2016/06/25 のログ
■ヨキ > 「……この街は、公には存在しない場所だ。
表通りからやって来た者らが、常世島どころか本土でまともに裁かれると思うかね?
ここは確かに日本の海の上だが、日本ではない。
彼らの最たる罪は、このヨキの逆鱗に触れたことだ」
立ち上がって、銀貨と向かい合う。
ゆっくりと身を寄せて、相手の顔へ向けて優しく手を伸べる。
「見たくなければ――見なければよい」
ヨキの両腕が、銀貨の頭を柔らかく包み込む。
黒い手袋に包まれた左の手のひらが、銀貨の瞼をそっと塞ぐ。
銀貨が大人しく目を閉じているような、素直な子どもだとは思っていない。
つまりヨキが手を下すべきタイミングは、この一瞬……。
――そして。
巨大な獣が吠え猛る落雷のようなひと声と、天井を踏み抜いたよりもずっと大きな、崩落の轟音。
外気がいっぺんに廃屋に流れ込んだかと思うと――
そこにあるのは、もともと壁など存在しなかったと思わせるほどの大穴と、戦慄した表情で失神する二人の男。
そうしてその傍らで、困ったような顔をして立ち尽くすヨキの姿だった。
「……………………。
とりあえず、罪状は不法入島といったところか。……」
頭をぽりぽりと掻きながら、壊しちゃったな、と力なく呟いた。
■奥野晴明 銀貨 > 先ほどの怒りのこもった一撃とはひどくかけ離れた、学園の教師として見せる優しい手。
それが自分へと伸ばされていくのを、銀貨はひどく冷めた目で見ていた。
「たとえ目を閉じ耳をふさいでも、見たくないものを見なかったとしても
それが無かったことになるわけじゃないです」
瞼を覆うようなヨキの大きな手のひらの下で、それでもじっと眼差しを注ぎ続ける。
何一つ、見逃さないようにと。
だが、その一瞬でことは急変した。
轟く轟音と崩れゆく瓦礫、土埃が巻き上げられて外に流れてゆく。
目を見開いたままの銀貨はヨキのしでかしたことに瞬き、
ただ伸びている男たちが未だ存命であることを確かめると、よかったと呟いた。
「はい、あとは風紀なりに連絡して任せたいところですね。
事件現場は研究区だったから、一応犯罪として立件できると思うんですけど……」
そういいかけて銀貨の体がぐらりと傾ぐ。
猛烈な眠気に襲われているようで、いつもの夢見るような目がさらに閉じかけている。
気を張ってここまで保っていたが、薬が効かなかったわけではないらしい。
「先生、……すみませんが、あとお願いしていいですか。
3時間後にここから南の海岸へ、船が留まるらしいです……。
たぶん、これを指示した相手の協力者、だと思うんですけど……
その旨を風紀と公安に伝えて……あと、蓋盛先生に、言わないで……」
心配かけちゃうから、そう弱々しくヨキを見上げてお願いする。
■ヨキ > 一陣の風。
銀貨の視界を過ぎったのは、大きな、ただ大きな黒い影。
“何か”の輪郭を悟らせるまでもなく、金色の光を纏ったそれが通り抜ける。
手のひらで塞ぐなどという無力なやり方を補って余りあるほど、事は一瞬のうちに過ぎ去ってしまった。
「……そうだな。
あとは……君の父君が、せめて子が攫われたという表情をちらりとでも見せてくれればよいのだが」
小さく息をつく。
バランスを崩す銀貨の身体を、咄嗟に腕を伸ばして抱き止める。
「三時間後に?…………。
さあ、停まった船が幽霊船だったりするやも知れんな。
“風紀と公安が着くころには、誰も乗っていなかったりして”」
未だ怒っているような顔でわざとらしく小首を傾げ、銀貨を見下ろす。
「……全く、君といい、蓋盛といい、君ら二人にまともな恋人をやるつもりはないのか?
心配を掛けるから言うな、などとは」
呆れたように眉間に皺を寄せる。
「――だめだ。
我々教師は、子どもが籍を置いているうちは君ら学生の心配をするのがいちばんの仕事だ。
彼女がどれだけ取り乱そうと、仕事はしてもらわねばならん。
それに、たとえヨキが黙っていたとしても、残念ながら教師の間には事件の通達が出回るだろう。
話が明るみに出るのは、時間の問題だ」
■奥野晴明 銀貨 > ヨキの大きな腕に抱きとめられれば安堵したように、あるいは自嘲気味に笑みを見せる。
「……義父は、この人達と同じようにしか僕を見ていませんから」
つまるところ、奥野晴明氏が家族というくくりで囲った異能者という名前の”財産”である。
この結果が父に知られたところであの人は眉一つ動かさないだろうと言う予感はあった。
「……先生のいじわる」
拗ねるように唇を尖らせて、ヨキの返事に不満を表わす。
それはこの後の事件の始末であったり、蓋盛へと知らせることであったりに対しての文句であった。
「だって、蓋盛先生もきっとこの場にいたら殺しちゃう側だから……
そういうの、嫌じゃないですか。でも、お仕事じゃ仕方ないですよね……」
やだなぁ、大人ってずるいとひとりごとのように呟いて
いよいよ体を支える力が抜けて、ヨキへともたれかかる。
だが、その体は大した重さもないように感じられた。蝶の羽のような軽さ。
「先生、信じてますから」
そう言って薄い瞼が完璧に閉じられ、あとには整った寝顔と穏やかな寝息が聞こえてくるだけになってしまった。
そう、今だけはいかなる手段でも銀貨は起きないだろう。
この後横で伸びる男二人を、ヨキがいかようにしてもだれも咎めるものがいない。
罪に対する罰を与えるのなら、今が絶好の機会であろう。
ご案内:「スラム」に蓋盛さんが現れました。
■ヨキ > 「だろうな」
穏やかに、そうして少しだけ寂しげに笑う。
「君は……君の身を案じてくれる“教師”には恵まれたが、どうやら“まともな教師”ではなかったらしい。
蓋盛にとっても、ヨキにとっても。罪を犯したものは、万死に値する」
睦言のように低い声が、ごくささやかに語られる。
脱力する銀貨の身体をそっと降ろし、壁に凭せ掛けて横たえる。
「……意地悪だよ、このヨキは。
君に嘘を吐きたくなくて、首を縦に振らなかった」
立ち上がり、倒れ伏した男たちを見遣る。
しばし黙って、――ローブの懐を探る。
取り出したのは、シャンパンゴールドのスマートフォンだ。
片手で手早く操作すると、暗がりに光量を抑えた画面がちらりと点る。
知った番号に、発信する。
蓋盛椎月。
■蓋盛 > 「…………」
スラムの廃屋の影、蓋盛の足元で瓦礫が微かに音を立てた。片手には銃。
この場所を突き止めた経緯は、ヨキのそれと大きく違いはない。
大凡の状況は察していた。
だがヨキが介入するのを確認すれば、彼にすべてを任せるつもりではあった。
その程度には信頼していた。
苛立ったように眉をしかめていた。
このまま一部始終が確認できるなら、この場所で二人の前に姿を晒すつもりはなかった。
なかったが――自分のコートのポケットからヨキに聞こえるほどに電子音が鳴り響けば、
姿を見せずにいるのは無理があった。
「…………迷惑をおかけしました」
銃をしまって、ヨキの前へと姿を見せる。
ちら、と意識のない悪漢どもとを見比べた。
ご案内:「スラム」から奥野晴明 銀貨さんが去りました。
■ヨキ > ヨキにもまた、蓋盛が既に動いているだろうという予感があった。
背後の空間に電子音が鳴り響くや否や、発信を切って振り返る。
「……やあ、蓋盛。君も到着していたか」
スマートフォンを仕舞う。
「報告してから仕留めるつもりだった。
……あるいは、君が望むなら取っておいてやるつもりだった」
ヒールを鳴らして、男のひとりに歩み寄る。ヨキに向かって発砲した方だ。
身を屈めたヨキの、肉を削られたはずの横顔は、既に薄らと赤みが残っているばかりだった。
「このまま大人しく突き出すだなんて、ヨキには出来そうにない。
……こんな最奥まで、踏み込んでくるのが悪いのさ」
右手の指輪に触れた左手の中に、鋭利な牙に似た短剣が現れる
■蓋盛 > 「ヨキ先生も銀貨くんも、
大事はないようで何より……」
頭を下げる。
無表情に廃屋や悪漢を観察していた蓋盛だったが、
ヨキの異能で生み出された短剣がまさに執行の牙とならんとする直前に、
「待った」、と、静止の声をかけた。
「その子は彼らの死を望まなかったのでしょう。
あたしのやり方で、やらせてくれませんか?
……最近、実験していなかったし」
左手に白い光が宿った。
“治療”に用いられるはずの異能の弾丸。
「堂々と、“彼らは死ななかった”と伝えられますよ」
それを行使しようとしているというのに、蓋盛の声や表情には慈悲の光は宿っていない。
■ヨキ > 「ああ。
……ヨキのことは構わん。奥野君が無事ならば、それだけで」
左の逆手に握り締めた短剣が、今にも振るわれようとしたときだった。
蓋盛の言葉に、ぴたりと動きを止める。
銀貨や男たちには見せることのなかった、冷厳な殺意だけが篭もる眼差しで蓋盛を見る。
白い光の弾丸を目にして、左手をだらりと落とす。
「……判った。
蓋盛、君に任せるよ」
乾いた声を発し、にやりと笑う。
唇が笑みに震えた瞬間、ヨキの頬からは傷跡が掻き消えた。
役者のような無音の足取りで立ち上がり、後退して男たちと距離を置く。
■蓋盛 > 刺すような眼差しにもさして動じることなく、
許可を得れば、弾倉へ白い弾丸を吸い込ませる。
「ありがとうございます」
小さく言って、引き金を二度引くと
クラッカーを鳴らすような小気味良い音が鳴って、
瞬時に倒れ横たわる二人の男の負っていた傷があっけなくすべて快癒した。
――肉体と精神に“蓋盛の望む均衡”を齎す異能。
「済みました。
船の始末はまぁ、……ヨキ先生に任せますよ。
手伝ってあげてもいいんですが、こっちは銀貨くんの面倒を見ないと」
本当にただ“治療”を終えただけのような、平静とした佇まい。
くるりとその場で踵を返し、ヨキに背を向ける。
その背を折り曲げた。笑いを堪えるように。
■ヨキ > 男たちに弾丸が撃ち込まれる一部始終をじっと見ていた。
命中すればそれまで――あまりにも強力なその異能は、脅威とさえ言っていい。
「奥野君のことは、君に頼みたい。
ヨキよりも君が面倒を見てやった方が、彼には良いだろうから」
外へと続く壁の大穴を背に、緩く両手を広げる。
「“海岸に流れ着いた無人船。中はもぬけの殻。
誰が乗っていたのか、どこからやってきたのか、誰にも判らない”」
南の方角を一瞥する。
「……それで目出度く、一件落着だ」
ふんと小さく鼻を鳴らす。
「礼を言う。有難う、蓋盛」
■蓋盛 > 治療とはこの世で最もおぞましく残酷な行為だ、と蓋盛は信じて疑わない。
自身の行いが治療と呼ばれるものとはかけ離れているものであっても。
「くく。
溜飲が下がらなかったらすみませんね。
いまいちこれは、派手さに欠ける」
こみ上げる全能感に、耐え切れずに喉が鳴った。
なんでもないふりをして、営業用の薄い笑みで振り返る。
ヨキが掃除してしまうであろう犯罪者に関しても、別段憐れみは覚えることはなかった。
自分が手を汚さず消えてくれるなら、それに越したことはない。
「では、そのように。
この子にはあとでお灸を据えておきます。
なに、礼を言われるようなことは……」
壁に凭れる銀貨のもとにしゃがみ込み、背負って立ち上がる。
■ヨキ > 「いいや」
目を伏せる。
「君ほど暴力的な力の持ち主を、ヨキは他に知らん。
ヨキが手を下すよりも、ずっと酷薄だ。
……だから礼を言った。
ヨキが自分で手を下すのは、他に動く者がないからだ。
自分よりずっと大きな、圧倒的なまでの罰を下せる人間を前にして――
溜飲の下がらぬはずがないだろう」
笑う。
自分はやっと、待ちに待った光景を目にしたのだとばかりに。
踵を返し、廃屋の敷地から表へ出る。
地面でブーツの爪先を叩きながら、蓋盛へ顔を向ける。
「ではな。
常と変わらぬ、平穏な夜を過ごすがいいさ」
地を蹴る。
ヨキの大きなシルエットが、風に巻かれたかのように掻き消える。
瞬きののち、夜空を四足の巨大な獣の影が横切って、そのまま南の方角へと飛ぶように姿を消した。
ご案内:「スラム」からヨキさんが去りました。
■蓋盛 > 「それは重畳。
あたしの異能のことを、よく理解しているらしい」
ヨキの笑みに合わせたように、目を細める。
いずれ男たちは意識を取り戻すだろう。
その後のことは、蓋盛ですらどうなるか、完全には知らない。
別れの言葉を交わし、獣が疾走するのを見送った。
「しかし、害虫を一匹一匹潰したところで
キリがないなぁ、全く」
そういう地味で報われない仕事は、やはり風紀や公安、
あるいはヨキのような趣味人に任せるべきなのだろう。
そういった思いをあらたにして、銀貨とともにスラムを後にする。
ご案内:「スラム」から蓋盛さんが去りました。