2017/04/17 のログ
ご案内:「ゲームセンター『セバ』」にステーシーさんが現れました。
■ステーシー >
ステーシー・バントラインは緊張していた。
苦手なものというのは、厄介なもので。
苦手意識がさらにソレから自分を遠ざける。
学校帰りの夕方、私はゲームセンター『セバ』に足を運んだ。
苦手なダンスゲームを攻略するために。
■ステーシー >
自分で言うのもなんだけれど、リズム感は悪くない。
歌は上手いほうだと思っている。
そして剣客を自称している私は運動神経は決して悪くない。
なのに。
なのに。
ダンスゲームが極端に苦手だ。
前に友達とプレイした時には醜態をさらしたと言っていい。
それくらいダンスするゲームが下手だ。
銀の硬貨を一枚手に持ち、それを睨みながら筐体の前に立つ。
『ダンシング・アート・エボリューション』
通称ダンエボ。
足元には上下左右にナナメを加えた八方向の踏むボタンがある。
この上で華麗にステップを踏めれば、クリアというわけなのだけれど。
■ステーシー >
今の時間帯、あんまりダンエボのプレイヤーはいない。
別の音ゲーがキャンペーン中でそっちに人は集中している。
夜になると、増えるらしいけれど。
私は夜までゲームセンターにいることがあまりないのでわからない。
……いつまでも筐体の前で固まっていても仕方ない。
やるしかない。ダンエボを!
意を決して硬貨を投入した。
『ウェルカムトゥダンシングパーリィィィィィィィィ!!!』
うっさい。ダンエボうっさい。
真っ赤になりながら筐体に上がった。
まずは一番簡単な曲から攻略していこう。
これだ。初期位置の曲。
確か邦題が『涼風の誘惑』とかいう歌だ。難易度、☆×1…
震える指でセレクトボタンを押す。
始まる。ダンス地獄が。
■ステーシー >
想像以上に流れる音楽が大きい。
心臓が跳ね上がる。
メロディアスな、それでいてポップにチューンされた美しい歌声が流れ始める。
まず最初の矢印は……上!!
「っ!!」
上ボタンを力いっぱい踏んだ。
画面に出る表示はBAD。
「えええええ……」
踏んだじゃない。
思いっきり踏んだじゃない。
なのになんでBADとか言われなきゃいけないの……?
頭が真っ白になって次から次に流れてくる矢印に対応できない。
左、右、左、右……もうワンテンポ遅れて踏むことしかできない。
終いには右だけしか踏まなくなった。
ゲームオーバー。
無情にも鋼鉄製と思われるシャッターが画面に落ちてくる。
これはもう才能がないのではないだろうか。
ダンエボの才能がゼロなんだ。
そう考えてゲーセンを後にできればどれだけ楽だろう。
あと硬貨一枚が約一分で消えた。ゲーセン怖。
■ステーシー >
気持ちを切り替えよう。
ちょっとテンポが遅かった。
そうだ、私には私のリズムがある。
私、アップテンポの歌が好きだし。よくカラオケで歌うし。
深呼吸をすると尻尾がゆらりと揺れた。
もう一度硬貨を投入する。
次に選択するのは、『Butterfly Effect』。
SMILE.HKなる女性二人組シンガーが歌うアップテンポリミックスだ。
なんかもう若干胃が痛い。
早くこの苦手を解消して楽になりたい。
死んだ目をしたダンサー、それが今の私。
『ウェルカムトゥダンシングパーリィィィィィィィィ!!!』
うるさいんです。
■ステーシー >
呼吸を整える。
リラックス、落ち着いて構えれば難しいことは何一つない。
他の人は習うまでもなくできている。
なら自分も一つ一つ覚えていけばいいだけだ。
この歌はサムライを呼ぶ歌だ。
自分だけのヒーローを待つ女性の歌だ。
ならば、剣客がこの歌を踊れないはずがないッ!!
猫耳がピンと立った。
軽快な前奏が流れ始める。
上、上、上、右、右、左、左。
歌声に合わせてシーケンスが次々と流れてくる。
「はっ!」
ダカダカと若干みっともなく、いやもう言えばジタバタとすごくだらしなくステップを踏んだ。
当然、結果は凄惨だった。
シャッターが落ちてきた。
店じまい。お前に出す歌はもうねえと言われた気がした。
胃が痛い。
私はサムライではなかった。
■ステーシー >
転倒防止のため背後側にあるバーに両手をかける。
全然踊ってないのになんか体力がごっそり奪われた気がする。
なぜ。なぜなの。なぜなのよ。
何とか一曲くらい踊れないものだろうか。
何か、私に合う歌はないものだろうか。
この筐体の何もかもに拒絶されたままでは、悲しすぎる。
喉がカラカラに渇いていた。
瞳に絶望を湛えていた。
こんな砂漠を放浪しているような表情の少女がゲーセンにいていいのだろうか。
■ステーシー >
もう一度硬貨を投入する。
何か、何かあるだろう。
このままでは私は空っぽだ。
このゲームセンターに居場所のない迷い猫だ。
死んだ目で曲を選択している時、聞き覚えのあるメロディが流れてきた。
これは……猫ふんじゃった?
猫ふんじゃったが軽妙にアレンジされた曲。
これなら……これなら私にもいけるのでは?
力強くセレクトボタンを押す。
知っている歌で、猫ソングで。
これで負けたら……もう後がない…!!
悲壮な決意。筐体の上で小さくとんとんと二回飛んだ。
■ステーシー >
『ワン、ツー、スリー、にゃー!』
ネタ曲。
しかし、今の自分には残されたたった一つの救いの歌。
力の入った瞳で画面を見る。
上、右、左。
「にゃー! にゃー! にゃー!!」
踏む時に歌に合わせてにゃーと叫んだ。
それくらい力が入っていた。
不思議と……判定はPerfectだった。
いける!!
「にゃー、にゃにゃ、にゃー! にゃー!」
ステップに合わせてにゃーと叫ぶ。
猫だ。私は猫だ。猫になるんだ!!
スコアゲージがどんどん上がっていく。
■ステーシー >
尻尾はバランサー。猫耳で熱を感じ、そして今…猫らしくこの歌を制覇する!!
「ウミャー! にゃーにゃー! にゃー!!」
左、下、右、上。
簡単な譜面なのでナナメシーケンスが来ないのが幾分か気持ちを楽にさせた。
ステップを踏み、舞い踊り、最後に左右の同時押しを軽やかに踏み込んだ。
「にゃあー!!」
システム音声が大きくゲームセンターに響く。
『スッテェージクリアァー!!』
「や、やった……」
自然と笑顔が浮かぶ。
ガッツポーズも出るってなものだ。
次の曲を踊る資格を得たらしい。
どうやらこのゲーム、クリアすれば3曲まで踊れる。初耳だ。
そして振り返ると。
ゲームセンターで遊んでいた人々がこちらを見ていた。
なぜ?
そりゃーダンエボでにゃーにゃー言いながらネタ曲を踊っていたら目立ちますよ!!
ぎゃー、恥ずかしい!!
私は真っ赤になってゲームセンター『セバ』から逃げ出していった。
ご案内:「ゲームセンター『セバ』」からステーシーさんが去りました。