2016/12/25 のログ
川添孝一 > 日付が変わる頃、ヴォーカルの川添が他愛もない話を始める。

「本当はよォ、仲のいい連中も今日誘ったんだぁ、バンドに同級生の桜井雄二入れたかったなぁ」

そう言った時、僅かにライブハウスが静かになった。

「でもダメ、あいつ彼女持ち!! デストロイ・コープスの参加資格なくなっちゃったぁ!!」
「妹は彼氏とデートだから来ないそうです!! ヒャッハー!!」

ライブハウスに呼応する人は少ない。
ヴォーカルは今、血の叫びを行っているのだ。
真聖なる時間。いわば禊だ。

「仲間は誰も来やしねぇ!! いや……本当に仲間なんていたのか…?」
「俺にいるのは、悪魔だけ!! てめぇらという悪魔だけ!!」
「二曲目いくぞぉ!! 『タイム・トゥ・デス・イズ・ナウ』!!」

観客も、歌ってるやつも。
みんな悪魔だ。
孤独な悪魔だ。
だから、この夜は永遠だ。

川添孝一 > 川添は血管を浮き上がらせながらシャウト。
死して惜しむ名前なし。

「バカは死ななきゃ治らねぇ!!」
「バカは死ななきゃ治らねぇ!!」

観客が合わせてコール。
『バカは死ななきゃ治らねぇー!!』
手持ち無沙汰な丸坊主のベースがヘッドバンキングしている。

「てめぇら、わかってンのかぁー!!?」
「死ねば治るのになんで死なねぇー!!!」
『イエー!!』
「イエーじゃねぇよ俺もお前らも大馬鹿だ!!」
「同じ馬鹿なら歌って死ね!!」

ドラムが死のビートを刻み。
ギターが罪のリズムを奏で。
ベースが頭を振った。

「命なんてくれてやれ!!」
「今すぐ誰かにくれてやれー!!」
「デェェェェェス!! イィィッズ!! ナァァァァァァウ!!!」

デス声と共に演奏が切り替わる。
この歌の最期は、誇り高き死と共にある。

川添孝一 > ステージ傍に置いてあった水を口に含む。
潤い大事。

「いいかァ、主体性を持て。主体性を持てばクリスマス如きに心を惑わされることはなぁい」
「そんでなんかこう、ベースの山中田くんから発表があるそうだ」

丸坊主でさっきずっと頭を振っていた、鋭い視線の男がステージ中央にやってくる。

『俺、彼女できたんでデストロイ・コープス脱退します!!』
『サーセン川添さん!!』

ヘッド・バンキング? いいえ頭を下げただけです。
山中田くんは頭を下げ終わると舌を出して持ち場に戻った。

肩を震わせて手を虚空に突き出す川添孝一。

「オウ、触冷洲鈴具(フレスベルグ)持って来いやぁ………」

デストロイ・コープスの決断はヴォーカルの決断。
静まり返るライブハウス。

川添孝一 > スタッフが慌てて持ってきたもの。
それは巨大なチェーンソーだ。

対戦車チェーンソー、触冷洲鈴具(フレスベルグ)。
実際に戦車を相手にするわけではない。
そういう設定がついている、髑髏や黒でデコられたただのチェーンソーだ。

「デストロイ・コープス十七条例、そのよぉん……」

いつの間にかステージ後方にあった巨木の切り株。
そこに川添孝一はチェーンソーの刃を立てていく。

『おい、出たぞ……』
『フレスベルグ・パフォーマンスだ!!』
『さすがクリスマスだな!』

一見さんお断りな内輪ノリで盛り上がる観客。
どいつもこいつもバカばかり。

「第四条!! 彼女ができたやつぁ脱退!!」

出来上がったもの、それはベースの山中田くんの木像。
短時間でそこそこ似せる超技術。

「今までお疲れ様でしたぁ!!!」

ワッと盛り上がるライブハウス。
魔界。異界。苦界。
どんな言葉でも語りつくせない、この世の地獄がここにある。

川添孝一 > もちろんここまでプロレスだ。
いや、最初から最後まで筋書き通りなのかも知れない。

「ベースの脱退は決まったが三曲目いくぞお前らぁ!!」
「『ヴェンジェンス・ヴェンジェンス』だ!!」
「この世界全てに復讐しろぉぉぉぉぉぉっ!!!」

この世界に歌が生まれたのは、必然。
だから、こんな夜が生まれてしまうのもまた、必然なのだ。

モテない男とモテない女たちの狂乱の宴は、果てしなく続いたのだった。

ご案内:「ライブハウス『アノヨ』」から川添孝一さんが去りました。