2015/07/07 のログ
ご案内:「落第街大通り」にパーゼルさんが現れました。
■パーゼル > (――焚きだし。恵まれぬものに救いの手を伸ばそうという活動は言わば人類普遍的な感情らしい。男は、簡単なスープとパンの炊き出しに群がるもの共を見ながら煙草を燻らせていた。貧民ばかりではない。後ろめたい連中も複数まぎれているだろう。区別することなど不可能だとすれば、平等に分け与えるしかない。
煙草の濃密な煙を吐き出し、新聞の内容に目を通す。とある建物の軒先の階段を椅子代わりに。古臭い格好といい眉に皺を寄せて新聞をにらみ付ける様といい、まるで求人広告をしらみつぶしにしている貧乏人のようだ)
「あらわれねぇな……」
(男は眼鏡のつるを押さえた。近視用ではない。老眼鏡だった。年をとればこうもなろう。
炊き出しの列をぼーっと眺めている)
■パーゼル > (男は杖のような槍のような物体を携えていたが、やれ銃だ異能だ存在する大通りでは違和感が無かった。季節が夏に傾いているというのにコートを着こなしつばを縫いつけた帽子を斜めに被っているというのに、不思議となじんでいるだろう。生地の経年劣化と男の独特な間延びした雰囲気が違和感を帳消しにしていた。
炊き出しの列に視線をやりながらも新聞を読む。
三文芝居がシェイクスピアに見えてくるようなくだらない内容だった。くだらなすぎて一文一句が頭に入ってこない。無理にウェットを利かせて皮肉ろうとしている文を逆に嘲る。
肺胞の悲鳴を無視して二本目をくわえ込む。ライターに火を灯し切っ先に熱を囲い込む)
「奴か?」
(男の視線の先にごく普通の男性がいた。男は鋭い眼光をさらに鋭利にし、睨む。)
■パーゼル > (チャンネルをずらす。水中に裸眼では風景はぼやけるだけだが、ゴーグルをかければ正常な視界として認識できることと原理は相違ない。見えぬものを見る。死、石化、などの魔眼と比べれば格段に性能が劣るだろうが、男は気に入っていた。大いなる力に責任が伴うなら、そのようなものは無用なのだ。
男は新聞紙を起用に経たんでポケットにねじ込むと、人物の追跡を開始した。
視界は――あるいは世界は、人物の歪みで染まっていた。黒い靄が漂っているのを見、聞き、嗅ぎ取る。それが男の異能であった。
後を追跡する。背中には長物。路地を曲がり、更なる暗がりへ)
■パーゼル > (男はチャンネルを切り替えていた。世界に存在する魔力がすべて色づいて見える。匂いは濃密で鼻がもげそうだし、寒気までしてくる。見えぬものを見る魔眼と共感覚の直結が可能とする神秘である。
追跡対象がふらつく足で路地へ入り込むのを視認。人ごみを押しのけ追跡していく。上下左右を見回し、後をつける。
狭い路地裏にて人物が壁に手をついていた。
男はようやくしわがれ声を投げかけた)
「おめぇさん。よくないもんがついてるぜ」
(「お前は誰だ」。
男は肩を竦める)
「しがない雇われさ。あんたに――いや、あんたの背中にくっついてなさるもんに話がある」
(人物の闇が一段と深くなった。
表情こそ唖然だが、目が地獄の火炎のように揺らめいている)
■パーゼル > (男は教師であり、異邦人であり、闇を祓うことを生業とするものだった。むしろ慣れぬ教師業よりも遥かに経験深いのは闇との戦いだった。
闇とは所詮光の対極に過ぎない。光あれば闇がある。人は光であり闇である。人を蝕み、社会へ悪影響を与える存在を闇として定義しているに過ぎなかった。にもかかわらず、それは酷く落ち込んでいた。ゼロを通過し、負の極へと落ち込みすぎていた。
男はやれやれと首を振った)
「何を飲み込んだ? 飲み込んだつもりで、なにに飲み込まれた。そいつがお前の人生の世話をしてくれるととでも思うかい」
(人物は応えない。
人物ではない何かがいた。)
■パーゼル > (人物の体を無形の影が覆い尽くしていく。影というより、粘土のようだった。形も無く、特徴もなく、ひたすら形を変えて流動し続ける存在だ。
きっとそれが黒っぽい色に感じられたのは、闇に対するイメージのせいだろう。人は思い込みの動物である。能力が思い込みの影響を受けない理由は無い。
人物の肉体が変貌していく。あるいは、かりそめを解いていく過程だったのか。
肢体が歪み背中が伸張して驚異的な背丈へと膨張していく。
男が見ている前でそれは二本足で大地に皹をつくり――跳躍した。ビルを超えて空の彼方へ。あっけにとられる男を尻目にどこまでも逃げていく。
三本目に火をつけて吸い込む。灰を落とすと空を見上げた)
「かっこつけて逃げやがって。めんどうになったぜ」
(追いかけっこは苦手だった。かくれんぼは得意だったが)
■パーゼル > (追いかけるべきだった。
路地裏をぬけて外へ。人ごみに絡みつくように残留する気配を嗅ぎ取って。犬のように。猫のようにしなやかに。鳥のようにすばやく。)
ご案内:「落第街大通り」からパーゼルさんが去りました。