2016/06/23 のログ
ご案内:「酒場「崑崙」」にヨキさんが現れました。
ヨキ > どれだけ食べても腹が膨れることがなくなった。

昨日、転移荒野で異形の怪異に生命力を吸われたばかりが原因ではない。
それ以前にも兆しは少しずつあった。

そうと確信したのは、昨晩の夕食でのことだ。
ひとりで七人前まで食べたところで、腹の調子が決定的に異なることに気付いた。

「いただきます」

夕食どき、カウンタ席に着いたヨキが割り箸を手に両手を合わせる。
目の前に並ぶのは、とり天、なめろう、冷奴、それから清酒のグラス。
これまでの見ただけで胃のもたれそうな悪食に比べれば、質素にさえ見える。

どうせ満腹にならないのなら、美味いものを少しずつ、味を忘れぬように食おうと決めた。

腹の膨れなくなった切欠は、おそらく説明できる。
それから、この空腹から解放される方法も。

ヨキ > ヨキは普段からよく噛んで食べる男ではあったが、頬張ったとり天をこれでもかとばかりにじっくり咀嚼する。
形がなくなり、飲み込む分ももはや少なくなったとり天を、ぐびりと飲み込む。

喉から先、食物の落ちてゆく感覚がなかった。

「……………………、」

箸を止め、なるほどな、という顔をしてしばし頭上の洒落た照明を見上げる。

客の増え始めた店内は、落ち着いた賑わいに満ちている。
独りきりで食事と向かい合うヨキの薄い背中は、相変わらず人一倍広く見えた。

ご案内:「酒場「崑崙」」に蓋盛さんが現れました。
蓋盛 > 何か小さなものが投げられる。
ヨキの背中にこつんと跳ね返るであろうそれは、手にしてみれば割り箸の袋を丸めたものであることがわかる。

さらに投げられた方向を見やれば、フルーツサワーのグラスを片手に
テーブル席に座っている蓋盛がへらへらとした笑いを浮かべていた。

「浮かない調子ですねぇ。夏バテでもしました?」

ヨキ > 「む」

背中に何か当たって、後方へ振り返る。

「何だ蓋盛、君か。気付かなんだ」

店員に声を掛けて、一言断ってから蓋盛の向かい側の椅子へ移ることにした。
向かい合ったヨキの顔はいつもの土気色で、笑みも普段どおり癪に障るほど不敵だ。

「“人並み”の量を食べて体調を心配されるとは、我ながら難儀なものだ。
 何のことはない。少々食欲がなくてな、……」

日本酒のグラスを傾けながら、つらつらと説明する。

「……いや、違うな。食欲はある。とてもある。
 その代わり、食べても食べても食べた気がせん」

蓋盛 > 「人並みでもヨキ先生並ではないでしょう。
 心配ぐらいしますよ。ほら、顔色も悪いし」

顔色云々は定番のギャグである。
ヨキに似て人を食ったような常通りの笑顔の蓋盛だったが、
症状について説明されると神妙な顔つきになる。

「満腹中枢障害……?
 いやもともと異常みたいなものかこの人は……?」

つぶやいて、首をかしげる。会話の合間に箸でイカの唐揚げをつまんだ。

「何か心当たりは……?
 ひょっとしてあたしの知らないところで妙なストレス抱えてたりしません?
 たちばな学級のこととか……」

摂食障害は心的要因による物が多い。蓋盛はそのことを言っている。

ヨキ > 「ヨキの顔色がよくなったら、それはそれで心配されそうだな」

わはは。血色の悪い顔が明るく笑う。
症状について考え込む蓋盛の顔を見ながら、目を細める。

なめろうをちまちまと抓んで、心当たりを尋ねられると少し黙る。

「たちばな学級の方は、今のところ順調だよ。
 学生らともじっくり話を出来ているし……。

 言うなれば、恋煩いが近いかな」

冗談を言っている様子はない。
“話す相手が蓋盛であればこそ”の、改まった表情だった。

「食べたい相手が出来た」

蓋盛 > 「はぁ、食べたい相手、と」

箸を動かす指が止まった。
思索に耽って伏せられていた顔が上がる。
冗談か真か、喩えかそのままか一瞬疑い――探るような視線をヨキへと向けた。

「心的要因であることにはまぁ……間違いありませんでしたね。
 なるほど、そりゃあ食も細くなる。
 ……あたしの知ってる人かどうか、お尋ねしても?」

この男はいつも嘘のようなことを言うが、その実、嘘は言わないことを蓋盛は知っている。
グラスを傾けて、緊張を逃がすように小さく息をついた。