2015/08/20 のログ
■リヒット > そのまま彼は風に乗り、まるで漂うシャボン玉のように、ゆっくりと上空へと浮かび上がります。
あまり高く飛ぶと、風に煽られて身動きが取れなくなってしまいます。なので、5mくらいで身体を寝かせ、平泳ぎのように風を掴んで周囲を見回します。
「やま」
南の方には、元気な緑に包まれた、小さな山が見えます。居心地が良さそうです。
「うみ」
西や北の方には、膨大な量の水たまりが見えます。海です。リヒットは海が苦手でした。
「……むら?」
そして東のほうを見やると、そこには明らかに自然物から離れた造形の、立方体や直方体、三角形の構造物が森を作っているのが見えました。
人間の暮らす『村』に雰囲気が似ていますが、その量も高さも密度も、リヒットの記憶にないほどに膨大です。
■リヒット > 「……からから」
――現状把握も大事ですが、水の精であるリヒットにとって、この陽光はとても厳しいものでした。
皮膚から、髪から、急速に水気が抜けていくのを感じます。
幸い、上空に上がることで、この荒野の中にも幾筋かの川が流れていることを発見できました。
うち1つは東に……つまり、『村』につながっているようです。
「およぎたい……」
呟くと、舌が上顎に触れ、ちりっという痛みが走ります。口の中まで乾き始めてきました。
慌ててリヒットは方向転換し、空中を泳ぐように手と足を掻きはじめました。
浮遊しながらの移動は、人間が歩く速度よりも遅いです。それでも、焼けるような地面を裸足で歩くよりは何倍もマシなのです。
……無事に水場までたどり着けるのでしょうか。
■リヒット > 「………」
――行程の半分を過ぎたあたりから、リヒットはすでにフラフラでした。
体組織からの水分の蒸発に加え、汗も滴らせ、リヒットの生命の源たる水分は急速に奪われていたのでした。
自然はなんと過酷なのでしょう。
飛行高度もどんどん下がっていき、向きも覚束なくなっていきます。地面が近くなるにつれ、輻射熱がさらにリヒットの小さな身体を蝕みます。
「………ふぁ」
とうとう、足が地面についてしまいます。ジリ、と殺気の篭った熱が体組織に伝わると、リヒットはついに力尽き、前のめりに倒れこんでしまいます。
……しかし。
「……ひやひや~」
リヒットは、無事、川にたどり着いていたのでした。倒れこんだ先は浅い川辺。
決して冷たくはなく、綺麗な水でもありませんが、リヒットの体力が急速に回復していくのを感じます。
■リヒット > そのままリヒットはでんぐり返りをするように川辺を転がり、か細く白い身体をすべて水に浸します。
肌を刺すようなトゲトゲしい陽光の痛みは和らぎ、かわりにぬるい水の流れがリヒットの全身をくすぐり始めます。
心地よさに、思わず目を細めてしまいます。しかし。
「……ばっちぃ」
汚い水には慣れています。リヒットは元々、人口50人程度の小村のそばの、小川に住んでいました。
他の《水の精(ナイアード)》のように、綺麗すぎる水や、水源付近の清流に住むことはできないのが、リヒットの種族の宿命です。
そんな彼から見ても、この川の水は『良い』水とは言えないものでした。リヒットの感じたことのない味や匂いがするのです。
まぁ、このくらいでは死ぬどころか病気にすらなりませんが。
この川を昇れば、『村』に着きそうです。とても大きな村でした。
いったい何人くらいの人間が住んでいるのでしょう。100人? 200人? それとも、人間ではない何かの根城だったりするのでしょうか。
正直怖いです。しかし、川から出れば、リヒットはたちまち乾いて消えてしまうでしょう。川を下れば海に出て、強烈な塩気にやはり干からびてしまう。
そもそも、ここはどこなのか。皆目見当がつきません。とりあえず、人間か動物を探すのが先決でしょうか。
「ぷー……」
……この川を昇るしか、なさそうです。
リヒットはそのまま川底を、魚のように優雅に、東に向けて泳ぎ始めました。
ご案内:「転移荒野」からリヒットさんが去りました。