2016/08/08 のログ
■ヨキ > 「男前?
ふふ、作品を褒めてもらえるのと同じくらい嬉しいな、それ。
ああ、もちろん人と知り合うこと、それだけが目的ではないが……
個人での作品展というのは、これが初めてでな。
いきなり本土へ出て行ってしまう前に、まずはここで開きたかったんだ。
この美術館には、駆け出しの頃から世話になってきたからね。
学園は広いから、ヨキや、ヨキの作品を知らない人はいくらでも居る。
そういう人たちに、まずは自分のことを知ってほしかったのさ」
歳相応の、緩んだ表情に返す顔はにこやかだ。
それが学内で、人が好いとも、馴れ馴れしいとも評価の分かれるところではあるのだけれど。
「ほう。『落花図』、気に入ってくれたか。あれは自分でも好きな作品なんだ。
ここに出す以上は、みな気に入りではあるがね」
差し出された画面に自作が収まっているのを見ると、照れくさそうに両手で自分の頬を擦る。
気恥ずかしそうな顔で、ふっと唇を噛み締めた。
「露悪趣味だ、なんて言われたこともあるがね。
こうやって褒めてもらえると、作ってきて良かったと思える」
■化野千尋 > 「冗句ですよう」、と恥ずかしそうに笑み。
教諭が口を開けば、真剣に一字一句聞き漏らすまいと耳を傾ける。
「そういうことだったんですねえ。
なんか素敵ですね。おせわになったところでーっていうの。
芸術家のひとでもよく聞きますけど、みんなそう思うものなんですねえ」
人が好い雰囲気――もしくは、馴れ馴れしい雰囲気に乗せられて、
化野も普段通りのゆるりとした笑顔を絶やすことはない、が。
彼の幾つかの言葉にぴくりと反応した。
「自分のことを知ってほしい、ですかあ。
……まだちょっとしか見られてませんが、かなり、
見るひとによって印象変わるように感じたのですけれど。
それを踏まえた上でこの作品たちを選ばれたんでしょ―か。
すみません、失礼なこと言ってる自覚はとってもとってもあるのですけれど。
露悪趣味。確かにそういう言われ方をしちゃうのかもしれないです、けれど。
そういうひとたちは、きっと綺麗なものに囲まれて生きてたんだろな、とあだしのは思います」
■ヨキ > 「ヨキは親類縁者を持っていないが、親に贈り物をする、とか、
良くしてくれた友人に礼をする、とか。
そういうことをする気持ちと同じくらい、全く自然にここを選んでいたよ。
いつか本土でも個展を開いて、『故郷に錦を飾る』――なんてことが、出来たらいい。
それに……何より、本土とはまだそれほどの繋がりがなくてな。
ヨキはまだまだ、頑張りが必要ってことだ。
この展示は、本土に渡る前の助走、といったところかな」
続く千尋の言葉に、真摯に耳を傾ける。
確かめるように、相手へ言葉を手渡すかのように、言葉を選ぶ。
人の波が切れるタイミングを見計らって、そっと打ち明けた。
「ヨキはそもそも異邦人で……人間ですらなくて。
ありもしない悪評を吹聴されたり、逆に、誇大な褒め方をされたこともある。
この学園が始まったころは、異邦人の受け皿も盤石ではなかったからね。
作品を見る人によって、印象は大きく異なるのは当然のことだ。
その人の経験や、心境や、体調や……そのときどきで、感じることは千差万別だろう。
だけどヨキにとっては、作品に込めた気持ちは不変のものなんだ。
人にどう受け取られようと、作る上でのヨキの気持ちは何も変わらん。
それに――逆を言えば、ヨキの作品について悪く言う人のことを、ヨキは何も知らんのだよ。
露悪的、と言う人の方が、不幸や悪いことをヨキよりも知っていて、
生半可な気持ちで踏み込んでくれるな、というメッセージであったかもしれない。
ヨキはヨキのことを知ってほしいし……
ヨキはヨキの作品を観てくれる人のことが知りたい。
選びに選んで人前に出す以上、覚悟はあるよ」
言い終えて、ふっと目を細めた。
■化野千尋 > 「本土に渡るご予定はあるんですね」、と小さく笑って、
「家族にも、見て欲しかったので。よかったです」、と添えた。
言葉が次げば、黙ってその言葉を聞いていた。
「ほんとうに、自信がおありなのですねえ。
そういうふうに言えるのは、素直に尊敬してしまいます。
自分の作品を大事にする芸術家というのは、大成するそうですよ。
……悪く言うひとのことをよく知らない、ですかあ」
確かにそうですね、とポツリ呟いた。
「あだしのはですね、『そういう意図で創ったんじゃない!』みたいなことが
あるのかと思って、つい聞いてしまったんです。
ほら、あるじゃないですか。
自分の意図しないところで、自分の歌が使われている、みたいな話。
そういうの、いやじゃないのかなって。
でも、ヨキせんせはちゃんとお考えなのですねえ。失礼しました」
それから少し間を置いて、秘密事を囁くように小声でひとつだけ問うた。
「ありもしない悪評を吹聴されたり、誇大な褒め方をされるのって。
いやじゃ、ないですか? 本当は違うのに、とかって思って、つらくなりませんか?」
■ヨキ > 「ご家族に?」
目を丸くする。
「そこまで言ってもらえるだなんて、本当に嬉しいよ。
君のご家族にお目に掛かるためにも、ぜひ頑張らなくてはね」
千尋の隣で、陳列された作品をぐるりと見渡す。
「ヨキはもう、『創ること』に魂を売ってしまったようなものだからな。
自分の子どもを、どこへ出しても恥ずかしくないように、手を掛けてやるのと同じ……
なのかな。はは、家族を持っていないと、どうにも喩えに根拠がなくていかんな」
小さく笑う。
「もちろん、意図を捻じ曲げられてしまうことはヨキも本意ではないよ。
ほら、この展示は、『写真を撮ってもいい』と言ってあるだろう?
それは作品の意図について、違う解釈をされてしまう可能性が増える、ということでもある。
いくつかの作品は人の手に渡ったものだから、予め持ち主へ許可を貰いに回っていてな。
ヨキ自身が展示に出したい、と思っていても、持ち主が『作品を大事にしたい』と
言ってくれるなら、それは出品を止したよ。
将来の繋がりを増やすことも、培ってきた繋がりを大事にすることも、ヨキにはとっても大切なんだ」
千尋の小声に、内緒話のように背を僅かに屈め、顔を寄せる。
「――そりゃあね。すごく辛いさ」
優しく微笑む。
「だからといって、泣き寝入りも選べない。意地っ張りなんだ。
……君も、そういう風に嫌な気持ちや、辛く寂しい気持ちになったこと、ある?」
■化野千尋 > 「ええ、あだしのは、家族がすきなんです。
ははうえのお料理もすきですし、ちちうえと野球を見るのもすきなんです。
あにうえは優しいし、おばあさまもたまにかりんとうを分けてくれたり。
だから、素敵なものは見せてあげたいなって思うんです。だから、写真もばっちり」
また照れ笑いを浮かべる。
変わった家柄であることに違いはないが、それ以上に化野は普通だった。
家族が好きで、温かい食卓が好き。自分を取り巻く家庭が好き。
そんなどこにでもある、常世島には持っている人のほうが少ないものを化野千尋は大事にしていた。
「やっぱり、いや、ですよね」
よかった、と安心したように息を漏らした。
「泣き寝入りを選べないっていうのは、素敵だと思います。
それだけ、大事にしてるのだなあと、あだしのも思いますし」
そして、困ったように笑う。
「はい。ありますよう。たくさんたくさん。
あの子の家は、近づいちゃいけません、とか言われたりして。
あだしのが家族を大好きなのは、それもあるかもしれませんねえ。
大事なものを、たくさん、あだしのよりも大事なものをひどく言われたりもしました。
だから、慣れっこではあるんですけど、やっぱり慣れても悲しくて寂しいです。
……すみません、ご家族はいらっしゃらないって聞いたのに、自慢するみたいで。
ヨキせんせは、ずうっと生まれてから一人だったんですか?」
そもそも、異邦人がどう生まれ、どう生きていたかは全く知らないことなのだけれど。
■ヨキ > 家族についての話に、まるで自分自身の幸せであるかのような顔を浮かべる。
「君は、すてきなご家族の中で育ったんだな。
聞いているだけで、ヨキも何だか気持ちが温かくなってくる」
困ったような笑顔で胸中を明かす千尋に、静かに頷く。
「家族が大事なことも、大事なものを悪く言われて傷付くのも、換えがたい君の長所だよ。
その気持ちに、君は頑張って耐えてきたんだな。
いや。家族が居ない代わり、ヨキには大事な人も、好きなことも、楽しみも、沢山あるからね。
もともと居ないから、寂しいと思う余地もないんだ。
『居る幸せ』を体験してみたいと思うことは、そりゃああるが」
気にした風もなく、明るく笑う。
「ヨキはもともと、人の姿も言葉もない、単なる犬だったんだ。
特に親兄弟が居た覚えはないな。
それが突然人の姿になってしまったものだから、余計に判らないことがいっぱいだったよ」
■化野千尋 > 「家族は、いいですよ。
だから、いつかヨキせんせもそうやって思えるよになる日がくるといいですねえ。
あだしのが、唯一自信を持って言えることです。
幸せなんですよ。みんなで、食卓を囲むのって。
……ヨキせんせがお父さんに、っていうのはあんまり想像つきませんが」
冗談めかして微笑んで、「ありがとうございます」、と。
嬉しそうに表情を緩めた。
「それは、たいへんでしたねえ。
言葉もわからない場所に来て、せんせになるというのは大変だったろうと思います。
よくがんばりました、と言っても構いませんでしょ―か。
おかあさんが言ってくれるだろう言葉だと思うので、代わりじゃないですが。
ちょっとでも味わってもらえたら、なんて思いまして」
にこりと楽しげに笑って、目を細める。
途切れた切れた人の波が戻る。
「ヨキせんせ、お時間たくさんとらせてしまいましたがだいじょーぶでしょーか」
■ヨキ > 「常世学園には、家族がない子どもも多いからな。
そういう子には、先生であると同時に、父親のように頼れる存在でありたいとも思うが……
やはり、『本物の父親』には敵わんよ。
君がそう胸を張って家族を誇れることは、君の家族にとってもきっと最高の幸せだ。
ヨキの方こそ、どうも有難う。
いつか家族が出来たら、君と真っ向から自慢し合ってみたいね」
それは口約束ですらないけれど。
さも長年持ち続けた夢でも語るように、真っ直ぐに頷いた。
“よくがんばりました”という言葉には、ひどく幸福そうに。
「――ああ、嬉しいな。
いいお母さんの下で育った君は、いいお母さんになれるだろうから。
そんな君に言ってもらえたら、ヨキの胸もいっぱいになってしまうよ。
ふふ。ここで人と話すことも、展示の一環のようなものだから。
もう少し、ヨキと一緒に作品を観てゆくかね?」
会場に飾られた、残り半分ほどの展示を一瞥し、千尋へ尋ねる。
■化野千尋 > 「伺っておりますよう。
……それも、違うところですよねえ。
あだしのは本土じゃみんなと違うって言われてましたけど、
常世島に来てもなんだかみんなとズレてるなって思うことが結構あって。
なんだか宙ぶらりんですが、幸せであるのかなとは思います」
「自慢なら喜んでお待ちしておりますねえ」、と嬉しそうに笑って。
温かい言葉を掛けられれば、またふにゃりと表情を緩めて「光栄です」、と。
「よろしーんですか?
きっとほかにもヨキせんせとお話したいひとはたくさんいるでしょうに、
あだしのはとってもぜいたくものですねえ。
創ったひとから直接解説をいただけるのは、たいへんうれしーです。
それこそ、直接意図をお聞きできるのはあだしのもすごくうれしーです」
「あだしのは美術に詳しくないので」、と笑って。
■ヨキ > 「『みんなと同じ』場所なんて、多分そうそう存在するものではないんだろうな。
そういう中で、何だか似ているような、気が合う人間が見つかって、仲良くなっていく。
そんなようなことで、ヨキはきっと構わないんだと思うよ」
豊かさと幸福とを衒いなく受け止める千尋の姿に、ヨキもまた嬉しげに。
「ああ。作品ってものは、何も黙りこくって見るばかりじゃない。
話をしながら、写真を撮りながらで構わないものだとヨキは考えているからね。
必要以上に畏まってしまうことが、むやみに敷居を上げて、意図の食い違いを起こすんだ。
途中で他の人から声を掛けられることもあるやも知れんが、それでも良ければ。
美術に詳しくないのは、ヨキも同じさ。
こればかりは、いつまで経っても詳しくなれる気がしない」
軽い調子で笑いながら、正面に飾られた「対比」や、次の作品へ足を向ける。
「あだしの君――化野君、と言ったか。いい名前だ。
君のペースについてゆくから、思ったことは何でも言ってくれ」
そうして穏やかな会話を重ねながら、見終えるまでを過ごすんだろう。
他の来館者に声を掛けられ、嬉しそうに対応するヨキの顔からは、
人との付き合いを心底から愛していることが察せられる。
ご案内:「国立常世新美術館」からヨキさんが去りました。
■化野千尋 > 「そうありたいと、あだしのは思います。
人間なんて、――人間以外にも異邦人も、溢れるほどいますもんね。
ゆっくり、ゆっくり探してゆけたらと思いますよう」
本土の教師が掛けてくれなかった言葉に、また微笑む。
本土では、必ずといっていいほど化野のあり方は否定され、視界に入れられることはなかった。
「なんだかクラシック音楽とも似てますねえ。
あれは厳かにしすぎて、ひとがいなくなっちゃった、って音楽の授業でやりましたよ。
……長けているのと、詳しいのとは違うということでしょーか。
なんだかすごいひとたちはみんなそう言いますよねえ」
"いい名前だ"、と言われれば、心底嬉しそうに笑って。
「はい、あだしのは、化野です。
あだしのの、千尋と申しますよう。一年生で、秋から学園で学びます。
へへ、それじゃあ、遠慮無く。ご教授よろしくお願いします、ヨキせんせ」
あれはこれは、と指をさしながら言葉を交わす。
家族に送るように端末で何度も写真を撮りながら、全てを見終えるまで会話は続いた。
最後に「ありがとうございました」、と頭を下げ。
もう一度だけ「落花図」を暫く眺めて、個展をあとにした。
彼の愛し子たる作品たちは、何を示唆していたのかと思考を巡らせながら。
ご案内:「国立常世新美術館」から化野千尋さんが去りました。