2016/12/30 のログ
■美澄 蘭 > どういうわけか、検査結果の報告は責任ある大人同伴でと指示があったため、蘭は本土から母方の祖父を呼び寄せていた。
「異能の発現を家族に相談せず真っ先に学園に相談した」「親にも黙って検査を受けた」ことで、蘭はこの祖父にそれなりに絞られた。
そのため、こうして研究所内を歩きながら、蘭の細身の身体はいつにもまして縮こまっているように見えた。
『お前は大丈夫だって言ってたが、研究所の連中が信用出来なかったら問答無用で連れて帰るからな』
「…おじいちゃん心配し過ぎ…ちゃんとどんな風に検査と実験受けたかも話したじゃないの。
ちゃんと「インフォームド・コンセント」がしっかりしてるところを紹介してくれるように頼んで、その通りにやってもらったんだから」
『未成年が単独で聞いた話だからな、その分は割り引いて考えるのが大人ってもんだ』
蘭の祖父であるロマンスグレーの男性が鼻を鳴らせば、蘭はますます縮こまる。
「………それは良いけど、最初から喧嘩腰なのだけはやめてね…」
そうぽつりと呟いた蘭の声を聞いてか、祖父の康一は少しだけ肩と眉間から力を抜いた。
流石に、そこまで頭に血が上ってはいないらしい。
■美澄 蘭 > そうして、蘭と祖父の二人は検査結果を聞くための部屋に通される。
そこにいたのは、先日蘭の検査・実験を案内したのと同じ、白衣姿の男性だった。
『今日は、保護者の方にもお手数をおかけして申し訳ありません』
穏やかな表情で、慇懃に頭を下げる男性。
『いやいや、大事な家族のことですからね。
「孫は検査を受けることを私達に伝えなかった」ものですから…こうして同伴を指示して下さったことには感謝していますよ』
「仕事モード」で、穏やかに会釈を返す康一だが、その横で、伝えなかったことを強調された蘭が「うぅ」と気まずそうなうめき声を漏らしながらも、祖父に合わせて頭を下げていた。
『少し長い話になりますから、おかけ下さい』
部屋には、蘭だけではなく祖父用の椅子も用意されていた。
「ありがとうございます」
『それでは、失礼致します』
などと言って、蘭と康一が腰掛ける。研究所の男性と、二人が対面して座る形になった。
■美澄 蘭 > 『まず、美澄さん…と、蘭さんの方ですね、蘭さんの異能についてなんですが…』
いきなり本題である。蘭と祖父の顔が緊張に強張った。
『蘭さんご本人は「魔力を放電現象に変換する」異能だと思っていらしたようなんですが、実際のところ変換するエネルギーは魔力に限らず、体力的なものだったり、感情的なものだったりしても構わないようです。
…寧ろ、感情的なエネルギーが異能の発動の鍵になっているようですね』
『…つまり、孫に感情的な負荷をかけたわけですな?』
説明の途中で、康一が厳格な表情で口を挟んだ。男性が困った笑みを浮かべる。
『我々としましても、感情的な負荷をかけずに異能を確認出来るのであればそれに越したことはないと考えていますよ。
…実を申しますと、蘭さんの異能は、蘭さんご自身がそれなりに強い感情面での負荷を感じないと発動しないものでして』
『…と、言いますと?』
蘭の祖父が話を促す。しかし、その表情は緩まない。
■美澄 蘭 > 『蘭さんの異能は恐らく、「実力を行使してでも」「脅威と感じたものを排除したい」と望むことが発動の鍵になっているのだと思います。
先ほど申し上げた通り、感情的な負荷をかけずに異能を確認出来るのであればそれに越したことはないのですが…蘭さんの異能は、任意で自由に発動出来るものではなかったんです。
当然、実験の一番最初に確認しています。蘭さんが得意とされている魔術との区別を図る意味でも』
「………。」
説明を聞いて、蘭が俯く。
自分の異能が発動したのがどんなときか…その「対象」も含めて、思い返しているのだ。
その口元は、きゅっと引き結ばれていて。
その様子を、康一は苦い表情でしばし横目で見やったが…
『あなた方が孫に出来るだけ危険がないように実験をデザインして下さったと、孫の方から聞いてはいるんですがね。
よろしければ、私にも説明して下さいませんか?』
と、改めて男性の方に視線を向け直した。
『ええ、構いませんよ』
と、礼儀正しく応じて、康一に実験の内容を説明する男性。
…康一としては、蘭を少し落ち着かせるべく一時そっとしようというつもりもあったのだが…説明を聞いて、表情の苦さを、少し濃くする羽目になってしまった。
■美澄 蘭 > …と、そうしているうちに男性の説明が終わる。
『…以上です。よろしいでしょうか?』
『ええ、ありがとうございます。
…何故孫がそんな異能の発現に気付いたのかは気になりますが、本人に聞きましょう。こういうことを本人抜きに話してしまうのも良くありませんからな。
…良いな、蘭?』
男性に説明の礼として軽く頭を下げてから、蘭の方を向いて確認をする康一。
蘭は、
「………帰ったら、皆に話すわ…おじいちゃんだけじゃなくて、お父さんにも、お母さんにも」
と小さな声で言い…それから、何かをこらえるように少し細めた目で顔を上げた。
「…すみません、続きをお願いします。
結局のところ…異能を制御するために、私はどんな訓練を受けたらいいんでしょうか」
そう、顔を強張らせたまま、男性に問う。
■美澄 蘭 > 『ああ、そう緊張しなくて大丈夫ですよ』
蘭に威圧感を与えないように気をつけてか、男性は柔らかな口調のまま声のトーンだけを上げた。
『先ほども申し上げた通り、蘭さんの異能は発動条件自体がかなり厳しいので…治安が不安な時間帯や場所を避けて行動すれば、発動の可能性自体がほぼないでしょう。
もし発動したにしても、人間相手に実害がない程度まで力を抑えることも既に出来ているようですし、心配はほとんどないと思います。それでも気になるようであれば、こちらで訓練用のメニューを作成してみますが』
「実際にやってみるかどうかは中身を見てから考えたいですけど…お願いしても良いですか」
蘭が言うと、男性は穏やかに笑って
『ええ、もちろん』
と請け負う。横から祖父が
『作った訓練の内容は、合意が得られたらこちらに送ってもらうことも可能ですかな?』
と口を挟むと、男性は
『そうですね…蘭さんの同意が取れれば…』
と、困った笑顔を浮かべる。蘭は、
「…大丈夫です。そうしてもらって構いません。
家族に見せられない訓練内容なら、受けませんので」
と頷いた。
■美澄 蘭 > 『分かりました。それでは、後で訓練用メニューの送付先を教えて下さいね』
こう柔らかく応じていた男性の瞳に、若干の力が籠められた。
『…と、実は保護者の方にご足労頂いたのは、次のお話が本題でして』
『ああ…そういえば、「異能者」で「魔術師」の「異邦人」の血を引いているから、ということで体質の分析をされたんでしたかね?』
話題の切り替わりに際し、康一が再び表情を険しくする。
流石に身体検査までしたとあっては堂々と出来ないのか、男性は申し訳なさそうにしかめつらしい顔を作る。
『蘭さんご本人が、ご家族がお持ちの異能との関連性を気にしていらっしゃいましたし…情報は多いに越したことはないと思いまして。
それに…蘭さんのおばあ様でしたか?彼女の魔力の特殊性の話はおじい様が蘭さんにお話しされたと伺いましたが』
『………、随分前に、ほんの少しだけですよ。
生前の妻から耳にしただけで、私には何のことやらさっぱりでしたし』
苦み走った顔で吐き捨てるように言う祖父の様子を見て、蘭は、自分がいけないことをしてしまった罪悪感に、椅子の上で小さくなった。
■美澄 蘭 > 蘭の縮こまり方を見て、少し呆れたように息をつきながら。康一は、
『…まあ、せっかく調べて頂いたのですから、お話は伺いましょう』
と、続きを促した。
『ああ、はい。
それで、調べてみたのですが…何というか、「異世界特有の体質」とでも言うべきものが、変質した形跡がありまして。
遺伝的要因か、環境的要因か…それらの複合か、それ以外の要因なのかは、判断が難しいのですが』
『…ほう?』
康一が、片眉を動かした。
『「淡い空色の瞳」がその印なのでしたかね。
きっと、元々は霊媒体質というか、霊感体質というか…「目に見えないものと高い親和性を持つ」性質だったのではないかと我々は考えています。
蘭さんの魔力は自然環境への親和性が異常に高く、元素魔術・属性魔術に対して驚異的な適性を示していますからね』
『………確かに、イーリスもそういうのが得意だったな』
何かを考えるようにしながら、そう言葉を漏らす康一。
■美澄 蘭 > 『ところが、その元素・属性魔術の適性と結びつくようにして、「排除」の感情に起因する異能が発現している。異能だけは、まるで元の性質が反転しているかのようです。
これから融和が進んで、異邦人と我ら先住民との婚姻が増えた場合、身体の器質的な問題が増える可能性もありますからね。
誤解を恐れずに申し上げるならば、蘭さんの「体質」は、《大変容》後の人々のあり方を考える上で興味深いものなんです』
そう言われて、蘭と…それ以上に祖父が、微妙な表情をした。
『…そう言いたいだろうことは察しがつきましたが、もう少しオブラートに包めないものですかな』
そして、蘭より先に祖父が口に出す。
『申し訳ありません…私の専門が異邦学なもので、つい』
男性は、深々と頭を下げた。
■美澄 蘭 > 『…とにかく、我々の方から申し上げたいこととしてはですね』
男性が、力の篭った瞳で顔を上げた。
『蘭さんの魔術の才能と、異能と。その2つは蘭さんの「体質」という部分で繋がっている可能性が高いということなんです。
ですから、異能の制御はもちろんなんですけれども、蘭さんには今後も引き続き魔術のお勉強をして頂いて…それで、その様子の観察と身体検査を継続して行わせて頂ければと思うんです。
もちろん、研究に協力して頂くからには、我々に出来る範囲で学園生活に便宜を図らせて頂きますし』
『「………。」』
蘭と祖父が、微妙な表情で顔を見合わせる。
それから、祖父が「お前が決めろ」と言わんばかりに、蘭に返答を促した。
「………。」
蘭は、男性の方を見ると少しだけ口をもの言いたげに開閉させてから、
「………考え、させて下さい。
魔術のことも、異能のことも…「力」との向き合い方について、帰省の折りにでも家族で話し合いを持ちたいですし…何より、病気でもないのに定期的に特別な検査を受けるのは、あんまりいい気分では、ないので」
と答えた。どこか怯えるような顔つきはしていたが、男性から、顔を背けることはしなかった。
■美澄 蘭 > 『分かりました…ご家族とゆっくりご相談なさって下さい。
お返事、お待ちしております』
そうして、康一が自分のメールアドレスを報告書の送付先として教えて、その日の報告は終わった。
■美澄 蘭 > 帰り道。
「………自覚がなかったわけじゃないけど、まさかこんな話になるなんて思ってもみなかったわ」
ぽつりと零す蘭。祖父は溜息を吐いて、
『自覚があったんなら、もう少し大事になると思って、最初に俺達に連絡をよこすべきだったな』
と言って、ぽんぽんと蘭の頭を軽く叩いた。
「………ごめんなさい」
口を軽く尖らせながらも、謝罪の言葉を発した蘭。
■美澄 蘭 > 『…まあ、続きは実家でだな』
「………うん」
子どもっぽい頷きの声を返し、蘭とその祖父は研究区を後にしたのだった。
ご案内:「常世第一総合研究所」から美澄 蘭さんが去りました。