2016/06/23 のログ
ご案内:「転移荒野」に霧依さんが現れました。
霧依 > 「通りで。」

小さく呟いて吐息を漏らす女。
この荒野があまりにあまりな場所だということはしっかり聞いていたし、彼女なりに調べもした。
その上で、行くべきではないという結論を出して。

………結果、ここにいる。

バカは死ななきゃ治らない、と呟きながら、岩場の影で息を潜めて、さてはて、と頭の中で思考を巡らせる。
岩場の向こう側にいるのは、黒い人型の痩せ細ったイキモノ。
鉛筆だけで乱暴に描かれ、肉付けされた棒人間とでも言えばいいだろうか。
輪郭すらぼやけたそれがうろついて、明らかに自分を探している。

霧依 > 明らかに人ではないそれに対して、しっかりと警戒はした。


視界の中に捉えた瞬間に回れ右をして撤退を始めた彼女だったのだけれど。
しばらく進んだ先で、大きな岩場の角でばったりと鉢合わせ。
さすがの彼女も声が出そうになって、息を飲む。

「………やあ、足が早いね?」

冷や汗を悟られぬように声をかけたところで手を伸ばされ、
一気に体温が削り取られる、感覚。


緊急事態とばかりに、生命反応の無い物であればすり抜けられる、彼女曰く「好きな人の肌にいいように触れることができる能力」を使って岩に飛び込んで、距離を取った、といったところ。

ご案内:「転移荒野」にヨキさんが現れました。
霧依 > 乱雑に描かれたその姿、輪郭すらあやふやな生き物の顔の部分には、無理やりカッターナイフでこじ開けたような穴がいくつか空いていて。
それがきっと目や口といったところなのだろう。

「……参ったな。体温を奪う相手か、生命力そのものを奪う相手か。
 どちらにしろ、………手詰まりなのかな。」

考える。 無理っぽい。
辞世の句ってのは、こういう時に考えるものかもしれない。

ヨキ > 林立する岩場の頂から、動き回る黒い“何者か”を見下ろす冷ややかな影がある。

「…………。何だ、あれは?」

細めた双眸の、金色の眼光が棚引く。
すん、と小さく鳴らした鼻に、――女の肉の匂い。
どう考えても、“何者か”が発するにしては不似合いだ。

何かを探し回るような足取り。

「……誰か、追われておるな?」

感付く。
ここからは視認出来ない位置に、追われた者が居るのだ。

そうと踏むが早いか、切り立った岩の縁を蹴る。
長衣の裾を翻し、熱のない人影――ヨキが“何者か”の前に着地する。

見た目に重いその姿は、しかし地を踏む音ひとつ立てなかった。

「おい、そこの。好い獲物でも見つけたか?」

真正面から、“何者か”へ向けて言葉を投げる。

霧依 > 黒い、黒い、黒い。
絡まってよじれた糸のような黒い線が胴体を成し、腕を成し、足を成す。
感じるものが感じれば、呪いの一瞬であることが分かろう。

人の、幼子の手で描かれ作られたようなソレは、問われた言葉に視線を向けた。
単なる穴で作られた目が、相手を見やって。
何も答えないまま、走りかかり手を伸ばしてくる。
足をばたつかせるだけの古いゲームのような動きに見合わぬ、俊敏な速度。

近づくと生命力が吸い上げられる、呪いの生物。


「………? 誰か来たかな。」

女もソレを感じ取って、物陰から視線を送る。
………教師だ。 見覚えがある。
どうするべきか考えながら、重い体を持ち上げて立ち上がり。

ヨキ > 駆け出した異形の手が伸びる。
霧依を探してうろついていたときよりも、その姿がずっと鮮明に捉えられた。
動体にこそ聡い、獣の視覚だ。

腰を低く屈めて構え、右手に左手を宛がう。
左手が何かを掴んだと見えた瞬間――その手の中に、長大な黒刃の野太刀が出現する。
柄と刃がひと続きの、艶めく黒。

伸べられた手に、何かがある。
あれに触れぬようにせねば、と考えた瞬間、周囲に冷気が満ちた錯覚……

否。
自身の存在に、ぽっかりと穴の開くような。

「!」

触れるどころか、接近すら攻撃か。
不敵に笑い、踏み込んで間合いを縮める。

「は。命を食らうか。この命――食らい尽くせるものなら、とうにくれてやっておるわ」

腕を避ける。
続けざま、異形の半身目掛けて野太刀の一閃。
横っ面から、垂直に切り下ろさんとする動き。

霧依 > 動いてる。

思考とも呼べぬソレは、違和感に近いものを感じていた。
今まではどんな相手も、近寄れば動かなくなった。
どんな相手も、近寄ればソレでおしまい。
故に、近寄る以上の攻撃パターンが用意されていなかった。

元より、攻撃をされることなど想像することも出来るはずがない。


脳天らしき箇所を一撃で打ちのめすその動き。
避けやすいチーズの塊を引き裂くような感覚とともに、禍々しいその身体が二等分されて。

崩れ落ちたその糸が、絡まりを解くように黒い影となって、周囲の岩場に散っていく。
そして、気配が消える。



………やるもんだ。
女は思わず声が出そうになりながら、吐息を漏らして。
どうやら、仕留めてしまったらしい。
この学園には、とんでもない人しかいないのか。
死にそうな目に遭いつつも、好奇心が疼く。

岩場の影に女の気配。 隠さずに、両手を挙げて恭順の意。

ヨキ > 奪われた空虚に、再び活力が満ちるのを感じる。
ああ、これでまた腹が減った、と思ったのはごく一瞬のこと。

泥を斬るがごとき感触を得ると同時、身を翻して再び距離を取る。
が、黒い影が蜘蛛の子を散らすように方々へ逃げ去ると、ふっと息を吐いて構えを解いた。

吐き出す息が長い。
人間の命を丸ごと盗む異形の手に、気怠い疲弊を残すほどには奪い取られたらしい。

「食あたりを起こすようなことがなければよいが」

呟いて、とろけた野太刀が右の指先に吸い込まれるようにして消える。

「…………………、」

気配のあった方へ、視線をやる。
獲物を狩ったあとの、胡乱な攻撃性に満ちた獣の目。
それがひとときの間にすっと冷えて、人の眼差しに戻った。

「――やあ、追われていたのは君か。
 無事だったかね?」

にやりと微笑んで、向き直る。

霧依 > その視線を感じ取る。
刺激させぬよう、ゆっくりとした動きで立ち上がって。
両手を上げたままだけれど、もう表情は焦りも怯えも無い。

「……もちろん。
 多少の寒気はあるけれど、そのうちお天道さまが温めてくれる程度さ。

 ………助かったよ、ありがとう。
 この島には来たばかりだけれど、………どうも、驚くようなことばかりだ。

 調べたつもりだけれど、甘かったな。


 ……僕は霧依と言う、んだけど。 ………敬語じゃないとまずいかな、先生。」


鋭く刺さるような視線が収まれば、こちらも手をおろして一つ吐息。
バイク用のジャケットを上に羽織った女は、相手に微笑みかけて御礼を述べる。
ただ、苦手な敬語に関してはぽりぽりと頭をかいて。

ヨキ > 霧依の答えに、安堵して頷く。
相手にもまた危険のないことを示すように、穏やかな表情。
先に垣間見せた一瞬が、まるで嘘のようだった。

「良かった。
 きっと、誰かが追われているのではないかと……そう見えたから。

 ここは恐らく、元の君が想像していたよりずっと奇怪であったろうな?
 今の君は、よくよく承知してくれたようだが」

挨拶の名乗りに、笑って首を振る。

「霧依君。……お察しのとおり、教師のヨキだ。
 時にこうして、島のあちこちを見回ることにしている。

 敬語はどうぞ、君の話しやすいように。
 無理に慣れぬ言葉を使わせて、君の本心が聞き出せなくなる方が問題だ。

 それにどうやら……見た目の上では、そう年の頃も変わらぬようであるから」

老けた言葉遣いのくせ、青年の顔をして笑う。
見下ろす目尻の紅が優しく細められる。

「ここを訪れてみて、大層危険な場所であること以外に、何か収穫はあったかね?」

諭す風はなく、あくまで雑談といった語調。

霧依 > 「ありがとう、ヨキ先生。
 年の頃はともかく、心は若き乙女だし、感受性豊かな少女のつもりさ。
 そう言ってくれるなら、僕も心の赴くままに言葉が繋げる。」

女らしい所作とスタイル、しっとりとした声。
でも、言葉は中性的で、ふわりと浮くような。
そんな女は、笑いながら言葉を続けて。


「そうだね、僕が考えていたよりもずっとずっと不思議だった。
 よくよく理解をしたつもりだけれど、それでもきっと僕の想像力では、超えることは出来そうにない。

 今回は、目に見えて、理解できる脅威だったから、逃げる、隠れるを選択できたけど。」

言葉を選びながら視線を周囲に巡らせる。
巡らせた上で、……嗚呼、と小さく言葉を漏らし。

「危険だという警告をちゃんと聞いておくべきだということを、骨身の髄にまで学んだよ。

 ………本音も言った方が、きっといいんだろうね。

 こんな楽しい場所、そうは無い。
 ずうっと、他の場所を旅をしてきて、最近島にやってきたけれど。
 何年も何年も歩いて、ソレを超える不思議に2時間で出会えた。」

瞳を輝かせて、まだ少し青い顔のままに言葉を重ねる。

ヨキ > どこか捉えどころのない言葉の選びに、返す眼差しは柔らかい。
まるで歌でも聴いているかのような。

「伸びやかに話す人の声ほど、心地の良いものはないからな。
 何しろさっき……見ていたろう、」

身を隠していたということは、霧依もまたあの異形が何たるかを思い知っているのだ。

「ヨキはこれまで人間のつもりでいたが、思ったよりは魔物であったようだ。
 あのような“何者か”にはびくともしないし――それに、しとやかな女性の声には人一倍心惹かれてしまう」

笑って肩を竦めると、犬の形をした肌色の耳が揺れる。
大真面目に言っているらしい。

霧依の逡巡と、それを上回る本音に、ふっと吹き出す。

「……君は。
 どうやら問題児だな。
 人の身で味わった歳月を、超えるほどの楽しみ、か。

 ふふ……ふふふ。外では問題児だろうが、常世島の環境には根っから馴染める資質があるようだな。
 君はこの島の住人に相応しい」

碧眼を見据える。脅威の奥底で味わう昂ぶりは、誰にも隠しようもないものだ。

「ここは例え根無し草が根を張っても、そうそう枯れることはない。
 再び外へ流れても、きっとこの島を忘れることはないだろう」

霧依 > 「見ていたさ。……久しぶりに涼しい思いをさせられたから。
 走ることができるかどうか、ちょっと分からなくてね。
 それなら……、最後まで見るさ。」

相手の言葉に、く、く、と肩を揺らす。

「びくともしないことは分かったよ。驚いたけれど。
 僕のことを淑やかだと言ってくれることは嬉しいけれど、どうだろうね。

 先生なのにその言葉。油断も隙もないのかな。
 狼から救ってくれた猟師もまた狼だったとしたら、赤ずきんは、さてさて。

 それでも御礼の一つはしたいと思う。
 僕にできることなら何でもね。」

ぺろ、と舌を出して片目を閉じて。
制服の似合わぬ女。

問題児、という言葉には目を細めて。
恐怖体験をしたいわけではない。
知らないものが見たい。 分からないものを感じたい。
相手の言葉に、軽く頷いて。

「危ない薬か何かかな。
 たどり着いて数日で毒されてしまった。

 旅をしたい人間を、そのままで受け入れてくれる場所は、ここしか無いよ。」

ヨキ > 「しとやかでいてしたたかなのが、いちばん“クる”ものだ」

唇が緩やかに吊り上がる笑い方。

「さあ……少なくとも、猟師が赤ずきんを襲うことはなかろう。
 可愛らしい頭巾が似合っているうちは、な」

少女がお仕着せの頭巾を外したあとならば、あるいは。
言外に含めたものの根深さが、何気ない笑みの端に滲んでいる。

「御礼か。礼をされるほど、大それたことはしていないつもりだが……。
 だがそれなら、このまま君と話すことを選ぼう。
 礼が済んだからと言って、ヨキと口を利いてくれなくなるのは無しで」

島に毒されたと話す霧依に向ける笑みは、どこかうっとりとして深い。

「君が、この島に辿り着くために旅をしてきたとまでは言わない。
 だが君の旅路にとって、この島は訪れて然るべきだった」

おいで、と短く誘う。
切り立って見える岩山の、霧依が隠れていた場所の死角。
人ひとりが登ってゆけるほどの、緩やかな斜面がある。

霧依 > 「ありがとう、猟師さん。
 でも、赤ずきんは淑やかでしたたかだったろうかね。
 頭巾を取るとしたら、それはきっと部屋の中。」

くすくすと微笑みながら、言外の意味を投げ合って笑う。
相手の根深さがどこまでかはわからぬままに、自分の思うままに言葉を重ねて。
元よりここに一人で来る女。肝の座り方はちょっとおかしい。

「ふふ、それはまた。
 僕が頭巾の似合わない女だということがどうにも、バレてしまいそう。
 例えそうだとしても、命の恩人にそんな薄情なことはしないよ。

 僕と話すことなんて、無一文でもできるけれどね。」

相手の笑みをこちらの笑みで受け止めながら、誘われるがままに斜面へと向かい。
へぇ、と少し感心するような言葉を漏らしながら、極めて自然に彼の手を取って。

もちろん、自分一人で歩むこともできるし、先頭に立って歩くことだってできるけれど。
誘われたのだから、相応しい立ち振舞をしなければいけない。

淑やかな乙女となって、エスコートされるとしよう。

ヨキ > 「それとも君こそが、狼を仕留める猟師であったのやも知らんな。
 この狼めの腹を開いたなら……哀れなご婦人たちが出てきたりして」

自らの腹を示すように、緩く手を広げてくすくす笑う。

「だが君の宝石のような言葉を詰め込まれて井戸に落ちるなら、それはそれで悪くない」

視線を流すように霧依に背を向け、歩き出す。
霧依が自ら手を伸べてきた時点で、彼女の自立した精神を察するのがこのヨキだ。
取られた手を握り返す様も、また自然なものだった。

歩くことに慣れた二人の足には、手を突くほどですらない斜面を歩いて上ってゆく。
手を引くヨキの足取りは、霧依の足がもたつくような無様をしないことに気付いている。

辿り着いた岩山の頂上は、鳥が緩やかに飛ぶほどの高さがある。

「この位置でないと、見えない空だ。
 君の目に、美しく映ってくれるといい」

――広がる空は、まるで海を天上に仰いでいるかのように深かった。
地平から滲む光が赤味を帯びて、荒野を鮮やかに縁取っている。

拡散する光が揺らめいて、空の色彩を掻き乱す。
天に向けて立ち上るオーロラが、遊色を呈して虹に似ていた。

世界中、どこにでも訪れる空の変化だ。
だがどこにもない色と光の動きだけが、この転移荒野が何らかの異界に等しいことを伝えている。

霧依 > 「宝石となると恥ずかしい。言葉が詰まって出てこない。
 色とりどりではあると思うけれど、キラキラ輝くかは分からないな。」

相手の手を取って歩けば、すぐに感じる。
手を取って引く強さやバランスで、相手の意図はわかるもの。
心配して強く握り、何度も振り返るようなこともなければ、別に好きに掴んでいればいい、というような放ったらかしの雰囲気も無い。
相手の手を少しだけ握り返して地面を登り切ると、その光景にしばらく何も言わぬまま。


先程まで、死ぬような目に遭っても黙らなかった女は、一言も発しない。
そう、暫くの間押し黙って、言葉を探しているようで。


「きっと。」

ようやく口を開いた。手を握ったままに、その光が橙と緑のグラデーションを描いた頃に。

「きっと、これは人が見てはいけない。
 少なくとも、僕は見るべきではなかった。」

さらりとした声で呟いて、目線を伏せて。

「僕はきっとこの島で死ぬよ。 予感がある。

 このような光景があるなら、きっと僕は止まらない。
 馬鹿は死ななきゃ治らない。」

感動を、心の機微を言い表す言葉を持ち得ていない。
人間の言葉なんて不自由なもんだな、と内心思う。

「二つ言わせて欲しい。

 素敵なプレゼントをありがとう。
 そして、やっぱり貴方は狼だ。 心が食べられてしまったよ。
 罠にかかったのなら、猟師でもあるのかな?」

振り向いた女は、相変わらずの力の抜けた表情で笑う。

ご案内:「転移荒野」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 「ならば……宝石というより、飴玉だろうかな。
 そちらの方が、宝石よりは甘くておいしい。
 石って、呑んでも満腹にはならないものなんだ。腹がイガイガするばかりでね」

軽い調子だが、冗談ではないらしい。
空腹に堪えかねて、石を丸呑みでもしたのだろうか?

――そうして。

手を繋いで仰ぎ見た空の色を孕んだ大気が、全身を包み込むような感覚。
地上に接した足以外、身体のすべてを宙に明け渡しているかのような浮遊感。
それを繋ぎ留めているのがこのヨキなのだと言わんばかりに、しかと握られた手。

霧依が口を開くまで、ヨキは何も言わなかった。
彼女が徐に言葉を発すると同時に振り返る顔は、変わらず穏やかで優しい。

「……どういたしまして。
 この光景を君に見せようと決めたのは、紛れもないこのヨキさ。

 君の心を奪うつもりで、ここに登った。
 きっと、何かしら響いてくれるものがあるに違いないと思ったから」

低い声が二人の間を通り抜けても、視界いっぱいに横たわる静謐はびくともしない。

「この空は、見るたび色が違うんだ。
 ヨキが今日の色と光を見たのは、これが最初で最後だろう。

 だから、君も覚えておくといい。君はこの空を、ヨキと共に見た。

 ――ヨキが愛する、常世島へようこそ」

それは、旅人を誘惑する悪魔の囁きだ。

「このヨキは、君の腹に石を詰め込むような残酷な真似などしないさ。
 君が自ずから井戸へ落ちてゆくように――ただ仕向けるだけだ」

霧依 > 「いいな。
 いつかは色とりどりの、それでいて味の違う、飴玉のような言葉を発したいものだね。

 さすがの僕も石は飲んだことが無いから分からないけれど、
 僕も甘くておいしい方が好きかな、飴も言葉も添い寝の相手もね。」

減らず口はソレを最後に止まってしまって。
相手の言葉に、ふふ、と僅かに微笑む。

「見る度に色が違う。
 味わう度に味が違う。
 この島は紛うこと無く生きている。

 厄介な場所に来たものだ。
 厄介な人に会うものだ。

 優しく触れるだけで、僕が自分から井戸へ縄を垂らすことくらい、
 分かってしまっているくせに。」

唇を少しだけ尖らせて、拗ねたように言葉を漏らし、笑う。

「先生、夜になる前に帰ろうか。
 今日、これ以上見たらここから離れられなくなってしまうから。
 流石に、まだ死ねないよ。

 すっかりアイツに力を吸われて、足腰に自信が無いものだから、
 部屋まで送って貰えないかな。」

さらりとした声のままに、熱のこもらぬ、中性的な文言のままに。
しゃなり、と雰囲気を寄り添わせて。

柔く甘える言葉を投げる。 甘え下手か、甘え上手か。

ヨキ > 「ヨキは好きな相手には甘いつもりで居るが……どうかな。
 人によっては甘すぎたり、噛み砕くと中から苦い味が染み出してきたりして」

霧依の微笑みに、じわりと充足を滲ませる。

「もうずっと、ヨキはこんな風に厄介者をやっている。
 島に惹かれた者を飲み込む、大きな口として。

 君は島の住人としても――それからヨキの獲物としても。
 随分と適格だったようだ」

拗ねた調子を作って尖らせる唇に、秘密を分け合う子どものように笑う。

「……ああ、送ってゆこう。
 夜になって荒野の星を見たら、君の魂が空に盗られてしまうような気がして。
 一度掴んだ手綱を、手放してはなるものか」

ふっと目を細めて笑い、繋ぎ合った手の指を絡める。
人より一本指の足りない、それでいて人より大きな手。

「困ってしまうな。
 もしも抱き上げたりすれば、ヨキはきっと君の部屋まで辿り着かなくなるだろうから」

その言葉のとおりに、霧依の手を取ったまま、再び歩いて斜面を下ってゆく。
足腰に自信がないと彼女が嘯いたとおりに、僅かばかり緩やかな歩調で。

不恰好な飴玉のように甘い言葉を交換し合いながら、帰途に着く。
彼女が暮らす寮の近くでするりと離された手の余韻は、まるきり夢のあとに似ていた。

ご案内:「転移荒野」からヨキさんが去りました。
ご案内:「転移荒野」から霧依さんが去りました。