2015/08/16 のログ
ご案内:「転移荒野」にクレアルトさんが現れました。
クレアルト > クレアルト・シャンフラッテは優秀な魔法使いだった。
人呼んでタイクーン・クレア。工房も構えず弟子も取らない渡り鳥であったが
当人が望みさえすれば、宮廷魔術師として迎え入れたい王家は両手に足りない程であった。
しかし、それ程の才覚を持った彼女がある日を境に世界から煙のように姿を消してしまう。

魔物に襲われて食われてしまったのだろうか?
それとも野党に襲われて殺されてしまったのだろうか?
或いは魔法の実験に失敗し、跡形も無く消し飛んでしまったのだろうか?

憶測は暫し世界の彼方此方を駆け巡ったけれど、ついぞ稀代の魔法使いの消息が判る事は無かった。

永遠に。

クレアルト > AM8:00 ~転移荒野~

転移荒野と名が付けられた荒地の中に『それ』はあった。

造形からして値の張る代物ではないと誰の目にも明らかではあるが
腕の良い職人が丹精籠めて作り上げたという事もまた、誰の目にも明らかな木製のベッド。
その上でこの上なく幸せそうに惰眠を貪り、口端から零れた涎で枕に染みを作る一人の女性。
彼女は鮮やかな金色の癖毛と、首からすぽりと全身を覆う寝巻き姿であっても判る程に女性的な肢体を持ち
その身体で銀色の杖を大事そうに抱しめていた。

「んが……んふふ……もう食べられないわあ……」
きっと幸せな夢でも見ているのだろう。時折抱え込んだ銀色の杖に齧り付く表情は稚気に溢れ屈託の欠片も無い。
しかし荒野の熱や砂埃によって、徐々に眠りが妨げられ始めたのか、次第に寝苦しそうに魘され始める。

AM8:30 ~転移荒野~

――そして、荒野に悲鳴が響き渡る。

クレアルト > 「どぅぇえええええ!?」
クレアルト > 「え、え"ぇ~……?何よこれえ…………」
惰眠を貪っていた彼女――クレアルト・シャンフラッテは自分の目を疑った。
何しろ目が覚めたら荒野の真っ只中に居るのだから無理も無い。
様々な魔法道具や御金の入った鞄や、愛用の真紅の鍔広帽にローブも無ければ殊更で
糸の様に細い眼の上の眉が歪に歪みきるのにさして時間はかからなかった。

「と、とりあえず、ガンちゃんは無事で良かったわあ……」
抱え込んでいた銀色の杖を強く抱きしめ、安堵の溜息を吐いたなら息を吸い込みベッド上に立ち上がる。
クレアルトは優秀な魔法使いであったから、異常であると認識をしたならば、それらしく振舞う女性だった。

クレアルト > 「一先ずは状況の確認ね。…………。」
杖を構えて虚空を指し、何ごとかを呟いてくるりと杖を振る。

「……あれ?」
しかしクレアルトが幾ら同じ事を繰り返しても、杖は乾燥した空気を無為に掻き混ぜるだけで
それ以外の事は何も起きなかった。
当惑気味な様子の彼女の顔からすれば、本来は何かが起きたのだろう。
しかし何も起きないという一点だけが起きるのみで、最終的に彼女は動きを止めて考え込んでしまった。

「う~ん……魔法が使えないし、しかも暑いし困ったわあ。此処にいるから魔法が使えないのか、魔法が使えないから此処にいるのか……」
鶏が先か卵か先か、と首を傾げて左右に揺らし、最終的に「今夜は卵焼きが食べたいわ」と謎の結論に至り御腹が荒野に鳴り響いた。

クレアルト > AM9:00 ~転移荒野~

果報は寝て待てという諺がある。
クレアルトの世界にそれが存在したかは別とし、彼女はベッドの上に寝転んでいた。

「夢にしてはちょっと変よねえ……というか、夢だったらもっとこう、融通の効いた夢が見たいわあ」
屋根も無いから険しい日差しが容赦なく肌を苛む中、ぼんやりと五体倒置の姿勢。
動けば御腹が減ると経験則で理解しているからこその捨て身の構えが此処にあった。
もっとも捨て身なだけに後が無いのだけど。

クレアルト > 暫くすると何かが近付く音が聴こえた。
人の足音にも似ていたが、何処かくぐもる様で、凡そ人工的なものを含まない音。
「………?」
クレアルトは動かない。
しかし長い耳だけがソナーのように聡く動いて近付くものの距離を測っている。
緩慢な足音
一定の規則性があり
明確に此方に近付いてくる
それが真近に迫った所でチラと見遣ると

それはそれは青々とし、其処彼処に針のような棘を蓄えたサボテンがベッドを覗き込んでいる所だった。

クレアルト > 「うぇぇぇええええっ!?」
クレアルト > 反射的に身を起こし、抱えていた銀色の杖を横薙ぎに払う。
一抱えもある石を屋根上から地面に落としたかのような鈍い音が響きサボテンの魔物がよろめく。
「サボ、テン、に!食われて、たまる、もん、です、かあ~!」
センテンスの合間に混じる殴打の嵐。右へ左へ、時に振り下ろしシメは突き。
一連の暴力が終わる頃には、ぴくりとも動かないサボテンの成れの果てが其処にはあった。

「ぜえー……ぜえー……ああ、もう吃驚したわあ……サボテン、美味しくないんですもの。」
だから食べられるのは嫌だ。とでも言いたげに頬を風船のように膨らませてクレアルトが愚痴る。
動いた分だけ体力を消費したのか、額に浮かぶ汗を拭った所でまた腹が鳴った。

「不味い……朝ごはんが私を呼んでいるわ……」