2015/07/09 のログ
ご案内:「ミラノスカラ劇場」に一条 ヒビヤさんが現れました。
■一条 ヒビヤ > 深い深い闇の中、ぼうと瞬く橙の光。
其の光を頼りに落第街の奥に進めば、嘗て栄えた大劇場。
上演されていた演目は複雑怪奇、荒唐無稽で虚仮威しめいたものばかり。
忘れられ、煤けた大劇場にぼんやりと灯りが灯る。
ザッザと音を立てて砂の積もった入り口に踏み込めば、其処に広がるのは或る劇団の成れの果て。
其の目の前の舞台で主役だったのは浮浪者、街頭の孤児、娼婦、殺人嗜好者。
決して普通のつまらない演劇とは違った、スパイスの効いた折り目正しい舞台劇を莫迦にするような演劇。
刺激的で、何処か可笑しな舞台劇。
■一条 ヒビヤ > ヴ────ッ……、と開幕のブザーが鳴り響けば其処は彼ら"劇団フェニーチェ"の世界。
狂気的で喜劇的で刺激的な其の物語に、観客はどんどん呑まれていった。
其れはもう、現実と演劇の区別がつかなくなるくらいに非日常で塗りつぶしていく。
何もしなかったら、何も起こらない。
───はて、此れは誰の言葉だったか。有名な劇作家の言葉であっただろうか。
故に、彼らは『何かする』。然すれば『世界は変わる』から。
「ただいま、"ミラノスカラ"────随分と待たせてしまったね」
凛とした声を人のいない大劇場に響かせる。
カツカツと踵を鳴らせば、ふわりと高く結われたポニーテイルが揺れた。
観客席から舞台袖まで悠々と歩みを進める。
■一条 ヒビヤ > 彼らの芝居は大抵短篇で、複数本立てで上演されることが多かった。
観客動員数ばかりでなく、「観客のうち何人が失神したか」も彼らにとって劇の成功・不成功を測る尺度だった。
───失神した観客が其のまま行方不明になる、と云うのも非常によくある話だったが。
「昨日と同じ今日はもう終わりだ。
今日からは昨日と違う今日が始まる───違うね、僕らが始めるんだ」
彼の描いた非日常を、と彼女は柔らかな笑みを浮かべた。
そんな非日常で満ちた狂気を孕んだ劇場を、彼らは『ミラノスカラ劇場』と呼ぶ。
■一条 ヒビヤ > 「───残念ながら、僕らは良識も倫理も持ち合わせていないよ」
誰に語るでもなく、踵を鳴らしながら舞台に上がる。
ぼうと灯る橙の灯を他所目に、まるで劇の登場人物のように堂々と声を上げる。
「さァ、劇団フェニーチェの復帰講演と行こうじゃないか────
神も奇跡も!其の祈りも!僕らの手で掻い摘んでやろうじゃアないか!
不運ばんざい!運の女神に見放され、この世の最低の境遇に落ちたなら、
あともう残るのは希望だけ、不安の種も何もない!」
凛とした、よく通る声が劇場に反響する。
観客は独りたりとも存在しない劇場で、彼女は物語の幕を開ける。
此れから始まる物語の前奏曲を奏でるように、指揮者のように両の手を広げる。
「───劇団フェニーチェの凱旋公演の始まりだッ!」
ヴ────ッ……、とまたひとつブザーが鳴いた。
ご案内:「ミラノスカラ劇場」から一条 ヒビヤさんが去りました。