2016/06/07 のログ
■美澄 蘭 > 学生街の楽器店の楽譜の品揃えは教育的なものが中心だ。
ポピュラーな音楽を編曲してクラシック系の楽器で演奏出来るようにしたものや、並外れた技巧が要求されるような曲の楽譜は品揃えが薄い。
その点、歓楽街の店はそう言ったラインナップの方が豊富だ。差別化戦略であろう。
「………すごーい、無伴奏曲の楽譜も一杯…」
ヴァイオリンの無伴奏曲は、重音奏法なども要求され易しくないため、学生街の店にはさほど数がない。
ましてや、パガニーニのカプリースとか、揃ってない。
(…なぎささん、喜んでくれるかしら)
蘭はヴァイオリンは弾けない。聞くだけだ。
それでも、こうして楽譜の山を眺めていると、心が躍った。
■美澄 蘭 > (…って、いけない。なぎささんは目が見えないじゃない)
ふと、我に返る。
(えーっと…楽譜に点字って、どうなってるのかしら…)
きょろきょろと、店員を探す。
と、近くに若い女性の店員を見つけ、声をかける。
「すみません…ちょっと、楽譜について聞きたいことがあって」
■美澄 蘭 > 「その…点字の楽譜って、ありますか?
ヴァイオリンの」
きっちりと自分を見て話しかけてくる蘭に、瞳に不思議そうな色を宿す店員。
その様子を見て、蘭は慌てたように
「あ、私じゃないんです。
…その…知人に、視力の弱いヴァイオリン奏者がいまして、それで」
と弁明をした。
それで納得したのか、店員は説明をしてくれる。
盲目の演奏家の全てが楽譜を読んで音楽を奏でるわけではない。
耳で聞いて覚えることを主体にする人が、少なからずいる。
また、全ての楽曲の点字楽譜を用意することは難しいため、店舗で点字楽譜が用意されているのは、日本の伝統音楽が中心なのだという。
『楽譜を点訳する楽譜作成ソフトでしたら、音楽ソフトのフロアで取り扱いがございます』
そう、店員は案内してくれた。
「そうですか…ありがとうございます」
蘭は、礼を言って頭を下げると、店員から離れた。
汀は機械の類に疎いと話していた。
どういうものが見たいのか、色々、話をしてみた方がいいかもしれない。
(また、手紙書いてみましょう)
そう、決めた。
■美澄 蘭 > (…一応、学生街の方のお店でも点字楽譜のことは聞いてみようかしら)
そんなことを考えながら…冷やかしになるのも悪いので、音源ソフトのフロアに移動する。
やはり、フロアの面積分こちらの方が商品が充実しているが…
「あっ、この人の「死の舞踏」の録音あったの!?」
演奏が好みで参考にしているピアニストが、自分が今個人的に練習している曲の録音をしていたのに気付いて思わず声が盛れ、そして手が伸びる。
■美澄 蘭 > クラシックは、どういうカラクリかは謎だが、ポピュラーミュージックなどと比べて明らかに音源が割安だ。
なので、喫茶店等の贅沢を我慢することにすれば、音源ソフトの1枚くらいは割と簡単に手が届くのである。
そんなわけで、手に取って、まずは楽曲リストを参照して他の収録曲を確認する。
「…うわ、大演奏会独奏曲も入ってる…思い切ったわね…」
その音源ソフトは蘭の気に入りのピアニストの手によるリスト作品集だった。
比較的マイナーな曲を中心に集めたらしい。
(…リストは、そこまでがっつりは弾かないけど…好きな演奏者がマイナーな曲の音源を提供してくれてるなら、買わない手はないわよね)
そんなわけで、レジに持っていくことにしたのだった。
■美澄 蘭 > そのまま、お会計。
『ありがとうございました』の声に見送られながら、店を出る。
(どうしようかなぁ、ピアノ練習してから帰るつもりでいたけど…)
思わぬ掘り出し物に遭遇し、蘭は一刻も早くそれを聞いてみたい衝動でうずうずしていた。
(…とりあえず、駅まで行くまでの間に行き先を考えましょ。
学園地区にするか、うち(アパート)の方にするか)
そんな感じで、歓楽街の駅に向けて、時に早足で、時に何かを思案するようにゆっくりと、歩を進めていったのだった。
ご案内:「歓楽街」から美澄 蘭さんが去りました。