2015/11/02 のログ
■茨森 譲莉 > 「あ、その、それは……。」
ヨキ先生は獣人だ、当たり前のように同じものが見えると思っていたが、
外見だけでなくて、そんなモノまで人間と違う。
―――素直に、申し訳ないと思って、アタシは頭を下げた。
「す、すみません、アタシ、そんな事全然知らずにこんな話して。」
ヨキ先生の目には、アタシの髪はどんなふうに見えているのだろう。
この屋台に置かれたものは、この学園祭は、どう見えているのだろう。
そんな事を気にするアタシに答えるように、明るい色に見える、と帰って来た。
若干気まずそうに後頭部を掻くヨキ先生に、アタシも苦笑いを浮かべる。
掻かれる後頭部の髪は、確かにアタシと同じ、ふわふわとした癖っ毛だ。
「確かに、犬だと投げるよりは投げられる側ですね。
………それじゃあ、アタシが挑戦してみますよ。」
小さく笑って、空気を変えるようにそんな冗談を一つ言うと、店員の学生に声をかけて輪を貰う。
ゆらゆら揺れる時計塔に狙いを澄まして投げた輪はピンボールのようにはじかれて明後日の方向に飛んでいった。
「―――むずっ!!」
予想外の難易度に思わずそんな声を漏らしたアタシが弾かれた輪を視線で追っていると、
少し離れた所にある犬を模したキーホルダーをその中に収めた。
店員に苦笑いされながら、そのキーホルダーを受け取ったアタシは、
手の平の上で舌を出して笑う犬をじっと見つめた。
「はい、それでいいですよ。是非お願いします。
……ヨキ先生は、やっぱり色んな色が見えるほうがいいですか?」
今日のヨキ先生の服は見事に真っ白だ。足元は黒。
やっぱり、色が分からないとカラフルな服は着にくいのかもしれない。
お洒落が好き(らしい)ヨキ先生からすれば、それは結構辛い事なんじゃないだろうか。
■ヨキ > 「いや、ヨキの方が話していなかったからな。
ヨキにはこの視界が普通だから……話しながら、齟齬が出てくるたびに気付くんだ。
授業に携わっている間は意識していられるが、仕事から離れているとつい忘れてしまう。
はは、君と過ごしている時間がそれだけ楽しい、ということだな。気が楽になる」
(輪投げに挑戦する譲莉の背後で、飼い主の傍らに控える大型犬のようにわくわくと見守る)
「本当に、投げられる側だな。
動いているものを見ると、うずうずしてしまうよ」
(彼女の投げた輪が、塔に弾かれて飛ぶ。
ああ、と目を丸くして声を上げ――キーホルダーをすとんと収める様子に、
愉快そうな声を上げた。
ナチュラルに譲莉の肩を叩いて、おめでとう、と笑う)
「ははは!よかったな、運に恵まれているんじゃないか。
……犬?ふふ、これはいい。何だかヨキみたいで?」
(くすくす笑いながら、譲莉の隣で自分の耳をひらひらと揺らす)
「そうだな。見えずとも、街にはいろんな色が溢れているのだろうな、ということが感じられるから……
一度は見てみたいものだ。
どれだけ色について勉強しても……やはり、百聞は一見に如かず、というから。
……あ。なあ、茨森君。あすこ……」
(言って、出店のひとつを指差す。
どうやら美術系の履修生が出店しているらしい、染織のブースだ。
軒先に並んだ色とりどりのストールが照明に照らされて、風に揺れている。
その科目は専門外らしく、ヨキも物珍しそうな顔をした)
「少し、覗いてみてもいいか」
■茨森 譲莉 > にっこりと笑う犬は、確かにヨキ先生に見えなくもない、かもしれない。
思わず、アタシの目は手のひらの犬と、ヨキ先生の顔を数度往復する。
くすくすと笑う顔と、にっこりと笑う犬の顔。………似てる、か?
真剣に考え込んでしまったが、そんな自分が可笑しくて思わず笑い声が漏れる。
いやいや、置物の犬と、ヨキ先生を比べたら明らかに失礼だろう。
でも、なんだかこのキーホルダーは宝物になりそうだ、と、
早速持っていた鞄につけながらアタシは思った。
「……あ、はい。いいですよ。」
店の入り口で夜風に揺れるストールを見て、アタシは首を縦に振った。
確かあれは、美術系の学科が出しているブースだったか。
恐らく、手作業で染めているのだろう。その色からは、独特の温もりのようなものを感じる。
でも、その色はきっと、ヨキ先生には見えてないのだろう。
それはなんだかとてもさみしい事のような気がして、アタシは少しだけ頬を掻いた。
「その、アタシが着るものもそうですけど、ヨキ先生が着るものも、
アタシがヨキ先生に似合いそうな色を選んでもいいですか?
………素人目なので、あんまりアテにならないかもしれませんけど。」
■ヨキ > 「きっと、それを見るたびこの学園祭を思い出すことになるのではないか。
あの輪投げはものすごく難しかった、などとな」
(鞄にキーホルダーを着ける様子を見ながら、楽しげに頷いた。
立ち寄ったブースの中で、履修生の女生徒とヨキとが朗らかに挨拶を交わす。
指導に携わってこそいないが、同じ美術系科目として親交はあるらしい。
薄手のストールを感心したような面持ちで一枚ずつ眺めながら、あ、と笑う)
「……これなど、君にいかがだろう?
ヨキの目にも、鮮やかに見えたんだ。……鮮やかだよな?」
(言いながら、だんだんと不安になったらしい。
ディスプレイされていた一枚を、そっと手に取る。
落ち着いた赤や橙の彩りの中に、差し色の明るい青や黄色のグラデーションが一筋。
秋めいた風景を、そのまま形のない色彩に落とし込んだような風合い。
その色や模様をじっと眺めて――自分が着けるように見えた様子が、
くるりと譲莉へ振り向く。
手に取ったストールを、相手の首元へ重ねて見遣る)
「どうだね。君に似合うかと思ったのだが」
(にっこりと笑って、譲莉の顔を見る。
自分に合いそうな色を選んでもらえると聞いて、大喜びで頷いた)
「君が選んでくれるのか?嬉しいな、もちろん歓迎だよ。
たとえ素人だって、女性の目は信用に足るものさ」
■茨森 譲莉 > 「そうですね、これも一つのヨキ先生との……常世学園での思い出になりそうです。」
思わず言いかけた「ヨキ先生」との思い出、という言葉を恥ずかしさに任せてそっとマイルドにしつつ、
アタシはつけ終わったキーホルダーを小さく揺らして見せる。
並んで輪投げ屋からストールの下がった店に移動すると、ヨキ先生は店員の女学生と朗らかに挨拶を交わす。
本当に色んな所に知り合いがいるんだな、と思いつつも、よくよく考えれば先生なのだから当たり前か。
と、一足先に下げられている色とりどりのストールに目を移した。
近くで見れば、遠くからは見えなかった細やかな装飾が目を引く。
なるほど、これが職人芸、というやつか。……異能とかで染めてるんだろうか。
どっかに書いてないかなとキョロキョロとしていると、ヨキ先生がうちの1枚を手に取った。
なんとなく秋を思わせる色のストール。
そのまま自分の首に巻くのかと思いきや、くるりと回ってアタシの首にあてがう。
「え、そのっ……。」
考えていた素人目のチンケな感想はその不意打ちで消し飛んで、
自分で確認する用だろう、店に置かれた鏡に映ったアタシの顔がストールと同じ秋色に染まった。
「いいと思います。その、とっても鮮やかですし。」
慌ててうんうんと頷きながら、改めてそのストールを眺める。
そろそろ秋は終わるけれど、アタシの常世学園の思い出は秋のモノだ。
―――それこそ、ここで買うには丁度いいかもしれない。
■ヨキ > 「今のうちに、思い出を沢山増やしておいてくれよ。
学園のことはもちろん、ヨキのことも思い出せるようにな」
(事もなげに、明るく言ってのける。
先日の別れを惜しむ様子は、前向きな明るさに転じたらしい。
ブース内で譲莉が目を向けた先には、染織の実技演習の様子がパネルで展示されている。
染料を使って手作業で染めたもの、写真を布地に転写したもの、異能によって発色されたもの……
異能を持つ者、持たない者の区別なく、学生なりにさまざまな技巧を凝らしているらしい。
ストールを宛がった譲莉の反応に、満足そうに笑って)
「よし。――それでは、これはヨキからの餞別としよう」
(言うが早いか、財布を取り出して会計へ向かう。
ヨキと譲莉の会話に気付いていないらしい女生徒たちは、普通にヨキが買うものと思っているようだ。
ありがとうございます、と軽いやり取りをして、小奇麗なビニルの手提げ袋にストールを収めてヨキに手渡す)
「ほれ、茨森君。お待たせ」
(ストールの入った袋を、どうぞ、と、両手で丁寧に差し出す。
見ればストールの他にも、染織で作られた小物や、服飾系の科目や部活のブースとも繋がっているらしい。
身に着けるものならば、この建物の中で見繕うことが出来るだろう)
「ふふ。君も選んでみるか?」
■茨森 譲莉 > 「あんまり増やしすぎると、ここから出て行くのが嫌になってしまいますよ。」
既に、大分後ろ髪をひかれる思いはしているのだ。
この場所は居心地が良くて、クラスメイトも優しくて、素敵な先生が居る。
だが、学園祭が終われば、アタシはこの学校を出て行かないといけない。
『学園祭がずっと続けばいいのに』と、口に出す間もなく、
ヨキ先生は選別にしようとだけ言い残して会計の為に女子生徒に声をかけた。
アタシがぽかんとしているうちに、ヨキ先生は会計をすませて戻ってきた。
「あの、それは、悪い、ですから」
………このアタシのにぶちん。
もう買ってきてしまって、袋を受け取ってから言ってももう遅い。
「―――悪いですけど、折角のなので頂きます。
……かわりにアタシも、ヨキ先生に何か探してみますね。」
ヨキ先生が身に着けるなら、どんなものがいいだろう。
アタシが買えるくらいのもので、ヨキ先生に渡しても迷惑にならなそうなもの。
いっつも服装が違うから、出来れば服装に関係なくいつでも使えるものがいいな。
と、少しばかりの傲慢な気持ちを胸に抱いて、ブースを見渡す。
色々と眺めていると、赤色の財布が目に入った。
異邦の革製のそれは、長持ちしそうだし、機能性も申し分無さそうだ。
……お財布なら、普段から使えるし、服装も選ばないだろう。
少し高いけど、これくらいならなんとか買える。
お財布の中身を確認。……買える。
アタシは店員に声をかけると、その財布を買う旨を伝えて袋に入れて貰うと、
アタシは走って、ヨキ先生の居る場所に戻った。
「えっと、気に入るか分からないですけど。
………それ、アタシの髪の色と同じ色なので、アタシの事を忘れないでくださいね。……なんて。」
先に褒められた赤い髪を弄りながら、その財布の入った袋を手渡した。
■ヨキ > 「何を言うね。ヨキは既に、君が学園を出るのがさみしいと思っておるのだぞ。
教師が言って褒められることではないが、ヨキは言わずにはおれん性質でな」
(そうこうしているうちに袋を受け取る羽目になった譲莉へ、まんまと笑って)
「気にしないでくれ。
ヨキは君のクラスの寄せ書きにも参加せんし……、授業での繋がりもないからな。
たまたま出会った君とヨキとの縁では、こんな風に餞別を渡すくらいしか出来ん。
ふふ。他の生徒らには内緒であるぞ」
(人差し指を立てて、しい、と密やかに秘める仕草。
代わりに何か、という譲莉の提案に、目を丸くする。
譲莉が向かったブースの入口で、そわそわとその様子を眺めて待つ。
やがて戻ってきた彼女から袋を受け取って、しげしげと見る。
中身を見てもいいか、と断りを入れてから――中身を取り出す)
「――おお」
(驚きに開いていた大きな口が、和らいだように笑う。
ぴかぴかの財布を、手の中であちこち回して眺める)
「……ありがとう!高かったのではないかね?
すごいな、こんなに立派なものを頂戴してしまうとは。
君の髪の色と同じ……か。
うれしいな、これから大事に使うよ。
ヨキにとっても、思いがけない思い出が増えた」
(今すぐ財布の中身を入れ替えて使いたい気持ちを、ぐっと抑えているらしい。
丈夫な革財布を、まるで繊細な壊れ物のようにそっと袋に戻す。
本当にありがとう、と礼を重ねて、幸せそうに笑う)
「いかんな。頬が緩み切って、蕩けてしまいそうだ。
何をしようとしていたか、忘れそうになるくらい……。
ああ、いやいや。大丈夫。この先の通りに向かおう。
あちらの展示場にはヨキの作品が飾ってあるし……君のクラスの軽食屋は、そちらの建物だろうかな。
……そうだな、うちの授業の展示でも見てから、軽食屋で休むとするかね?」
■茨森 譲莉 > 「そうですね、ヨキ先生の授業、取っておけば良かったです。
アタシ、美術分野はからっきしなので、結局取らなかったんですよね。
見るのは好きなんですけど、なんかアタシからは遠い世界。というか。」
美術に関わる人は皆、独特な感性や価値観を持っている……ように思う。
透徹凡人なアタシにはそれがどうにもこうにも無い。
だからこそ、見るのは好き、なんだとも思うが。憧れなんだろう。一種の。
「アタシもこのストール、大事にしますね。帰ってからもずっと使います。」
ヨキ先生が財布を取り出すのに合わせて自分もストールを取り出すと、自分の首に巻いて見せる。
平々凡々な制服に、僅かばかりの個性が身についた気がした。
ヨキ先生は、アタシの渡した財布をくるくるとまわしてしげしげと眺めている。
少し冒険した気もしたが、どうやら気に入って貰えたらしい。
アタシは、ふぅ、と安堵の息を吐くと共に、
先に言った冗談交じりの台詞を思い出して少しだけ顔が熱くなるのを感じた。
「はい、そうしましょうか。」
アタシはにっこりと笑って、ストールを軽く握る。
―――少し寒い冬入りの夜の学校には、丁度いい暖かさだ。
■ヨキ > 「それなら、君の授業がない日に聴講だけでも来てみるといい。
特に学園祭の期間中は、誰でも聴けるような話もやっているから……
ヨキは講義に、少しだけ遊びを交ぜるのが好きでな。
浮世絵から漫画の話に飛ぶとか、テレビドラマから美学の話に入るとか、そういうやつだ。
実際に作業する実習は難しいが、話を聞きに来てくれるならば、教師として大歓迎だよ」
(ぜひよろしく、と、宣伝文句のような口調で一言添えて笑う。
ストールを巻いてみせた譲莉の姿に、にんまりと笑んで)
「似合うよ。君に選んでよかった」
(言って、再び歩き出す。
多くの人が行き交う中を歩きながら、譲莉へ振り返る)
「――それじゃあ、展示場はこちらだ。
はぐれないようにな」
(後ろ手に手を伸ばし、そっと相手の手を取る。
大きな手で包み込むように繋いで、一歩先をゆったりと歩いてゆく。
手を繋いで歩いていると、目と鼻の先に建つ展示場には、間もなく辿り着く。
自然に手を繋いだのと同じように、するりと放されるときもまたさりげない。
人目を憚るように、済まない、とばかりに譲莉へアイコンタクト。
大通りよりも人気の落ち着いている館内には、さまざまな分野の作品が展示されている。
そこでもまた、ヨキへ挨拶する生徒らの姿がある――それらの合間を縫って、譲莉の耳元へ小さく囁く)
「……手はまた後で、ゆっくり繋ごう」
■茨森 譲莉 > 「それなら、折角ですから遊びに……じゃなくて、授業を受けに行きますね。
実技は苦手ですけど、お話を聞くだけなら楽しそうですから。」
きっと、色んな話をしながら、上手に話を広げていくんだろう。
ヨキ先生の話は興味深い内容が多いし、授業もきっと面白い、と思う。
学祭中か、と思いながらそっと心の中でメモを取っていると、
展示場はこっちだ、という声と共に手を握られる。
―――さっき握りそびれた4本指の手は、相変わらずひんやりと冷たく、重たい。
だからこそ、それがヨキ先生のものという、不思議な安心感があった。
「は、はい。」
ぎゅっと手を握り返して暫く逸れないように歩くと、するり、と手が解けた。
あたりを見渡すと、いつの間にか展示場に辿り着いている。
移動があっという間だったように感じたのは、きっと乙女心補正だ。
いや、実際それほど距離があったわけでもないのだが。
目くばせしてくるヨキ先生に『いえいえ、別にここでは逸れませんから』という意味を込めて首を振ると、
またヨキ先生が数人の生徒に挨拶をされているのを横目に、
さぞ人気な先生なんだろうな、と思いつつ、展示されている作品に視線を移す。
人気のやや少ない館内には、様々な作品が展示されていた。
思わず足を止めて見入っていると、耳元にヨキ先生の声が響いた。
その内容もまた、随分とアレなもので。アタシはまた変な声を出さないように、慌てて口を押える事になった。
「………ヨキ先生の作品もここにあるんですか?」
■ヨキ > 「ありがとう。君に聴かれていると思うと、何だか緊張しそうだ。
勉強するにしたって、何しろ生徒らには楽しく感じてもらいたいのさ。
ヨキが自分で学んでいて、楽しい、と思ったことだからね」
(期待に目を細める。
そうして、自分よりも温かな譲莉の手の感触を余さず包み込む。
手を放したあとには、ひとたびでも離れることを惜しむかのように、
自身の手を握っては開いた。
館内の展示が問題なく行われていることを確認して見渡す顔は、やはり教師のものだ。
その顔を引き戻し、譲莉へ向き直る。
耳打ちした内容に慌てる様子に、悪戯っぽく小さく笑った)
「ああ、ヨキが教えている生徒らのほかに……『参考作品』として、ひとつだけな」
(こちらだ、と、譲莉を展示室のひとつへ導く。
部屋の入口には、『金属工芸』と描かれていた。
しんとした室内には、抽象的な鉄のオブジェや、動物や人間の像、銀のアクセサリや日用品が飾られている。
その部屋のいちばん奥に――ヨキの名前と、『対比 No.5』とタイトルの書かれた一組のランプ。
まるで花弁のような笠を持つ、全く同じ形をしたものが、ふたつ)
「これだよ。――これが、ヨキの作った作品、という訳だ。
……実はこのどちらかが『ヨキの異能で』作られていて、もうひとつは『ヨキが自分の手で』作ったもの。
さて、それはどっちがどっちでしょう…… というのが、目的」
(その言葉のとおり、それぞれのランブの前にはひとつずつ、詳細を記したらしいキャプションが添えられている。
本文は伏せられていて、捲らねば読めないようになっている。
形も質感も、ほとんど同じ。異能が手製を真似たのか、手製が異能を真似たのか、判然としない作りだ)
■茨森 譲莉 > 「へぇ……。」
アタシはしげしげとその二つの花を眺める。
対比、というタイトルの通り。片方が異能の花で、片方が手で作った花。
パッと見では、どちらも全く、寸分違わないように見える。
以前聞いた話では、形さえ決まっていれば異能で作れるだったか。
それなら、一度手で作ってしまえば、こうして複製もできる、という事だろうか。そう、版画のように。
「これって、どっちを先に作ったんですか?」
アタシは思ったことをそのまま口にした。
先に手で作った後に異能で複製しているのか、
それとも異能で作ったものを手で真似たのか、それが気になったからだ。
まだ捲れるようになっている本文には手をつけず、首を傾げる。
■ヨキ > (自作を見る譲莉の横顔を眺める。
どちらが先に作られたのか、と問われて、少し考える。
顎へ指先をやって、うん、と小さく声を漏らす)
「どちらが先に――というのは、明確にはしづらいかな。
この二つは、ほとんど同時に作り進めてきたものでね。
異能でまず、大まかな形をつくる……それで、手で作る方の着想が浮かぶ。
手で鎚を打って、その思いがけない形が気に入って異能の形を変える……。
その繰り返しで、少しずつ作り進めるんだ。
その作る過程もまた、ヨキの作品の一部、ということでな。
異能も手わざも、そのどちらかが優れているものではない、と示したかった」
(そこまで言って、背後の作品を振り返る)
「……ここに飾られているのは、異能で作られたもの、手で作られたもの、様々だ。
どちらとも優れている生徒もいれば、どちらかのみに秀でた生徒もいる。
芸術に携わることに、異能による隔たりなどないのさ」
■茨森 譲莉 > 「そうだったんですね。」
ヨキ先生の説明を聞いて、アタシは短く感嘆の声を漏らした。
つまりこの二つは、異能と手、両方の力で作られたものという事だ。
どちらが先でも、どちらが後でもない。どちらがどちらの複製という事も無い。二つで一つの作品。
アタシは改めて、一緒に育ってきた二つの鉄の花を眺める。
どちらが優れているという事はなくとも、二つを合わせれば益々素晴らしいものが出来る。
―――そう、この、常世学園のように。
ヨキ先生が振り返ったのを見て振り返れば、様々な作品が並んでいた。
異能で作られたものもあるが、手で作られたものもある。
でも、この様々な作品が並んだこの景色は、異能者と無能力者、その両方が作りだした景色だ。
「芸術に携わることに、異能による隔たりなどない、ですか。
………それは、芸術だけだと思いますか?
それ以外の事は、やっぱり隔たりがあるんでしょうか。」
アタシは並べられた作品から目を逸らすと、ヨキ先生の横顔を見上げた。
■ヨキ > (納得する様子の譲莉へ頷く。
腕を組んで目を細め、静かに口を開く)
「そう。異能によって目の醒めるような作品が出来ることもあれば、
整いすぎて見どころのない作品に陥ってしまうことだってある。
だがそれは、手ずから作った作品にも同じく言えることなのだ。
……芸術以外のこと、か。
芸術も含め、何もかも隔たりなどない――と言えば、嘘になる。
異能を使って休みなく、素早く走る者に、常人は到底勝てはしない。
異能によって知識を記憶する者には、よほどの天才か、機械くらいしか勝ち目はないだろう。
それでも……力というものは、使いよう次第なのだとヨキは考えている。
『異能が顕在化していなかった時代』を知らぬヨキの、所詮は絵空事だとしても……。
異能者と無能力者が、隔たりを感じずに共存することは出来ると、そう信じているのさ」
(譲莉を振り返る。
穏やかに、ふっと笑う)
「……ヨキの考えは、甘いと思うか?」
■茨森 譲莉 > 「素敵な考え方だと思います。」
常世学園で見たもの、異能者と、異邦人と、無能力者が共存している世界。
どちらが支配するわけでもなく、どちらが差別する事も無く。
アタシの居た場所では夢のような世界が、ここには広がっていた。
「アタシも共存できるって、信じたいです。
アタシが無能力者だからなのかもしれないですけど。」
ヨキ先生の言う様に、異能者に無能力者が勝つことは出来ないのだ。
これはもしかしたら共存できる世界なら、アタシにも居場所がある、
なんて、ワガママな考え方なのかもしれない。
―――それでもこの常世学園で過ごした時間を、無駄にはしたくない。
異能者や異邦人を差別していた頃に、戻りたくはないし、戻ることも出来ない。
「ヨキ先生、アタシ、将来の夢とか無かったんですけど。
帰ったら、先生を目指して頑張ろうと思います。
常世学園に戻ってきて先生をするんじゃなくて、
アタシの居た地域の人にも、異邦人とか異能者の事を教えたいから。
「怖いのは知らないから」ヨキ先生が最初にアタシに会った時に言った事ですけど。
実際アタシは、今は異邦人も異能者も怖くないです。
だから、それを、皆にも、知って欲しいんです。
異能者も、異邦人も、特に怖い所は無い、普通の人間だって。」
とぎれとぎれに、アタシは言葉を紡ぐ。
これは別に、ヨキ先生に話す必要は無い事だ。
でも、ヨキ先生は先生でアタシの憧れだ。
だから、ここで、ヨキ先生に宣言しておくことを、アタシ自身に対する約束にする。
「―――だから、インターンに来るかもしれないので、その時はまた宜しくお願いします。」
ぎゅっとストールを握って、にっこりと笑った。
■ヨキ > (初めてヨキを前にした譲莉が見せた、驚きに満ちた顔と反応。
それが遠い夢まぼろしであったかのような、今の明るい表情。
微笑んで、目を伏せる。向けられた言葉が染み入るかのように。
噛み締めて、笑う)
「…………。ありがとう、茨森君。
……いつまでも『異邦』の者と呼ばれる我々は、
地球にとって『招かれざるまれびと』なのだという意識が常にあった。
それを和らげてくれたのは、君も含めて、この島に住む人びとだ。
もしかすると……ヨキがこうして異能者でも、異邦人でもない『人間』の価値観を
変えてしまうことは、単なる驕りに過ぎないのやも知れん。
……それでも、地球に人間は君ひとりではなく、
異邦人はこのヨキただひとりでもない。
ならば共に生きる道を探すことが――人間として、ごく自然な在りようだ。
平穏を希求することは、生きものとして当然の摂理だからな」
(譲莉の夢に、宣言に、耳を傾ける。
手を伸ばす。彼女がストールを掴む手に、自分の手のひらを重ねる)
「――分かった。
茨森君、ヨキはここで君を待つ。
君はきっと、素敵な先生になれるよ。
……約束しよう。
ヨキは君の夢を応援する」
(重ねた手を柔く掴む。励ますように揺らして、指を絡める)
「いい顔で笑ってくれたな」
■茨森 譲莉 > 「ありがとうございます。」
「……頑張ります。ヨキ先生みたいな、素敵な先生になれるように。」
アタシの言葉をしっかりと聞いて、ヨキ先生はアタシの手に手を重ねる。
重ねるだけでなく絡まってくるヨキ先生の指に思わず頬を染めると、その手をしっかりと握った。
もう一度振り返って、ヨキ先生の作品を眺める。
二つの金属の花は、片方は異能で作られて、片方は手で作られたものだ。
片方が異邦人であり、異能者のヨキ先生だとしたら、もう片方は無能力者のアタシ。
………この花のように、先生になれるように頑張ろう。
そんな目標を胸に、アタシはうんと頷く。
「えっと、それじゃあ、ご飯を食べたら、生徒は帰らないといけない時間くらいにはなりそうですし。
そろそろ出ましょうか?」
少しばかり言い出しづらいが、そろそろいい時間だ。
いつまでも眺めていたくとも、いつまでもそうしているわけにはいかない。
アタシが常世学園にいつまでも居れないのと同じように、時間というのは無情にも過ぎ去っていくものだ。
早く流れて欲しいと思っても流れないし、遅く流れて欲しいと思っても遅くはならない。
目覚まし時計が鳴るまでのあと1分と、授業が終わるまでのあと1分、どちらも同じあと1分なのだ。
■ヨキ > 「君が感じた通りのヨキを、先生になる手本にしてくれたまえ。
幸いにも……お払い箱にはならぬ程度には、ヨキは教師を務められているようだから」
(低く笑って、冗談めかす。
密に繋ぎ合った手を引いて、行こうか、と譲莉の言葉に応える)
「このまま君のクラスまで行ったら……君がからかいの的になってしまいそうだな。
はは、ヨキと茨森君の我慢比べと行くかね?辛抱出来なくなったら、放してくれ」
(飄々と口にしながらも、あっさりと放しそうな、あるいは言葉の通りにいつまでも繋いでいそうな――
本気とも冗談ともつかない調子で笑い出す。
歩き出して、展示場を後にする。
ヨキ先生がまた何かやってる、見送る生徒があれば、生徒と教師が手を繋いでいる様子に目を丸くする者もある。
果たして譲莉のクラスへ辿り着くまで、どこまで手を繋いでいることか。
我慢比べと言い出した当のヨキは、いつまで経っても余裕綽々といった具合で、朗らかに話し続ける……)
ご案内:「学園地区/学生街 学園祭会場」からヨキさんが去りました。
■茨森 譲莉 > 我慢比べと言われても、アタシはヨキ先生のように心臓に毛が生えているわけでは断じてない。
どちらかといえば小心者なほうだし、教師と生徒が手を繋いでいる様子を見てキャーキャーと言われてしまえば、
それだけで顏で鉄を溶かせるくらいには顔が熱くなる。
いつまでも朗らかに話し続けるヨキ先生の言葉は右から左に抜けて行く。
それでも、アタシは折角だからと手は離さない。
最後の思い出なのだ、アタシも最後くらいは意地を見せて………。
―――と、覚悟を決めて歩いていたアタシであったが、
はたして、その意地を最後まで見せられたかどうかは、ご想像にお任せしようと思う。
ご案内:「学園地区/学生街 学園祭会場」から茨森 譲莉さんが去りました。