2016/01/14 のログ
ご案内:「演習施設」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 夜。突き抜けるほど冴え冴えとした冬空の下。
無人の演習場の中心に、長身の白い影。

ヨキのその手には、魔術学部棟から借用した標本瓶がひとつ握られていた。
表面に貼られたラベルの文字はアルファベットだが、この地球上のいかなる言語とも異なっている。
それは地球とも、ヨキがもと在った土地とも異なる世界で産出された、希少な金属のサンプルだった。

その世界において――

その金属は、世にも稀なるものとされている。
その金属は、世の覇権を左右するとも云われている。
その金属は、数多の人びとを欲望の虜にしたと語られている。

蓋を開け、中身を取り出す。

ヨキの大きな手のひらに転がり出た小さな煌めきは、それらのきな臭い伝承とは似ても似つかなく、美しかった。
鏡の砕片が癒着し合ったような表面が、照明の無風流な光をきらきらと反射した。

「………………、」

サンプルを手にした右手を軽く握り、空の左手を宙に向ける。

次の瞬間――

ヨキが立つ地面の周囲に、鍾乳石に似た金属の森が一瞬のうちに生成された。

ヨキ > 音もなく、予兆もなく。

空間に満ちた魔力の阻害。
魔力の流れが歪み、吸い寄せられ、現出した金属が帯電したように紫電を散らす。

その世界において――

世にも稀なるものとされたもの。
世の覇権を左右するとも云われたもの。
数多の人びとを欲望の虜にしたと語られたもの。

あまりに旧く少なく、小片では用を成さないために、研究の俎上からも忘れ去られていた物質。

その艶やかな鏡面を持つ金属は、仮の名を『魔鋼』と云った。

魔力の媒体。
増幅装置。
護符。兵器。貯蔵庫。

さる世界においてありとある魔術の友、魔術の師とされた『世にも希少な』金属が――

あまりにも自然に。

事もなげに。

まるでありふれた砂利石であるかのような無感動さで、演習場に立つヨキを取り囲んでいた。

金属の煌めきに照らされたヨキの顔は――それでいて氷のように冷たく、硬い。

ご案内:「演習施設」に倉光 はたたさんが現れました。
ヨキ > 単なる魔力媒体のサンプル、あまりに多くの標本のひとつ。
応用すら考えられることのなかった小さな欠片。
質量を増した金属は、ここでようやくその日の目を見る。

空気中の魔力の流れが変わる。
歪み、曲がり、吸い寄せられ、増幅し、反発し合う。

光。

触れた金属を操作し、『等質の』金属を産むヨキの異能。
普段は生業の金工に使われることもなく、ただ卑金属ばかりを産み出すことに使われてきた力。

ヨキの冷たい横顔が、不意に曇る。

人間が考えうる、ヨキの力の用途。

『金属を産み出す』と聞き知った、ほぼすべての人間が思い至るであろうそれ。

「……………………」

利用価値はいくらでもあった。

そうして現実に、利用されてきた。

倉光 はたた > 演習施設に足を踏み入れる少女がひとり。
自身の訓練に訪れたここに、すでに先客がおり使用されていることはわかっていたが、
他者の危険な――戦闘へ使われうる――異能や魔術の類を目にするいい機会でもあった。

その変異の中心にいるのは良く見知った人物であった。

「こんばんは」

ヨキへ挨拶をして屈み込み、不思議な輝きにわずかな間目を奪われた後、
その正体を検分しようと観察しはじめる。

「これは異能? 魔法?」

無垢な表情で首をかしげた。

ヨキ > ヨキの背ほどに曲がりくねり、伸び上がる金属の蔦。
その生長が、半ばでぴたりと止まった。

振り返る。

知った顔の女生徒が、金属の根元にしゃがみ込んでいた。
ヨキの表情に、笑みが戻る。

「――こんばんは、倉光君」

右手に持っていた借り物のサンプルを、標本瓶の中へ戻す。

動きを止めた金属の塊を、柱のようにして手を突く。
地面から生えたそれは、ヨキが触れてもびくともしなかった。

「異能だよ。金属を操るのが、このヨキの力さ。
 元はこんなに小さな塊で……、」

はたたの目の前で、標本瓶を軽く揺する。
綿をクッションに仕舞われた同じ金属の小さな欠片が、ちりちりと揺れる。

「それと同じものを、ヨキの異能が作った。
 綺麗だろう?」

魔術に聡いものならば、その金属が大きな魔力を孕んでいることが察せられるだろう。
そうでなければ、ただ鏡面の結晶構造を持った、銀色に光るばかりの金属の柱でしかない。

倉光 はたた > 「金属をあやつる。
 これはもとからあったもの……なのですね」

ふむ、と頷く。
恐る恐る指先で鏡面に触れてみるが、特には何も起こらない。
理科の授業で見せられた金属サンプルの中にはないものだった。
目を丸くして見つめても大したことはわからない。
観察に満足すると立ち上がり、今度はヨキの手の中の瓶と
濫立する金属の樹を見比べる。

「質量ほぞんそくに反していますね。増やせるんですか。
 はんよう性がありそう」

特に害のないものだとわかると好き勝手にぺたぺた触りながら。
冷たい柱の群れよりはいくらか感情や興味のありそうな声。

「これはわるい人をやっつけるのに使うものですか?
 それとも作品をつくるんですか?」

彼が美術教員だということを思い出しての問い。

ヨキ > 冬の空気に中てられて、ひんやりと冷えて屹立するばかりの塊。
未知の金属をまじまじと観察するはたたの顔を見ながら、言葉を続ける。

「そうさ。本当はこの金属は、この瓶の中身くらい数が少なくて、貴重なものなんだ。
 それなのに、こんなにもたくさん作れてしまう。自然の決まりには、真っ向から反してるよな」

虫の生態でも説明するかのような、軽い語調。

「この力は、何にでも使えるよ。
 武器を作ることも、綺麗なアクセサリーを作ることも。
 人形も、食器も、家具だって、何だって作れるさ。

 はじめはいろんなものを作るのに、力を使ってきたんだけど……
 そのうち、疲れてしまってな。

 今はもう、たまに……何てことのない、小っちゃなものを作るためだけに使っているよ」

言って、はたたの目の前で空の左手を広げる。
見ればその手首には、真鍮のバングルが嵌められている。

むく、と手のひらの皺の間から、小さな金色の塊。

やがて植物の目が芽吹くかのように、真鍮の欠片が現れる。
それはひとりでに大きくなってゆき、やがてはたたの拳の大きさほどの、小さなウサギの置物になった。

倉光 はたた > 「きまりに。そうですね。
 わたしとおんなじで、異能というのはそういうものらしいですからね」

自然の摂理に真っ向から反した存在であるところのはたたは
大した感慨もなさそうにそう答える。
ヨキが解説を始めればまっすぐに向き直り、
よくできた生徒然とした様子で彼の声に耳を傾ける。

「異能を使うとつかれるんですか」

素直すぎる言葉の意の受け取りかた。

ヨキが手を広げればそれに顔を近づける。
はたたの目の前で再現される不思議に、おお、と唇の間から声が漏れた。

「これは……うさぎ!」

はたたは賢いのでそれがうさぎだということがわかった。
指先でそれを指し示して力強く宣言する。

ヨキ > 「ヨキとお揃いだ」

決まりに反したものたちとして。
軽く笑う。

「力を使いすぎると、自分の身体が疲れることは勿論だし、
 特にうるさかったのは……今はもう居ないが、ヨキの周りの人たちがな。

 この世界に来たばかりで何も知らないこのヨキに、あれを作れ、これを作れと。
 散々こき使われてしまったよ」

冗談めかして、困ったような顔をしてみせた。
ヨキの手の上に現れたうさぎは、足を揃えて行儀よくちょこんとお座りしている。
指先にそれを抓み上げると、ちょっとした雑貨屋で売っている置物と何ら遜色がない。
ヨキやはたたの周囲に立つ不可思議な金属の柱よりも、随分と素朴に見える。

「そ、うさぎ。
 こういう、どこにでもあるようなものばかりを今は作ってる。
 こんな使い方なら、誰にも求められないし、ヨキの気も楽だから」

これ、持っていくかい、と、真鍮のうさぎを示して首を傾ぐ。

倉光 はたた > 示され、促されるままにつるりとしたうさぎの置物を手に取る。
実物のうさぎを目にしたことはあるが、その正確な模造ではないらしい。
くるくると好き勝手手の中でひっくり返して形を確かめる。
随分と感心したように見入っていた。
背中の翼のようなものがかすかに跳ねる。

「ぜひ」

はたたにはこれを評価するのに適した言葉を持っていなかったが、
良いものであろうとは理解が出来た。

「このうさぎは求められていないんですか」

変化に乏しい相貌がまたヨキへと向けられる。
『どこにでもある』わけではない、ヨキに求められるもの、それを知らない。
はたたはとても賢かったが、世の道理には少し疎かった。

ヨキ > 了承するはたたに、にっこりとして頷く。

「いいよ、持って行っておくれ。
 大事にしてくれる人に貰われていくのが、ヨキにはいちばん嬉しいから」

続く問いの言葉に、うん、と小さく漏らす。

「うさぎが好き、とか、小さな置物が欲しい、とか。
 そういうものを欲しいと思っている人は、それを求めてくれるだろうね。

 だけど……もっともっと、たくさんの人が集まったとき。
 より多くの人が欲しがるのは、そのうさぎとはちょっと違う。

 とても沢山のお金になる、とか、もっとすごいものを作る材料に使える、とか。

 世の中のみんなみんな、そういうものの方を欲しがってる」

うさぎを手渡す。
はたたの手から、その澄んだ眼差しへ視線を移す。

「この大きな金属の塊も……たぶん。
 そういう、より多くの人が求めているものだと思う」

倉光 はたた > 礼を述べてうさぎをしまい込む。

「……」

静聴するはたたが、どこまでヨキの言葉の意味を理解できたかは判然としない。

お揃い、と評された自分とヨキ。
それを取り囲んで、退屈そうに立ち並ぶのっぺらぼうの金属塊の群れに、視線をやった。
多くの人にとって、これがどのような価値があるのかはわからない。

「ヨキ先生は、これらを見るように見られていたのですね。
 わたしもいずれ、そのように求められるのでしょうか」

はたたは――かつて自分が公園で自身の異能の実験を行ったことを思い出した。
砂場に伸ばした指に、まとわりつく砂鉄。そのことを。

ヨキから視線を外し、冷えた金属の鏡面に手をついて覗き込む。
うさぎに比べて情緒の欠片もなかったが――その温度のなさを確かめると、
自分の中のなにかが静かになっていくのがわかった。

「わたしたちは、これらよりは……複雑になってしまったので、
 たしかに疲れてしまうのでしょうね」

声に抑揚はないが、どこかたどたどしい語調は
ゆっくりと、自分の中で理路を組み立てながら口にしているかのようだった。

ヨキ > しんとしたはたたの姿を、穏やかに見つめる眼差し。
微笑んで、相手の言葉に応える。

「そう。
 昔は『ヨキ自身』が良いのではなく、『ヨキの作るもの』だけが、良いものとされていた。
 でも、今は違う。みんなちゃんと、ヨキのことを見てくれるようになった。

 ……ヨキたち異能者は、ほとんどの場合、異能のせいで大変な目に遭う。
 だけどそれを乗り越えてでも、自分たちの力が役に立つときがきっと来る」

はたたに並んで、金属の柱へ手をやる。
地面から噴き出る水が時間を止めたかのようなフォルムは、いつまでもそこにじっとしていた。

「きっと、ヨキも君も、これからたくさん疲れてしまうようなことがあるだろう。
 ……だけど、倉光君。

 君が覚えたことは、身に着けたことは、
 君自身と、君を必要としてくれる人のためにある。
 君を大切とも思わない人のために、力を使ってやらなくたっていいんだ」

冷えた金属の柱を一瞥する。

「自分の力を使ってほしいと思っている人が、本当に自分を必要としてくれるとは、限らないけど」

倉光 はたた > 「わたし自身と、わたしを必要とするもののために……
 わたしをひつようとしてくれるとはかぎらない……
 ちからが役に立つ時がくる……」

どこか不思議そうにヨキの言葉を繰り返して頭を捻った。
自分でなくてはならないと言う――そのような人物が現れるのだろうか。
今のはたたには今ひとつ茫洋としたイメージしかつかめない。

「ふくざつで難しい。
 わたしと、わたしの力との区別は、どこにあるのでしょう」

目が伏せられて、白い髪が揺れる。
その問いはヨキに対して向けられたものではなかった。

「おはなしとうさぎ、ありがとうございました。
 そろそろ、帰ります。さようなら、ヨキ先生」

思いの外話し込んでしまった。
ぺこりと丁寧にお辞儀をして、踵を返してヨキから離れる。
演習施設にもともと期待したものは得られなかったが、はたたにとっては問題ではなかった。

ヨキ > はたたがぼんやりと繰り返す言葉。
それを聞きながら、静かに頷く。

「今はまだ、判らなくてもいい。
 忘れてしまったって、ちっとも構わない。
 『あのときヨキはこういうことを言っていたのだ』と、いつかきっと判るときが来る」

思案するはたたに、言葉を返すことはしなかった。
丁寧な挨拶ぶりに、こちらも頭を下げる。

「どう致しまして。
 こちらこそ――先日は、どうもありがとう。
 ……『首』。もうすっかり、良くなった」

にこやかに笑って、自身の喉元を服の上からそっと撫でる。
過日のヨキがスラムで負った喉の風穴を、この倉光はたたが塞いでくれたのだ。

「少なくとも、あのときのヨキは君の力で助かったし、とても感謝しているよ」

離れるはたたに向けて言い添える。
気を付けて帰るのだぞ、と、手を振って見送った。

ご案内:「演習施設」から倉光 はたたさんが去りました。
ヨキ > 演習場に、再び静寂が戻る。

「………………、」

自ら作り出した金属の柱へ向き直り、手のひらを表面にひたりと添える。
氷の表面に熱が触れたかのように、金属の輪郭がゆっくりと熔解し始めてゆく。

「悪くない」

安定した純度で、質量も申し分ない。
かつては貧血のために多用は禁物と思われていた異能の行使も、今や眩暈さえ感じない。

昂揚のために錯覚している可能性もあるとは言え――これ以上の量でさえ、
ほとんどいくらでも生み出せるであろう予感がしていた。
自然界の、そして社会のバランスを崩しうるほどの物質が。

一般に『CTFRA』と呼ばれる、異能の評価基準。
この世界へやって来て、はじめに一度きり測ったばかりの結果――

“Advanced「進化」”。

忘れていたその言葉が、不意に脳裏を過ぎった。

「……もしや」

無数の金属の柱が、たちまち水銀に似た銀色の泉となって地に伏す。
手のひらで掻くように掬い取ると、銀色の軟体はたちまちヨキの手のひらへ吸い込まれて消えていった。

「ヨキの血が……」

金属の、滴ひとつさえ残していない手のひらを見遣る。

「――“漱がれ始めている”?」