2015/08/12 のログ
ご案内:「スラム」にchitaさんが現れました。
■chita > 肌と迷彩服の間に、汗と湿気をたっぷりと閉じ込めた不愉快な空間の
あるのが、うんざりする程によく分かる。
夜明けの時刻は迫って居たけれど、今ここにある明かりは、黄ばん
だ街頭が一つだけだった。
酷く生暖かい風が、暗闇の中で木の梢を、音も無く揺らしている。
■chita >
街頭は1つだけ灯っていた。
傾いだ電柱の上から、穴だらけのアスファルトの地面を照らして、
その両側にある錆びたトタンと少しばかりのレンガの塀でできた路地
の一部を円錐形に暗がりから切り抜くようにして点いている。
塀の向こう側のバラックの中では、住人が折り重なるようにして暑
苦しい夜をやり過ごしているはずで。何の音も聞こえてこないのは、
熱帯夜をなんとか凌いで今やっと熟睡しているからに他ならない。
■chita > だから、その時そこで起きていたのは、彼女だけだった。
ノラ猫や野犬すらも眠る静寂の中で、明かりの下に立ったチタは、
酷い格好であった。
長い銀髪も汚れて乱れ、破けた迷彩服には血すらついているのだから
年端も行かぬ少女が、暴行を受け、心神喪失して彷徨っているように
も見えたかもしれない。
まぁ実際は逆であった。
暴行してきたのは彼女の方で、血は全部返り血だ。
今日も、仕事をこなしてきた。最近の仕事は、ずっとこんなのばっ
かりだ。
■chita >
獣のように薄汚れて、獣と同じ目で気配を殺して歩いていた。
返り血に、殴った相手の返りゲロに、何日も洗っていない迷彩服は、
本当に濡れた野良犬じみた臭いがするし、立っているだけで汗の滲む
夜である。
不機嫌が最高潮に達して、出会い頭の人を訳もなく殺しそうな目つ
きで、チタは歩いていて。
ふと、足を止めた。
■chita >
街頭に照らされた壁に、色あせた看板広告があった。
アニメ映画の広告で、何年も前に公開されたキッズ向けの奴である。
チタは、じっとその広告を見つめていた。
見たことのあるタイトルだった。
ドラゴンの少女と人魚の女の子が出てくるファンタジーで。
何年か前、その映画の広告に見入っていたチタは、声をかけられた。
『その映画、俺の娘もお気に入りなんだ』
そう言ったのは、大柄で、いじめっ子がそのまま大人になったみた
いな顔つきの小隊長だった。
■chita >
同じ基地に勤務していて、チタの方が、階級も腕力も上だったが。ど
うにもその人間の同僚が、彼女は苦手だった。怖かったのだ。
けれど、小隊長殿の娘の写真を見せてもらって、ついでに映画のソ
フトも持ってきてくれて。
なんだか、彼とは仲良くなってしまったのだった。
彼の娘は、ちょうどチタと同じ年の頃に見えるのだそうだった。
■chita >
そんな事を思い出して、色あせた看板に彼女は手を伸ばして触れる。
ベタリ、と赤茶色の血が、触れた部分を汚した。
スラムの路地に、チタは、独りで立っている。街頭は、熱帯夜の風に
揺れる木々の梢を闇の中に浮かび上がらせる。
チタは、また歩き出して、すぐに暗闇の中に消えた。
夜明けは迫っていて、だけど、まだ誰も起きだす気配はない。
ご案内:「スラム」からchitaさんが去りました。