2015/12/13 のログ
ご案内:「路地裏」に蓋盛 椎月さんが現れました。
蓋盛 椎月 > 違法建築に遮られ、日中でありながら陽もろくに差さない路地裏。
建造物の壁に手をつきながら、よたよたと蓋盛は歩いていた。

「本当に刺すやつがあるか、ばか……」

脂汗を垂らしながら忌々しげにつぶやく。
暗色のコートに血の滲みを見つけることができる。腹部を狙われたらしい。
あの美術教員ぐらい頑丈なら刺されても大した問題ではなかったかもしれないが
蓋盛の肉体は残念ながら常人だった。

ご案内:「路地裏」に奥野晴明 銀貨さんが現れました。
奥野晴明 銀貨 > 薄暗い路地、蓋盛が向かう前方の道をふさぐ様にゆっくりと人影が現れる。
逆光で視認しづらいがそれは一人の少年の形をしていた。

「先生?蓋盛先生?」

呼びかける声は蓋盛の聞き覚えのある声だ。
そっとその人影が前方へ一歩歩けば日陰に入る。
そこでやっとそれが奥野晴明 銀貨だと知れるだろう。
蓋盛の顔色が悪いことと、コートに滲む血の色、錆の匂いに眉をしかめ
さっと彼女に近寄ると両手を出して支えようとする。

「どうしたんですか、こんなところで」

声がいやに固くなった。

蓋盛 椎月 > 見知った顔を見れば苦痛に歪めていた顔が綻ぶ。
しかし汗は垂れたまま。

「どうしたんですかはこっちの台詞だよ。
 補導しちゃうぞ~」

冗談めかした様子でそんなことを言う。
両手を差し出されれば、いや助かるね、などと言いながら銀貨に身を預ける。
自分よりも華奢な少年に支えられるのは若干の躊躇いはなくもなかったが。

「付き合ってた女の子――二級学生の――に刺された。
 一言で言えば痴情のもつれってやつだな」

口にした事情の説明はあまりに簡潔すぎた。

奥野晴明 銀貨 > 蓋盛の体は支えるその手は華奢な見た目に反してしっかりとしたものだった。
とりあえず手当を出来る場所を探そうと彼女の体を支えながら路地裏を抜けようとする。

「先生に補導されるなら別にいいんですけど
 それはまた別の時にしましょうか。今は大変そうですし」

彼女の簡潔な事情説明にはちらりと顔を伺ったきり前を向いて

「そう」

それだけぽつりとつぶやいた。
この教師ならさもあらんという理由である。
痴情のもつれ、その女の子は蓋盛と寝たのだろうか。
それとも彼女の彼氏が蓋盛と付き合ったとか?

なんにせよ、刺すなら僕を刺せばいいのにと理不尽な感情が湧いて出る。

「業ですねぇ」

彼女の業は彼女のもので、それを肩代わりできないのが悔しい。
けれどそんな気持ちは少しも表には出さない。

蓋盛 椎月 > 業、という単語にはまったくだと思わず苦笑いを浮かべる。
支えられるままによたよたと路地を歩く。

「今日はその子に別れ話を持ちかけに来たんだ。
 ……もうあなたとはお付き合いできません、って言ったらズブリさ。
 もう少し器用に伝えればよかったな、あたしとしたことが」

ため息を一つ。

「まあけじめだからさ、こういうのは。
 だからそんな顔すんなよ。……っ痛つつ」

傷に障るのか時折顔をしかめる。
銀貨の頭に空いた手を回し、わしゃわしゃと慰めるようになでてやろうとした。

奥野晴明 銀貨 > 「だって」

いつもの整ったアルカイックスマイルから外れた
子供みたいな口調と口のとがらせ方。

「それって、半分僕のせいでしょう?」

実際は違うのかもしれない。ただ単に本当にその子とうまくいかなくて
そういう結末になったのかもしれないが。
ただ彼女を不器用にさせてしまったのは自分のせいではないだろうか。

伸ばされた手に頭を撫でられて、仕方なさそうに眉を下げる。
裏路地を抜け、古いスラムのビルの合間、汚らしい錆びたベンチと古タイヤの積まれた場所に出る。

ベンチに蓋盛を座らせると、近くの自動販売機から水を買い戻ってくる。

「傷を見せてください、洗ってから手当てしますので」

蓋盛 椎月 > 「さあどうかな」

珍しい拗ねたような声に、蓋盛はとぼけたような返事をする。

「あたしは今更清純な女を気取るなんて無理だし、なる気もないが。
 せめて子供を利用するのはやめようと思ったんだよ。
 ……こうやって今、きみを利用しているわけだがね」

おとなしくベンチに座り、コートを脱ぐ。
コートの内側には蓋盛がいつも使っている拳銃が隠されている。
そして、ろくに手当のなされていない、痛々しい刺し傷が見えた。
致命傷には程遠いが、もちろん放置しておけば危ない。

奥野晴明 銀貨 > 「僕は子供ですけどその前にあなたの彼氏なので
 いくらでも利用してくださって構いませんよ」

出された傷口を見るために彼女の前に跪く。
思ったよりひどい状態だなと思う。きっと刺した女子生徒の渾身の力だったのだろう。

買った水のペットボトルの口を開けて、傷口の血を洗い流す。
自分の持っていたハンカチでそれを拭うと、コートの内側からポケットサイズの聖書のような本を取り出す。

「Was Gott tut, das ist wohlgetan...」

ドイツ語だろうか、讃美歌の一説と共に指先でその傷口に触れる。
信仰による神聖魔法の一種のようだ。そうして蓋盛を癒そうとする。

蓋盛 椎月 > 「ばぁーか。それが彼氏の台詞だと本気で思ってるのか。
 『俺だけを見てろ』ぐらいは横柄なことを言っても許される生き物なんだよ、
 彼氏ってのは」

それが叶うかどうかは別だけど、と付け足して。
跪く銀貨の額を指先でぺしと叩く。
呆れたような笑い方だった。

「“神は汝が良き医者”――痛烈な皮肉だな」

傷が遡行する不思議な感覚にまぶたを閉じる。
考えてみれば他者の異能や魔術で傷を癒やしてもらうのは久方ぶりだ。
神と名のつくものを嫌う蓋盛の趣味に反して、
傷は銀貨の意のままにつつがなく治っていくだろう。

奥野晴明 銀貨 > 「言ってほしいんですか?そういう人のほうが好みならそうしますけれど。
 だって僕はあなたの隣にいられればそれでいいし、あなたに僕だけ見ていろなんて無理強いは出来ませんよ」

ぺしりと叩かれた額に口の端を緩く吊り上げる。

指先に灯る暖かな光を傷口に沿ってなぞる。
慰撫するような温い感覚を与えながら傷口がふさがり
あとにはうっすらと傷のようだったものが肌に残った。
時間がたてばおそらくそれも消えるだろう。

ほっと息を吐いて立ち上がり本を閉じてしまうと肩をすくめた。

「ごめんなさい、僕西洋魔術のほうが得意なので。
 お気に召しませんでした?」

蓋盛 椎月 > 「滅私奉公を受ける側は不安になるって話さ」

疼くような痛みが消え、傷はすっかり塞がる。
腹を軽く指でつついて問題ないことを確認すると、衣服を整え、
銀貨に続いて立ち上がる。
消耗した体力は癒えなかったのか、若干ふらつきながら。

「うんにゃ、実効があるならなんだって構わんさ。ありがとう。
 ……銀貨は神様のたぐいは好きなほうかい?」

穏やかに笑んで、立つ銀貨の手を取る。
指の形を確かめるようにふにふにと握った。