2016/06/24 のログ
■ヨキ > 「その相手を食べれば、ヨキの腹は膨れる。
いつまで続くかは判らないが、短くはない期間、空腹知らずになるだろう。
そういう境地に至ったことがないから、根拠はない。
だが、必ずそうなるという確信だけがある」
視線が重なる。
決して色事の例え話などではないことが、語調の端々から察せられる。
蓋盛の問いにグラスと箸を置くと、指先で軽く頭を掻いて言葉を続ける。
「獅南蒼二」
蓋盛は、獅南がヨキを殺しに来ることを知っている。
だからこその白状だ。
人目を案じて、声を落とす。
「……今まで人を食べたいと思いながら、ずっと心で律してきた。
だが今回ばかりは、ヨキの理性だけではどうにもならぬらしい。
いよいよ戦わなくてはならなくなった。
獅南と……それから、他ならぬこのヨキ自身と」
■蓋盛 > 「ああ」
想定は出来ていたはずのその答え。
呻くような声が小さく漏れるのが聞こえた。
残り少なになっていたライチのサワーをすべて喉に流し込む。
グラスを置いて、口元を拭った。
「まるで異能の発現ですね。
道理も根拠もなくて、ただ確信がある」
ヨキに合わせ潜めた声でそう口にして、少しの沈黙。
言いたいことは山程にあり、そのいずれもがおそらくは無意味であろうという理解があった。
「片方は殺したくて、片方は喰らいたい。
……なんだ、片方がくたばる以外にないじゃあないですか。その決着は」
胃の腑に鉄が食い込んだような表情で、馬鹿にするように声を上ずらせた。
■ヨキ > 蓋盛の言葉と表情の変化を、当然のものとして受け止める。
肉厚のとり天を頬張る。
美味いと評判の酒を片手に、濃厚な豆腐を口へ運ぶ。
その顔は確かに美味を感じているのに、腹の奥はひたすら虚ろなのだ。
「うん、」
蓋盛の語調に、傷付きも、憤りもしなかった。
無表情に近く、結ばれた唇だけが小さく上がる。
「そうだ。……あるいは、二人とも命を落とすやも知らんな。
だがそんな決着、ヨキは絶対に嫌だ。
二人とも生き延びねば意味がない。ヨキにとっても、それから君にとっても」
表情を変えず、淡々と言葉を続ける。
「……ヨキだって、」
小さく笑って、ぐびりと喉を鳴らす。
まるでこれから、言ってはならないことを口にするかのように。
「友人を食らって、嬉しくなれるはずがない」
ヨキははじめて嘘を吐いた。
■蓋盛 > 「あらあら。
ヨキ先生も、随分と“人間”みたいなことを言えるんですね。……」
あたかも懺悔するようなヨキの声に、
大きくため息をついて肩を揺らした。
「……やれやれ、さすがのあたしも真面目な顔になってしまった。
トコヨマーケットの薄い本のテーマになりそうなことを素で言うもんだから。
よくないですね、バランスを欠いた。辛気臭くなっても何も解決しない」
椅子を鳴らして座り直す。
先程まで確かに滲んでいた苦悶の陰は消えていた。
卓の上に置かれていた箸が動いて、明太子入りの厚焼き玉子を頬張る。
「で、そう言うからには何かいい考えでもあるんですか?
あたしが手伝えることがあればいいんですけど。
何も思いつかなくって……」
くるくると箸を指で回して、まるで普段の酒飲み話のような調子で言う。
普段から馴染んでいる厄介事のように語れば、現実の問題もそれに合わせて
レベルが下がってくれる、そんな気がした。
■ヨキ > 「“言えるようになった”んだ。褒めてやってくれよ」
目を伏せて笑う。座り直す蓋盛に苦笑して、やれやれと首を振った。
「あまり妙なことを言うでない。
ヨキだって、どうせなら女を食べる方がずっと好かったさ」
過去形。
「とにかく、策はないんだ。何も。
この十年と少し、一時でも腹が膨れる思いをしてきただけ御の字だったということだ。
何を食べても、誰を食べても、何をしていても誰と寝てもダメ。
気が紛れる訳でもなし、腹が減って減って仕方がない。
こればかりは……慣れるしかないだろうな。今のところは」
並ぶ皿を空っぽにすると同時、ヨキの薄い腹がぐうと鳴った。
「えーと……酒のおかわりを。それから抹茶のアイスをひとつ」
店員を呼び止め、追加を注文する。
■蓋盛 > 「おぉよしよし、えらいですねぇ。
……ヨキ先生の言い回しにも慣れたつもりですけど、
他の連中が言ったら相当に相当だよそれ……」
無策というヨキの言葉に、大げさに頭を抱える。
「ないのかよ~。ここぞという所でしょうがない人だなぁ。
あ、じゃああたしも。だし茶漬けを……」
普段通りに食欲があるのは本当のようだ。
ヨキのついでに注文を頼み、肘をついて天井の照明を仰ぐ。
(もし、仮にヨキと獅南の対立が決定的となり、
どちらかの味方をせざるを得なくなれば――
自分はどちらにつくのだろうか。)
(……それこそ考えるだけ無意味だ。)
(そのような状況になったときは、きっと手遅れなのだから。)
「当事者じゃないから好き勝手言いますけど、
うまいことグダグダになって延々先延ばしになったりしてくれませんかねぇ。
……イヤ? イヤだろうなぁ……」
咳き込むように笑う。
「“病気”なら、治す術もありはしますけど」
小さく付け足すように呟く。その選択肢もないことはわかってはいる。
■ヨキ > ぞんざいな褒め言葉にすら満足げだ。
呆れた風の蓋盛に、困ったような笑顔を作ってみせる。
「うだつが上がらないように見えて、いざというときに決めるのと、
普段はビシッと決めているのに、ここぞというところで情けないのと。
何事も極端はいかんな」
皿が下げられて空いたテーブルの上で腕を組む。
同じく頬杖を突いて、どこを見るでもなく店内へ目をやる。
普段どおりの、和やかな店内。
「ふふ。勿論、グダグダになるのはいちばん嫌だよ。
獅南には、何としてでも目標を達成して貰わなくては」
付け足された一言も、愚問とばかりににやりとする。
「確かに……病気といえば、どうしようもない病気だ。
だけど消し去る訳にはいかない」
《イクイリブリウム》。蓋盛の持つ、強力無比の異能。
「万が一にもグダグダになるようなことがあれば、そのときはヨキを撃ってくれ。
自ら望んで食べる以上は、美しく強いものだけで腹を満たしたい」
酒のグラスと、陶器の碗に盛られた抹茶アイスが運ばれてくる。
デザートスプーンで一口食べ、んまい、と舌鼓を打つ。
「獅南といえば、『これ』も彼に貰った。
石の形だったのを、ヨキが指輪にしてな」
スプーンを持った左手で、右手の指輪をこつりと示す。
今日はシンプルなアーマーリングの形をしている。
「とんだ執心だよ。
せめて色恋の話なら、まだましだった」
■蓋盛 > 「ええ、ええ、わかっておりますとも。
つくづくあたしの出る幕はなさそうですね。
精々がこうして話相手になってやることぐらいか……」
だし茶漬けをかっこんで、ほお、とヨキの見せる指輪を興味ありげに見やる。
「指輪だの、食べるだの食べないだの、自制だの、
相手があなたじゃなかったら恋愛相談されてるようにしか思わなかったな……」
そもそも、殺しあう定めの二人の男が仲良く交流しているというのが
蓋盛の理解の範疇の外だった。
踏み入ることのできない領域というのはあるのだ。
「色事にしても荒事にしても。
身勝手ついでに言えば、
そうやって心身を燃やせるほど夢中になれるものがあるのは、
素直に羨ましいかもしれませんね」
きれいに空になった椀を置いて、どこか困ったように目を細めた。
■ヨキ > 「話を聞いてくれる相手のあることは、それだけで有難い。
ヨキの話が、君の余計な心労にならなければよいが」
笑いながら、アイスを食べきって酒で喉を潤す。
灼けるような酒気がすっと冷えて、水を舐めたような冷たさばかりが舌に残る。
「もしもヨキが女だったならば、ある種の恋慕にも見えるのだろうな。
まあ、これはこれで友情が成り立っているのさ」
蓋盛の茶碗が空になり、自分の酒が半分になったところで、店員に食後の茶を頼む。
相手が漏らした言葉には、へえ、と呟いて僅かに身を乗り出した。
「何だ、蓋盛にはちゃんと“彼氏”が居るではないか。
君がよもや恋に目が眩むタイプだとは、元から思っていなかったが……、
それにしたって、やけに淡白ではないかね」
間もなくして運ばれてくる、湯飲みが二つ。
それこそ理解出来ないとでも言いたげに、首を傾ぐ。
■蓋盛 > ああ、と言われて思い出したように。
ごまかすように口元に手を当てた。
「彼を大事にしていないつもりはないんですけど。
どうにもあたしの“病”は根深いらしく、今ひとつ当事者になりきれないんですよ。
自分の口にしてることが、嘘か本当かもわからなくて」
運ばれてきた茶を一口すする。
「ヨキ。
あなただってかつては死の結末を是としていた。
それは生の苦痛から逃れるため、というのとは少し違う。
自分の命が失われる以外のことを対価として評価できないから」
自分の胸元を指がさする。眠たげに唇が弧を描いた。
「“どれだけ食べても、誰と寝ても、満たされない”か。
考えてみれば、そんなに驚くような話でもなかった。
……、なーんて」
皮肉げな笑みで、物憂げに遠くを見つめていたかと思えば、急に
パッと表情を華やがせて身を乗り出した。
「なーんて! こっちはこっちなりに結構楽しんでますから。
銀貨くんったら甲斐甲斐しいんですよー。
あの子、普段モノ食べないのにわざわざあたしのために
料理覚えたりなんかしてくれちゃったりしてー、
済ましてて大人っぽいようで結構子供っぽくてー世話が焼けてーそこがいいんですけどー。
母性本能をくすぐられる? って言うかーみたいなー」
胸の前で指を組んで身体をくねらせてきゃあきゃあと早口でまくし立てる。
いきなりのろけ始めた。
■ヨキ > 「……打ち倒されること、それだけがヨキにとっての望みだった。
当事者性を説きながらに、真に生きた人間として生きようとはしていなかったから」
猫舌らしく、茶を控えめに啜る。
「真面目に生きようとした途端、作り話みたいな本能に苛まれる羽目になったがね」
再び腹が鳴る。三日三晩、何も口にしていないかのような音だった。
唇を小さく舐め、はしゃぐ蓋盛の顔をじっと見る。
到底ついて行けそうにない話を聞く者の表情だ。
「蓋盛……」
眉間に訝しげな皺が寄る。
「君がおいそれと本心を明かさぬ女だというのは承知しているし……、
まさかそれが丸ごと真っ赤な嘘だとは、疑いもするまい。
だが君……そのテンション、本物か?
それが本当なら、『すぐに別れるカップルの例』みたいだぞ」
悪びれもせずに言い切る。
「楽しいのは何よりだがね」
量りかねた様子で、指先で額を軽く掻いた。
■蓋盛 > 冷水を浴びせるような言葉に、
乗り出していた身をふたたび椅子にすとんと収める。
火の消えたような薄い表情。
「わかりやすくはしゃげるところも見せておいたほうがいいかと思って……」
いけしゃあしゃあと弁解する。
どうやらダメなほうの類型を模倣してしまったらしい。
「いやはや、決意だけではどうにもならないこともありますねぇ。
なかなか洒落にならない事態のようですが、
苦痛もまた人生のスパイス、楽しむ心をお互い忘れずにやりましょうや」
気だるげにそう言って、ご馳走様、と荷物をまとめて席を立つ。
勘定を済ませ、ヨキに別れを告げると、店を後にして街に消えていく。
ご案内:「酒場「崑崙」」から蓋盛さんが去りました。
■ヨキ > 「……………………。
ヨキに看破されるくらいだから、今後は止しておいた方がいいぞ、それ」
この男の疎さは、時おり基準となりうる。
「これでいて、ヨキの方も楽しくやってはいるさ。
ヨキ自身の活動も、随分と充実しているしな。
あとは……“不測の事態”が起こらぬことを、願うばかりだが」
それらの事態は、すべて内容の想像はつく。
想像こそつくが――いつ箍が外れぬとも限らない。
またな、と手を振って、蓋盛を見送る。
独りになったテーブルで、ぼんやりと頬杖を吐いた。
「……どう考えても、不味そうにしか思えんのだがなあ」
腹の音。
ご案内:「酒場「崑崙」」からヨキさんが去りました。