2015/09/25 のログ
ご案内:「国立常世新美術館」に茨森 譲莉さんが現れました。
茨森 譲莉 > 「……えーっと、ここであってる?」

アタシは、目の前にある建物を見上げる。
手元にあるパンフレットの表紙を飾る写真と見比べて、
どうやらそれらしい雰囲気である事を辛うじて判別すると、よし、と頷いた。

アタシがこのパンフレットを手にしたのは本当にたまたまの事だ。
部屋に放り込まれるチラシなんていうのは、大抵は揚げ物の脂取りに使われて、
その後は燃えるゴミとして憐れにも本来の役割を果たす事も無く消えるのが常だが、
こうしてアタシをこの場所に導いた以上、このチラシは珍しくも本分を果たした、という事になるだろう。
チラシの端にくっついたままの割引クーポンをチラシごと手渡して入場料を支払うと、アタシはその美術館に足を踏み入れた。

美術館というだけあって、BGMすらなく、観覧者の足音だけがアタシの感覚器を刺激する。
それすらも気にならなくなると、アタシは作品の数々に静かに見入った。

茨森 譲莉 > そこに置かれた作品の数々、それは、異能によってつくられた芸術作品であったり、
はたまた、異邦人独自の感性、あるいは身体能力を生かして作られた作品が多くを占めている。

この世界に現れた異邦人そして、異能者、あるいは異能は、世界に大きな変化をもたらした。
それは勿論、様々な分野に波及しうる変化だ。物理学も、化学も、あるいは数学でさえも、
異能者や異邦人が現れる以前よりも大きく変化したと言えるだろう。

そして、そんな新たな風は、美術分野にも大きな変革をもたらした。
異邦人の地球人とは大きく違う感性は、美術に新たな思想を与え。
異能という新たな画材は、その新たな思想を形にする力を与えた。

この国立常世新美術館は、そんな新たな芸術を積極的に取り入れた美術館である。

―――以上、アタシが読んだパンフレットの概略である。

アタシはそれほど芸術に関して詳しいわけではないし、
謳い文句もたまたまライターがそう書いただけで、この美術館の全てではないだろうが。

とはいえアタシは、その「異能」が「異邦人」が生み出したという芸術に興味を持った。
そして、それを見る為にここに来た。当然、それらをより深く知る為に。

茨森 譲莉 > 順路に従って、お手を触れないようにお願いします、だとか、
撮影禁止だとか撮影OKだとか書かれた作品の数々を、時折足を止めて、ゆっくりと眺める。

「あぁ。」

アタシの口から思わず、そんな声が漏れた。
声が漏れたのに気が付いたのは、それがアタシの耳に辿り着いてからだ。
異邦人や異能によって生み出された芸術。特に、異能によって作られた芸術は、
アタシが知るような芸術作品の枠を超えて、神秘的としか言いようのない世界を作り出している。

―――アタシは、手を握りしめる。
異能、アタシには無い力、それは、こんなにも素晴らしい物を生むんだ。と。
それは、アタシが今までずっと感じて来た感情だ、それを、より強く感じる。
ふと目に入った、写実と抽象を綯い交ぜにしたような、畸形めいた植物のオブジェを見て、
この学園に来たばかりの頃に見せて貰った異能を思い出す。

金属で花を作って見せて貰ったというその出来事は、
いつまでも、いつまでもアタシの眼に焼き付いて離れない。

そのオブジェは特に心に残るわけでもなく、その出来事を思い出させただけで後方へ過ぎ去っていく。
アタシは、自分の心に浮かんだ気持ちの正体を知る事も無いまま、無言でただただ順路に従って足を動かす。

ご案内:「国立常世新美術館」に日下部 理沙さんが現れました。
日下部 理沙 > 新入生、日下部理沙は美術に疎い。
 
有名どころの画家の名前くらいはまぁ言われれば分かるが、代表作は? などと聞かれればもうお手上げである。
画家と絵が完全一致するものなど、かの有名なモナリザの何某程度であろうか。
それくらいに、理沙は美術やら芸術やらといった事には疎かった。
 
そんな、美術のびの字も知らぬ理沙が何故美術館にいるのかといえば、下宿のポストに突っこまれていたチラシに割引券がついていたからで。
ついでにチラシを読んでみれば、そこにあった異邦人の美だの何だのという謳い文句に食指が動いたからで。
そして、物は試しにと来てみれば、耳目を奪われるに十分な作品が山ほど展示されていたわけで。
パンフレット片手にそれらを夢中になって観覧すれば、それこそ耳も目も作品に向いているわけなのだから普段より注意力散漫なわけで。
 
ついつい、周囲に人がいる事など気付かず、無意識のうちに翼を大きく広げてしまっていた。
通行の邪魔というか、たまたま扉の前にいるもので、少し手狭なその通路を完全に塞いでしまっている。
だが、理沙当人は全然気づいていない。
順路を翼で塞いだまま、視線はただただ作品とパンフレットの間だけを往復している。

茨森 譲莉 > そうして、まるで夢遊病患者のように歩くアタシの目に、奇妙なものが映った。
それは、大きく広がった白い翼だ。

一瞬この美術館に置かれた前衛芸術の一つかと思ったが、
それはご丁寧に順路の端から端を横に広がって歩く女子高生のように封鎖している。
アタシの眼はその翼をなぞるように動いて、その根元に居る人影を捕えた。
……大きな翼、異邦人だろうか。視線はパンフレットと作品だけを往復していて、
その翼がアタシに見事にブロックを決めているのに気が付いている様子はない。

アタシは苦々しく「お静かに」という立て看板を見ると、
やれやれと首を振ってからその少年の肩を叩いて、顔を耳に寄せた。

「……あの、翼、邪魔になってますよ。」

アタシが邪魔だから退けというニュアンスは出来るだけ込めないように、
できるだけ小声で声をかける。近くから見ると、青い瞳が印象的な少年だった。