2016/07/30 のログ
ご案内:「訓練施設」に美澄 蘭さんが現れました。
■美澄 蘭 > 夏も本格化して来た。
恐らく海水浴場の救護所は少し前に比べて遥かに忙しさを増しているだろうが、非番は非番である。
そんなわけで、昼間の一番暑い時間を過ぎた頃合いに、蘭は訓練施設にやって来たのだった。
ご丁寧に身体を動かしやすい服装に着替えているのは、今回は魔術訓練が目的ではないからである。
■美澄 蘭 > 「えぇっと…戦闘訓練用の設定ってどんな種類があるのかしら」
訓練用スペースに入り、端末をざかざかと操作していく。
夏期休業中で、しかもこんな明るい時間に訓練施設を利用しようという人間はさほど多くない。
慣れない訓練で端末操作に手間取るだろうと推測した蘭は、そういった時間を狙ってやって来たのだ。
(…環境とか、痛みのレベルとか…色々あるのねぇ)
ほとんど実戦と変わらないレベルのダメージが入るものすらあるのを見て、思わず手を止める。
…が、流石にやめた。多少の痛みは治癒魔術で取り除けるとはいえ、自分が治癒魔術を使えないレベルの苦痛を受けてしまうのは避けたい。
…実際のところ、目的は戦闘技術の向上「それ自体」ではないので、加減に悩む蘭であった。
■美澄 蘭 > (切実に危機感を覚えるレベルじゃないと「あれ」は起きないでしょうから…えーっと…)
というわけで、設定は1対多戦闘訓練の低レベル。
仮想敵のホログラムは動物型だが、攻撃は急所以外の部分にそこそこの打撃として感じられる形になっている。
「…試しにこれで…と」
設定を終えると、訓練スペースの中央に移動する蘭。
すると、蘭の前方に、中型犬サイズの獣の影が二つ現れた。
■美澄 蘭 > 既に首筋にぴりぴり来るような緊張感を感じるが、まだ力の暴走の気配はない。
正面から突っ込んでくる影に対して、蘭は
「『エア・エア』!」
と、魔球魔術の二重詠唱で対応する。
渦巻く風を圧縮したような球体が二つ、それぞれの影めがけて放たれる。
片方はしっかり命中して影をかき消すことに成功したが…もう片方は狙いが甘く、当たりはしたものの致命傷とはならなかったようだ。
そのまま突っ込んで来た影は、蘭の左足に体当たりを仕掛けて、消える。
「…!」
影も万全ではなかったのか、思ったよりも衝撃は軽かったが…蘭は、左足で踏ん張ってこらえるような仕草をした。
それから間もなく、今度は蘭の右側に獣型のホログラムが3つ。
■美澄 蘭 > (やばい、早い…!)
危機感は覚えるが…何度か「害意」に遭遇して、多少慣れたからか、先ほどの衝撃がそこまででもなかったからか、まだ「暴走」の気配はない。
急いで影の方を向き直ると、影はもう2mほどまでに近づいているが…
「…えいっ!」
炎の放射魔術を、射程を短めに…その分、元素の密度を濃くして放った。
橙色の炎が、3つの影を飲み込み…そして、炎の中から飛び出してくる影はなかった。
安心したのも束の間…今度は、両脇から獣の影が2つずつ現れた。
「…!」
■美澄 蘭 > 放射魔術は自分の周囲を完全に囲むように発動させることも可能だが、半円上に展開させるより難易度が高いので、あまりやったことはなかった。
(…でも、やるしかないわね…!)
自分の両脇に向けてそれぞれの掌をかざし…
「…えいっ!」
空気の障壁となるように、風の放射魔術を展開する。
利き手である右側は、両方の影を弾き…そして、そのホログラムを消す。
しかし、左側は魔力にムラがあったらしく…一方は同じように弾き飛ばすことが出来たものの、もう一方は風の障壁をすり抜けて来てしまった。
最初より幾分強い衝撃が、蘭の左足に再び襲いかかる。
「…!」
慣れない魔術展開に集中していたのもあって、蘭の踏ん張りは衝撃に間に合わなかった。
蘭の身体のバランスが崩れ、しゃがみ込んでしまう。
その背後に、今度は獣の影が3つ。
「…!」
十分な術式の展開はとても間に合いそうにない。
3体の体当たりをまとめて受けたときの衝撃を予期「してしまった」蘭の目が、大きく見張られた。
■美澄 蘭 > 次の瞬間、あっという間に魔力が膨張する。
抑制は「しなかった」。元々抑制しない場合の状態を見たかったのはあるが…そこまで考える余裕自体が、体当たりの痛みもあって蘭の頭から完全に抜けていた。
次の瞬間、蘭を中心に、バチバチィッと激しい音を立てて雷撃が炸裂する。
その雷撃を受けたホログラム達は、一斉に「弾け飛んだ」。
「………!」
その威力の凄まじさに、今度は「自らの力に対する」恐怖で目を見開く蘭。
■美澄 蘭 > それから後は、「訓練」ではなかった。
訓練終了のブザーが鳴るまで、蘭の利用していた訓練スペースでは雷光が轟きっぱなしだったのだから。
「………」
訓練が終わった安堵と、自分がしでかしてしまったことへの恐怖が脳内で入り交じり、茫然とその場に座り込んでいる蘭。
…と、涙がにじんでくる感覚があった。
「…!」
「違う」、「好きでやったんじゃない」、「こんなつもりじゃなかった」。
様々な思いが脳内を疾走するが…その言葉は、蘭にとっては「表に出してはいけない」ものだった。
この涙だって、他人に見られていいものではない。
訓練スペースをそのままに飛び出すと、女子トイレに駆け込む蘭。
■美澄 蘭 > しばらくして、ハンカチを手に女子トイレから出てくる蘭。
顔全体が少し紅潮しているのと、ハンカチがしっかり湿っているのを見るに、顔を洗ったのをハンカチで拭いたのだろうか。
左足を微妙に引きずっているのは…落ち着いたことで先ほどの「訓練」で受けた痛みを「思い出した」ためだろう。それまで、よほど動転していたのだ。
ゆっくりと休憩スペースのベンチに腰掛けると、自分の左ひざに手を当てる。
「かの者を癒せ…ヒーリング」
「打ってちょっと痛い」程度のダメージならば、母に習った初歩の治癒魔術で十分だ。
白魔術に分類される挙動の魔術だが…蘭はこれ以外の治癒魔術を生命魔術の理路で修得している。修得している白魔術は、今のところこれだけだ。
「………はぁ………」
気分としては訓練どころではない。蘭は訓練スペースの使用を正式に終了すると、休憩スペースに戻って来て、この季節に辛うじて残っている温かくて甘めの缶コーヒーを買った。
■美澄 蘭 > 温かく甘い飲み物で気持ちを落ち着けると、それはそれで涙がにじむような気もしたが…今度は、踏みとどまることが出来た。
(…抑制しないと、あんなことになるのね…
相手が生き物じゃなくてよかった)
改めて湧いて来たのは、そんな感想。
(「社会科見学」に行くにしても…「これ」は、抑えなくちゃいけない。
目立つし…何より、これを受ける「他者」が、ただじゃすまないもの)
缶を握る自分の手を見下ろし…深く、息をついた。
■美澄 蘭 > (…それに、魔術ももうちょっと何とかしたいわよね…
短時間で魔力を多く籠めれるようにするとか、早く発動させながら精度を上げるとか…)
曲がりなりにも一年近く魔術の訓練をして来て、「威力だけなら「暴走」の方が手っ取り早い」というのは、かなり手痛い敗北に思えたのだ。
渋い顔をしながら、甘い缶コーヒーを飲む蘭。
(…やること、積み上がっていく一方だわ…
いい加減、「何か」を削ぎ落とさなくちゃいけないのかしら)
勉強も、魔術も、ピアノもと手を伸ばしている蘭だが、出来ることが増えたと思うと、更に次の課題が見えてくる構図には終わりがないように思われた。
…とはいっても、「削ぎ落とせる」ものは、今は考えつきもしないのだが。
「…まあ、ゆっくり考えましょ。夏休みはまだ始まったばっかりだし」
缶コーヒーを飲み終えて、立ち上がる蘭。
空き缶をゴミ箱に放り込むと、更衣室で私服に着替えてから、訓練施設を後にしたのだった。
ご案内:「訓練施設」から美澄 蘭さんが去りました。