2017/07/13 のログ
ご案内:「廃屋の一室」にヴィルヘルムさんが現れました。
■ヴィルヘルム > 一睡もできず,心の休まらない夜が明けて…
廃屋の崩れかけた床の上で,丸まったまま寝ていた青年。
彼が目が覚めた時,すでに太陽は高く昇っていた。
「んぅ……っ!」
大きく背伸びをすれば,固まっていた身体に血が巡っていくような感覚。
筋肉の付き方や骨格の問題なのか,やはり人の身体で,床の上に寝るのはあまりいい結果を生まないらしい。
■ヴィルヘルム > ふらふらと歩いて,ソファのある部屋へと移動する。
首をぐるりと回してから,ソファにどさりと転がり込んだ。
「……………。」
床よりはマシだが,柔らかいとは言い難い。
青年はソファにうつ伏せに倒れたまま,静かに目を閉じた。
■ヴィルヘルム > 目を閉じると,昨夜のことが鮮明に思い出された。
ずっと目を閉じていたからこそ,それ以外の感覚は,とても生々しく残っている。
「………………。」
無論その記憶には目に焼き付いた彼女のネグリジェ姿も含まれる。
背中に感じた柔らかい重さや,自分のものではない香りも同様だ。
記憶がそれだけであれば,単純にそれを思い出して悶々とする結果になっただろう。
それはそれで,見苦しいながらも健全であったのかもしれない。
だが,しかし,彼女の魘され方が尋常ではなかったことが,青年から健全な苦悩の余裕を奪い去ってしまっていた。
■ヴィルヘルム > 苦しそうな声,悲しそうな声。
痣が残りそうなほど自分の腕を握り締め,爪を立てる姿。
声にならない悲鳴を上げて,飛び起きる様子。
「……どんな夢見てるんだよ,もう…。」
あれでは,心配するなという方が無理だっただろう。事実,彼女も心配するなとは一言も言わなかった。
現実感覚からの選択なのか,単純にそれをする余裕さえなかったのかは分からないが。
■ヴィルヘルム > 彼女は「『昔』の夢」と語っていた。昔というのは,恐らくこの島に来る以前のことだろう。
………自分たちは異邦人や異能者の敵,とも言っていた。
曾祖母に主導権を奪われた彼女の様子を見れば,この場合の“敵”というのがどういう類のものなのかは明白だ。
「色々,あったんだろうな……。」
異邦人で,異能者。言ってみれば,彼女らの敵そのものだ。
きっと,自分は幸運なのだろう。いまだにこうして生きており,彼女に感謝さえされているのだから。
けれど,そうではなかった異邦人,異能者も…少なからず,居るのだろう。
■ヴィルヘルム > ヴィルヘルムは核心に近いところに居るが,同時に何も知らぬ部外者だった。
彼女らを取り巻く環境も,この世界を変えてきた歴史も,【レコンキスタ】という組織の存在も,何一つ知ってはいないのだ。
だが,何かを知ったところで,どう考え方が変わるとも思えなかった。
「……僕を頼ってくれた,と,思っていいのかな…。」
ヴィルヘルムはこの世界に来て初めて,真の意味で必要とされたと,そう感じたのだ。
それは勘違いであるかも知れないが…だが,昨夜の出来事は,それが勘違いではないと自分に言い聞かせるに十分だった。
■ヴィルヘルム > どうして今,過去の夢に苦しめられているのか,その理由は青年には分からない。
彼女がどんな過去を歩んできたのか,どんな夢を見ているのか,それも分からない。
けれど,ヴィルヘルムには彼女を守り,彼女を助ける理由がある。
役に立たない出来損ないの自分でも,彼女の役に立つことができる。
「…………………。」
それはこの青年の思考的な限界であり,哀れで救われぬ性質を現していた。
青年は常に影であり,常に懐刀であり,自分の意志よりも“優れた影”であることを無意識に望んでしまう。
■ヴィルヘルム > 『彼女が無事で,彼女が幸福であればいい。』
青年は確かにそう思っていたし,青年の行動はその行動原理の外に出てはいない。
それは余分な贅肉をそぎ落とし,美しい正論の部分のみを残せば,耳障りの良い言葉が残るのは当然である。
それを信じている限り,青年は彼女の忠実な影で居られるだろうし,きっと,当分の間,この居場所を失う事はないだろう。
………だが,本当にそれでいいのだろうか。
■ヴィルヘルム > 「…………………。」
生まれた瞬間から疎まれ,忠実な影であることでしか居場所を得られなかった青年。
その居場所を幸福なものだと信じ込むためには,自分自身を騙さなければならない。
「………クローデット…。」
……美しい正論からそぎ落とされた贅肉の部分こそが,本心に違いなかった。
それを認めるだけの勇気が,まだ無いだけのことだった。
■ヴィルヘルム > 昨夜のことが,再び思い出される。
背中に感じた柔らかな重さ。身を委ねてくれているという実感。
信頼されるということが,これほど幸福なのだと,初めて知った。
不器用な彼は,忠実であろうとすることでしか,気持ちを表現できない。
与えることや尽くすことだけを事実上強制され,与えられることを知らずに育った彼には,
相手に“何かを求める”ことなど,思いもよらないことだった。
……ヴィルヘルムの本心は,あまりにも単純。
■ヴィルヘルム > 「……僕のことを…………。」
天井に向かって小さく呟いた言葉は,言い終わらぬうちに途切れた。
苦しそうに呻く彼女の姿が,声が,その健全な苦悩を再び追いやってしまう。
今は,駄目だ。まずは何よりも,彼女を助けなければ。
表出しかけた本心という名の贅肉を再びそぎ落とし,けれどそれを捨て去ることなく,心の奥にしまい込む。
■ヴィルヘルム > ───僕のことを,好きになってくれますか?
ご案内:「廃屋の一室」からヴィルヘルムさんが去りました。