2015/07/24 のログ
奇神萱 > 『ハッ! 小器用なもんだなおい』
『見掛けより知恵が回んじゃねーか。ゴリラにしとくにゃ勿体ないぜ』

炎の渦が廃工場の大気を巻き上げて、熱風が上昇気流を生む。
剣呑な金属音が一対の大蛇のごとく迫る。おまけに狂人の姿が掻き消えた。

二段構え、三段構えの仕掛けがあると見るべきだ。
けたたましく耳障りな音をたてる攻勢は死地に追いやるためのブラフか。

超高温の熱線からなるデストラップを十重二十重に張り巡らせて待ち受ける。

顔を覆い隠していた包帯が焼け落ちて、容姿端麗なる奏者の素顔が露わになる。
それはかつて『フェニーチェ』の夜を彩った『伴奏者』の姿そのもの。
ほとんど腕の動きだけで奏でられる旋律は機械的な技巧と中毒性の情感に満ちて。

ああ然し、その身にはおおよそ人間離れした反応速度が約束されているのだ。
紅蓮の奏者は最小限の動きで紙一重の回避をやってのけるだろう。赤熱した鎖もまた然り。
襲い掛かる獣は伝説の女王のように生きながら火焔をまとう姿に出会うだろう。
ディドの苦悶には寸分の乱れもないまま、返す刀で炎熱をまとったソバットの一閃を見舞うつもりだ。

アンヘル >  尋常ならざる反応速度。"伴奏者"を名乗る割に耳に頼るわけではないわけだ。
 お互い張り巡らせた死棘にどちらが触れるかというチキン・レース。
「ハ」
 避けられる足。かわりに繰り出される足。それを眼前に捉えながら声を発した。
 ジェット・ブーツとでも言うべき機械式のブーツが火を吹いた。
上空で軌道を変える足。強引に切り替わる姿勢。
独楽めいて回転する身体のまま床を踏み抜いていく。
 ソバットが制服をかすめ、耐火加工を施した特殊繊維製の制服がわずかに悲鳴を上げる。
"切り札"は切らない。否、切れない。背後にはアンヘルの追い求めた"獲物"。
ぶち殺してもなお無聊を託つだろう今、
生かして捉えて演奏の一つでもしてもらわなければ割に合わない。
 独楽のように回転するアンヘルの身体に合わせて二条の赤熱した鎖が引き戻される。
アンヘルに先んじて、なおかつ取り残されたその二条が、"伴奏者"を囚えんと引き絞られた。
 ヒィン、とまるで女の悲鳴のように鳴くジェット・ブーツは、
"伴奏者"の喉元に食らいつかんと地に伏せるようにして狙いすまされている。

奇神萱 > 『お粗末さまだ!!』

視認性のあがったチェーンがまたたく間に巻き取られていく。
さながら剣の舞だ。剛毅な見かけにわりに繊細な道具を使うらしい。

炎の渦を糸のような細さまで引き絞り、それを束ねて鍛え、即席のジャベリンを生成する。
かすめただけで自然発火が避けられない火焔槍をたっぷり1ダースは乱発した。
狙いは鎖による拘束の阻止。そして本命はアンヘルの「可能性」を削ぎ落とすこと。
選択の余地がなくなるまで追いつめる強攻策だ。

白兵戦にも相当の自信があるらしい。数瞬前の急制動といい、おかしなブーツには仕込みがあると見るべきだ。
干戈を交えて押し切られないだけの自負はある。この身は堅牢にして頑強。しかしまともに直撃すれば無事ではすまない―――。

中空での横回転から胴回し回転蹴りへのコンビネーション。互いの首を狙いあう構図。これは意思表示みたいなものだ。
一瞬の思考実験。戦域いっぱいに戦闘の経過を再現して巨獣の動きの弱味を伺う。どこかに不自然なところはなかったか?

アンヘル > 「火遊びかァ!」
 一瞬で生成された1ダースの火箭。
馬鹿の一つ覚えのように繰り出されるそれは、
だがアンヘルに対して極めて有効だ。
 体に纏う暴力の威容。それとは裏腹にアンヘルとはどこまでも一般人に過ぎない。
身を守る異能も、認知外から迫る魔術もない。
 つまり防げぬものはどうあっても防げない。
壊せぬものはどうやっても壊せない。
 ジェット・ブーツの勢いは引き下がることに使用する。
飛蝗めいた飛び上がりで回避を選択。
強化繊維で編みあげられた改造制服を犠牲にすることも選択肢であったが――。
「想像力を働かせろよなァ! ええおい!?」
 それは愚策だ。まさに"可能性"を狭めることに他ならない。
飛び上がった先、アンヘルが"見えない何か"を蹴りこんだ。
それは極々細いワイヤー。異能者を拘束・切断するために使用される常世財団研究室の特別製。
炎で景色の歪むこの場所において、それはおそらく特段に視認しづらくなっている。
 ワイヤーが切断され、各所に繋いだ鉄塊が"伴奏者"に降り注ぐ。
相手が1ダースの火箭でこちらを塞ぐというのなら。
こちらは狙いすました1ダースの鉄塊で圧殺する。
 残るワイヤーの一部を引きちぎりながら、まるでムササビのごとく壁の間を跳ねまわる。
 降り注ぐ鉄塊。その逃走する間隙に、"見える鎖"と"見えないワイヤー"を張り巡らせた。
 それはまるで蜘蛛めいて、大胆に、鮮やかに。
地面を滑り、床を抉りながら次なる一手を狙い打つ。

奇神萱 > 天が落ちてくる。

それは世の終わりを示す言葉。ありえない出来事の例えだ。

軽めに見積もっても数トンは下らない、融解した鉄材が雨あられと降りそそぐ。
常世島は異能者たちのエリュシオンだ。ゆえに異能頼みのおかしな流儀を持つ者は多い。
それにしてもこれは。職人技どころじゃない。小細工もここまでくると立派なものだ。

『へえ、考えたな。はっはっは。上等じゃねーか!』

風化の進んだ構造を支えるものがいなくなり、廃工場の崩落が始まる。
第3楽章。『伴奏者』はグァルネリウスに意識を戻して重厚にして荘重なる挽歌を奏でる。

『―――女が死ぬぜ。割とマジにさ』

錆びた鉄塊が崩落の衝撃で破断し、粉砕された建材に煉瓦のかけらが赤茶けた土埃と化す。
奏者が逃れがたい死の定めに呑まれる刹那、濛々と立ちこめる粉塵に着火して盛大な爆発が引き起こされる。

その爆炎たるや凄まじく、天高く立ちのぼって島の反対側からでも見えたという。
『捨てられたディド』は公演中止。『伴奏者』の姿も、楽器の行方も杳として知れず―――。
倒れていた場所を探せばそのまま埋もれているはずだ。奇神萱。半身を奪われた失意の奏者が。

アンヘル >  ジェット・ブーツは軽やかに。
伴奏者の言葉とともに"獲物"へと走った。
改造制服を叩きつけ、巻き上がる爆炎から"獲物"と自分を守るだろう。
 ああ、しかし。
「あぁああ!? あー! あぁあああ!!」
 逃した。殺すと誓って逃がした。飛んだ名折れだ。
大損に違いない。
 瓦礫の中。己に降り注ぐ瓦礫のみを蹴り崩してアンヘルが吠える。
大損だ。自滅上等。逃げも隠れもせずにあの崩落に巻き込まれるとは。
 だが。死体の気配はない。楽器の気配すらも。
「片手落ちにも程があらァ! あァ、クソ! オレは馬鹿か、ええおい! おもちゃで遊んで腕ごとぶっ壊す子供かァ!?」
 苛立ちは収まらない。自分が彼女を叩き潰したわけでもない。
演奏させようと思った楽器も、気配すらなくなった。
 やり場のない苛立ち。
結局目の前のこいつが"フェニーチェ"なのかもアンヘルは気にしていなかったのだ。
「奇神。奇神とかいったよなァ、こいつは……」
 あの忘却の渦の中。脳に刻んだその名前。
ただ怒りに任せた激情で彼女を見やる。
 ガン、ガン、ガン、と怒りを床にぶつけながら、
「まァいいか。釣りはもらっておく主義だ」
 こいつがどういった存在であろうとも。
ただ無抵抗の相手を殺すのは"怒り"のやり場がない。
 意識があろうとなかろうと、おそらく彼女は身動きできまい。
適当に拾って、この激情をぶつける方法を考えよう。
 そう考えて、彼女を抱え上げるだろうか。

奇神萱 > ひどく投げやりな気分になっていた。
表現者としての自分を否定された? そうかもしれない。それがどうした。
半身を力ずくで引き剥がされた痛みは身体じゅうに刻まれた負傷よりもずっと深刻だった。

不倶戴天の敵と認めた男、アンヘルの手が伸びる。
自分は一体何に憤っていたのか、思考が凍りつき、はっきりと思い出せなくなっていた。
今はそれで構わない気がする。とにかく時間が必要だった。考えを立て直すだけの時間が。

何もかもが億劫だった。傷の具合をたしかめることさえせず、なすがまま無抵抗に抱え上げられる。
その瞳は荒涼として表情が消え失せ、あっさり意識を手放して、果てなき霧の中へと囚われていくのだった。

アンヘル >  口元から紡がれるのは、『Muerte del Angel』と『Ressureccion del Angel』。
天使の名を関した件の曲。
抱きかかえた彼女の、物語の乗った曲は存外に面白かった。
 だからこそか、床に怒りを叩きつけながらアンヘルは歩んでいく。
隠れ家につれていって、適当に治療させて、それからどうするか――。
 それはまったく思いつかない。試しに演奏させてもいいだろう。
 少なくともただ今は、どこかへ怒りをぶつけながら己の塒へ歩みを進めるのであった。

ご案内:「路地裏」からアンヘルさんが去りました。
ご案内:「路地裏」から奇神萱さんが去りました。