2018/06/02 のログ
■ヨキ > アリスの声に、息をひとつ吐き出す。
「――勿論だ。ヨキは君を助けるためにここへ来た」
この男は魔力こそ豊富だが、どうやら生身の人間であるらしい。
異能使い相手には、見るからに後手に回っている。
それでも、少なくとも諦める様子がないのは確かだった。
頭上から響く金切り声に、再び相手を見据える。
極限の集中に瞳の奥が煌めいた刹那、獣のように飛び掛かってゆく。
振り下ろされる踵を半身をずらして避け、相手の軸足を目がけて掬い上げるようなタックル。
足を抱え込み、突進の勢いで後方へ押し倒さんとする。
■アリス >
「…お礼は全部終わってから言わせてね」
その言葉を聞き終わるか否か、主犯の男が吼える。
悪党を統率してきた男の異能。
『俺が最強になる異能ッ!! ファイト・クラブ!!』
今までの動きが信じられないほど加速しながら私に近づき、手の中の銃を蹴り飛ばす主犯。
「!?」
私は後方に跳びながらコンクリートの柱を意志の力で削り取る。
とにかく空気中に元素が、錬成の材料が欲しかった。
ヨキと自分を呼称した男に、蹴りかかった男は世界が回るのを見ることになる。
タックルを受けて、足を抱え込まれる。
そう、それはまるで。
『マ、マウントポジシ』
言い終わるより早くガードを固めた。
顔周りを両手で防ぐも、跳べない以上もうあいつは異能を使えない。
■ヨキ > 視界の外で、主犯とアリスとの声が聞こえてくる。
だが今はこちらが先決とばかり、組み倒した男の上を取る。
相手が自分の目論見に気付いたと見るや、ヨキはにやりと笑った。
アリスからは見えない位置で、口元が耳まで裂けるかのような笑みだった。
「これでもう……『ダイブ』は出来ないなァ?」
身を縮こまらせたってもう遅い。
両目をかっ開いた形相は、怒りに満ちた鬼のそれだ。
「……ふんッ!」
振り上げた拳が勢いよく振り下ろされた先は――顔面でも胴体でもなく、金的であった。
■アリス >
『がッ!?』
金的を受けた不良がこう短く叫ぶと、この世のものとは思えない悲鳴を上げて戦闘不能。
あと一人。
しかし……こいつは。
「空論の獣(ジャバウォック)!!」
元素を元に両手に拳銃を作り出し、主犯に向けてゴム弾を撃つ。
しかし、相手は軽く避けながら超スピードで近づいてくる。
恐らく、単純な身体強化系の異能。それもめちゃくちゃに強い。
あっさりと近づくとゴミでも払うかのように私の両手の拳銃を剛腕で振り払った。
■ヨキ > 股間への一撃でまんまと伸びた相手を尻目に、間髪入れずに立ち上がる。
「――ヨキの学生に手を出すなッ!」
風を切って飛び出し、アリスの身体を有無を言わせず抱え込む。
二人の間に入り込んで庇う形で、主犯の腕から素早く距離を取って離れようとする。
「君、拳銃は止しておけ。どうせ動いてる相手には当たらん!」
顔は主犯へと向けたまま、アリスを視線だけで一瞥して叫ぶ。
■アリス >
抱え上げられて運ばれながら、ヨキに語りかける。
「ええ、わかったわ。でも次はどうしたら?」
そう言いながら主犯を見る。
追いすがる不良は必死の形相だ。
自分の人生が終わるかどうかを、私の命に賭けている顔。醜悪。
『待ちやがれ!!』
ヨキに向けて滑り込むように膝を狙った蹴りを放つ不良。
構えは素人、なのに相当に場慣れしている。
■ヨキ > 「さっきの銃は、君の異能か」
周囲の打ち棄てられた廃ビル然とした光景を見渡す。
答えを待たず、アリスへと耳打ちした。
「それでは、何か武器をくれるか。硬い棒きれがいい――鉄パイプとか!」
そう乞うと同時、膝に向けた蹴りが迫る。
少女を抱いた視界では、たたらを踏むように避けるのがやっとだった。
下ろすぞ、と短く合図して、自分の後ろ側へとアリスを立たせる。
「こんな娘相手に寄ってたかって、見っともない。
何が目的だ? 全員まとめて風紀委員へ突き出してやろう」
右の半身を向けたまま、空の左手をぶらりと遊ばせる。
アリスに向けた指先が小さく動いて、何か頼む、と合図しているようだった。
■アリス >
「…わかったわ」
耳打ちされ、後ろ側に下ろされるとタイミングを見計らう。
鉄パイプ。鉄パイプと言われたけど、素材は何がいいのだろう。
曲がったり折れたりしなければいいのだろうか。
『金だよ、金ぇ!! 黙って死んどけ!!』
主犯は汚く罵りながら姿勢を起こすと、手刀をまるで鈍器でも振り下ろすかのように振るった。
その瞬間、錬成した工事現場の足場を組む時に使われる鉄に亜鉛メッキのスタンダードな鉄パイプを錬成して渡した。
冷静に喋りながらも、鼓動は跳ね上がっている。
■ヨキ > 金という一語が声高に叫ばれた瞬間、ヨキの額には青筋が浮かんだようだった。
後ろ手に受け取ったパイプのひやりとした感触に、事情を察して握り締めた。
「なるほどな。――上々だ!」
たった一本の棒きれを受け取った瞬間、地面を踏み締めた足が安定した。
体術よりもずっと慣れて見える身のこなしで、鉄パイプを勢いよく頭上へと掬い上げる。
振り下ろされる手首へ向かって、一直線に――まるで刀でも手にしたかのように。
「異能を金に使うつもりなら……ますます許してはおけんな!」
■アリス >
ギンッ、と音が鳴った。
振り下ろされる手刀は、確かに鈍器のような破壊力を秘めていた。
それは振るわれた鉄パイプと拮抗する、しかし。
『あ、ぐ……!』
正確に手首に向かって振るわれた鉄パイプは、
異能で強化されていて尚、関節を容易に破壊してしまう。
『お前の許しなんか、要るかぁ!!』
剛の蹴りがヨキの脇腹を狙って振るわれる。
最早半狂乱。しかし、手負いの獣の渾身の一撃。
「私はあなたに屈しない…!! 絶対に!!」
心からの叫びを、自分を誘拐した男に向けて。
■ヨキ > 振り上げたパイプが手首を打つと同時、素早く引き戻して構え直す。
顔の横に立てた八相の構えで相手を見据え、次の攻撃に備える。
守るべき学生を後ろに置いた男の顔は、脅しにも微塵も揺れることがなかった。
無暗に力の入った蹴りならば、避けることは容易い。
「――眠っていろ!」
放たれた足の真横を擦り抜けて――鉄パイプで横薙ぎの一閃。
男のこめかみを狙い、剣術よりはむしろ鈍器のためのフルスイングを放つ。
■アリス >
蹴りが空振りに終わる。
コメカミを強打され、全身が強化されていたはずの男は。
最強を自負した悪党は。
『……っ!!』
何も言葉に残すことなく、気絶した。
一部始終を見ていた私は。
「終わっ……た」
腰が抜けてその場に座り込んだ。
ふと、傷薬を創り出して殴られた部分に塗る。
なんだかのん気ね。そんなことを自分を俯瞰しながら言い放つ自分がいた。
「あ、あの……ヨキ先生。ありがとう、助かったわ」
立てないながらも礼を、確かに言って。
「どこか、痛いところはない? 包帯も傷薬も作れるわ」
■ヨキ > 頽れた男をしばらく険しい顔で見下ろしていたが、起き上がってこないと知るやようやく息を吐いた。
握り締めていたパイプを地面へ転がして、背後のアリスへと振り返る。
「……待たせたな」
腰を抜かした彼女の前に跪いて、その小さな顔や身体に異状がないか確認する。
「どう致しまして。ヨキの方は大丈夫だ、ほんの擦り傷でな。それより……、
アリス・アンダーソンくん、で合っているかね? ご両親が心配していたよ」
気丈な様子のアリスに手を伸ばし、後ろへ回した手が彼女の背をそっと叩く。
「怖い思いをしたな。もう大丈夫だ」
■アリス >
「え、ええ……私を…パパとママが?」
背中に優しい手が触れると、堰を切ったように涙が溢れた。
そうか、私は……怖かったんだ。
今の今まで気付いていなかったけれど。
「うっ……うわぁぁぁぁん!!」
泣き出す私にも、風紀の緊急車両の音が聞こえてくる。
安心感が、どうしようもなく弱い私をそのままに出していた。
パパとママは、私を探していてくれていたんだ。
ヨキ先生は、私を守ろうとしていてくれたんだ。
それが嬉しくもあり、申し訳なくもあり。
■ヨキ > 泣き出したアリスの背を左手で支えたまま、右手で彼女の頭を撫でる。
「我慢しなくていい。今は君の方が大事だからな。
大丈夫。ヨキも皆も、君を守るために居るのだから」
自分の携帯電話を取り出して、風紀委員会へ連絡を入れる。
自らの身分と、現在地。窓から見えるもの。そして何より、アリス・アンダーソンが無事であること。
彼女が傷を負っているやも知れず、どうか手当てを、と頼むのも忘れずに。
通話を切ると、アリスの隣の床へ腰を下ろし、再び相手を見遣る。
彼女が口を開けるようになるまで、ゆったりと見守って肩を抱く。
■アリス >
ヨキが丁寧に後始末の電話を終え、隣に座って自分を安心させてくれた後。
ようやく泣き終わり、泣き腫らした目でぼんやりと座っていた頃。
「ヨキ先生。私、本当に両親に愛されているか時々わからなくなるの」
「パパとママはずっと私を大切にしてくれていたのにね?」
「今日も、パパとママが私を探そうとしていなかったらって…ずっと不安だった」
ぽつぽつと呟く。
「いじめられっ子だったから、自信がなくて…」
「自信がないから、誰かのことも信じられなくて」
「でも、パパとママは心から私を心配してくれてるんだって…思ったら、泣いちゃった」
肩を抱いてくれる恩人に、微笑みかけて。
「本当に、ありがとう……ヨキ先生っ!」
そう言って笑った彼女は、風紀に保護されていった。
犯人たちは連行され、島外で服役するだろう。
しかし、今はそんなこと。そんなこと。
ご案内:「違反部活群/違反組織群」からアリスさんが去りました。
■ヨキ > 少しずつ零される心情に、ひとつひとつ真摯に相槌を打つ。
アリスの身の上を知らぬ自分に、饒舌に語れるほどの言葉はない。
「ヨキが聞いているのは、君のご両親が大層切羽詰まっていたと……それだけだ。
あとは君がご両親に会えば、自ずと分かるだろう」
友人同士の密やかな語らいのように、穏やかな笑みをくすくすと漏らす。
「誰あろう、自信がないという君こそが今日のヨキを助けてくれたよ。
ヨキ独りでは、きっと負けていたやも知れん。
守るべき君が居たことは、ヨキにとっても心強かったよ」
別れ際に向けられた礼の言葉に、こちらも晴れやかな顔で応える。
「ああ。次は怖くも暗くもないところで、のんびりお喋りしよう。
――またな!」
爽やかに手を振って――やってきた風紀委員らと顔を見合わせる。
「……ふ。はは。あははは。また出しゃばってしまったよ」
頭を掻いて照れ笑いをするヨキに、委員が呆れ顔を向ける。
またですか先生、先生は教師なんですから、委員会に任せてくれなくては困ります、云々。
呆れられても、説教をされても、この男はちっとも反省しないに違いなかった。
ヨキはやるべきことを、やるべくしてやったのだ、と。
ご案内:「違反部活群/違反組織群」からヨキさんが去りました。