2015/06/25 のログ
ご案内:「蓬山城」にリチャード・ピックマンさんが現れました。
■リチャード・ピックマン > 灰色に濁った水が流れる、狭く入り組んだ路地を、女性が歩いている。身長は2m以上、その髪は多種多様なコードの束であり、レンズの片方が赤、片方が青のゴーグルをかけている。
リチャード・ピックマン、IDにはそう書いてあるし、正規の島民としてデータベースには記載してある。その経歴に怪しい点はない。
だがそれは全て嘘。彼女は"食屍鬼"と呼ばれるハッカーであり、不法入島者だ。
持っているIDも、不幸な死者から奪いとったもので、データベースの内容も秘密裏に改ざんしたものだ。
だからリチャードという名前は偽名であった。彼女の本名を知る者はこの島には居ない。
■リチャード・ピックマン > 路地を歩く、慣れないものなら即座に道を見失うだろう、秩序とは程遠い偶発的に作られた迷宮を自らの庭のように歩いている。
噛んでいたガムの味がなくなったので、そこらへんに吐き捨て新しいものを取り出して噛む。
どこの世界のものかもわからない、奇怪な虫がガムに群がり、食べ始める。
目指すのは、電子機器店「瀛州山」新しいコードを入荷したという知らせを受けたのだ。
生体ペルソナという自分の精神内に存在するサイバーデッキを使用するリチャードにとっては、ケーブルの情報伝達速度の差がそのまま処理速度に跳ね返ってくる。
だからコードは常に最新のものを使っていた、1ミリ秒の遅れが、1回のエラーが、生死を分けるのを知っていた。。
■リチャード・ピックマン > 建て増しによって無秩序に作られた箱状の部屋が並ぶ、ここには地図などない、あったとしても作っている間に役に立たなくなる。
ここはまるで生き物のように変化し続けている。昨日まであった道に新しい部屋が出来ている。さっきまであった壁がぶち破られて道になる。
そんなことは日常茶飯事だったし、誰も気にしなかった。
痩せこけた路人が恨めしげにリチャードを見る、しかしリチャードは吐き捨てたガムを見るような目で見返すと、無視して横を通り過ぎる。
下手に反応する方が危険だと知っているのだ、ここでは相互不干渉が鉄則。たとえ血を流して倒れている人間を見ても、ゴミを見るような無感情な視線しか与えられない。
■リチャード・ピックマン > 「瀛州山」にはすでに連絡してある。こういう店に突然訪れても、何も出来ない。非合法の商売人というものは用心深いのだ。
店のドアの前にやってきたが、ドアノブには手をかけない。この店は例え事前連絡した客であっても電子ロックを解除しなければいけないのだ。
頭から生やしたコードの一本をとって、パネルの脇に差し込む。思考で事前に聞いた番号を打ち込む。2ミリ秒もかからず、ロックは解除された。
コードを抜いて、店に入る。
■リチャード・ピックマン > 薄暗い、というよりほとんど真っ暗な店内では、複数のパネルとそこに映しだされたデータの奔流が唯一の照明であった。
パネルに囲まれたカウンターの向こうで、店主が端末に向き合って何か作業をしている。
こんな店に一日中いて気が滅入りはしないか、と特に意味もなく思う。
「……リチャード」名乗る。声の出し方を忘れかけていて、少し手間取った。声を出すのは数十時間ぶりだ。
店主の男は、こちらを一瞥し、また自分の端末へと目を戻した。
つまり良いってことだ。ハッカーというのは喋るのを嫌うものがおおい、こんなノイズだらけで相手に伝わっているかすら不明瞭な言語、誰が好き好んで使うのだと本気で思っている。
■リチャード・ピックマン > 乱雑に商品が積まれた店内を、歩く。
お目当てはコードだ、それも最新の奴。
ふと、サイバーデッキが山積みにされた一角を見て、気づいた。あのぶっ壊れの『プロヴィデンス』売れたんだな。
パーツ取りにでも使ったのだろう、修理のしようが無いほどの壊れ方だったはずだ。故障品でも最新機種、需要はある。
■リチャード・ピックマン > それ以上に興味は惹かれず、すぐにそのことは忘れ去った。コードが壁にかけられたエリアを着いた。
ここには値札も品名もないし、店主に聞いたところで答えは返ってこない。自分の知識だけが頼りだ。
知識がない者には全く同じに見えるであろうコードの数々を、端子や色の違いで見分けていく。
最新のでも端子部分が欠けていたり、断線していては何の役にも立たない。
あった、ウェイトリー・ファミリー社のアカシック9500。状態は良好、端子部分も見るに新品だ。
■リチャード・ピックマン > アカシック9500と、他にいくつか見つけたコードを取り、カウンターに向かう。
コードの束をカウンターの上に置くと、店主がちらりと商品を見て、値段を告げる。
結構な値段だが、交渉の余地はない、不満があるなら別の店に行けばいいだけの話。
くたびれた札を乱暴に輪ゴムで巻いたものいくつか、ポケットから取り出して投げるように置く。
愛想だの礼儀だので通信速度があがるのか?バグが減ったり、処理速度が向上するのか?そういうハッカー特有の態度をお互いに見せつつ、取引は終わった。
■リチャード・ピックマン > 釣りを受け取ってポケットにしまい、コードの束を担いて出口へ向かう。
店を出て、後ろ手にドアを締める。ロックのかかる音がかすかに聞こえた。
噛んでいるガムの味がなくなり、また吐き捨てる。びちゃり、と灰色の水たまりの中に落ちた。
収穫はあった、久しぶりに外に出た甲斐があったというものだ。
だが上機嫌なところを見せてはいけない、そういう奴は狙われる。
だからつまらなそうに、何も価値があるものは持っていないという風に、陰鬱な顔をしながら、帰路についた。
ご案内:「蓬山城」からリチャード・ピックマンさんが去りました。