
時間を忘れて楽しんだツケとも言うべき手付かずの明日提出の宿題と、
疲れを忘れて歩き回ったツケとも言うべき筋肉痛だった。
家についてようやくそれを思い出したアタシは、ハァ、とため息をついて。
……それでも鏡に映ったアタシは、笑顔で飾り気の無いシャーペンを握ってノートを開いた。
ご案内:「異邦人街大通り/商店街」から茨森 譲莉さんが去りました。