2015/10/20 のログ
美澄 蘭 > 「あのね…ちょっと、相談事があって」

やや躊躇いがちに切り出す蘭。

『あら、なあに?』

軽いノリで応じる相手。
陽が出ているうちの相談事…特に、「通話先の相手」への相談事ならば、心理的負荷の高いものではないと分かっているかのような対応だ。
その親しげな対応に、安心するような、少し困ったような笑みを浮かべつつ、蘭は話を続ける。

「…あのね、今度こっちの学校で学園祭があるの。
それで…音楽の授業を受けてる人が出られる発表会があるから、出ようと思って」

『あら、素敵じゃなーい!
そっちでもピアノ続けてくれてるみたいで嬉しいわ』

躊躇いがちな蘭の口ぶりとは対照的に、通話先の相手のテンションは一気に上がる。
もしかすると…ほんの少しだけだが、通話先の相手の声が外部の人間に聞き取りやすくなっているかもしれない。

美澄 蘭 > 通話先の相手の勢いは止まらない。

『それで、何やるの?』

如何にも期待を抑えられない風に問うてくる相手に、蘭は気圧されがちに苦笑しながらも

「ドビュッシーの「アナカプリの丘」と「沈める寺」よ。
…お母さんのアドバイスのおかげで「死の舞踏」も大分弾けるようにはなったんだけど…ちょっと、技術と表現を両立させるには時間が足りな過ぎて」

と答える。
通話先の相手…母、雪音は、そこにも落胆した様子は見せない。

『そっかー…まあ、蘭が納得出来そうにないなら仕方ないわよね。
「アナカプリ」はともかく、「沈める寺」は蘭らしいチョイスじゃない。

…それにしても、ランクの高くない授業に出てるって言ってなかった?先生からは随分背伸びした選曲だと思われたんじゃない?』

「まあね…『それが出来るんならもっと上のランクの授業に出ても良かったんじゃない?』ってからかわれたわ。
新しい生活にどこまで対応出来るか分からなかったのもあるから、って話はしたんだけど」

まるで見えているかのように、その上で無邪気に微妙なところをついてくる母に、蘭は困ったような笑いが顔から消えない。

美澄 蘭 > 『…でも、曲が決まってるんならいいんじゃない?
その上で相談事ってなあに?』

今度は、雪音が蘭に問う番だ。
蘭の顔から、困ったような笑顔が消えて真顔になる。

「発表会でしょう?…衣装の事よ。
こっちでおおっぴらな発表するか分からなかったから、小物も全部そっちに置いてきちゃったでしょう?
…それに、衣装の相談もしたかったから…」

『なるほどねー、相談ってそれのこと』

雪音は頷いたかのように間を置いた後、こう言った。
それは、蘭にとってはこの上ない爆弾となる。

『そうねー…靴はそんなに違うものもないでしょうし、いきなり新品履くのも危ないから送るわ。
…でも、蘭ももう中学校卒業して、16歳でしょう?

ドレス、自分で選んでみたら?』

「えっ」

完全に虚をつかれて、突拍子もない声をあげてしまう蘭。
数秒遅れてから自分が出してしまった声に気付き、周囲の目を確認するために辺りを見回した。

美澄 蘭 > 蘭の挙動不審な様子に、何人かが不審な視線を投げる。

「うぅ…」

通話に乗るか乗らないかというほどの小さな声でうめき、縮こまる蘭。

『どうしたの、蘭?』

母親は蘭の動揺もどこ吹く風で、「えっ」と素っ頓狂な声をあげて以来応答のない蘭に呼びかけている。

「………学校のロビーでかけてたのよ。変な声あげちゃったら気まずいじゃない」

ため息とともに、やや疲れた声で答える蘭。

美澄 蘭 > 『ああ、ごめんなさいねー』

謝ってはいるが、軽い。
まあ、母とその周囲にとっては軽く謝れるうちが華であることを蘭は「身を以て」知っているので、あまり追求する気になれないのだが。

『でも、蘭って発表会とかコンクールの衣装もそうだけど、良い服を買うときにも、最後に私の意見をあてにするでしょ?
…お父さんから「誕生日に服でも買いなさい」って言われて渡されたお金、まだ使えてないんじゃない?』

「…ぅ」

表情は完全に強張り、今度は、通話に乗る程度の声でうめく。
完全に図星だった。

美澄 蘭 > 『「自分で自分の装いを選んで、決められる」っていうのも、「大人」になるのに必要なステップの1つよ。
アドバイスを全くしないとは言わないから、まずは自分で選んでみなさい』

そう諭す雪音の声は、今までよりも優しい。
やっと、少し母親っぽい様子が見られただろうか。

『もし頼れる人がいるなら、衣装選びを手伝ってもらってもいいんじゃない?
まずはそっちで、動けるだけ動いてみなさい。私を頼るのはその後』

「………うん、分かった」

神妙な顔で、蘭は頷いた。

美澄 蘭 > ¥『もちろん靴はちゃんと送るから安心してね。

…ところで、その発表会って録画とか入るの?』

そして、明るいトーンに戻ってまた話を振ってくる雪音。

「そうね…基本的には録画が入って、希望者はそのデータをもらえるはずだけど」

『蘭が嫌だったら無理にとは言わないけど、出来ればそのデータもらって、こっちにくれる?
出来るだけ日程は調整するけど、多分家族全員は行けないから』

最後の方の雪音の声は、どこか無理をして明るさを作っているような響きがあった。

「家族全員は行けない」のであれば、一番可能性が高いのはほかならぬ雪音だからだ。
日程ではなく…「異能」の問題で。

「…お母さんに見せて恥ずかしくない衣装を見つけて、恥ずかしくない演奏が出来るように頑張るわ」

蘭は、そう言って笑った。
声だけでも…母を元気づけようとしているのが、距離を隔ててなお伝わるだろう、そんな調子で。

美澄 蘭 > 『………ありがと、蘭』

「いいのよ、せっかく親元を離れたんだしこの位は頑張らないと」

優しいトーンの、母娘の会話。

「…それじゃあ、また連絡するわね。
発表会、頑張るから」

『ええ、また。
色々楽しみにしてるわね』

そうして、親子の通話は終わり。

「………どうしよう………」

携帯端末の通話を切った蘭は、頭を抱えたのだった。

美澄 蘭 > 母にはああして見栄を切ったものの、この島の貸衣装屋についてはほとんど心当たりがない。
…そして、音楽を嗜む者はそれなりにいるにしても、「学園都市」の性質上、音楽家向けのドレスをレンタル出来るところというのはあまり多く無さそうだった。

携帯端末を使って、とりあえず情報をあさってみる。

美澄 蘭 > 蘭の予想が、あまり良くない方に当たった。
音楽科向けのドレスをレンタル出来るところは、ネットワーク上ではほとんど見つからなかったのだ。
学園祭やハロウィンが近づいているからか、仮装・コスプレのレンタルの方がまだ数が多いくらいだ。

(………「学園祭」っていう「お祭り」って考えてみたら、コスプレで発表会もあり、なのかしら………?)

などという、「蘭にとっては」愚か極まりない考えが頭を掠めるが…

(…曲目からすればあり得ないでしょ、何考えてるの?)

と、眉をひそめて1人で首を横に振る。

美澄 蘭 > 「………先生のところに行って聞いてみよう。
この島で音楽やってるなら、知らないわけないし」

というわけで、蘭の衣装選びは初っ端から大人に頼ることで始まったのだった。
…まあ、それで蘭の望む方向性に近づけるのならば、悪いことではないのだろう。

蘭はブリーフケースを手に取って立ち上がると、芸術系の実技教科を教えている教室棟に向かったのだった。

ご案内:「10月上旬、夕方の教室棟ロビー」から美澄 蘭さんが去りました。
ご案内:「祝祭の日の常世島」に三千歳 泪さんが現れました。
ご案内:「祝祭の日の常世島」に桜井雄二さんが現れました。
三千歳 泪 > ――――学園祭。

それはあらゆる生徒に等しく訪れる祝祭の日。

学園都市の四季折々の中でも、最大のイベントと称されるもの。
ほかの行事とは訳が違う。学園祭だけは特別で、別格中の別格なのだ。

だから、気が早い子たちは半年くらい前から準備をはじめる。
もちろんそれは極端な例。気持ちはわかるよ。お祭りだもんね。気合も入るってもんです。

三千歳 泪 > 特別な理由がなければ、普通は二、三ヶ月くらい見ておけば十分なはず。
今度の仕事の話が来たのもちょうど三ヶ月前くらいだったかな。
ここ一週間はずっとそこの手伝いをしていて、三日前にしてようやく完成!

何が?って、研究発表だよ!

B級グルメにライブにミスコン! 異文化体験のワークショップ!!
それもいいけど、日頃の研究成果をお披露目しちゃうハレの舞台がそこにある。
青春のカタチはひとつじゃないのだ。

激動の一週間は、過ぎ去ってみればあっという間の出来事みたいで。
………私の手には、約束された報酬とささやかなお礼の品が残されたのだった。

三千歳 泪 > これは、君と私と彼女の記録。
その第一声は桜井くんのケータイからはじまる。

《 10-33. 10-33. Sir, 緊急出動を要請します。我が主、三千歳泪の身柄が拘束されました 》
《 事態は予断を許しません。危険度はすでに棄却域を超過。一刻も早い救出を望みます 》

声はすれども姿は見えず。桜井くん愛用の端末から澄んだソプラノの合成音声が響く。
それは常世島の電子の海に溶けこんだ軍用AI《ゲレルト》の声。

―――桜井くん、私がピンチだってさ!!

桜井雄二 > ぼんやりとドクタースパイス(ジュースだ)を飲みながら通信端末を開く。
泪からだろうか。ロクに相手も見ないで開く。

「もしもし、桜井雄二です」

そこから聞こえてくる音声は、ゲレルト。
内容が頭の中に入ってくると左手の中の缶ジュースが凍りついた。

「……ゲレルト、状況の説明を頼む」

頭はクールに、心は熱く。
そう心がける。それでも体に渦巻く熱は、焦燥。

「島内だな? 1500秒以内に現地入りする、説明の後はナビゲートを頼む」

三千歳 泪 > 手のひらにのるほどの小さな端末にデータが流れ込み、急速に熱を持ちはじめる。
地図アプリがひとりでに起動し、地図上にひとつの赤いマーカーを落とす。

世紀の発見をした老科学者に引退した国家元首、キングオブポップに世界最高のファンタジスタ。
そんな外界からやってきたVIPたちがこぞって泊まる最高級の外資系ホテル。
マーカーが指し示しているのは、目も眩むような摩天楼の最上階。

三千歳泪はそこにいる。

《 Sir, 拘束者の経歴には―――いえ、犯行グループの指導者の名は「ドゥンヤザード」 》
《 中東某国でもとりわけ有力な鉱区を所管する王族……いわゆる《石油王》の一人娘です 》
《 身辺警護は現役の国家元首とほぼ同等。超法規的措置の危険性を勘案すれば、潜在的な脅威はそれ以上かと 》

地図アプリの画面が掻き消え、ホテル内の監視映像に切り替わる。
そこに映し出されているのは、最上階の開放型プールを貸切にして所在無げにしている褐色の少女の姿。
無数のSPが周囲を固め、あらゆる死角を消す十重二十重の防護が布かれている。
ホテルのロビーに途中階のフロアも同じく。

《 そこで、ドゥンヤザード自身の排除ではなく、まずは三千歳泪の身柄を分断することを具申します 》
《 ――――その前に、三千歳泪の現在の姿を確認された方がよろしいでしょう 》

監視映像がふたたび最上階に戻り、少女のすぐそばにある小さな物体を拡大していく。
遠目には福福しく太った鳥のようなシルエットをもつモノ。
それは『千夜一夜物語』の偽典に伝わる、かの有名な―――魔法のランプみたいな品物だった。

桜井雄二 > 地図アプリを開くと、見覚えのある高層建築物の地点。
なんだってあいつはこんなところに拘束されたんだ?

「ドゥンヤザード……シェヘラザードの妹の名前とはな」
「正面突破というわけにはいかないな……プランはあるか、ゲレルト」

ヘルメットを被りながら端末に話しかける。
SPの数はかなりのものだ。
多勢に無勢、真・魔人化したところで勝ち目は薄い。
そして仮に極大消滅波を戦略に組み込んで勝ったところで自分と泪の明日の平穏がなければ意味がない。

「……泪の身柄を?」
「おい、これはただのランプじゃないか。これが泪か?」
「なんともコンパクトな姿になってしまったもんだな……」

曲線が美しいのは変わらないが。
冗談で焦りを誤魔化しながら魔導バイクに跨る。
さほど遠くはない。が、急行する。

自分の大切な人が身柄を拘束されていてのんびりするほど愚鈍ではない。
圧縮した氷でバイクのシルエットを適当に変化させる。
自分のスーツもだ。濃密な氷で覆う。これで万が一どこかに擦っても氷の鎧で守られる。
……ついでにスピード違反も免れたい。
魔導バイクはフルスロットルで発進。

氷を纏った大型バイクは高水圧タッピングされた刃のような威容で街を走り抜ける。
現地へ疾駆る一振りの氷刃。

三千歳 泪 > 《 以前の所有者は《口碑伝承調査会》。シリア北部の都市アレッポの近郊で購入された品物です 》
《 三千歳泪の手元には―――今回の学園祭の支援要請にあたり、超過労働の代償として譲渡されました 》
《 材質は不明。照明器具としての実用性はありません。油を保持する容器が割れていましたから 》

《 ランプはたしかに壊れていたのです。三千歳泪は修復を図りました。その後のことは――― 》

客観的な視点があまりにも頼りなく、つかのま言葉を失うゲレルト。ややあって、言葉をつなぐ。

《 ……何らかの事象の改変が行われた形跡があります 》

《 私の観測が正しければ、ドゥンヤザードはランプの中から現れました。王族などではありえないのです 》
《 ドゥンヤザードは三千歳泪に願望の開示を要請しました。どんな願いでも叶えられると誘って…… 》
《 おとぎ話のとおりであれば、願望には三回の使用制限があるはず。ですが、ランプは元々「中古品」でした 》
《 三千歳泪の願望が開示された直後、彼女はランプの中へ消え、ドゥンヤザードが実体化を果たしました 》

行き交う人々の数は普段にも増して、学園都市は静かにボルテージ≒お祭りムードを高めていく。
フライング気味に手づくり看板を持って歩く生徒たちの一団が強風にあおられ、黄色い抗議の声をあげた。

《 ―――使用制限はたしかに三回。ですが、最後の願いの主は次のランプの魔神(ジン)になる 》
《 霊魂を演算子として駆動する無窮動の願望機。それが《魔法のランプ》なのだと……ドゥンヤザードが言いました 》
《 そして、これは私の仮説ですが……次の二回の願いを叶えたのでしょう。Sir, 結果はあなたも観測している通りです 》

模擬店の立ち並んだスペースを突っ切ると、一気に視界が開けて摩天楼が真正面に聳え立つ。

桜井雄二 > 「アレッポ? 石鹸の?」
それしか彼にとってアレッポという言葉から連想されるものはない。
だが。

「事象の改変……特一級魔術じゃないか」
「……どんな願いでも叶える…」
発想が人よりちょっと変わった泪のことだ。
どんな願いをしたかはわからない。
ただ言えることは、彼女はその願いの代償にランプに閉じ込められたということだ。

「ゲレルト、ここに来るまでの間にプランを11通り考えた」
「成功率が低いものを除くとこちらから提示できるプランは4つだ」

玄関を指差す。

「プランA、怪異対策室三課の面子をけしかけてその隙に潜入、あとはスニーキング」

裏口を指差す。

「プランB、ホテルの使用人に化けて紛れ込む」

人差し指を軽く振る。

「プランC、正面突破」

次に、振った人差し指を壁に向ける。

「プランD………」

苦笑いを浮かべた。まだ笑う余裕があるのか、俺は。

「……氷を使って高層ビルを上る。落ちれば死ぬが敵の盲点だな」

三千歳 泪 > 《 Sir, yes sir. 中東は物語の宝庫なのです。とりわけ宗教的マイノリティの伝承には稀少な学術的価値があります 》

電子の海に散らばる擬似的ニューロネットワークは奇矯な返答を冗談と介さず、淡々と補足するにとどめて。

《 三千歳泪は毀損された願望機を修復し、殺害された魔神を再生しました 》
《 裏を返せば、二度まで使ってランプを破壊すれば、《囚人のジレンマ・ゲーム》の円環構造は破綻を生じます 》
《 Sir, ドゥンヤザードはかつて人間であったと推測されます。同じ判断をする可能性はどれだけあるでしょうか? 》

生身の桜井雄二と同じ行動をとっている自覚さえもないままに、霊魂なき数理の心は問いかける。

《 Sir, あなたは同意を求めている様に感じられます。この場合の感じる、とは蓋然性の高さを示唆するものに過ぎませんが 》

《 ――――――断然。プランDかと 》

自己増殖・自律進化を遂げる夢のAIは冗談を介する。時にそれは論理回路に高貴典雅な妙味をもたらすのだ。

《 電子戦による側面支援はできなくなりますが、よろしいですか? 》

地図アプリに最上階の戦術地図が上書きされ、警護の頭数と同数のマーカーと脅威度の偏在が表示される。
その中枢、青く輝くたったひとつの光点を灯して。

桜井雄二 > 「中東か……興味深いが、その話は事態が収束してからゆっくり聞かせてもらおう」

首を鳴らして左側の冷気を高める。
メールを一斉送信。
相手は怪異対策室三課の友人、川添孝一と三枝あかりとステーシー・バントライン。
ホテルの前で少し騒いでくれ、事情は後で説明すると書いてある。
のってくれればあとで飯を奢るとしよう。

「ああ、見つかる危険が少なく直通の通路だ。プランDでいく」
「電子戦はやってもらう、ホテル正面で騒ぎが起こると同時にホテルに可能な限り同時に電話をかけてくれ」
「可能ならあちこちで電子機器の不調も起こしてくれ」

壁に手をかけ、左手が氷で張り付く。

「昔、一人で留守番している時に電話をかけられ、同時に窓ガラスに小石をぶつけられ、間髪入れずにドアを揺らされたことがあった」
「単なる兄のイタズラだったが、小さな騒ぎが同時に起きると人間、混乱が生じる」

左足を凍らせ、貼り付ける。
それを足場に左手を伸ばし、左足を溶かして登り、くっつける。

これを繰り返すだけだ。

もちろん、僅かでも異能のコントロールをミスれば落下して死ぬ。
左手と左足だけで男は高層建築物の側面を登っていく。
汗が凍りつき、あるいは蒸発する。
精緻なコントロールができる男ではあるが、こんなことに異能を使うのは初めてだ。

極限状態の頭の中に浮かんだのは、三千歳泪の笑顔だった。
泪の浴衣姿。
泪のウェイトレス姿。
礼装の泪に、そういえば……時間旅行の時に泪は泣いていたんだった。

今、彼女はランプの中でどんな表情をしているのだろう?

もし彼女が孤独をひと欠片でも感じているなら。
上る手に力が入る。

「必ず助けるからな、泪」

その声は強風にかき消されて消える。

 
 
しばらくして、男はビルの最上階に辿り着く。
SPがいないか周囲を見渡しながら慎重に動く。
気を抜くのは、全てが終わってからでいい。