2016/08/07 のログ
ご案内:「Free1」に化野千尋さんが現れました。
ご案内:「Free1」から化野千尋さんが去りました。
ご案内:「国立常世新美術館」に化野千尋さんが現れました。
化野千尋 > 美術館の場所は、方向音痴の化野千尋にもたどり着けるほどわかりやすかった。
産業区、居住区よりの場所に立つ、間を流れる海を見下ろせる静かな美術館。
なんせ電車に乗っていれば迷うことはないのだ。
歓楽区から電車に乗って、学生街のほうへ抜けて。
そこから乗り継いで産業区ゆきに飛び乗ればもうそれで一発。

流れる風景をぼんやりと眺めながら、少しばかり電車に揺られる。
整備された路線は、本土のものよりずっと快適な旅を齎してくれた――といっても、
旅というには些か短すぎる時間ではあったが。

「ええと、展示室Cへはどちらにゆけばよろしーでしょうか。
 あの、これにゆきたいのですが」

係員に、端末で撮影したポスターを見せる。
係員は、「ああ、『視差』の展示でしたか。こちらですよ」と、
丁寧に彼女を入り口まで案内した。

化野千尋 > 展示室に入ってすぐの受付台。
配布用の作品リストを一部手に取って、横に並んだ芳名帳に
楷書体じみた几帳面な字で「化野 千尋」と書き込んだ。

作品リストに目を落とせば、全部の展示は約40点程度のものということがわかる。
そして、美術館らしくない項目の記載に僅かに目を見開いた。

(へええ、写真撮影おっけーなんですねえ。
 普段だったら怒られるのに。ありがたいことです。これであにうえにも見せたげられますねえ。
 ……そもそもなんで写真撮影だめ、っていうのが主流なのかはわかりませんが)

足を踏み入れれば、そこはかなり盛況なようだった。
生徒もちらほら見かければ、大人たちも勿論多い。夏休みということもあるのだろう。
その合間を縫うようにして、展示の前へと向かう。

化野千尋 > 「落花図」。
最初に人々の輪の中心にあったのは、天井から吊り下げられた花のオブジェ。
どこか寂しさも匂わせた花の姿は、第一に目に入るものとしては相応のインパクトだろう。

「椿ですか。たいへんによろしーです。
 向こうの――化野にも、きれーに咲いておりました。よくできてますねえ」

満開の椿が、どんどんと枯れていく様。
盛者必衰の理にも似たそれに、なぜだか強く惹かれてしまった。
花のオブジェだとか、花をモチーフにした作品は大抵満開の綺麗な状態だけを写しとる。
――ゆえに、あまり彼女は好きではなかった。
必ず枯れるものに対しての未練のようで。必ずいつか死ぬ人間に対しての未練のようで。

「……よろしーです、とても」

小声でポツリと落とし、パシャパシャと数枚写真を撮影する。
咲き誇る花も、中途萎れた花も。そして、地面に落ちて潰れた花は、より念入りに。
かの教諭が何を意図したものなのかは芸術のわからぬ彼女にはわからなかったが、
化野千尋には思うものがあった。

潰れた花に対しては、とくに。

化野千尋 > そのまま人の流れに従って、展示スペースを見て回る。
次いだ一角には、大型のオブジェが数点展示されていた。

立派に作られた、水牛の全身像。
丁寧に細部まで作りこまれている女性や男性の立像や座像。
その他様々に、ぱっと見ても細かい仕事の映えるオブジェだった。
製作者の意図というのが化野千尋には見えなくとも、ただ美術品としても
かなり精密で丁寧な部類なのだろうな、と思うことは出来た。
その程度でも一般の美術のわからぬ学生がわかったというのはその出来のよさの賜物だろう。

(これ、動いたりしませんよね)

忘れかけていたが、ここは天下の常世島である。
オブジェが動かないという常識前提をまず信用してはいけない、と化野は端末を構える。
人の行き来の邪魔にならない場所を選んで、ムービーを起動する。
それから暫く5分ほどカメラに収め続けるも、オブジェが動くことはなく。
周囲の怪訝そうな目に気付いて咳払いをひとつ、その場から逃げるように移動した。

化野千尋 > 逃げるようにして向かった先は、人集りができていた。
立ち止まる人もきっと多いのだろう。作品リストを見れば、それも当然かと納得が出来た。

「対比」シリーズNo.1~6。
本土の教科書で、隅に掲載されているのを見たことがあった。
《大変容》後の芸術の変遷、その代表的なもののひとつだと。
未知のものと繋がり、未知のもの――ここではヨキ教諭を指すが――の作り上げた芸術作品。
その異邦の者が細やかに創った人間の女性像。女性らしさを全面に押し出した、優しそうな作品。
それが、目の前に並んでいた。

(教科書で見たことあるやつですよこれ……。
 やっぱり間近で見るほうがいいですねえ。教科書じゃこの細かさ、潰れちゃってましたし)

異能と手作業で作られたものの違いは、化野にはわからなかった。
どちらも丁寧で、暖かく――そして冷たい。そのどちらもが違って見えず、不思議そうな表情を浮かべた。

「右の像が手製、左の像が異能製」。
その表記がなければ化野にはどちらがどちらで創ったものなのか、それともその両方が異能で創られたのか、
手作業で創られたのかということはわからなかったであろう。

(ぱっと見じゃあ異能持ちか、それとも魔術の学徒か、それとも異邦の者か。
 全部わかんないのと全く同じですねえ。あだしのは教えてもらわないとわからないですよ)

この島外での出来事を思い出す。
見た目はただの人間であるのに、少しはみ出しただけで生きにくくなる。
昔、異能を発現した人間が本土では迫害されていた――恐怖されていた――ということを思い出す。
見た目はただの人間であるのに、見えない部分が違うだけで生き苦しくなる。

ご案内:「国立常世新美術館」にヨキさんが現れました。
ヨキ > ――有難うございます、どうぞごゆっくり、と低く抑えた声。
来場者に頭を下げていた長身の男が、「対比」に見入っていた千尋の姿に目を留めた。

ごく静かに、すす、と隣に歩み寄る。

「こんにちは。観に来てくれて、有難う」

千尋の頭上から、男の声が降ってくる。
横を振り返れば、この展示の案内や、学園の広報部や、学内で否応なしに良くも悪くも目立つ教師――
脱いだ帽子を手にした、ヨキその人の姿があった。

「突然済まないね。
 真剣に見入ってくれていたから、つい声を掛けてしまった」

ハウンドめいた形の、肌色の耳を揺らしてにっこりと笑うと、唇の端に小さな牙が覗く。

化野千尋 > 「――わわわ、はい、どうも。
 ええと、お世話になって、ではなく。
 おじゃましてます、で、だいじょーぶでしょうか」

かなり真剣に、それも集中して見入っていた化野はヨキの姿には当然気がついていなかった。
そのため、何か悪いことをしたのが見つかった子供のような慌てぶりだった。
元来、人に声を掛けられるというのに慣れていないのもあり、どうにも挙動不審である。

「はい、ええと、ヨキせんせ、でよろしーでしょうか。
 あの、廊下でお知らせを拝見しまして、夏休みですしということで」

おじゃまいたしております、と再度繰り返す。
情報として異邦人である、ということも姿かたちも見たことはあれど、その長身に瞠目した。

ヨキ > 「あはは、初めまして。
 こんなに大きな図体をして、いきなりナマで見るとびっくりするだろう」

会釈をして、慌てる千尋の姿には穏やかにくすくすと笑う。

「うん、ヨキだよ。どうぞよろしく。
 ヨキのこと、知っていてくれて嬉しいよ。
 邪魔だなんて、気にしないでゆっくり観て行ってくれ」

生真面目な挨拶の言葉がおかしくて、楽しげに肩を小さく揺らす。

「展示、開いてよかった。
 こうやって、人と広く知り合えるから。

 まだ観はじめたばかりかな。
 絵と違って、好みが難しいところだろうから……楽しんでくれるといいんだが」

静かな声でぽつぽつと話しながら、小柄な千尋を微笑んで見下ろす。

化野千尋 > 「写真よりもずっと男前なのですねえ。……じゃなくって。
 ヨキせんせは、人と知り合うために個展を開いてらっしゃるんですか?
 あだしのが無学なだけかもしれませんが、本土とかのほが人が入るんじゃないかなあ、
 なんて思ったのですけれど」

人の好さそうな笑顔に、へへ、とふわりとした笑顔を浮かべる。
張り詰めた糸がゆるく弧を描くように解れた緊張に、本来の化野の顔が覗く。

「ええと、「落花図」と、オブジェのところは拝見しました。
 ぜんぶ丁寧で、すごく丁寧なひとなのだろな、と思いながら見ていたところです。
 「落花図」、とってもあだしのの好みでした」

見てください、と端末をズズと差し出す。
画面には、やや下手くそな構図の「落花図」の写真が開かれている。