2015/06/10 のログ
ご案内:「研究施設群」に狛江 蒼狗さんが現れました。
狛江 蒼狗 > 研究棟群では、居場所がない者は空気のように扱われる。
通行人になど誰も目もくれない。
それは、『自分にはやるべき事があるし、他人にもやるべき事がある』という共通認識から産れるものだ。
彼らの体温の希薄さは深部になればなるほど顕著になる。
狛江蒼狗は比較的浅層を歩いている。

狛江 蒼狗 > 「………………」
狛江蒼狗はそのあたりの人間に触れられる事はない。
アプローチをかける者が居るとすれば、警備員か清掃員ぐらいのものだろう。
何しろ狛江蒼狗は研究員でもなければ研究材料でもないからだ。
────────“今は”。

狛江 蒼狗 > 蒼狗の緩慢な歩みは、“歩く”とも“走る”とも異なる。
膝を軽く前に差し出し、体重を前に移動させて、半規管にバランスをとらせて、それを繰り返す。
頭に引きずられているような。ぼーっとした進み方だ。
やがて、彼は東側の第三研究棟に来ると立ち止まる。
「……………………………」

狛江 蒼狗 > 棟の前にある申し訳程度の芝生が生えた小さな休憩地で腰を下ろす。ベンチもなにもない。長身は地べたにだらんと腰を下ろした。
肩に提げていた学生鞄を下ろすとチャックを開けて中を探る。
金色の外装をしたちょっといいコーヒー缶がそこから出てきた。
「……………………ふぅ」

狛江 蒼狗 > 狛江蒼狗はプルタブを起こす。潔癖症というわけではないが、開ける時に一滴でも飛び散るのが嫌なのでゆっくり時間をかけて缶内の空気を逃がしながら開ける。
「……………………」
彼は東第三研究棟を見上げている。
東側の研究棟は真新しい煉瓦造りであたたかみのある外装をしている背の高い建物たちだ。
第一棟、第二棟は現在も【異能】研究のために多くの研究員が出入りしている。
蒼狗が居る第三棟は、死んだように人の出入りがない。
───────死んでいるからだ。

狛江 蒼狗 > 蒼狗は眼前の建築物を深く観察するでもなく、花見でもするように見上げながらコーヒーを飲んでいる。
梅雨前のじっとりと湿気を含んだ空気があたりに充満していて、空調機なしでは不快指数に耐えられなさそうなものだが、ただ目的もなくそうしている。
第三棟の硝子を一つ一つ目で辿る。化学強化ガラスはどれも細かく罅が入り、曇っている。
この第三棟は実験棟も兼ねた総合的な研究棟であったために、設計段階からある程度の【異能】にも耐えられるよう造られているのだ。

狛江 蒼狗 > 「もう、なにもかも終わったのに………………」
呟きを耳に留める者は居ない。蒼狗は芒洋と第三棟を見上げたまま表情を変えない。
「終わったのに、未だ俺はここに引かれたままか」

狛江 蒼狗 > 何もかも、遍く全て忘れるべきなのだろう。
憶えていてどうにかなるものではない。
ここで過ごした思い出は微かに温もりをとどめている。
未練のようなものなのだろう。と、彼は自らを解釈する。
「………………………………」
コーヒーの缶を傾けて飲み干す。
コーヒーは最初の一口が一番美味で、中頃は飽きの来ない味がして、しかし最後にはうんざりする。
そんな飲み物だと思う。

狛江 蒼狗 > 「……………………今日の予報は、午後は雨だったな」
厚い雲が天蓋をもこもこと覆っている。太陽は見えない。雲越しに薄っすら白光を漏らすばかりである。
普段寡黙を貫いている癖に“独り言”なんぞ言ってみた自分へ自嘲の笑みを浮かべながら、立ち上がった。尻の埃を払う。
置いてある学生鞄を大儀そうに持ち上げた。

狛江 蒼狗 > (帰ろう)
と、狛江蒼狗はそう思った。
けれども頭に疑問がかすめる。
(どこへ?)
“特雑”の待機場所と化している例の資料室へだろうか?
常に『何か言いつけられるのではないか』と戦々恐々しながら無駄を重ねて時間をじりじりと浪費するあの場所へだろうか。

狛江 蒼狗 > それとも一年前から住んでいる学生寮の居室へだろうか?
皆気のいい者達ばかりだが、寡黙で人付き合いが不得手な気質から特別仲の良い相手等作れていないあの場所へだろうか。
カフェテラスにはよく訪れる。けれどあそこは一時的な居場所であって、夜を明かせる場所でもなく。
「…………………………あ……」
ぽつり。
ぽつり。
大きな水滴が落ちてくる。
すぐさま本降りとなり、地面をまっくろく水浸しにしそうな雨が降りだした。

狛江 蒼狗 > 狛江蒼狗は第三棟の軒先へ走った。
入り口の自動ドアは施錠されていて、内部は調度品が埃を被って灰色になっているのが見える。
軒先は雨をやり過ごす以上のことを許してはくれない。

狛江 蒼狗 > 「もうすこし…………」
か弱い声だった。発した本人でなければ、単なる息遣いと勘違いしてしまいそうな。
開かない自動扉へ背を凭れさせて、身体を預ける。

狛江 蒼狗 > 「………………………………もうすこし、だけ、このままで……」
言うと、白髪の青年は瞑目した。
大きな雨粒が地面を窓を壁を叩く音がする。
正規雑音で満たされたその場所に雨は辛うじて届かない。

ご案内:「研究施設群」から狛江 蒼狗さんが去りました。