2017/06/04 のログ
ヴィルヘルム > この場合,拍子抜けしたのはむしろヴィルヘルムの方だろう。
実際のところ,この島で人狼という種族は決して少なくない。
それ故に,この魔法を解かずともこの島の社会に適応するのは不可能ではない。
問題は彼がその感情を十分にはコントロールできない点であるが,それに思い至るにはまだ時間が必要だった。

「…どうせ僕はここから動かない。好きにしてくれて構わないよ。」

からかうような台詞にも,青年は素っ気なく答えるだけだった。
だんだんと慣れ始めている狼としての身体を丸めて,瞳を閉じる。

ヴィルヘルムの性格を考慮に入れるまでもなく,彼が貴女の部屋に足を踏み入れる可能性は限りなくゼロだろう。
ただ,僅かな音でも聞き逃すことは無いだろうが。

「キャサリン」 > 「そ。そんじゃお休みー」

笑いながら、そんな言葉をかけてソファに座る。

(…なるほど、不備は感情のコントロールくらいですのね)

そんなことを考えながら、小さな手荷物から取り出すのは、小さめサイズのペットボトルの水と…粉薬の包みだ。
内容は、休養効率を良くする栄養剤のようなもの。研究漬けで神経が昂っている時に、たまに世話になっているものだ。

(地べたに横になるよりは良いですけれど…やはり、こういう環境ならば効率的に身体を休めませんと。「残り時間」には余裕を見ておりますけれど、睡眠時間も中途半端になりますし)

「彼」の顔は、ここを去り際に声をかけるついでにでも拝んでやるとしよう。
女は粉薬を口の中に流し込むと、ペットボトルの蓋を開けて口を付け、先に口の中に入れていた粉薬ごと水を飲み込んでから、ソファの上で横になった。
水が残ったペットボトルが、雑に床の上に転がる。

青年が、獣じみた聴覚を手に入れているのならば。
ペットボトルの蓋が開けられる音。液体を飲み込むべく鳴った女の喉の音。
床の上に転がったペットボトルの中で、たぷんと揺れた液体の音。
それらを、耳で拾うことになるのかもしれない。

………飢えや乾きに苦しむ「彼」に、それらはどう響くだろうか。

ヴィルヘルム > 「おやすみ…。」

聞き耳を立てているわけでなくとも,優れた聴力は全ての音を拾い上げる。
貴女が粉薬を飲んだことまでは分からないだろうが,水音にはその耳がピクリと動く。
無意識に耳がピンと立って,その音を余さず脳に伝える。
それは渇きから逃れようとする獣の本能であったのだろう。

「…………………ッ…」

ギリリ,と,歯ぎしりする。その音が貴女にまで届くかどうかは分からない。
極めて低次元の欲求であり,それだけ単純で,逆らい難いものだった。

「………………。」

瞳を開く。一度意識してしまえば,もう,それを忘れることなどできない。
立ち上がれば,もう足を止めることもできないだろう。
そんな自分を情けないとも思うが,それどころではない。気が狂いそうだ。
唸り声をあげてしまう前に,青年は口を開いた。

「……駄目だ,ごめん!!……ひとつ,頼みがある……!!!
 水,水をもらえないか!?」

帰れと言った口が,この情けない有様。
結局変わったのは外見が主であり,中身には何ら変化はないのだ。

「キャサリン」 > 「………ぁー………」

だるそうな声をあげて、身体を起こす。

「…何?喉が渇くのも我慢するくらいここでじっとしてたわけ?
ほんっとしょうもないねアンタ………ま、水の予備くらいあるけどさ」

そう言って、手荷物から、同じサイズのペットボトル…新品で、不思議なことに未だ冷たく表面に汗もかいていない…を取り出すと、ヴィルヘルムのいる部屋の………入り口まで、無防備に近づいて行く。
…そのまま、手渡すつもりでいるのだろうか。

ヴィルヘルム > 無警戒で無防備な貴女とは対照的に,部屋の隅の“怪物”は貴女を警戒していた。
貴女に害されることを警戒したのか,それとも別のことを警戒したのか。
恐らく後者であり,それはきっと,貴女を怖がらせ,驚かせることなのだろう。
そしてそれは,ヴィルヘルム自身明確に自覚していたことではないが,
貴女のためではなく,そうして拒絶されることを極端に嫌う自分自身のためなのだった。

「………………ごめん。」

そこに居るのは,巨体を小さく縮こまらせて,少しでも貴女を驚かせまいとする狼。
アルビノ特有の美しい毛並みと,紅色の瞳。…鋭い牙はできるだけ隠そうとしている。

……そこに居るのは間違いなく,ヴィルヘルムだった。

「キャサリン」 > よほど余裕をなくしていたのだろう。念願の「対面」は、先ほどまでの「彼」の警戒からすれば、信じられないほどあっさり叶った。
驚いたような表情は、束の間。それも、恐怖とはまるで無縁のものだった。

「………いや、いいよ。
こっから投げて渡した方が良い?それとも、蓋開けて持ってく方が良い?」

「彼」の外見への感想はあれど、自分よりも相手の方が怯える有様では、まずは落ち着けることの方が先かと考えて。
入り口に立ったまま、女は「青年」に問うた。

ヴィルヘルム > 貴女の表情が変わるのを,彼は殊更気にしているようだった。
だがそれが恐怖とはかけ離れたものであったなら,彼は静かにその顔を上げて,貴女の方へ視線を向けるだろう。
そして,静かに口を開く。

「……この手じゃ多分,開けられない。」

警戒の内容が内容であっただけに,こうして対面を果たしてしまえば,その警戒心も緊張感も,徐々にほぐれていくものらしい。

「キャサリン」 > 「………そんな調子で、よく今まで生きてこれたね、アンタ………。
この辺じゃ生の水も、パッケージされてない食べ物もろくにないだろうに」

「その辺の適当な生き物襲って食べてたようには思えないけど」と心底呆れ返った調子で、ペットボトルの蓋を開けながら「青年」に歩み寄って行く。

「………ほら」

そして、彼に蓋の開いた、小さめの水のペットボトル…まだ冷えており、ほとんど表面に汗はかいていない…を差し出した。

ヴィルヘルム > 「…………。」

近付けば,美しい毛並みに隠れてはいるものの,
彼の身体が,狼としても随分と瘦せ細っていることが分かるだろう。
それは,彼がその牙をもって他者を襲うことができなかった証拠であり,
その行き着くところは無論,“死”であろう。

「……………。」

無言のまま,顔を近づけて,差し出されたペットボトルを器用に咥えた。
そのまま上を向いて,巨体からすればほんの僅かしかない水を,一気に飲み干してしまう。
ただの水が,これほど美味しいと感じたのは,いつぶりだろうか。

「……………。」

空いたペットボトルはゴミでしかないのだが,彼の感覚ではそれも返すべき容器。
貴女にそれを差し出す彼の瞳は,いつかの“少女”が貴女に見せた瞳と同じ,貴女への信頼を映す瞳だっただろう。

「キャサリン」 > 「あ。
………何つーか、逆に器用だね、アンタ………」

器用にペットボトルをくわえる「彼」の様子に、そのままペットボトルを持つ手を離して任せる。
手を添えもしないあたり、彼は「バケモノ」の手を相当持て余しているらしいと「彼女」は解釈した。
…そして、彼が空いたペットボトルを差し出してくれば、意表を突かれたように目を丸くして。

「………いや、空いたペットボトル返されても………って、アンタここから動きたくないんだっけ。
………分かったよ、適当に処分しとくよ」

「寝床にゴミ転がしとくのが嫌なのは分かんなくもないし」と言いながら、面倒くさそうにペットボトルを受け取り、蓋を閉め直す。
信頼を映す瞳は、可能な限り意識から外した。

ヴィルヘルム > 「返す必要,なかった…?」

こちらとしては善意で返したつもりだったらしい。
面倒そうな表情をされてしまえば,首を引っ込めて,小さく呟く。
それから,改めて視線を貴女へ向け……

「……ありがとう。」

小さくそうとだけ礼を言って,伏せ,のように頭を下げる。

「キャサリン」 > 「まあ、使い捨ての容器だからねこーゆーのは。
………何つーか、ホント筋金入りの異邦人だね、アンタ」

呆れた様子で、でもわざわざ相手に押し付け直すようなことはしなかった。
曲がりなりにも「この呪い」を「あの人」が「この男」にかける前、「この男」は街の中を散々自由に歩いていたはずで、「こういうもの」を人々が利用し、捨てているところを見ていないはずはない…と思うのだが。
色々と駄目な方に予想を裏切ってくれる「この男」なだけに、ちょっと断言は出来ない。

「………いや、いいよ。アンタすっげー切羽詰まった声出してたし。
どうせ他人だけど、この程度はね」

それから、伏せ、のようにしている彼の様子を見て。

「………何っつーか、狼ってより………犬?
澄ましてれば男前だろうにねぇ」

無論、「狼として」だけれど。
とにかく、そんな風に言って、女は笑った。

ヴィルヘルム > 一時的にはいわゆる学生街にも出向いたが,クローデットとの一件以来,
ひたすら表社会と関わることを徹底して避けてきた彼の“常識”は大きく歪み,欠落が激しい。

「………………。」

流石に恥ずかしかったのか,視線を逸らした。
姿が見えない時のほうがよほど言葉数が多かったと,貴女は思うかもししれない。

「他人……。」

これで尻尾でも振れば完璧だっただろう。

「…犬呼ばわりされてから男前って言われても,全然嬉しくないね。」

はじめて,その言葉に苦笑が混じった。

「キャサリン」 > 「「狼として」男前、ってきっちり言ってやった方が良かった?」

苦笑混じりで返してくる相手に対して、からかうようにして返す。
…無論、「彼女」は「彼」の正体を知っているわけで、犬だろうが狼だろうが本意ではないのは想像出来ているのだが。

「………いや、別に良いけど」

手元で空いたペットボトルを弄びながら、気まずそうに視線を逸らす相手に、呆れと脱力の混じった声でそう声をかける。
…が、「他人」という言葉を何か考えるように呟く「青年」に対して、

「他人でしょ?
お互い、「こんな場所」で会う人間と仕事とか、袖擦り合うとか以上の縁を持ちたいと思う?」

「あたしは御免」と、やっぱり手元でペットボトルを弄びながら。

ヴィルヘルム > 「思わないね……ここで会っただけの,他人だから良いのかもしれない。」

無意識に貴方を信頼しつつあった自分を,自分で嗤った。
過去からなにも学んでいない。と。
他人を信じた自分がどういう思いをしたのか,思い出せ,と。

「…何のお礼もできないけれど,せめて,好きに休んでいって。」

だが,青年にとって,その思いを貴女にまでぶつける理由はどこにもなかった。
実際には眼前の女性こそが,まさしくこの青年が信頼を寄せたクローデットであったのだが,
それに気づかなかったのはこの場合,幸福と言えるだろう。

「……………ありがとう……ごめん。」

渇きが完全に満たされたわけではない。餓えは容赦なく襲ってくる。
だがそれでも,青年は穏やかな気持ちで瞳を閉じることができた。
疲労の極みにあったのだろうか,感謝と謝罪の言葉をうわごとのように呟きながら,丸まった巨体は,ぴくりとも動かない。
規則的な呼吸は,彼が眠りに落ちたことを,貴女に教えるだろう。

「キャサリン」 > 「そんなもんだよ、「こんな場所」なんだから」

寄せた信頼を打ち消す努力をする相手の様子に、女は理解を寄せこそすれ非難はしなかった。少なくとも、表向きは。

「ま、気が向いたら何か返してよ。………じゃ、お休み」

やせ細り具合からすれば、よほど体力が落ちているのだろう。獣の姿をした青年は、女の目の前であっさり眠りに落ちた。

…今後「彼」は、実在しない人物への感謝の念を持って活動することになったのだろうか。
青年が目覚める頃には、転がったペットボトルが付けたわずかな水の跡すら残さず、女は姿を消しているだろう。

ご案内:「廃屋の一室」からヴィルヘルムさんが去りました。
ご案内:「廃屋の一室」から「キャサリン」さんが去りました。