2015/07/11 のログ
ご案内:「落第街大通り」に日恵野ビアトリクスさんが現れました。
日恵野ビアトリクス > 夕暮れ時。
落第街大通りのうち、人気の少なさそうで、かつできるだけ広くのっぺりとした壁を探す。
途中で以前襲われたような、明らかなチンピラともすれ違うが、堂々としていれば案外因縁をつけられることもないらしい。
手に提げた紙袋には様々な色のスプレーが詰まっている。

これは、と思う壁にあたりをつけると、その前で立ち止まり荷物を置いて
スプレーを手にとった。

彼がやろうとしているのはストリートアートと呼ばれるものだ。

日恵野ビアトリクス > ジャマなチラシを適当に剥がし、
アイボリーのスプレーで広く下地を塗っていく。
シューシューという音が断続的に続き、薄汚れた壁面が象牙色に染まっていく。

本来なら深夜に忍び込んでサッとやってサッと退散するべきものだが、
深夜の落第街に潜るほどのリスクは犯したくない。
通り過ぎる人間の視線を集めるが、気にはしない。

ご案内:「落第街大通り」にミウさんが現れました。
ミウ > 瞬間移動してくる。
地面から足を離し、僅かに浮いていた。
なにやら壁にスプレーを振りまいている人がいる。

「何をしているの?」
きょとんと首を傾げて質問してみる。
それは純粋なる興味だった。

日恵野ビアトリクス > 「うわ」
いきなり現れた気配に肩をびくりと動かす。
シンナーをうっかり吸い込まないためと、
誰かが近づいてきてもすぐに気付けるように
不可視の風の精霊《ヴァルナ》を召喚していたが、
この幼女はそれにひっかからなかった。つまりはテレポートか。
敵意はなさそうだが、軽々しく瞬間移動で近づかないでほしい。怖いから。

「絵だよ。
 あまり近づかないように。肺に悪いから」
簡潔に答える。とは言っても、まだ下地段階なのでそうは見えないかもしれない。
高くて届かないところには、近くに転がっていた木箱を足場にして塗る

下地が完成すると、その上に青や黒の濃い色のスプレーでなにか描いていく。
厚紙などを使ってシャープな線を引いていく。
次第に人型のような輪郭が浮かび上がってくるだろう。

ミウ > 驚く少女を見て、優雅に笑ってみせる。

「壁にスプレーで色をつけるアートね。
 何の絵を描いているのかしら?」
アイボリーのスプレーを壁に塗った後、その上に青や黒などの色を置いていくようだ。
人型……である所までは分かった。
どんな絵が出来上がるのだろうか?

「私なら大丈夫よ。
 なぜなら、私は神だからね」
肺を気にしてくれているようだが、あいにく神の身体は軟弱ではない。
少々シンナーを吸い込む程度ではびくともしない。

日恵野ビアトリクス > 「なんだ神か」
神なら大丈夫だな。
本当に神かどうかは矮小なヒトであるビアトリクスには判別できようもないが、
大丈夫というなら大丈夫だろう。

「見ていればわかる」
口数少なく、木箱を昇降しながら素早くスプレーを動かす。
青で描かれたのは長い髪。
朝焼けのような光をバックにした裸体の、光輪と翼を持った青髪の天使ができあがっていく。
凹凸の少ない肉体は天使が雌雄の判別のつかないような子供であることを示している。
まだ手を付けられていないだけか、描くつもりが最初からないのか、
顔の部分だけがのっぺらぼうの象牙色のままだ。

さらに白いスプレーで綿のような雲を周囲に散らす。
落第街というロケーションには少々そぐわない、宗教画のような趣であった。

ミウ > 神について淡泊な反応をする少女。
ていうか……この人、本当に少女?
下手すれば少年に見えなくもない。

「なら、見ているわね」
そう言って、笑ってみせる。
どうやら、青髪の少女を描いているようだ。
翼と光輪が描かれ、天使の姿になっていく。
そして、この少女は子供であるようだ。
その光景をわくわくしながら見ていた。

「天使の絵ね。
 宗教画……?」

ぱっと思いついたのは、「宗教画」という言葉だった。

日恵野ビアトリクス > 「宗教画……のつもりはないけど、まあリスペクトはしているな」
刷毛を使って、スプレーでは難しい細部や輪郭を整える。
天使は性器の類が描かれておらず、少女のようにも見えるかもしれないが
少年のようにも見える。ちょうどこれを描いた者のように。
顔だけが着手される気配がない。

「神さまの無聊を慰める程度にはなったかな?」
無感動にそう言って、道具を片付け始める。
どうやらこれで完成のようだ。

ミウ > 宗教画をリスペクトしているというそのアート。
どんどん完成に近づいていく。
「この子、性別は?」

なんと、顔を描かずに道具を片づけ始めた少女。
これで完成なの?
「あれ? 顔は描かないの……?」
のっぺらぼうのままであるその絵に、首を傾げる。

日恵野ビアトリクス > 「ないよ」
簡潔に告げる。
「神らしいけどきみのところの天使には性別はあるのかい」
西洋では天使は性別を持たないという思想がある。
ビアトリクスはそのことを言っているのだろう。

「ああ、描かない。描くと《完成》してしまうからな。
 ……しかるべき時がくるまではこのままだ」
多分来ないと思うけど、と付け足す。
ビアトリクスは絵によって術を行使する《描画魔術》の使い手だ。
霊的知覚があるものが見れば、このグラフィティには魔力が込められていることがわかる。
顔を入れることによって術が暴発してしまうことをおそれているのだ。
……という解説はできるが、面倒なのでビアトリクスは省いた。

ミウ > 「なるほどね、性別はないのね」
こくこくと頷く。
「私の天使達は、少なくとも見た目では性別を判別できるわよ」
そういえば、この世界の西洋圏では、天使の性別はないという。

「なら、この絵は《完成》しないのね」
なんとも芸術的である事だろう。
「でも、どうして《完成》させたらいけないのかしら?」
気になったので率直に、そう質問してみる。
どうやら、この絵には魔力が込められているようだが、それと関係あるのだろうか?

日恵野ビアトリクス > 「さあねえ……訊くばかりじゃなく自分で考えてみたら?
 神っていうのは伝え聞くところによると全知全能なんだろう」
問いには眠たそうに返事をする。明らかに面倒くさがっていた。

「ああ、もう一つ理由があったな。
 ぼくは天使や神の類がどんな顔をしているのか想像できないんだよ。
 だから描けないんだ」
淡々とした調子で、そう付け足した。

ミウ > 「私は万物の創造を司る神であっても、全知全能の神ではないのよね」
残念ながら、全てを知る事など、神であっても無理というものだ。
眠たそうに返事をしていて、返事を聞けないと思った。
その時──。

返事は返ってきた。
「神や天使の顔を知らないのね。
 なら見せてあげるわ、神の顔」
そう言って、飛行しながら自分の顔を少女に近づける。
その表情は、上品な微笑みだった。
ミウは神なのだから、自分の顔を見せればいい。
……とか、安易に考えたのである。

日恵野ビアトリクス > 「ほお…………」
近づく微笑みに、感心したような表情で、呑気な声を上げる。

「ああ、じゃあちょっとそのままで」
荷物からクロッキー帳と鉛筆を取り出して、
自称・神の表情を間近で真剣に見つめながら
素早くバストアップを描画していく。

「悪くない顔のつくりじゃないか。
 しかし神というにはおしゃまな笑い顔だ。
 どちらかというと受ける印象は天使かな」
女性の顔に言及しているとは思えない、平坦な声での評価。

ミウ > そのまま、という言葉に、
「分かったわ」
と返答し、上品に微笑む表情を崩さずにいる。
少女は、ミウのバストアップを描いているようだ。

「お褒めの言葉、感謝するわね。
 おしゃまでも何でも、これが神の笑顔なのよ」
本当に褒めているのかどうか怪しい程、彼女?の声は平坦だ。
だが褒められたのは事実なので、お礼は言っておく。
「あなたは、本当に芸術家肌なのね」

日恵野ビアトリクス > 「どうも」
しばらくしてクロッキー帳に神が愛らしく笑う姿が描きあがる。
しっかりと特徴をとらえていて、壁に描かれたグラフィティなどよりははるかにわかりやすい。

「なら、神にもいろいろいるってことだな。
 ……多分参考にはならない気がするけど、美少女が描けたのでよしとしよう」
褒めている、という自覚がないのかもしれない。
クロッキー帳と鉛筆をしまう。

「さて、用は済んだ。ぼくはおいとまさせてもらうよ」
背を向けて、次は何を描こうかな、などと呟きながらその場を後にする。

ご案内:「落第街大通り」から日恵野ビアトリクスさんが去りました。
ミウ > 「もういいかしら?」
さすがに、同じ表情をずっと続けるのには神でも疲れる。

「そうね、常世学園だけでも色々な神がいるわ」
クロッキー帳と鉛筆を直している所を見て、描き終わったのだろうと悟る。

「またね。えっと……名前、聞くのを忘れたわ」
背を向ける少女?に、手を振る。

そしてミウは、その場からテレポートして消えるのであった。

ご案内:「落第街大通り」からミウさんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」に『墓掘り』さんが現れました。
『墓掘り』 > 男は落第街の表通りにある屋台で酒を飲んでいた。
死んだような目をして、無心に杯を傾けている。

「――ちっ」

不機嫌そうに舌打ちする。
テレビでは名前も分からないアイドルが歌っている。
下らない。あんなものは舞台どころかエンターテイメントの名にすら値しない。三流の役者が三流の衣装を着て三流の演出で無知な大衆を煽っているだけだ。
反吐が出る。

「――俺はその三流以下だけどよぉ」

溜息を吐く。
そうだ。何も表現しない舞台人など三流以下だ。

『墓掘り』 > 目を閉じれば今でも思い出す。
ワインレッドを基調とした大劇場に、所狭しと押し寄せる観客。


ザッザと音を立てて砂の積もった入り口に踏み込めば、其処に広がるのは或る劇団の成れの果て。
其の目の前の舞台で主役だったのは浮浪者、街頭の孤児、娼婦、殺人嗜好者。
決して普通のつまらない演劇とは違った、スパイスの効いた折り目正しい舞台劇を莫迦にするような演劇。
刺激的で、何処か可笑しな舞台劇。


嗚呼。
過ぎ去りし血塗られた栄光の日々よ。

『墓掘り』 > 男は墓掘り。主役にはなれない。

悲劇の王子が悪辣な王を倒し、父王の復讐を遂げる時も。
悲劇の女性が愛を失い、水底で永遠を得ようとする時も。
悲劇の青年が家族を殺した相手に勇敢に挑みかかる時も。

男は墓掘り。全てを嗤う脇役でしかない。

「――――」

それでもいい。
どんな端役でも良かった。
――あの、どうしようもなく興奮する、『公演』の日々に戻れるならば。

ご案内:「落第街大通り」に『七色』さんが現れました。
『七色』 > 『墓堀り』が空想に描く白昼夢は、現実感というものが酷く欠落していた。
世に溢れる美意識や常識では表現しきれぬ世界が、そこには広がっていたのだから当然ではある。
各々"法に触れてまで描きたかったもの"が、そこにはあった。
当然、この女にも。

「や、ごきげんよう。」

片隅でいつも眺めていたであろう主演女優が、何の前触れもなく隣に座る。
奇抜なスーツ姿は不思議と違和感もなく、まるで常連客かのように周囲の景色と溶け込んでいる。
演じているのだ。この街に住まう者が纏う空気を。
店主は当然気にも留めない。彼女はそこにいるのが当然なのだから。
"いつものように"酒を出す。
違和感を感じるのは、見知った『墓堀り』ぐらいのものであろう。
それを知ってか知らずか、彼女は目を細めて微笑みかける。

『墓掘り』 > 「――ミ、ミリオンダラー!?」

息を呑む『墓掘り』。
舞台監督などというご大層な看板は背負っているが、彼は裏方の一人だ。
ましてやフェニーチェはもうない。一介の二級学生であり、世を捨てたクズでしかない彼の隣に座るのが、かの『七色』であるなど。誰が思うだろうか。

「どうして、こんなとこに……」

立ち上がるのすら忘れ、『墓掘り』は続ける。
あの憧れの大女優が隣にいる。
それが信じられなかった。
この高揚、劇団に居た頃以来の、懐かしい感覚ではあった。

ご案内:「落第街大通り」に『脚本家』さんが現れました。
『七色』 > 「あ、おじさん。厚揚げもいいかな。」
「そ。好きなの。……ふふ。」

頬杖を突いて肩を潜める。
戸惑う『墓堀り』を他所に、最初の一杯を啜り上機嫌。
まるで昭和中期。日本映画のワンシーンめいて、情緒溢れる景色が広がった。

「『死立て屋』が近頃張り切ってるらしくて、お遊びで来てみたのよ。」
「そしたらまあ! 何処かで見た背中が、さらに小さく縮こまってるじゃない。」
「そのみすぼらしさが愛しくて愛しくて。わかるかしら?」
「私、博愛主義なのよ。」

小さいグラスを指先で揺らす。
おぼろげな照明が見目にも美しく、ゆらりゆらりと水面が波打つ。

『脚本家』 > 「───やァ、随分とご機嫌な夜を過ごしているじゃアないか、諸君」

2人の座る席の後方から、凛とした声が響く。
嘗て一つの劇団で言葉を、歌を交わした見知った顔を偶然、何の因果か見ることが出来たのだ。
ニヤリと三日月に口元が歪む。

「相席させて頂いても構わないかね」

きつく結われたポニーテイルと鋭い目線。
真黒の黒曜石のような双眸が『七色』と『墓堀り』を捉える。

『墓掘り』 > 「――そいつはどうも」

口をへの字に曲げる。
いや、確かにみすぼらしいしショボくれてはいるが。
はっきり言われるとクルものがある。
そりゃ、目の前の大女優に比べれば、みすぼらしいしショボくれてるのは否定しないが。

「――って、一条!?」

目を大きく開く。
まったく、今日は懐かしい顔ぶれによく出会う日だ。

……ほんの少しだけ機嫌がよくなり、目に光が戻った気がする。

「なんだなんだ、今日は同窓会か?」

『七色』 > 「ごめんなさいね、おじさん。」
「ちょっと詰めるから。ふふ。」

いいよいいよと気さくな店主と交わす日常会話。
『墓掘り』と肩先の触れる距離まで詰め寄って、彼の耳元に口を添える。

「男はそうでなきゃ。ね。」

気勢を取り戻しつつある彼の耳奥を、淡い吐息が不意に侵す。
その様子を眺めているであろう『脚本家』に、振向き様に見せた扇情的な微笑。

「この手のアドリブって、みんな弱いのよね。」
「本筋に書いてないからかしらね?」

『脚本家』 > 「久しいね、御崎」

ニコリと笑みを浮かべ乍ら小さく右手を上げる。
同窓会か、と聞けばイイヤ違うね、と楽しげに両の手を広げた。

「同窓会も何も。劇団フェニーチェの復帰講演を始めようってね」

言いきった後、詰めた『七色』の横に座る。
相も変わらず其の扇情的な笑みに困ったように、安心したように笑う。

「アドリブも何もお前の無茶ぶりへの対応力に比べたらほんの些事だろう」

席に座れば、店主に僕も同じものを、と上機嫌に告げた。

『墓掘り』 > 顔を赤らめ思わずぎこちなくなる。
――こういう所が、彼の三流役者たる所以だ。
とはいえ、この『七色』に迫られて無表情な男などいるのだろうか。仮面でも被ってくれば良かった。

「――って、待て、復帰公演?」

男の顔から一切の表情が消える。
……確かに、一条は『団長』の代わりとしてはもっとも適任だろう。
だが、それでも。

「本気か?」

むしろ、正気か、と聞くべきだろう。
しかし、その問いの答えは分かりきっている。何故ならフェニーチェに居た全員、どいつもこいつも狂っているのは間違いないからだ。――自分も含めて。

『七色』 > 「まあ! それで、本は仕上がっているの?」
「主演は? 脇を固めるのは? 会場は何処を使うのかしら?」

諸手をすり合わせ、意外なまでに話に食い入る。
彼女が何も知らぬわけがないのだが、一線を離れている『墓掘り』に対してあくまでわかりやすく。
とどのつまりは、サクラである。
『脚本家』の吐いた言葉に言葉で詰め寄る『墓掘り』の姿に微かな充足感を得て、さらに台詞を被せた。

「「本気か」しら?」と。

『脚本家』 > 顔を赤める彼を見遣りながら変わらないな、と小さく呟いて目の前に置かれた水のグラスを傾ける。
『団長』が死んでから潜伏していた期間は多少なりとも長い。
其れでも変わらない二人の姿を見られたのは彼女としても、『脚本家』としても安心するに足りた。

「あァ、脚本の大筋は書きあがっているさ。
 後は『演出家』の奴らに色を"刺して"貰って、其れから────」

満足そうに、堂々と言葉を並べる。
嘗てと何ら変わらない劇団の大女優の様子を見れば、また小さく笑った。

「主演は劇団フェニーチェ。勿論『七色』も踊って呉れるだろう?
 脇を固めるのも劇団フェニーチェ。舞台監督は『墓掘り』に任せよう

 ───舞台は『ミラノスカラ劇場』。其れと『常世島』」

其処まで一息で言いきれば、また傍らのグラスに手を伸ばす。
カラン、とグラスの氷がひとつ鳴いた。


「本気に決まっているだろう?
 劇団に安眠なし。他の劇団員だって準備は出来ているさ」
 

にたり。
意地の悪い笑みを浮かべた。

『墓掘り』 > 嗚呼。
その言葉をどれ程待っただろうか。
あの興奮が戻ってくる。あの惨劇が戻ってくる。『墓堀り』の心が叫ぶ。『演劇の無い人生など灰色だ!』

目の前のグラスの酒を一気に煽る。
それすらも彼を酔わせるには足りない。
なぜなら、本当の意味で酔えるものが、帰ってきたのだから。

「We few, (数の上では劣る我ら)
we happy few,(だが幸せでは勝る我ら)
we band of brothers!(我ら兄弟の一団よ!)」

高らかにシェークスピア劇の一節を口に出す。
そうだ。その為に――

「――劇場は生きてる。取引先も無事。『クスリ』だって、ちゃんと数は確保してあるぜ」

その為に、生きながらえて来たのだ。

ご案内:「落第街大通り」に『伴奏者』さんが現れました。
『伴奏者』 > 煤けた色をしたレインコートの、フードを目深に被った女子生徒がやってくる。
かつては無窮の空の色をしていたそれは、年月のあとと埃にまみれて見る影も無く色あせていた。
彼女は、頽廃の巷の酒場から酒場へと渡り歩く名も無きエンターテイナー。流しのヴァイオリン弾きだ。
振り返るものなど誰もいない。どこにでもいて、どこにもいない存在だから。
奏者が時代めいたカラメル色の楽器を肩に当てると、店主がテレビの音を消す。

曲目は、1853年作曲。シューマンとディードリヒ、ブラームスが連名で作曲したソナタ。
題して、『Frei aber einsam』。自由に、だが孤独に。
それは、作曲家たちの共有の友人に捧げられた友情の果実。

ざわめきが遠のいて、ディードリヒの第1楽章が始まる。
ピアノの伴奏は無いけれど、場末の安酒飲みどもにはちょうどいい。

『七色』 > 「ふふ……ふはは……あはははははっ!」
「良い語り部になれるわ、『脚本家』。ホントよ?」
「でも残念。私はもう、ガラスの靴は履けないの。」
「その代わり、別の灰かぶりに魔法をかけてあげるわ。」
「それで勘弁してもらえるかしら?」

自分はもう女優ではないと言いたげに。
代わりを用意するとのことだ。このような気狂いじみた演目を?
そう。そのまさかだ。そのための"養成所"を、彼女は準備している。

「まさに偶像よね。シンデレラって。ふふ。」
「さしあたって……そうね。私にもいくつか"おクスリ"頼めるかしら?」
「仕上げがもう少しなのよね。」

『脚本家』 > ヴァイオリンの流れるような音を背に、場末の屋台は舞台劇へと姿を変える。
何時もこうなのだ。劇団の人間が集まれば日常なんて一瞬で忘れ去られる。

「いま望んでいるものを手にして、何の得があろうか。
 其れは夢、瞬間の出来事、泡の様に消えてしまう束の間の喜びでしかない。
 一週間嘆くと解っていて、一分間の快楽を買う人がいようか。
 あるいは玩具と引き換えに、永遠の喜びを売る人はいようか。
 甘さを求めて、葡萄一粒のために、葡萄の樹を倒してしまう人は、果たしているだろうか────」

まるで歌うように彼女はシェイクスピアの遺した言葉を諳んじる。
一拍置いて、暫しの瞑目。
ゆっくりと目を開けば、堂々と言葉の続きを。

「生憎、此処にはそんな人間が多いらしい。
 一分間の快楽の為に全てを投げ出す者も居れば永遠の喜びを売る者も。
 此の混沌とした時世、如何にも劇団フェニーチェの復帰講演にもってこいだ。

 ───彼の為せなかった『グラン・ギニョール』を再現するにも、今より適した期があるだろうか」

クスリの準備も万全。大女優の魔法も準備が進んでいるとくれば。
今より適した時期なぞ、存在しないに決まっているだろう。

ご案内:「落第街大通り」に『殺陣師』さんが現れました。
『殺陣師』 >  
 
 ――何時の間にか、『脚本家』の側に一つの西洋人形が、控えている。
 其れには、フェニーチェの者なら一度は見たことがあるかもしれない。
 
 

『墓掘り』 > 「――『伴奏者』に、人形お前もか。
はん、どいつもこいつも、くたばりぞこないめ」

楽しそうに嗤う『墓掘り』。
そうだ。フェニーチェはこうでなくては。劇団員が集まるたびに、空気が変わり、つまらない日常は愉しい即興劇へと変わっていく。
――その中では、『墓掘り』だって、役を演じる事が出来るのだ。

男は、演じる事が出来ない。彼には演技の才能がない。
男は、演出を考える事が出来ない。彼には人を驚かせる発想がない。
男は、脚本を書けない。彼には人を引き込む文才がない。
男は、舞台美術を創れない。彼には大道具や小道具を創る器用さがない。
男は、音響も照明もできない。彼には専門の知識がない。

だが、出来る事はある。
フェニーチェの為に、舞台を整えよう。
復帰公演のチラシをつくり、惨劇のチケットを流通させ、役者たちのスケジュールを調整し、公演に欠かせない『クスリ』を用意しよう。

そう、男は舞台監督。
演劇の裏方。舞台人にして舞台人でない者。

『伴奏者』 > 貰い受けた時には死体も同然。元の身体と遜色なく音を奏でるために、荒れ果てた手を再生させた。
おぞましい腐臭を放っていた暮らしぶりを再建して、奏者にふさわしい容姿を与えた。

弦が慄き、喜劇調のアレグロを奏でる。グァルネリウスの音色は「目に見える」という。
評判のとおり魅せられるかどうかは奏者次第。細い身体に詰まった臓腑が静かにわなないている。

耳を澄ませば、お決まりのエログロナンセンス。悪乗りがすぎた猟奇趣味の所産。相変わらずだ。
相変わらずどうしようもない。音がつかないだけでこのザマだからな。
まあ、あれはあれでいい。構わないさ。それでこそこちらが引き立つというものだから。
どいつもこいつも、結局のところやりたいようにやればいいのだ―――。

『七色』 > 「晴れ舞台よ、あなた。」
「期待してるわ。」

『墓掘り』の首筋に唇を。

「それじゃおじさん。お勘定置いておくわね。」

席に紙幣の束を置けば、くるりと踵を返し立ち去った。
彼女が姿を消せばまるで魔法が解けたかのように空気は一変。
物々しさを含む澱みきった気だるい雰囲気が、波となって打ち寄せる。
途端に狼狽する店主。本来であれば、それが正しいのである。
彼女は遠目に振り返り、その様子を暖簾越しに一瞥する。

「ごちそうさま。」

不敵な笑声が大通りに溶けていった。

ご案内:「落第街大通り」から『七色』さんが去りました。
『脚本家』 > 当然、フェニーチェに役のない者は一人もいない。
全員が全員役職を持ち、全員が好き勝手に動くのだ。
『伴奏者』も、『墓堀り』も、『七色』も『殺陣師』も。勿論『脚本家』も。
好き勝手に動く其れも複雑に、全てが怪奇に奇妙に絡まり合う。
其れで居て───最高の劇を創り出すのだ。

「さァ、他の面々も好き勝手に動き始めているさ。
 諸君も好きに、自由に動くといい!そして名乗るのは劇団フェニーチェ!
 嘗てのように落第街で一番の劇団の名を響かせるんだ───ッ!」

好き勝手に、『脚本家』は両の手を再び大きく広げた。
───と、同時に怪訝そうな店主の目が彼女に向く。困ったように笑った。

『墓掘り』 > 首筋にキスされ、流石にびっくりする。
やばい、顔が赤い。全身を血が巡りはじめた気がする。
――高揚。久しく感じていなかった感覚だ。
『七色』の求める『クスリ』。はやめに隠し場所から移して、使えるようにしておかないと。

「『クスリ』はミラノスカラ劇場に運んでおく。
あと一条、必要になるだろ」

『墓掘り』は『脚本家』にカードを一枚差し出す。
それは、かつて劇団の運営資金が入っていたカードの1枚。
公安に見つかる前に、5枚あったそれのうち1枚を持って逃げ出したのだ。――残り4枚は行方不明だが。

『殺陣師』 >   
 『殺陣師』――いや、『人形』は語らない。
 其れはただそこに在るだけで、相も変わらず『殺陣師』は『人形』の面を被り、
 『脚本家』の側に控え、今は語るべきでないと寡黙を守る。

 故に、今は『殺陣師<シドウシャ>』で在る以上『演出家<ウラカタ>』であり、演出家で在る以上に『人形<ヒトガタ>』である。

「――」

 だが、知る者は知っている。
 この『人形』は決して動かない訳ではない。
 【舞台】を愛した『人形』は、一度<演出>が入用になれば『演出家』として腕を奮い、
 『殺陣師』の指導が入用になれば、人間らしからぬ豊富な<殺陣>――<演出>の知識を以って手腕を奮い、『団員』を高めることもあろう。

 そして、事が住めば『人形』に戻る。
 それが、この『生き人形』の在り方だ――少なくとも、"フェニーチェ"としては。

『伴奏者』 > 第1楽章の終わり。
弓を放して遠ざかっていく姿を見送る?
まさか。
歓喜の声をあげて大げさな手振りをする『脚本家』に相槌を打つ?
まさか。お断わりだ。

第2楽章は短いけれど気に入っている。第3楽章はブラームス流の回答だ。
せめて聞いていけと言いたいが、あいつは聞く耳をもたないだろう。
主役気取りだからな。

フードの陰からろくでなしどもの顔が見える。
変わったやつもいれば、変わってないやつもいる。俺は前者だ。
どちらにせよ、元の通りとはいかないだろう。あまり期待もしていない。
お前たちに『団長』なしで何ができる? 知ったことではないな。勝手にすればいい。

Frei aber froh.
自由に。だが愉しく。俺はこっちの方が気に入ってる。

『脚本家』 > (相も変わらず『七色』はいい仕事をする)

去った大女優の背をぼんやりと眺めながら、ひとつ思案。
一瞬驚いたような表情を浮かべ、『墓堀り』から差し出された其れを受け取る。
人差し指と中指で幾らか弄んだ後、ニタリとまた不敵な笑みを浮かべた。

「あァ、必要に成るだろう───、助かるよ。御崎」

傍らに控えた『殺陣師』の頭をぽんとひとつ撫でる。

「お前も存分に、いろいろな面を張り付けてやろう。
 ───あの輝かしかった日々を取り戻そう、"エアリアル"」

『伴奏者』のヴァイオリンに耳を澄ましながら、彼女は満足そうに笑う。
主役を気取った『脚本家』は、楽しげに、至極当然のように其の終わる第一楽章から始まる第二楽章を心待ちにする。
彼が手を離す筈がないのだ。
生粋の芸術家は弾ききるまで其の手を弓から離さないのを彼女は知っていた。

「じゃあ始めよう、再公演を───
 死んだ『団長』にも届くくらい、名声を響かせてやろう」

ガタン、と音を立てて席を立つ。
店主に小さくすまないね、と笑顔を向けた。

ご案内:「落第街大通り」から『脚本家』さんが去りました。
『殺陣師』 >  エアリアルと呼ばれた人形は、撫でられても身動ぎ一つせず。
 あくまでこの場では、『人形』に徹するのだろう。

 ――このエアリエルを示すにあたって、『殺陣師』、と言うよりは『人形』が精確か。

 いずれにせよ。
 音を立てて立ち上がった彼女へと、付き添って、その場を去る。

ご案内:「落第街大通り」から『殺陣師』さんが去りました。
『墓掘り』 > 男も会計を済ませる。
――さあ、忙しくなる。
むなしく死んでいた日々は終わりだ。
これからは、生きる時間だ。

「邪魔したな」

『墓掘り』は落第街へと消えて行く。

ご案内:「落第街大通り」から『墓掘り』さんが去りました。
『伴奏者』 > 上等な芝居を打てるなら音をつけてやってもいい。保証はしないが。
一瞥を投げて答えた。

失われた生命は還らない。過ぎ去った時間は戻らない。
普通の生物ならば、そうだ。不死鳥はその例から漏れている。
”フェニーチェ”。不死鳥の名を持っていた場所。かつては居心地のいい世界があった。

『脚本家』はやる気満々。『墓堀り』も左に同じく。

第4楽章。
フィナーレを飾るのはこの俺。あいつらは先に帰った。いい気なもんだ。
聴衆が入れ替わって、場の空気が変質したことを感じる。
野卑で、ざらつくような憤怒と情欲が取って代わる。

嫌な時代だ。黄金時代はとうに過ぎ去り、今は白銀の時代?
違うな。スズの鍍金がせいぜいだ。
酒瓶をかかえた酔っ払いがおぼつかない足取りで近づいている。

やめとけよ。顰蹙モンだぜ? パトロンの旦那がたがヘソを曲げちまう。



―――ああ。言わんこっちゃない。

ご案内:「落第街大通り」から『伴奏者』さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」に『死立屋』さんが現れました。
『死立屋』 >  
「あゝ、演者諸君!!!今宵は一夜限りの夜会≪サバト≫と聞いて、
 この『死立屋』今ここに――――ッ!!!!!はせ参じッ―――!!!!!」

大仰な動きで屋台の暖簾を潜った男は、口上を述べる。
そして、屋台から向けられる数奇の目の数々、
そして、その目のうちに、
嘗ての朋友諸君が居ないことを確認すると、その場に崩れ落ちた。

「あゝ、なんと因果な事かッ!!!!!
 『運命』は私たちを引き合わせない―――ヒヒッ!!!!」

そして腹を抱え、転げまわる。
酔っ払いが騒ぎ出したのかと勘違いする群衆、
『誰だよあいつ』と数奇の目を向ける群衆、

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!!!ヒヒッ!!!!!アアアアアアッ!!!!」

そんな『観客』の目の中、彼は床を叩き続ける。

「来たらッ!!!!!!既にもうそこには!!!!!
 彼らの姿はなかったッ!!!!!!!!!!ヒヒッッヒ!!!!!
 残念だ、実に残念だなァッ!!!!!
 店主、極上のワインを開けてくれ、今日今宵、『よき出会わなかった』に乾杯ッ!!!!乾杯ッ!!!!!!!」

手を叩きながら、狂ったように笑い続ける。
当然のようにワインは出てこない、そもそもそんなものが置いてある店ではない。

『死立屋』 >  
店主の男は彼の事を『冷やかし』と判断したのか、
『お客さん、困りますよ。冷やかしなら帰ってください』と声をかける。

彼はその店主に、顔を向ける、向ける、向ける。
そして、傾ける。90度に、110度に。
口を歪める。三日月に半月に。

「『演者』に帰れと言う『演者』ッ――――!!!
 あゝこれが『才能』か、実に、実にすばらしいッ―――!!!
 今宵、舞台上に招かれた『ゲスト』は実にすばらしい役者と見える!!!!!!!!!!」

「ヒヒッ!!!!!!だがだがだがだがッ!!!!グッフッ
 ヒヒヒアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 ヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!!!!!アヒヒッ!!!!!!!
 アアアアアアアアアアアアアアアアヒヒッアアアアアアア!!!!」

腹を抱えて転げまわる、床をバンバンと叩く。

「いやこれは傑作だ!!!『演者』に帰れと言う『演者』!!!!!
 帰れ、帰れと!!!!!!!!!
 バカじゃないのか!!!!ヒヒヒヒヒッ!!!!!!!!!!!
 そんな演目があるか、あってたまるか!!!!ヒヒヒッ!!!!!」

『死立屋』 >  
 
「実にいい、実に、実にいい、実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に
 実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に
 実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に
 実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に
 実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に
 実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に実に」


「――――実にいいッ!!!!」

『死立屋』 >  
 
 
―――ぼとり、と『彼』の大事な物が転がった。

 
 

『死立屋』 > 『店主』は悲鳴をあげる、目の前の男が、
いきなり取り出した鋏で自分の首を断ち切ったから?

いや違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

『彼』の首が、狂ったように笑ったからだ。

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!」

『死立屋』 > 「『演者』の『退場』はこうでなければならないッ!!!!
 笑い声をあげてッ!!!!!死を以て退場しなければならないッ!!!
 ≪人生≫という舞台から退場させるのはそれしかないッ!!!!
 それでなくてはナラナイッヒヒッ!!!ヒヒヒヒッ!!!!!」

―――首が笑う、笑う笑う笑う笑う笑う笑う。

「店主ゥ素晴らしい出会いに乾杯しようじゃないか!!!
 ああっと、私は今盃を持てなかったな、ヒヒヒッ!!!!!!」

ゆっくりと、その首が糸によって繋がれる。
男は、ゆっくりと立ち上がった。

「ヒヒヒヒヒッ!!!!
 アアアアアアアアアアアアアヒヒヒヒッ!!!!!!!」

笑いながら、死から立ちあがった男は、店主を見た

「ご理解頂けたかな?店主。」

『死立屋』 >  
 
―――ぼとり、と『彼』の大事な物が転がった。
 
 
 

『死立屋』 > 「今宵の宴は『演者達』の夜宴、
 登場人物が全て去ったのなら、『裏方』は、『裏方』らしく去るとしよう。」

「ヒヒヒッ、裏方、裏方らしく、裏方らしくな!!!!
 こんな裏方が居てたまるか、ヒヒッ!!!ヒヒヒヒヒヒヒッ!!!」

大きく一礼、室内をぐるりと見渡す。

「―――あゝ、今宵の『公演』は大成功だったよ、
 『脚本家』これからもいい舞台を期待しよう、ヒヒッ!!!!」

狂ったように笑いながら、
彼は舞台を降りて、暖簾≪カーテン≫の裏へと消えていった。

ご案内:「落第街大通り」から『死立屋』さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」にヨキさんが現れました。
ヨキ > (――きゃあっ、と、女の叫ぶ声がした)

「…………、」

(それは『死立屋』の幕引きから、ごく間もない後のことだった。
 走り去る者があれば、それを遡上するのがこの犬の習性であった)

「……………………」

(かつ、かつ、とヒールを鳴らして、騒ぎから足早に逃げるもの、あるいは気付かず喧騒に浸るものたちの中を縫うように歩き、その嗅覚が公演の余韻を探って辿る)

ヨキ > 「……逃したか」

(小さく呟く。それはこの落第街にすら保たれるべき猥雑な賑わいを乱されたことに対する『義憤』と、ごく個人的な興味を逃してしまったという、ある種不謹慎な悔やみによるものだ)

(屋台の客として運悪く幕引きに遭遇してしまったらしい女を捕まえる。
 落第街にしては繊細な感性を持っているらしい女が、がたがたと震えながらいくつかの単語を口走る)

(取り留めもなかったし、脈絡もなかった。その騒ぎの中にあっては、ひどく不似合いな単語の羅列だった。
 が、)

「…………」

(この駄犬とて、長く籍を置いていることもたまには役に立つ)

「――『フェニーチェ』?」

ヨキ > (女は、知らない、知らない、と叫んでヨキの手を振り払い、雑踏の中へ掛け去った。
 独り立ち尽くす。件の屋台へは未だ距離がある)

(フェニーチェという名を知っていたし、あまつさえ身分を隠して公演を何度か観たことがあった。
 落第街という土地柄を警戒して、供された飲み物を口に含むことはなかったが、観客たちの据わった眼差しをよく覚えている)

「……まさかな。たかだか模倣犯といったところだろう」

(屋台から離れた場所においては、人々はすぐに興味をなくして各々の享楽に戻ってゆく。
 人波の中を、再び歩き出す)

ヨキ > (考える。
 もし本当に、かの劇団を名乗る模倣犯であったら?)

「……バカな。捨て置けるものか」

(フェニーチェの作り出した巷は、何にせよ『守られて然るべき』ものだった。人(あるいはそうでないもの)が作り出す演劇という世界は、人間の世界に入って間もないけだものを驚嘆させ、魅了するには十分すぎた)

(だがもしも模倣犯でなく――『本物』が、劇団の残党がこの落第街に在るのだとしたら)

「………………。
 ヨキは、劇場の外の演者をも愛せるだろうか。
 あるいはこの街が、――舞台に?」

ヨキ > 「……岡惚れだな」

(息をつく。その視線が雑踏をぐるりと見渡す。
 当時の劇団員の顔などついぞ知らない。彼らと何の縁がある訳でもない。
 覚えているのはただ、彼らの織り成す物語に、心の底を引っ掻き回されたということだけだ)

「――止そう。見逃した公演を追って何になる?
 むやみに恋しくなるだけだ」

(渦中へ辿り着いたなら、何らかの手掛かりが得られるかも知れない、という一瞬の期待を拭って、踵を返す。
 女の悲鳴が、口走った単語の羅列がフェニーチェに結び付いたこと、その事実ひとつを心に留め置くことにした)

ご案内:「落第街大通り」からヨキさんが去りました。