2015/07/07 のログ
ヘルベチカ > 「可愛くない。やめろ。俺の頬はビーズクッションじゃない。突くな。破れる」
最早自分の運命に関して達観し始めた感が有るためか、なんとなく反応が雑である。
ネイルされた惨月の爪先が頬にゆるゆると食い込むためか、僅か眉間に皺が寄って。
「別に呼び方は好きにしたらいい。俺が呼ぶのが得意じゃないから白露さんって言ってるだけだし」
一方的に誂われている感があるが、そうこうする内にやってきた女性の手の中にあるものに、
少年は口を「お」の形に開けた。
頼むまでもなく出てきた、ティーセット。
もしかすると、白露の行きつけなのだろうか、と思って。
「ここよく――――」
言いかけたところで、惨月と言葉が被ったので、口を噤んだ。
「あ、ごめん。ありがとう」
自分の分も、カップへ注がれた紅茶。
頭を緩く下げれば、ふわり、と鼻に届く柔らかい香り。
すん、と鼻を鳴らした。猫耳がぴくぴくと震えて。フレーバードティーではないように、思う。
「……ロマンティックな名前の店だな。でも、名前と違って、蜂蜜押しのメニューばっかりとかじゃ、ないんだ」
すんすん、と数度鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。紅茶の香りの裏側、店の匂いを探るように。
「なるほど。来るまで、何が出るかわからない。行列のできる店じゃないけど、ファンの客が付く店だ」
感心した、というように、数度頷く少年。その目にどこか、商売気のある色があった。
こちらへと勧められたカップ。軽く手を掲げて礼を言ってから。
砂糖とミルクには、緩く首を振った。ストレート派のようだ。
カップの取っ手を緩く握って、揺らしたところで。

「…………デートで来るなら、いい店なんだろうな」
突然の不意打ちに、一瞬黙ってから、そんな憎まれ口。
一瞬、警戒を解きかけていたことに、危機感を覚える。
惨月の目を、じぃ、と見返して。
「そういうのは、黄色い声あげてた連中に言ってやれ」

惨月白露 > 「でしょ、だからよく来るんですよ、ここ。」

彼の言いかけた問に答えるようにそう言ってくすっと笑うと、
自分の紅茶に少しだけ砂糖を入れてかき混ぜると、一口。
長話で乾いた唇が潤うと、カチャリ、とティーカップを置いて一息つく。

「他人行儀なのはあんまり好きじゃないんですよね。
 ほら、なんか距離を感じちゃうっていうか、ちょっと不安になりません?」
『なので、私はネコちゃんで。』と言ってへらへらと笑った。

「蜂蜜押しのメニューではないですけど、
 蜂蜜酒は売ってますよ、奥さんの自家製で結構美味しいって聞きますね。
 ……お土産にどうですか?」

商売っ気のある彼の瞳に、
「折角の穴場なんですから、あんまり口外しないでくださいね?」と釘を刺していると、
店の奥から甘い香りが漂ってくる。

「ネコちゃんに素敵な彼女が出来たら連れてきてあげるといいんじゃない?」

そう言いながら片目を伏せると、くすくすと笑って、紅茶を口に運ぶ。

「嫌ですよ、遠くからみてキャーキャー言いたいだけで、
 誰か一人に手をつけたらすぐにほかの人からネチネチ言われるんですよ?
 まったく、モテる女の子は辛いですね。」

そう冗談っぽく笑うと、首を振った。

ヘルベチカ > 熱いものが、頭についた耳のとおりにあまり得意ではないのか、ふぅ、ふぅ、と数度紅茶へと息をかけて。
一口、啜る音を立てないように口に含んで、飲み下した。
鼻で一度呼吸をしてから、はぁ、と口から息を吐きだして。
「美味しいな」
カップの中へと目を落とす。丁寧に入れられたそれ。
「普通は距離が最初から近いほうが、不安になるんじゃないのか?
 俺も空気は読めないって言われる方だけど、人との関わりが、
 徐々に距離を詰めるものだってことくらいは知ってる」
視線を惨月から外した。テーブルの上、砂糖壺の滑らかな曲線を視線が追う。
再度、へらへらと笑う惨月の目を見て、その耳を見て、目を見て。
「だから、白露さん。好きに呼んでくれていい」
「ところで自家製の蜂蜜酒って密造じゃない?いいの?あーでも醸造の資格とってればいいのか……
 いや、ていうか未成年だから。飲めないから。飲めるの?ていうか何歳だ白露さん」
今更ながら問いかける。この島であれば、このなりで100歳やらの桁に乗っていてもおかしくはない。
「口外はしないよ。まぁ、そうだな。彼女が奇跡的にできることでもあれば、
 白露さんが居ない日を見計らって連れてくるわ……」
現実味の全くない発言故に、声色にやる気が感じられない。
漂ってくる甘い匂いを、深く呼吸して吸い込んで、紅茶を啜って。
鰻の匂いで白米食べてるみたいだな、なんて頭の隅で思いながら。
「全員に全く同じように対応すれば、ネチネチ言われないらしいけどな。
 全員無視するか、全員相手にするかだから、同じな割に大変だけど
 ていうかネチネチ言われたのか。おっそろし」
口をへの字に曲げて、やだやだ、と首を振る少年。

惨月白露 > ふーふーして飲む彼を見て苦笑しつつ、頬を掻く。

「アイスティーのが良かったですか?
 まぁ、そっちのほうが良くても、ここ、選ばせてはくれないんですけどね。」

『美味しい』と呟く彼に満足そうにほほ笑む。

「今日は普通の紅茶でしたけど、
 たまにフレーバーティーも出てくるんですよ。
 お菓子に合わせたお茶が出てくるので。」

『ホット、アイス、フレーバー、ミルク……まぁ、色々ですね。』と
指を折りながら付け加えつつ、じゃあ好きに呼びますよ、と笑う。

「『昔ながらの』ってやつですよ、法律的に言えば密造酒です。
 でも、このお店の雰囲気を見て、それでもバカ真面目に取り締まろうなんて人は居ないですよ。

お菓子を焼く甘い香りが漂う店内、古い家具の数々と、
生花で彩られた窓辺から差し込む路地裏の弱い日の光。
店内で揺れている明かりは、かけられたカバーのせいで中身は見えないが、
恐らく、電気ではなくて火によって照らされた光。

まるで異世界のような雰囲気のその場所を、くるりと見渡すと、くすっと笑う。

「えー、いくつに見えます?」

そんなこの場所では全く意味のない返答を返しつつ、
やがて運ばれて来た、旬のブドウとマスカットを使ったチーズケーキに、
備え付けられていたお洒落なフォークをさし入れた。
柔らかいチーズの層を抜け、タルトの層に至ったフォークはそこで一瞬止まるが、
そのまま一口分を切り出すと、それを口に運ぶ。

「恋人候補もいないなら、立候補しちゃおうかな。」
『一緒にネチネチ言われましょうよ。』と冗談っぽく笑った。

ヘルベチカ > 「いや?ホット好きだよ。あっつい状態が苦手だから、ちょっと冷まして飲むだけだ。おいしいよ」
冷ましてはこまめに口に運んでいる所を見ると、気を使っているわけでは無いらしい。
そもそも先程からの対応を見るに、気を使えるかどうかも疑問なポイントではあるが。
「アールグレイとか、好き嫌いあるから、嫌いな人は外れの日に来ちゃったら大変だな……」
言葉を見ると、少年自体は紅茶の好き嫌いはない様子で。
温かいものが腹に入ったからか、少しばかり先ほどまでより穏やかな声色。
「密造じゃねえか、っ、と」
声を荒らげはしなかったものの、ちらり、と視線を店員が消えていった方に向けて。
そちらから刃物を持った怖い人が出てこなかったので、安心した様子で紅茶をもう一口。
「まぁ、落第街に行ったら、密造酒どころじゃないのが山のようにあるし、風紀やら公安もここまで目は向けないか……」
まるで欧州の古民家のような店内。
ちらちらと瞬くように揺れるランプへと目をやって。
揺蕩う光に、一瞬目を奪われて、離した。
問いかける相手を正面から見て。
「32」
本当にその年令だとすると、中々にアウトな発言を、ためらう様子もなく、ずばん、と叩きつけた。
そのまま、相手の反応を伺うでもなく、運ばれてきたケーキに目を落として。
「ん。美味そう」
唾液を一度、こくり、と飲み下す。
チーズケーキ、その上の柔らかな層を、フォークの先端が少し掬って。
タルト部分は削らず、そのまま、口へと運んだ。
口の端に浮かぶ、僅かな笑顔。紅茶を一口飲む間に消えた。
「立候補されるなら、その頭の耳外すか、もっと素の白露さんになってから来てくれません……?」
げんなり、とした顔で、チーズケーキをぱくつく。
男であることを隠そうともしていないので、食べっぷりも良い。

惨月白露 >  
「美味しいなら良かったです。
 紹介しておいて期待外れーとかだったら嫌ですしね。」

好みと外れてしまってはという言葉には、
『ま、それもまたこのお店の良さですから。』と漏らしながら、
紅茶を手にくるくると回しながら、ゆっくりと飲んでいく。
彼もどうやら、紅茶の好き嫌いは無いようだ。

「密造とか言われたら店主の奥さんが悲しそうな顔するから、
 あんまり言わないであげてくださいね?」

困ったように笑うと、注文の品を作り、届け終えたせいか、
最初に立っていた位置に戻っている店主のほうに小さく頭を下げる。
気にしないでくださいと手を振る彼女に笑顔を返すと、視線を戻した。

「あはは、それはなかなか手厳しいですねー。」

彼のその遠慮のない返答に苦笑すると
『16ですよ、学生証見ます?』と返した。

「やっぱり耳苦手なんじゃないですか。
 あと、アタッチメントじゃないんですから外せませんよ。
 というか、やんわりですけどフッてるのと一緒ですよね。それ。」

『折角好みの顔だったのに残念です。』とくすくすと笑うと、

ケーキをゆっくりと口に運びながら、
『えー、素とか知ったら結構引きますよ?』とさらに笑った。

ヘルベチカ > 「あぁ。地雷原でダンスしてよかったわ……このロケ弁マジ美味しい……
 いやロケ弁扱いはさすがにあれだ……旅番組で入ったお店の料理みたいなアレ。なんていうんだろ」
量の減った紅茶のカップをゆらゆらと揺らして。
次第に、冷ます頻度も減って、一口が大きくなってきた。

「自家製、って言えばいいのかもしれないけど、中々に自家製梅酒とはランク違うからな……」
別に密告したりとかはしないよ、と、パタパタと手を降って。
店主へと、少年も頭を下げた。

「いや、何歳に見えます?って聞く人って大体30代のイメージあるから。
 勝手だけど。だから、せめて前半にした」
学生証、と言われれば、ゆるゆると首を振って。
「そんなん、スキャンするわけでもないんだから、見ても意味ないだろ。
 見た目だけそっくりな学生証なら落第街でいくらでも売ってるし、だから二級学生なんて呼ばれてる奴らも居る。
 名前だって、年齢だって、性別だって、なんだって。紙面での証明なんて、ここじゃ難しい」
図書委員会、という立場にあって、紙から成る書物を管轄する少年は、そんな台詞を吐いて笑って。
視線を生花に包まれた窓、その外へと向けた。
「苦手じゃないって。耳付けてて愛想いいやつが信じられないだけだって。言ったろ?
 だから振ってないよ。素になるのが耳取るのと同じくらい無理ってんなら、そうなるけど」
タルトは気づけば、皿の上から消えかけている。
男子らしい食べ方らしく、早い。味わっていないわけではないだろうが。
一口分残して、一度少年はフォークを置いて。
「別に本性知って引くのは、いいんじゃないか。引いて、その後近づく可能性があるってことだろ」
紅茶へ手をのばそうとして、止めて。
少年は口元を隠すように、手を唇の廻りへと当てる。
唇の横、付いていたタルトの欠片を指先で抑えれば、舌先で舐めとった。
「でも素じゃなきゃ、最期まで離れたままだ。
 最初っから距離が近いのは不安だけど。最期まで遠いのは遠いので、
 なんか距離を感じて不安になるだろ」
偽って近くにいても、偽り分だけ中身で遠くなる、と笑って、少年は紅茶を啜る。

惨月白露 > 「食レポならもう少し「美味しい」だけじゃなくて、
 『口の中で溶けていきますー❤』とか言わないとダメじゃないです?」

白露のケーキもまた、ゆっくりとではあるが確実に減り、
目の前の彼と同じく残り一口という所まで来る。そこで一旦、フォークをとめた。

「まぁ、別に密ぞ…自家製だからって体に悪かったりはしないですし、
 それに、奥さん、悪巧みするような性格でもないから平気ですよ。」

そう言って紅茶を一口飲むと、
『確かに、あんまり若い子は言わないかもしれないですね。』と笑う。

「確かに、疑うのは大事だけど、何でもかんでも疑って生きるには、
 この学園には疑わしい部分が多すぎて疲れません?
 そうやって真面目に過ごしても損しかしないのがこの学園じゃないですか。」

その言葉は、彼がこうして丁寧に話していたり、
熱心に勉強していた姿を否定するかのような言葉。
その灰色の瞳に一瞬影が差して、店の明かりのように揺れて消えた。

彼がなめとる指を目を細めて見て妖艶に笑みを浮かべると、
自分はケーキと共に運ばれてきていたハンカチで口元を拭った。

「確かに、そうかもしれませんね。」

ただ目を細めて彼を、そして自分を嘲るように笑って、
彼の一連の言葉に一言だけそう返すと、タルトの最後の一切れにフォークを刺し、口に運んだ。
それを紅茶と共に飲み込むと、彼の皿の一口だけ残されたタルトを見る。

「―――随分と話し込んでしまいましたし、そろそろ帰りましょ、ネコちゃん❤」

『素』については結局何も言わず、ただ口元に微笑を浮かべて彼にそう提案する。

ヘルベチカ > 「濃厚な味わいのチーズが口の中でほろほろ融けてとっても美味しいです♥」
どこからその愛想の良さそうな声が出てきたのだ、というような声でリポート的なセリフを吐いて。
「これでノルマ果たしたから後は普通に食っていいな……」
再び、ぶっきらぼうな言葉とともに溜息一つ。

「まぁ、結局飲むのは自己責任だから、その辺の危険性も織り込んで―――いや飲まないからな?未成年だからな?」
危うく流されて普通に飲む人みたいな扱いされるところだった…と胸を撫で下ろして。

「生きるために生きるんなら、適当こなすのがいいかもな」
じわり、と。滲むように見えてきた、相手の丁寧さの合間から覗く意思。
それを見て、少年は、猫耳を震わせて笑って。
「白露さんは、隠してたほうがいいって思うなら、
 それはきっと白露さんにとっては正しいんだと思う」
不意に、ランプの炎が揺れた。
少年の顔、凹凸が作る陰影がゆらゆらと揺蕩って。
影に隠れた瞳が一度、窓から差し込む光を反射したように輝く。
「でも俺はまだ餓鬼だから、そういうの嫌なんだよな。
 何かがあって、そのために自分は生きてるんだと思いたい。
 死んでるように生きたくないんだ。まだ17なんだよ俺」
後頭部をがりがりと掻いて。チーズケーキの最後の一口をフォークで刺せば、口の中へと放り込んだ。
咀嚼し、紅茶で喉の奥へと流しこむ。
あれだけ濃厚な味わいだったチーズケーキも、もう、余韻だけ。
「あぁ、確かに随分長くなった。いい店を教えてくれた。委員会の合間に来れそうだ」

ありがとう、白露さん。

少年は惨月をそう呼んで。緩く頭を下げた。
「お礼に奢るよ。土産までは持たせられないけど」

惨月白露 > 「ネコちゃん、案外ノリいいよねー。」

そう言って彼の食レポを笑い、紅茶の最後の一口を飲み干すと、
『ふぅ』と小さく息をついてティーカップに置いた。

「ふーん、ネコちゃんって初見の印象だと、
 もっと冷めた感じの人かと思ってたけど、案外熱い所があるんだね。
 さすが男の子ーって感じ。そういう人は好きだよ、私。」

『ま、ネコちゃんはネコちゃん、
 シロちゃんはシロちゃんって事にしときましょう』と人懐っこい笑みを浮かべた。

彼の提案に満足げに笑うと、御馳走様、と伝票を彼に手渡した。

「―――女の子とお茶しに来ておいて、
 ワリカンにしようとか奢らせようとか言い出したらどうしようかと思った。
 じゃあ、遠慮なく御馳走になりますね。御馳走様❤」

『ネコちゃん、空気読めないですし。』と付け加えて笑う。
価格は店の雰囲気や味に反してとても良心的で、表通りにあるカフェテラスよりも安い。
どうやら、この店によく来るという彼の懐は潤沢というわけではないらしい。

「私も、ネコちゃんのお蔭でいいお茶の時間になったよ、ありがと。」

お礼するように手を振ると、
彼に会計を任せて先に店から出て行った。

ヘルベチカ > 「流石にお気に入りの店を突然血風呂にしないだろな、って思ったら気抜けてきた」
されたらされた時、と開き直ったらしい。
少年も紅茶の最後の一口を飲み干して。
カップの底に僅か残った澱を見て、瞼を伏せた。

「普通の人に比べると冷めてるかもしれない、とは思うよ。
 それでも、どうにも冷めきれないけど。学生だしなぁ」
溜息を吐いて、惨月から視線を逸らして。
首元をがりがりと掻いた。

受け取った伝票。そこに書かれた数値を見て、一度頷いて。
「別に付き合ってるわけでもなし、割り勘くらいなら普通にあるのでは…?」
その辺り疑問に思いつつも、首を傾げながら店主の方へと向かう。
それを見届けること無く去ろうとする惨月へ、ちらりと視線だけをやって。
「あぁ。それじゃあ。白露さん。次は注意じゃなくて声かけられるよう祈ってるよ」
相手の背中へ向けて、ひらり、と手を振った。
ポケットから取り出した財布の中身で、問題なく払い終えた。
少し軽くなった財布を再びポケットへと仕舞いこんで、ぐいっと伸びをして。
「さて。仕事戻らないとな」
店主へと軽く頭を下げて、また来ます、と声をかければ、少年も店を後にした。

惨月白露 > 『カラン』と扉のベルの音を立てて外に出てしばらく歩くと、
近くに寄りかかって『はぁ』とため息をつく。

「ったく、ちょっとお茶御馳走になるだけのつもりが随分と話し込んじまった。」

最近どうにも媚びても通用しない相手が増えてて、
なんか悔しかったからお茶に誘ったら、随分と話し込んでしまった。

「……まったく生きずらい世の中になったもんだな。マジで。」

彼の言っていた言葉を思い返すと、
自分の学生証を取り出してみて、瞳を伏せる。

「―――生きる意味とかそんなん知らねーよ、今は生きるだけで精一杯だっての。」

『ほんと、ばっかみてぇ』と笑ってその偽装された学生証をしまうと、
携帯電話で時間を確認して、落第街のほうへ歩いて行った。

ご案内:「洋菓子屋『リュヌ・ド・ミエル』」から惨月白露さんが去りました。
ヘルベチカ > 図書館へと戻れば、エプロンのポケットから取り出した荷物タグを、カウンターのゴミ箱へと放り込む。
そして、足を運んだのは先ほど惨月が座っていた席。
先ほど机を叩いたとき同様、カウンターからまっすぐに辿り着けば、その横を通りすぎて。
そのまま真っすぐ。そして行き当たった壁。扉が一つ。
ノブを握れば、何かを認証した。鍵の開く音。
そして、静かに、密閉の解かれる空気音。
扉と枠の間。ゆっくりと隙間が開く。
少年は扉を開ければ、書架の中へと入っていった。
閉じた後。どこか遠くから、空気音。密閉される音。

ご案内:「洋菓子屋『リュヌ・ド・ミエル』」からヘルベチカさんが去りました。
ご案内:「犬飼宅」に犬飼 命さんが現れました。
ご案内:「犬飼宅」にヴィクトリアさんが現れました。
犬飼 命 > 今年の梅雨明けは遠い、今夜も雨模様だ。
おまけに遠くで雷が鳴っている。
荒れそうだ……。

自宅のリビングのソファに座り、隣には寄り添うようにヴィクトリア。
手にした端末は予備ストレージに繋がっている。

先日入手した情報を閲覧する。
兄は公安委員会の第十三特別教室に所属していた。
ロストサインに二重スパイとして潜り込み任務を終え……。
無事処分されたということ。

知ってしまえばあっけないものだ。
この処分というのはいわゆる『死亡』を意味しているのだろう。

「……たっく何なんだよこの十三教室ってのは」

モヤモヤした気分で頭を掻く。
ヴィクトリアがヤバイと言ったのだ。
十三教室を探るというのはそれほど危険なものだとは理解した。
情報を抜き出して今のところは何もない。
藪蛇をつつくのはやめたほうがいいのはわかっていた。

ヴィクトリア > (……ばか、言うなよ。)
【小声で耳打ちする
とりあえずあれから家のスキャンはしたし、とりあえず盗聴の心配はないが
委員なら十三教室の名前は出さないのが通例だし言っちゃいけない
噂話として流せる状況じゃないならなおさらだ】

(いつ死んでおおかしくないって覚えとけ)

【正直、一応無事だったし、すぐに何もこないということは、もしなんかあった場合でも何らかの理由が働いてるということになる
そう言う意味ではたぶん、マズいことがあってもただ何もなかったことになるというのは考えにくいところはある
とは言え口にだすのは良くない、うまくいっていたとしても、だ
一般生徒の噂話としてすらあがるべきではないのだから
「無い」ことには「かかわれない」というのが本来正しいのだから】

つーかさ、マズいのは、だ
いま命がこーやって首輪付けられてるってことだよ
全然無事に終わってなんかねーだろ
無事ってのはお前に何も影響がないってのを無事ってゆーんだよ
だから何も終わってないし、ついでにゆーとたぶん命にはこの件に関わってほしくないってのがいろいろ見え隠れしてる

【そう言う言い回しには目ざとい彼女は淡々と結果を言う】

だから、無事じゃない状態でまるで終わってないってことだろ

犬飼 命 > 「あぁ、そうだった……。
 忠告ありがとな」

ヴィクトリアの頭を優しく撫でた。

たしかにその通りだ、この首輪はまるで真相を遠ざける様に機能していた。
兄の死から遠ざけるためだろうか。
それとも兄の所属していた十三教室から遠ざけるためのほうが近いだろう。
だがその場合、知ってしまったらこの首輪の意味もないのではと頭を過る。
手が取り外せない首輪へと伸びた。

「ゾッとしやがるぜ……」

この先一体何があるか知り様もない。
だからといって卒業まで怯えて過ごすのは気に食わない。
覚悟は必要だろう。
それに二人でずっと一緒にいると約束したのだから。

「雷か……近くに落ちたか?」

突然の轟音、電灯が消えて夜の闇に包まれる。
停電だ。
近くの家の明かりすら見えない。

「大丈夫か……ヴィク?」

ヴィクトリア > 【さすがにこの件はヤバすぎて翔やメア、アスティア、園刃たちには教えらんない
いつ車道に突き飛ばされたり、階段から都合よく落とされないとは限らない
それだけならまだしも、さらに周りの連中に飛び火する可能性があるのがヤバイ

そんな日常にさせる訳にはいかないから、私兵やボディガードとして頼んだ連中には今回の件は教えられなかった
……こういう時使わないでいつ使うんだよ?
そう言われそうなのはわかっていたが、もし頼めるならこの後、十三教室と直接関わりあう部分が終わってからだと考えていた
単に犬飼の兄貴の件が深まっただけなら、日常が侵されるわけじゃない
だから捜査が次の段階に進むまでは2人きりだ

……そして……停電?
心配し過ぎだろうか
だが、もし動くなら都合がいい……そもそも人為的にそういうことが出来るかもしれないのだから

だから、犬飼に抱きついた】


うん、大丈夫……

【そして、そのまま耳打ちした】

(命……自然現象じゃなければ、来るぞ
実は何も無いんだと有りがたいけどな……雷の停電ってのはな、周囲まで全部ってのは案外無いんだよ)

【雷の停電、というのは通常、電柱単位で来る
家のブレーカーのようなものが、電柱にもその他のシステムにもある
これが大きなところが止まるほど周囲が全て停電になるのだが、通常は家単位電柱単位程度で済むことが多いからだ

この手のことを調べてる時だ、警戒して困るもんでもない】

犬飼 命 > 犬飼の自宅は一階がリビング二階が寝室の構造になっている。
寝室は二部屋あり犬飼とその兄の部屋があった。

二階からガラスの割れる音がした。
風で物がぶつかったという訳ではなさそうだ。
緊張が場を包む。
つばを飲み込んだ。

(堂々とのお出ましで……)

声を潜めてつぶやいたがそれ以上は声を発するのをためらった。
床が軋む音がする。
まっすぐこちらへと向かってきているようだが真っ暗闇でうかがい知れない。
ただ、階段を降りてくることだけはわかっていた。
視線だけが向いていた。

異様な空気だ。
やけに冷たいような気がする。
気温が下がったわけではない、肝が冷えるといった表現が正しい。
足音が一歩一歩と近づいてくるたびに寒さを感じる。

呼吸が荒くなる。
その音で位置が知られてしまうのではないかと口を抑える。
階段を降りる音が止んだ。
直ぐ目の前に何かがいるそれだけは解っていたが体が動かなかった。

ヴィクトリア > 【ヤバイ……!
ヤバイと言ってもどうにも出来るでもないあたりがヤバイ
所詮足手まといのボクと、格闘の心得がある程度の命だ、異能もどの程度なのかはしらない
そしてあの手合にはボクの権限は届かない

もっとヤバイのは……すぐには誰も呼べないということだ
呼んだら最後、ボクらと同じ目に合う……目撃者は全員なかったことになる
もしその手段を取るなら、個人でなく大集団である必要がある

いずれにしても……何の能力もないボクは命に任せるより他にない

息を殺し、きゅ、としがみつく
とりあえず動くぶんにはいつでも対応できるように】

犬飼 命 > 近くに雷が落ちる。
雷鳴でその姿が一瞬だけ見えた。
瞳が見えた。
感情のない、全てが凍りつきそうな瞳が。
そして犬飼に何かを向けていた。

銃声が不発響いた。

「……っ!?」

左肩と右足をピストルのようなもので撃たれた。
警告もクソもない、最初から撃つ気しかなかった。
そりゃそうだ、ここに来て何をするかだなんて『処分』以外の何物でもない。
迷っている時間もない、やることは一つだ。

「ヴィク……少しの間だけ離れてくれ。
 直ぐに終わらせる……」

ヴィクトリアだけを逃すというのは危険だ。
一人だけで来ているという保証はない。
外に待機されていたらそれだけでおしまいだ。
一緒に切り抜けるしかない。

暗闇の状況で視界が悪い。
そんなもの知った事か、人の姿をしていれば殴り倒せるはずだ。
凶犬の顔つきで拳を握ったが……。

犬飼の首輪が電流を放った。

「がぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

無残にも床に倒れこむ。
戦うこともなく、あまりにも都合の良い。
まるで筋書きどおりのようであった。

ヴィクトリア > あ……
【犬飼を見捨てられない、だからといって逃げられない
せいぜい物陰に隠れるのが関の山だが……当然、命のことを処分する余裕を与えることになる

おかしいだろ、何なんだよこれ

このタイミングで首輪ってことは……犬飼の上層部はコレを通したってことになる
つまり、風紀の上を通してきたってことだ、許可が出てる

じゃあ……隠れらんないじゃないか
動けない命を……見捨てられるわけなんかないだろ!!
となればやることはひとつだった】

~~~~ッ!!

【……とにかく無我夢中に体当りした
命が起きるまでの間、時間を稼ぐしか無い】

犬飼 命 > 「や……めろ……ヴィク……」

体当たりを受けて侵入者の身体がバランスを崩す。
ヴィクトリアの体当たり程度で崩れるのもおかしい話であったが、
やはり時間稼ぎにもならなかった。
ヴィクトリアの身体は容易く蹴飛ばされた。

何かぼそぼそとつぶやいている。
おそらくは通信であるが言葉は聞き取れない。
声が止めば何やら鉄が擦れたりするような音がする。
まるで何かを装填するような音。
銃に弾を込めているのであろう、そして銃口が向けられて。

(ここで終わりかよ……)

雨はいつしか止んで雲の隙間から月明かり。
窓から侵入した明かりは侵入者の銃だけをくっきりと浮かび上がらせた。
中折れ式のリボルバー、口径も非常に大きい。
人間の扱えるものではない、撃たれたら即死だ。

だがそれ以上に犬飼を戸惑わせたのは向けられた先。

「ぉぃ……待てよ……なんだよ……」

その銃口はヴィクトリアに向けられていた。

「……ふざけんなよ!」

ヴィクトリア > うああああっ!?

【所詮ヴィクトリアは軽いし、少女程度の運動能力しか無い
いきなりの行動というだけで、それ以上の事はできずに蹴り飛ばされる

やばいやばいやばいやばい

わかっているけどどうしようもない
なんだよこれなんだよこれなんだよこれ!
ボクの人生はこんなのばっかりなのかよ!?

だからって起き上がることも出来ないまま……できるのは目をつぶることだけだった】

犬飼 命 > 侵入者は公安委員会の第十三特別教室所属の「13th EAT 処刑暗殺部隊」であった。
彼らの任務は不都合な人物を『処分』することである。
それがたとえどのような人物であろうと速やかに執行される。

彼らの装備についてであるが特別な装備が支給される。

11ミリ処刑拳銃「ゲート・ノッカー」

特殊な銃弾を使用するために大型化された拳銃だ。
最も特別なのは使用される銃弾にある。
この銃弾は着弾時に小型の門を発生させる。
小型の門は消失とともに周囲の物体も文字通り削り取る。
生産にコストが掛かりすぎるために一つの任務に一発しか支給されない貴重品である。

だから使用する場合は、動けない相手を至近距離から狙い撃つ時に使用される。
今、動けないヴィクトリアに向けて撃つように。
そこに躊躇いはない。
静止の言葉も耳に入れず、銃弾が放たれた。

犬飼は見ていることしか出来なかった。

ヴィクトリア > ガ……キュッ!?

【変な声が漏れた
胸の感覚がおかしい、アラートとノイズがひっきりなしに出ている
胸に大穴があいている、火花が飛んで、紫電が走っている
左腕が吹き飛んだ

痛みはない

なんだ………………これ?

ボクの視界が、ヘンだ
ダメージ表示と状況のシグナル、計測数値と状況説明のログが流れている

ボクの胸からは機械の部品が見えていて、白い血が噴き出している

なんだ……コレ】

ナナナ……ナん…………ぎぴゅぅんっ!?

【しゃべろうとして、白い血を吐き出した
変な声が出た、ボクの声っぽくない……】

【ヴィクトリアはあまりのダメージの大きさにまだ状況が把握できていなかったが
犬飼から見れば、胸に大穴が空き、左腕が肩から飛び、傷跡からは機械とその破片がばらまかれ
動こうとしてがくがくと震えながら白い血を機械から吹き出させ、火花と紫電を弾けさせていた】

犬飼 命 > 「……なっ!?」

思考が追いついていなかった。
何が起きたのだと。
ヴィクトリアが撃たれて体の一部が吹き飛んだ。
現実だ。
しかし、目の前の光景は一体何なのだ。
ヴィクトリアの傷口から見えるのは……機械?

信じられない光景だ。
目の前に居るのは誰だ?
ヴィクトリアなのか?
だとしたらこの状況はどうなっているんだ?

混乱する犬飼に侵入者は歩み寄り首に手を当てる。
鍵のような音がして首輪が外れた。

もう、必要ない。

そういう意味なのだろうか。

「……待てよ……待てよっ!!」

体が動かない、どうしたらいいのかわからない。
状況を教えて欲しい。
だが侵入者は事を終えたのか去っていく。

「待ってって言ってんだろうがぁっ!!!!!」

叫びは虚しく響く。
そして電源が復帰して暗闇であったリビングに明かりが灯った。

ヴィクトリア > 【左目損傷……左腕損失……左胸部システム大破……動力炉大破……腹部サブジェネレータ損傷……循環器系ポンプ損傷
……各部機能緊急閉鎖……

ノイズだらけの視界にダメージログが次々と流れていく
もっとも、別に視界に影響はないし、ボクの表層意識とは別に自動に行われている処理だから問題ない

ボクの機能が低下したから、並列処理されていたものがこうして視界に出ているだけだ
つまり、こんなサブ処理までボクの意識が処理しないといけないって言うことは相当やばいっていうことになる

……なんでこんなことがわかるんだ、ボクは】

ぎ…………ピ…………

【声に出そうと思ったが、ダメージ処理の負荷がひどくて声すらまともに出ない
組織閉鎖と機能チェックが終わって予備電源に切り替えるまであと32秒は身動きも取れない

……なんだ、ボクは
何をしているんだ?】

犬飼 命 > 痺れる体を無理矢理に動かし、這ってヴィクトリアの元へ。
近づいても変わらない。
欠損したヴィクトリアの身体は機械の体で出来ていた。

「……おい、ヴィク……どうなってんだよこれ。
 何なんだよてめぇは……。
 一体何がどうなって……てめぇ……」

犬飼にしては弱々しい声であった。
目の前の現実が受け入れられていないのだ。

「答えろよ……。
 てめぇなんなんだよ……。
 てめぇは一体何者なんだよ!答えろよ!!!」

ヴィクトリアの右手を握る。
やはり人間と変わらない。
だというのに目の前の彼女は……。