2016/02/14 のログ
ご案内:「落第街大通り」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 子連れである。

身体の正面でまん丸く膨らんだベビースリングから、ふくふくと健康そうな赤ん坊の顔が飛び出しているのである。

夕刻。落第街のやけに安い八百屋で、ヨキは買い物をしていた。
知った二級学生から子守と使いを頼まれて、この有様なのだった。

大福よりもすべすべとしたほっぺが、ピンク色に染まっている。
ヨキには到底似ないのだが、ヨキを知る者はみな一様に一度は驚くか、あるいはとうとう、とでも言いたげな顔をした。

ふぁ、と泣き出す直前のタメに入った赤ん坊を見下ろして、ヨキはスリングの丸みを抱え直した。

「おお……ほれ。存分に泣くがよい。臭いはせんから眠たいのであろ」

犬の鼻は便利だ。

ヨキ > 両手にビニル袋の荷物を提げているからして、子どもをあやすにも手が空かない。
袋の持ち手を肘に引っ掛けて、ふえふえと声を漏らす子の丸い尻を、ぱたぱたと叩く。

「おうおう。今日はヨキが君のパパであるぞ。
 ママによると『先週のパパよりはマシ』であるそうだから、安心したまえ」

というのも、この赤ん坊は父親が判らない。
予定の合う男に片っ端から声が掛けられているだけだ。

それにしたって、生後間もない赤子に対する言葉遣いではない。

教師として学生を教えるのはともかくとして、ヨキは子育てが巧い男には到底見えなかった。

ヨキ > 人の多い道を歩きながら、片手にビニル袋をまとめて持ち、左手を空ける。
空いた手のひらの上に、銀色の煌めきがころりと転げた。

ヨキの異能から湧き出た純銀の、それは小さな鈴だった。

金具をスリングを結ぶリングに括り付けると、ヨキの足並みに合わせて涼やかな音が立つ。
赤ん坊は揺れる銀色をしばらく呆けたように見上げたのち、やがて蕩けるように笑った。

「うむ」

にこりと笑い返す。
ヨキは子育てに向く男ではなかったが、その肝の据わり具合は全く子どもの相手に相応しかった。

ヨキ > 懐のスマートフォンが鳴る。
赤ん坊の母親からの連絡だった。

「……む。案外と早かったな。
 もしや『パパ候補』にフラれおったな?」

普段より素っ気ない文面に、不機嫌を察して眉を顰める。

「何はともあれ君のママであることには変わらん。
 悪く言ってはいかんな」

笑って、赤ん坊に頬を寄せる。
小さな手が、ヨキの薄い頬をぺたぺたと叩いた。

「ママが戻るまで、もう少し共に居ようぞ。
 ……ああ、いかん。止せ。耳はだめだ。耳は」

垂れ下がった猟犬の耳をぐいぐいと弄ばれる。
そのひやりとした耳たぶの柔らかさに、赤子はすっかり夢中になったらしかった。

ヨキ > ヨキと、買い物袋と、赤ん坊。

過日よりぐっと冷たさの和らいだ空気の中を歩いて、落第街の住宅地へ向かう。
ふにふにと弄り回された耳は、アパートに着く頃にはすっかりふにゃふにゃになっていた。

多情さを隠しもしない若き母親が、ヨキと子どもとを出迎える。

そうしてヨキが帰る時刻には、辺りはすっかり夜。
子守と使いの駄賃に食事とチョコレートとを馳走になって、独りアパートを後にする。

別れ際、未だ何の苦労も知らぬ赤子の手が、ヨキの人差し指をふわりと掴んだ。

ご案内:「落第街大通り」からヨキさんが去りました。