2016/10/18 のログ
ご案内:「病室」に東瀬 夏希さんが現れました。
東瀬 夏希 > 「うう……うああ……」

気絶して病院に担ぎ込まれた異端狩りの少女は、気を失ったまま夢を見ていた。
それは、かつて自分が体験した日の夢。絶望の記憶の揺り戻し。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

涙を流しながらうなされる。誰かに謝りながら泣いている。

東瀬 夏希 > 「あああ……わたし、そんなつもりじゃ……うう……」

そのうめき声だけでは、何があったのかを正確には推し量れない。
だが……彼女がかつて、何かをしてしまったのは明確だ。

「うそ……わたし、そんな……あああああああっ!!!」

悲鳴を上げて、がばっと起き上がる。
途端、顔に走る激痛。
顔をしかめながら、周囲を見渡す。

「ここは……病室、か……」

見知らぬ部屋のベッドに寝かされており、壁にはご丁寧に『インノケンティウス』と『ヘルシング』が立てかけられている。
砂浜に落ちていたのを、救護隊が回収してくれたのだろう。
そして、痛みと共に先日の記憶を思い出す。
異端と戦い……敗れた、その記憶を。

東瀬 夏希 > 「そうか……私は、敗れたのだったな」

全力だった。
数多の異端を狩り取ってきた『魔女への鉄槌』も、『異端逆十字火刑』も受け切られ、顔面に渾身の一撃を叩き込まれたのだ。
……この学園に来た時は、所詮学徒に過ぎない連中に自分が敗れることなどあり得ないと思っていた。
だが、それは自惚れに過ぎず……その学徒である異端に己が全力を受け切られ、敗れ去ったのだ。

「く、そ……!」

先程とは違う理由……悔しさで、涙を流す。
無念だ。異端は狩らねばならぬのに、異端は誰一人として許しておけないのに。
あろうことか、最初の一歩で躓いてしまった。

東瀬 夏希 > 「異端は殺す、全て駆逐してやる……!」

あの日以来、夏希が見る夢はいつも同じだ。
即ち……あの悲劇の日の悪夢。
だが、夏希はそれを良しとしていた。
何故なら……あの地獄を鮮明に思い出すたび、胸に憎悪の火が灯るからだ。
だから、ぶれない。揺れない。夏希の心は、異端を狩り尽くすと言う事に一本化されている。
『そのように調整された』。本人は気付いていないが。
故に……

「私が異端に見えるだと……?ふざけるな、異端めが。私は人の子だ、異端を憎む人の子だ……!」

先日、自分を倒した異端……龍宮鋼に言われた『お前も立派に異端だ』という言葉も、咀嚼するには至らない。
単発の言葉程度では、東瀬夏希の憎悪はぶれることが出来ないのだ。

東瀬 夏希 > 「こうしてはいられん、すぐにでも異端を狩らねば……!」

ベッドを抜け出そうとする。
異端は生命力も人間とは一線を画す。
今こうやって寝ている間にも、あの異端はあの傷を治し掛けているかもしれない。
なんせ、『ヘルシング』の固有性能は不死を貫通するものの、治癒自体は阻害しないのだ。
あの攻撃的な異端が、また何かしていないとも限らない。
今からでも、倒さねば……!
しかし、その決意に体はついてこない。

「う、ぐっ……」

そう、人間の回復力は異端には及ばない。
夏希も、その例に漏れないのだ。

「動け、動け……!」

何とか立ち上がろうとするも、苦痛はそれを遮ってしまう。

東瀬 夏希 > 「なんで、くそぉ……動けっ……!」

ギリ、と歯軋りするも、やはり動けない。
入院するレベルの重傷というのは、そう簡単ではなかった。

「うう……無念だ……!」

数十分足掻き続け、ようやっと諦める。
諦めて……『司祭様』に念話を飛ばした。

「……申し訳ありません、司祭様。異端に敗北しました」

苦渋に満ちた声で自身の敗北を連絡。
叱責は覚悟の上だったが……。

『……そうか。使徒夏希、命に別状はないのだな?』

「はい。今は学園の病院に入院させられています。すぐに異端狩りを再開したいのですが……申し訳ありません、体が言うことを聞かず……」

『無茶をするでない。使徒夏希よ、入院しているのであればまずはしっかりと体を治しなさい』

返ってきたのは、夏希を気遣う言葉だった。
その寛大さに感じ入り、返事を返す。

「……畏まりました。それと、申し訳ありません。『異端迫害聖域(スンミス・デジデランテス)』を使用しました」

『必要があったのであろう?ならば仕方あるまいて』

「はい……」

寛大だ。この司祭様はどこまでも寛大で……それ故に、喜ばしい報告を出来なかった自分が腹立たしい。

東瀬 夏希 > そのまま、詳細に戦闘の内容を報告する。
相手の異端の性能も、自身がどのようにして敗れたかも。
そして、それを静かに聞いていた『司祭様』であったが……。

『しかし、使徒夏希よ。少しばかり問い質したい事がある』

「……はい」

その寛大な『司祭様』の詰問。
その内容も、実は大体見当がついていた。

『何故、『ジークフリード』を使わなかったのかね?』

「…………」

予想通りだ。
最後の瞬間、夏希には三つの選択肢があった。
遠距離攻撃性能を持つ『シャステル』や『サンティアゴ』を使う選択肢は、まだ蹴る理由が明確だった。
『シャステル』の拘束性能が突破される可能性があったし、『サンティアゴ』は相手が多数でないと威力が出ないからだ。
だが、もう一つ……『ジークフリード』に関しては、使わない理由がなかったのだ。
『ジークフリード』は、二つの固有性能を持つツーハンデッドソード。
一つ目は『穢れたる血は全てを阻む(ファフニール)』。
英雄ジークフリードと同じく、背中以外の全身に竜血の力を宿し、無敵の硬度を与える常時発動型能力。
二つ目は『黄昏の極光(バルムンク)』。
斬る動作をすることにより、斬撃の形で浄化能力を持つ光を遠距離に飛ばすことが出来る能力だ。
つまり、最後の場面……『穢れたる血は全てを阻む』に防御を委託し、『黄昏の極光』で攻撃を仕掛けていれば、一方的に勝利できた可能性が高いのだ。
万一接近戦になっても、背中さえ取らせなければ、無敵の体が攻撃を阻む。
使えばほぼ勝ちの一手。だというのに、夏希が選択したのは『ヘルシング』を用いての正面突破だった。

東瀬 夏希 > 『使徒夏希?』

優しく催促される。
それに対し、しばし言い辛そうにしていたが……。

「私は……私は、『ジークフリード』が好きではありません。もっと言えば、『穢れたる血は全てを阻む(ファフニール)』の能力を嫌悪しています。
アレは竜血の力……異端の力ではありませんか」

ジークフリードを使わなかった理由を告げる。
ジークフリードは、正式名称を『Anti Heresy Holy Weapon Series Heresy type「Siegfried」』と言い、日本語に直すと『対異端法化兵装異端型「ジークフリード」』となる。
そう、異端型。
ジークフリードは、『異端を狩るために異端の力を用いる』と言う矛盾を抱えた武器なのだ。
夏希は使命感以上に、私怨でもって異端を憎悪している。
故に、異端の力を借りるジークフリードを用いることを嫌ったのだ。
その返事に対し、念話の先で『司祭様』はため息を吐く。

『使徒夏希よ。君が異端を心の底から憎悪していることも、その理由も知っている。故に、確かに『ジークフリード』は忌むべき武器だろう。
……だが、それを使わずして負けてしまっては……君が死んでしまっては、本末転倒ではないかね?』

「はい……」

優しい、諭すような声。
それに対し、反論も忘れ、素直に返事を返してしまう。

東瀬 夏希 > 『私は、君を失うわけにはいかない。君も、家族の無念と、君自身の無念を晴らす前に倒れるのは本意ではないだろう?』

「はい……その通り、です」

それは実際、その通りだ。
かつての『異端相手に負けなし』の夏希であれば、ジークフリードを使わないことも許されただろう。
だが、今の夏希は、すでに異端に敗北した存在だ。
故に……今後、切れる手札を切り渋ることは許容されない。

『異端の力をその身に一時的にでも宿すのは、やはり不愉快であるとは思う。
だが、そこを堪えて、必要ならば使ってはくれんか?悔しかろうと、異端を狩れなければ狩られるのは我々の方なのだ』

「……はい」

頷く事しかできない。『司祭様』の言う事は全て正論だ。
駄々をこねてジークフリードを敬遠しているのは夏希の方なのだ。