2016/08/21 のログ
ご案内:「魔術学部棟・屋上」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 獅南蒼二が自らを実験台に呪術の制御を試み、谷蜂檻葉が禁書の捜索にやってきた、その数時間ののち。
第三研究室からそろりと人目を憚るように姿を現したのは、美術教師ヨキだった。

廊下に人気がないことを確かめて、はじめて訪れる屋上へと出る。
魔術研究の盛んなこの建物のこと、いかなる検知が行われていたとて不思議ではないのだが。

デーダインの魔術によって得た女性の姿は、それでも随分と長身だった。
薄い肩で夏の夕刻の生温い風を切り、屋上の周囲を取り囲むフェンスまで近付く。

「………………、」

波打つ癖毛に遮られて、その表情はよく窺い知れない。
唇を引き結んだ横顔が、まるで知らぬ街のように眼下の風景を見下ろした。

ヨキ > もしも獅南が、震えた右手で打った拙い文面を送信していなければ。
ヨキが今この時間、この場所に立っていることはなかったろう。

扉の向こうで起こった出来事は、扉の向こうに秘されたままだ。

だが少なくとも、風に吹かれるヨキの横顔にはどこか不可解な――
これまでにない、血色にも似た赤味がごく薄らと差していた。

それは何事か、揺るぎないものを手に入れた者の眼差しだった。

――そうして、ふと見下ろした左の手のひら。

赤茶けた痕が残っているのを見つけて、手を口元へ持ち上げた。
まだ残っていたか、とでも言いたげな顔。

それは血痕だった。

身体のどこにも傷ひとつないヨキの手にこびり付き、伸びて乾いた血。

さながら口付けるように唇で触れ、舌先で綺麗に舐め取った。

ヨキ > 唇を離す。指先で二度三度と触れて、口端を拭う。
取り立てて何もついていないことを確認してから、手を下ろす。

まるで夢を見ていたようだったと思う。

語られぬことは、起こっていないことと同じようなものだ。
今確かに踏み締めているはずの現実は、どこか別世界のような心持ちさえある。

フェンスの金網に、額を押し付ける。

小さく息をつき、目を閉じて、しばし黙り込んだ。

(……夢みたいだな)

次の瞬間に目を開けば、どこまで巻き戻るとも知れない。

ヨキ > 瞼を開く。
当然ながら、自分が立っている場所も、状況も、何一つ変わっていない。
吹き抜ける風を吸い込んで、吐き出す。

間もなく西日が沈む頃合いで、夕食どきには未だしばらくの余裕があった。

徐に、踵を返す。
再びヒールの硬い音を鳴らして、タイルの上を歩いてゆく。

ヨキが屋上から立ち去れば、たちまち元の静寂が戻ってくるだろう。

(…………。もうひと眠り、しておこうかな)

向かう先は、第三研究室。

ご案内:「魔術学部棟・屋上」からヨキさんが去りました。