2016/09/01 のログ
ご案内:「国立常世新美術館・展示室C」に真乃 真さんが現れました。
真乃 真 > 夏休みも最終日の31日。

同じく夏休みの終わりまでやっている美術展を一人見に来た男。
美術館とは縁遠そうな雰囲気の男である。
既に閉館の時間は近づいた美術館に真乃真は来たのだった。

凄いギリギリだギリギリセーフだ!

「美術展か…。」

美術展も最終日間近であり見に来ている客は一度来ていてもう一度来ようと思って来た客。
最近知ったか知っていたが忘れていて慌てて来た客のだいたい二種類に分かれている!
そして、真乃真は後者である!
華やかに彩られた受付の机!
そこに置かれたノート!!

「芳名帳?芳名帳ってなんだ?」

えっなにこれ?これは名前を書けばいいのだろうか?
分からない…。一応書いておこうといつものように枠一杯に且つ!丁寧に名前を書いておく!
作品リストを手に取ればさあ、美術展スタートである!

真乃 真 > さて、入ったところで眼に入ってきたのは金属の花。
金属の花が散るまでの作品。
わざわざ金属なのだから散らせなくてもいいのにと思いながら吊られた花を眺める。
それともせっかく散る必要のない金属の花なのに散らせるのには何かの意味があるのだろうか?

「それにしても良く出来てるな…。」

金属なのに生っぽいなんていうか…そう!
生っぽい!多分触ったらそりゃ金属なんだろうけども柔らかそうな感じがする。
実際は堅いんだろうけども!
頭では固いと分かっていながらも本当に固いのか触ってみたいとか思いながら次の展示に移る。

真乃 真 > 「これが前に言ってたやつか!」

対比。

異能と手わざで作られた対になる一つの作品。
確か『異能と手わざに区別などない』がテーマだって言ってた気がする。
一見してどちらが手でどちらが異能で作られたのか分からない。
詳しいものが見たならば分かる部分もあるのだろうが真にはやはり分からない。

(そういえば他の作品はどれが異能で作ったものでどれが異能で作って無いものだろう?)

他の全てが異能を使わずに作られたことを真は知らない。
金属を操作する異能を持つ人物が金工作品を作っていると聞けば多くの人は異能によるものだと思うだろう。
そんな異能があれば自分でも作れるんだと言う人もいるかもしれない。

そういう人たちを納得させるための作品なのだろうか?

真乃 真 > だって、それ以外にはわざわざ二つの方法で作ったことを伝える意味を感じない。
異能と手作業で二つ作る意味を感じない。

真乃真にとって異能を使う感覚と手足を使う感覚は同じである。
生まれつきに異能を持っている真にとって異能は異ではない。

「うん、見ても分かんないな!!」

異能を使ってる使ってないなんて見ても分からない。
もう、見ても分からないなら一緒でいいんじゃないかな?

『異能と手わざは、どちらがより優れているかということはない。
 それぞれ並ぶことも、凌駕することも出来る。』

だったっけ?
芸術って難しい…。

その後様々な作品を見終えて…。

「何だろう…この夏で一番疲れた気がする!」

そんな事を言いながら家路につくのだった。

ご案内:「国立常世新美術館・展示室C」から真乃 真さんが去りました。