2018/01/19 のログ
ご案内:「スラム」に時坂運命さんが現れました。
時坂運命 > 月の昇る夜のこと。
喧騒止まぬ落第街の裏にあるスラムの一角、古く寂れた廃ビルの一室。
天井が半壊したその部屋で、黒衣の少女は足に傷のついたアンティーク調の椅子に腰掛けていた。

「はぁ……」

手に握るのは白い陶器のティーカップ。
そこから立ち昇る紅茶の湯気が、眼鏡を白く曇らせた。
ふむ、と小さく声を漏らし、曇った眼鏡をはずして襟に掛ける。
今日は雲も少ない良い夜だ。
月明かりに負けじと、星明かりも輝いて見える。

「んー……あれがポラリスだから……。
 こっちがべテルギウスで、プロキオン……一番光って見えるのがシリウス、かな?」

特別知識があるでもなく、知っている星を見つけて指でなぞる。
どれだけ世界が変わっても変わらない空の景色。
久しく訪れた穏やかな時間に少しだけ頬が緩んだ。

時坂運命 > 視線が空から街へと戻ると、笑みは次第に死んでいった。
可能性を“線”として捉える目は、物を良く見すぎる。
ある程度、見える流れを絞ってこれなのだから、本当にこの無法地帯は性質が悪い。
頭に鈍い痛みを覚えながら目を伏せて、小さく息を吐いた。

天啓の成就まであと少し。
今回はやたらと数が多くて面倒極まりなかったが、終わってみればその内容も半分以上忘れている。
忘れると言うことは、自分にとって大したことではなかったと言うことだろう。

「もう少しで、温かい部屋でぬくぬくと過ごす日々に戻れる……。
 なんて思うとこの生活も少し名残り惜しくなってしまうのは僕の悪癖だね」

悴んだ指にはカップは少し熱くて、じんわりと熱が伝わってくる。
少しずつ持つ角度を変えながら、そっと紅茶を口に運ぶ。
それは冷えた体に、心に、熱が灯るように感じた。

リストの完遂まで、残りは8人。
この目に狂いがなければ次で片がつくが……。

「ああ、でも。全ての死亡が確認できるまでは気を抜いてはいけないよ。
 善人だろうが悪人だろうが、女だろうが男だろうが、大人だろうが子供だろうが変わらない。
 運命は変わらない。天啓は――『神の望まれた未来』は揺るがせてはならない……。
 それが世の理だ」

ポツリポツリと独り言を口にして、胸に微かによぎる不穏な気配から目を背けた。

時坂運命 > 以前はただ死を観察するだけの傍観者だった自分が、今では手助けだけでなく直接手を下すこともある。
特に、この島に訪れてからはそれが明らかに増えた。
観客席から眺めていたはずが、舞台の上に無理やり引っ張り上げられた気分だ。
それが嫌が否かと言う問いかけには答えられないが、
“やる”か“やらないか”と訊かれたら、“やる”と答えよう。
やるしか選択肢が無いと言うこともあるが、仮に他の選択肢があっても僕は“やる”。

僕は自分の在り方と理由を知り十分に理解しているのだから、拒む理屈はどこにもない。
気まぐれに、他者の可能性にチップを賭けても、最後に僕は敗者となるだろう。
元よりこの立ち場は変えようがないのだ。
黒いチェスの駒が白に変わらないように、僕の在り方は変わらない。

ああ、でも。もしも、僕が役割を果たせない時は――

「お役御免かな……」

答える声はない。
だが、沈黙を破り去るように少女は高らかと声を上げよう。
舞台役者顔負けの迫真で、狂人を演じよう。

「ああ、主よ! その御心に従いましょう。
 この身はその為だけに在るのだから、さ。
 ――ふふっ、ふふふっ……」

一瞬浮かべた自嘲気味な笑みは、すぐに狂気と妖艶さをを滲ませたものに変わる。
少し温くなった紅茶を継ぎ足して、一人きりのお茶会は夜明けまで続いた。
星が見えなくなる、その時まで――。

ご案内:「スラム」から時坂運命さんが去りました。